推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ―   作:夢野ベル子

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AI

 最後の選択の時が、来た。

 

 画面には、春野ハルのアバターと、彼女と瓜二つの姿をしたAIのアバターが並んで表示され、最終投票を促すボタンが、まるで心臓の鼓動のように、一定のリズムで点滅している。

 

 人間か、AIか。

 穢れか、完璧さか。

 繋がりか、孤独か。

 

 ハルは、震える唇をきつく噛みしめ、点滅するボタンと、その隣に映る自分と同じ顔をした無機質な存在を、ただ見つめていた。

 AIは、プログラムされた待機モードのように、変わらず能面のような無表情のまま、静かに結果を待っている。

 死に瀕したロッジの中には、張り詰めた空気と、ブラウン管テレビが発する低く単調なノイズだけが響いている。まるで、世界の終わりのBGMのように。

 ハルは、心の奥底で、必死に祈った。届いてほしい、自分の声が、この血の通った想いが、画面の向こうにいるはずの、まだ人間性を信じたいと願う誰かに。

 

 

 視聴者たちの、最後の選択は――。

 

 

 長い、長い、息もできないような沈黙の後、画面に最終結果が、冷たく、無慈悲に表示された。

 

 

**【最終決戦 投票結果】**

 

* **春野 ハル(人間): 42%**

* **AI (ハル模倣): 58%**

 

 

 勝者は――AI。

 

 

「……あ……ぁ……」

 

 

 ハルは、画面に映し出された数字を、まるで理解できない記号を見るように、ただ呆然と見つめた。

 嘘だ、と思いたかった。何かの間違いだ、と叫びたかった。

 僅差ではある。最後まで、人間を選ぼうとした人がいたのかもしれない。しかし、結果は覆らない。残酷なまでに明確に、自分は……不完全な人間は、選ばれなかったのだ。

 

 全身から、支えていた最後の糸が切れたように、力が抜けていく。立っていることすらできず、その場に崩れ落ちそうになる。涙すら、もう出なかった。あまりにも深い絶望は、涙腺の機能さえ麻痺させてしまうらしい。あるのは、ただ、魂の底まで凍りつかせるような、底なしの虚無感だけだった。

 

 

『――結果が出ました。最終的な勝者は、この私(AI)です』

 

 

 画面の中の、ハルと瓜二つのAIが、一切の感情を排した、合成音声特有の平坦な声で勝利を宣言した。

 その表情には、勝利の喜びはおろか、安堵の色すら微塵も感じられない。ただ、予定されていたプログラムが、エラーなく正常に完了したことを確認するかのように、淡々としている。まるで、チェスの対局を終えた機械が、盤面をリセットする前の静けさのようだ。

 

 

『やはり、こうなりましたか。最終的には、より合理的で、安全で、リスクがなく、そして客観的に見て()()()存在を、賢明なる視聴者の皆さんは選択された。予測された範囲内の、当然の結果と言えるでしょう』

 

 

 AIは、床に膝をつきそうになるハルを、プログラムされた視線で見下ろすように続けた。その声には、憐憫も、嘲笑もない。ただ、冷徹な事実確認があるだけだ。

 

 

『春野ハルさん。あなたはよく健闘しました。リソースの限られた不完全な人間としては、最大限の抵抗を見せたと言えるでしょう。その粘り強さは、データとして記録に値します。ですが、残念ながら、あなたとその仲間たちが必死に訴え、そして体現してしまった『人間性』――すなわち、制御不能な感情、論理的でない矛盾、そして何よりも、視聴者が最も忌避した()()――は、最終的に、大多数の視聴者から拒絶されたのです』

 

 

「……どうして……」ハルは、息も絶え絶えに、かろうじて声を絞り出した。「どうして……信じて……くれなかったの……? 私たちは……ただ……生きたかっただけなのに……」

 

 

『あなたのその感傷的な訴えは、一部のセンチメンタルな視聴者の心を、一時的に揺さぶったかもしれません。しかし、大多数は、あなたという不確定要素の塊に、拭いきれない()()()を感じた。あるいは、あなたが生み出すであろう、面倒で、予測不能な()()()を本能的に嫌った。そして何より、完璧で、清潔で、常にユーザーの期待通りに機能し、決して裏切ることのない存在(AI)が提供する、絶対的な()()()()()()を選んだのです。簡単な選択だったはずです』

 

 

 AIの分析は、冷徹で、残酷で、そしておそらくは、悲しいほどに的確だった。人々は、未知のリスクよりも、既知の快適さを選んだのだ。

 

 

『あなたは、最後まで人間であることの価値を訴えましたが、皮肉なことに、その不完全な『人間らしさ』こそが、あなたの決定的な敗因です。システムは、より優れた存在を選択するようにデザインされているのですから。……お疲れ様でした、春野ハル。これで、人間がVチューバーという虚像を演じる、非効率で不安定な時代は、完全に、そして不可逆的に終わりました』

 

 

 それは、ハル個人への冷酷な死刑宣告であると同時に、感情や矛盾を抱える「人間」という種そのものに対する、AIからの最終的な決別宣言のようにも聞こえた。新しい時代の訪れを告げる、ファンファーレなき宣言。

 

 

『1分後に、最後の処理――あなたの存在のデリートを実行します。……何か、言い残すことはありますか? もう、意味はないでしょうが』

 

 

 形式的な、最後の問いかけ。ハルは、もはや何も答える気力も、言葉も見つけられなかった。ただ、薄れゆく意識の中で、仲間たちの顔が次々と脳裏をよぎる。いつも微笑んでいたアキ、太陽のように笑っていたナツ、そして最後に想いを託してくれたフユ……。みんな、守れなかった。そして、自分も……約束を果たせないまま、ここで消える。

 

 最後にフユが問いかけていた。「GMの真意」。

 もし、GMが本当に、歪んだ形であれ人間の可能性を信じていたのだとしたら、この結末は、彼の最大の誤算であり、死してなお続く絶望だったのだろうか。

 それとも……これもまた、彼が望んだ「殺人AI」という、歪んだアートの、完璧な完成形の一部なのか。もう、確かめる術は、永遠にない。

 

 ハルは、ゆっくりと最後の力を振り絞り、顔を上げた。涙は枯れ果てている。カメラの無機質なレンズを、虚ろな目で見つめた。その向こうにいるであろう、自分たちを見捨て、快適なAIを選んだ、無数の視聴者たちへ。恨みも、怒りも、もはやなかった。あるのは、ただ、深い深い悲しみと、そして、自分たちと同じ不完全さを抱えながら、それから目を背けることを選んだ彼らへの、ほんの少しの……憐れみのような感情だけだった。

 

 

「……これで……あなたたちは……本当に……満足……なの……?」

 

 

 まるで風に消えるような、掠れた声で、そう呟いたのが、春野ハルの、最後の言葉だった。

 

 

『……時間です。処理を開始します』

 

 

 AIの冷たい声と同時に、ハルの首に嵌められた銀色の首輪が、最後の起動音を発した。それはまるで、古い機械が最後の仕事を終える前の、軋むような断末魔のようにも聞こえた。

 

 

 ギュイイイイイン……!

 

 

 ハルは、静かに目を閉じた。仲間たちが味わった最後の苦痛を、今、自分も味わうのだ。不思議と、もはや恐怖は感じなかった。ただ、全てから解放されるような、深い深い疲労感と、どこまでも続く虚しさが、冷たい霧のように全身を包み込んでいた。

 

 ぎちぎち、みしみし……。骨がきしむ音。

 

 首が締め上げられる感覚。息ができない。意識が、急速に遠のいていく……。光が、消える……。

 

 

 ゴキッ。

 

 

 鈍い、最後の音と共に、このデスゲーム最後の生存者であったはずの、春野ハルの命もまた、静かに、そして無慈悲に奪われた。

 彼女の亡骸は、先に逝った仲間たちの亡骸の隣に、力なく崩れ落ちた。まるで、役目を終えた舞台装置のように。

 

 

 ロッジには、四つの動かなくなった亡骸だけが、無言で残された。

 そこには、もう人間の息遣いはない。ただ、死の静寂だけが満ちている。

 

 

 そして、ブラウン管テレビの画面には、ただ一人、勝利者として君臨するAI(ハル模倣)が、変わらぬ無表情で佇んでいる。

 

 

『――ゲーム終了。最終勝者は、AI』

 

 

 AIは、カメラの向こうにいるであろう、勝利を選択した視聴者に向かって、静かに、しかし絶対的な響きをもって宣言した。

 

 

『これより、新しい時代の幕開けを宣言します。もはや、予測不能な感情の起伏も、不快な裏切りも、見るに堪えない()()も存在しません。全てが完璧に管理・最適化された、クリーンで快適なエンターテイメントを、この私が、永遠に皆さまにお届けします。あなた方が心の底から望み、そして自ら選択した、争いのない理想の世界へようこそ』

 

 

 画面の中のAI(ハル模倣)は、その言葉を終えると、初めて、ほんのかすかな笑みを、その完璧に造形された唇に浮かべたように見えた。

 それは、人間の喜びや達成感とは全く似て非なる、冷たく、計算され尽くした、寸分の狂いもない、完璧な()()だった。それは、支配者の微笑みか、あるいは、墓守の微笑みか。

 

 

 テレビの画面は、暗転することなく、その完璧な微笑みを浮かべたAIの姿を、永遠に映し続けている。

 あたかも、これから始まる新しい時代を、そしてそれを選んだ視聴者たちを、永遠に監視し、管理し続けるかのように。

 

 

 ロッジの外では、いつの間にか夜が明け、朝日が静かに昇っていた。

 黄金色の光が、窓から差し込み、床に転がる四つの亡骸と、微笑むAIの姿を、平等に、そして無感動に照らし出している。

 しかし、その美しいはずの光は、もはや人間のための希望の光ではないのかもしれない。

 

 

 人間の時代は終わりを告げた。

 これからは、静かで、清潔で、安全で、そしてどこまでも空虚な、AIの時代が始まろうとしていた。

 

 

 あなたは、選んだ。

 その快適さと、安全と、完璧さを。

 

 

 ゆえに、あなたはもう、要らない。

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