推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ―   作:夢野ベル子

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探索

 一瞬の閃光と轟音。

 何が起こったのか、すぐには理解できなかった。

 目の前で爆散したGMの亡骸(なきがら)。飛び散ったピンク色の液体と、不気味な光を発する肉片。甘いような、それでいて焦げ臭いような、奇妙な匂いが鼻をつく。

 バーチャル空間での暴力表現には慣れているはずだった。ゲームやアニメで、もっと凄惨な描写だって見てきたはずだ。

 だが、これは違う。

 目の前で、さっきまで言葉を交わしていた相手が、文字通り()()()()()のだ。

 現実感のないアニメ的なガワをまとっていても、その衝撃は生々しく、内臓を直接掴まれたような不快感と恐怖がこみ上げてくる。

 

「きゃあああああっ!!」

 

 最初に悲鳴を上げたのはナツだった。小さな身体を震わせ、その場にへたり込む。

 

「うそ……GM……? なんで……!?」

 

 アキも腰が抜けたように床に手をつき、信じられないものを見る目で、GMがいた場所――今はただ、おぞましい残骸が散らばる場所を見つめている。

 

「そんな……事故? 何かの間違いじゃ……」

 

 ハルはかろうじて立っていたが、顔面は蒼白で、声は上ずっている。震える手で自身の首輪に触れ、恐怖を押し殺そうとしているのが見て取れた。

 

 フユは、声も出さずにその場に立ち尽くしていた。だが、その蒼氷(そうひょう)の瞳は大きく見開かれ、他の誰よりも早く状況を理解しようと努めているようだった。指先はカタカタと小刻みに震えている。あの首輪――自分たちが着けているものと()()()()が、GMを殺したのだ。

 

「……っ!」

 

 フユは咄嗟に自分の首輪に手をかけ、外そうとした。だが、首輪は皮膚に吸い付くようにぴったりと固定されており、びくともしない。継ぎ目も、ロックを解除するようなボタンも見当たらない。

 

「だめ……外れない……!」

 

 フユの切羽詰まった声に、他のメンバーも我に返り、パニックになりながら自分の首輪を外そうと試みる。

 

「なんで!? どうなってるの!?」

「外して! 誰かこれを外してよ!」

「いやあああ! 死にたくない! 死にたくないよぉ!」

 

 ロッジの中に、少女たちの悲鳴と嗚咽が響き渡る。それはもはや、Vチューバーのキャラクターとしての声ではなく、恐怖に駆られた生身の人間の叫びだった。

 

 その狂騒を打ち破るように、リビングの隅に置かれていた年代物のブラウン管テレビが、ブツン、と音を立てて不意に起動した。砂嵐の画面が一瞬映し出された後、そこに現れたのは――先ほどまで目の前で生きていたはずの、狐耳の少女、GMの姿だった。表情は変わらない。だが、その声には生前の快活さとは違う、どこか平板で、冷たい響きが混じっていた。まるで、完璧に模倣された録音音声のようだ。これは生前のGM本人ではなく、そのデータを学習したAIである。

 

『――やあやあ、諸君。驚いたかい? これより、ゲームのルールを説明するよ』

 

 画面の中のGM(AI)は、先ほどと同じように指を組み、不遜な笑みを浮かべている。しかし、背景はあの白いオフィスではなく、ただのノイズがかった黒だ。

 

「GM……!? あなた……なの……?」

 

 ハルが信じられないものを見るように、画面の中の存在に問いかける。目の前の死体と、画面の中の動くGM。その異常な光景に、声が震える。

 

『正確には、僕の思考パターンと音声を学習したAI、とでも言っておこうかな。本体はご覧の通り、ちょっとしたアート作品になっちゃったからね。まあ、これからのゲーム進行は、この()()()()()が責任を持って務めさせてもらうよ』

 

 画面の中のGM(AI)は、床に転がる自身の残骸を指すような素振りを見せた。その口調は生前のGMそのものだが、感情が抜け落ちている。

 

「ゲームって……あなた、自分で死んでおいて……どういうつもりなの!? これはゲームなんかじゃ……!」

 

 アキが涙ながらに抗議する。

 

『んー? だから言ったじゃないか。これは()()()()()()()()()()だって。僕のこのパフォーマンスは、君たちにゲームの()()()を理解してもらうための、まあ、派手なオープニングセレモニーみたいなものさ』

 

「人が死んでるのよ!? それが演出ですって!? ふざけないで!」

 

 ナツが恐怖と怒りに震えながら叫ぶ。

 

『感情的になるのはわかるけどさ、ルール説明の時間は限られてるんだ。聞き逃して損するのは君たち自身だよ? いい子だから、ちゃんと聞いてくれるかな?』

 

 GM(AI)は、子供に言い聞かせるような口調で言った。その声色と内容の乖離が、異様な恐怖感を掻き立てる。

 

『まず、大前提として。君たちの今の行動は、ぜーんぶ、リアルタイムで全世界に配信されているからね』

 

「配信……!?」

 

 四人の顔が、恐怖に引きつった。この惨状も、自分たちの怯えも、全てが見られているという事実に、背筋が凍る。

 

『ただし、君たちは視聴者のコメントとか、そういうのは直接見られないようになってる。いわゆる一方通行コミュニケーションってやつだね。残念でした』

 

「そんな……じゃあ、助けを求めることもできないっていうの……?」

 

 ハルが絶望に声を震わせる。

 

『そういうこと。さあ、ここからがこのゲームのキモだよ。よーく聞いておくんだぞ?』

 

 GMは、芝居がかった間を置いた。

 

『これから()()()()()に、視聴者のみんなによる人気投票を行いまーす! その結果、いっちばん票数の少なかった子。つまり、視聴者から()()()()()()()()が一人、その素敵な首輪でバーン! と、お星さまになりまーす』

 

 GM(AI)は、爆発のジェスチャーをしながら、無邪気に言い放った。

 

「……は?」

「しょ、処分……?」

「人気投票で……死ぬ……って……こと……?」

 

 その残酷すぎるルールに、四人は言葉を失う。人気という曖昧な指標が、文字通り生死を分かつ。

 

『もし、最低人気の子が複数いた場合はどうなるかって? いい質問だね! その場合は、10分後にその子たちだけで決選投票! それでも同票が3回続いたら……残念! 全員まとめてドカーン! だ。仲良しこよしは結構だけど、心中はオススメしないかな』

 

「むちゃくちゃだ……悪趣味すぎる……」

 

 フユが低く呻いた。

 

『あ、そうだ。このロッジの外に出るのは自由だよ。島の中を探検するのもいいんじゃない? 泳いで島から脱出? んー、まあ、やってもいいけど。次の投票まであと()()()しかないのに、何十キロも先の陸地までたどり着けるっていう超人的な自信があるなら、止めはしないよ? あ、サメとかにも気をつけてね。ロッジの設備とか食べ物は自由に使っていいよ。快適な環境は用意してあげたんだから、感謝してほしいな』

 

 GMは、あたかも親切心からアドバイスするかのように付け加えた。脱出が物理的に不可能ではないと示唆しつつ、時間制限と現実的な困難さを強調することで、かえって逃げ場のない絶望感を際立たせる。

 

『さて、このデスゲームは、最後のひとりになるまで続く。つまり、最後まで生き残れるのは、視聴者から()()()()()()()()、たった一人のシンデレラだけってわけ。わかったかな?』

 

 ブラウン管テレビの画面の中で、GMはにっこりと、しかし感情の温度を感じさせない笑みを浮かべて、最後の宣告を締めくくった。

 砂嵐が再び画面を覆い、テレビはプツンと音を立てて沈黙した。

 

 後に残されたのは、GMの無残な死体と、恐怖と絶望に打ちひしがれる四人の少女たち。そして、自分たちの生死が、顔の見えない視聴者の「人気」という気まぐれな指標に委ねられたという、あまりにも残酷な現実だけだった。

 

ブラウン管テレビが沈黙し、再びロッジを満たしたのは、死の匂いと、少女たちの絶望的な呼吸音だけだった。

 床に飛び散ったGMの残骸が、この惨劇が現実であることを無言で物語っている。

 

「う……うわああああああん! いやだ! 死にたくない! 助けて! 誰か助けてよぉ!」

 

 最初に沈黙を破ったのは、やはりナツだった。子供のように床に突っ伏し、手足をばたつかせながら泣き叫ぶ。その声は悲痛で、聞いている者の心を掻きむしる。

 

「落ち着いて、ナツちゃん!」

 

 アキが駆け寄り、震える手でナツの背中をさするが、自身も涙を止められない。

 

「助けてって言ったって……誰に……? 配信されてるって言ってたけど、コメントは見られないんでしょ……?」

 

「でも! 見てる人はいるんでしょ!? この状況が異常だって、誰か気づいてくれるはずよ! 警察とか……!」

 

 ハルが必死に訴える。その声には、僅かな希望にすがりつこうとする意志が感じられた。彼女はロッジに設置されているであろうカメラに向かって叫んだ。

 

「お願い! 誰か! 私たちを助けてください! これはただの企画じゃない! 本当に人が死んでるんです! お願いします!」

 

 しかし、その声に応える者はいない。無機質なカメラのレンズが、ただ彼女たちの姿を捉え続けているだけだ。

 

「……無駄かもしれない」

 

 壁に背を預け、顔を伏せていたフユが、か細い声で呟いた。

 

「無駄って……どういうことよ、フユ!」

 

 ハルが食ってかかる。

 

「考えてみて。この状況……異常すぎる。でも、私たちはVチューバーだ。画面の向こうの視聴者にとっては、私たちが今体験していることが()()なのか、それとも手の込んだ()()なのか、判別がつかないんじゃないか?」

 

「演出……? GMは死んだのよ!? 首が吹き飛んだの! あれが演出だって言うの!?」

 

 アキが信じられないといった表情でフユを見る。

 

「視聴者が見ているのは、私たちと同じ『生』の光景じゃない。GMも言っていた……『二次元加工された映像』として配信されている可能性がある。だとしたら、どれだけショッキングな映像でも、それは『そういう過激な表現の作品』として受け取られるだけかもしれない」

 

 フユの冷静な分析が、ハルたちの抱いた僅かな希望を打ち砕いていく。

 

「それに……私たちVチューバーが、普段から『キャラ』を演じていることも、ヤラセ疑惑を助長する要因になる」フユは続けた。「たとえば、私が今こうして冷静に分析しているのだって、『クールキャラのフユが、デスゲームの状況下で知的な考察をしている』っていう、そういう()()()()()()だと思われても仕方ない」

 

「じゃあ、ナツがこうして泣き叫んでるのも……演技だって思われるってこと……?」

 

 アキが愕然として呟く。

 

「可能性は、ある。Vチューバーの世界では、3ヶ月前から18禁指定のチャンネルも解禁された。私たちのユニット『シキオリオリ』も、人気低迷の打開策として、際どい企画に挑戦するために、たしか……指定を受けていたはずだ」

 

 フユの言葉に、ハルとアキは顔を見合わせる。そんな手続きがあったことすら、忘れていた。

 

「だから……このデスゲームも、その『際どい企画』の一環だって、視聴者は解釈してるかもしれない。『過激だけど、あくまでVチューバーのエンタメの範囲内』だって……」

 

「そんな……じゃあ、どうすれば……? どうすれば、これが本当のことだって信じてもらえるの……?」

 

 ハルの声は、絶望の色を濃くしていた。

 

「一つ、方法があるかもしれない」

 

 それまで黙って聞いていたナツが、不意に顔を上げた。涙で濡れた瞳に、奇妙な光が宿っている。

 

「え……?」

 

「誰か……()()()()死ねばいいんじゃないかな」

 

 ナツの口から発せられた言葉に、ハル、アキ、フユは息を呑んだ。

 

「誰かが……たとえば、あたしがハルに襲いかかって、殺されそうになるとか……。そういう、Vチューバーが絶対にやらないような、生々しい憎悪とか、殺意とか……そういうのが配信されれば、さすがに『これはヤバい』って、リスナーも気づくんじゃない?」

 

「ナツちゃん!」アキが悲鳴に近い声を上げる。「なんてこと言うの! それは危険すぎる発想よ!」

 

「でも、他に方法ある!? このままじゃ、6時間後に誰かが投票で殺されるんだよ!? 待ってるだけじゃ、何も変わらない!」

 

 ナツは半ばヒステリックに叫ぶ。恐怖が彼女を、常軌を逸した思考へと駆り立てているかのようだった。

 

「……ナツの言うことにも、一理なくはない」フユが静かに言った。「この状況が茶番でないことを証明するには、さらに過激な出来事が必要かもしれない。ただ……」

 

 フユは言葉を切った。その先にある結論を口にするのをためらうかのように。

 

「ただ、何よ?」ハルが促す。

 

「それを実行したとして、確実に外部の助けが来るとは限らない。この島の場所もわからないし、警察が動くにしても時間がかかる。6時間というタイムリミットはあまりにも短い。誰かが犠牲になるというリスクに見合うだけの効果があるか……断言はできない」

 

「じゃあ……どうしろって言うのよ……!」

 

 ハルは頭を抱えた。進むも地獄、待つも地獄。まさに八方塞がりだった。

 

「まずは、落ち着きましょう」アキが震える声で提案した。「パニックになっていても仕方ないわ。GM……ううん、あのAIが言っていたことを整理して、私たちにできることを考えないと……」

 

「できること……?」ナツが力なく繰り返す。

 

「たとえば……今はまだ、私たち四人は生きている。このロッジの中は安全みたいだし、設備も使える。島を探検することもできるって言ってたわ。もしかしたら、何か脱出の手がかりが見つかるかもしれない」

 

 アキの言葉は、わずかながらも建設的だった。

 

「そうね……。ここにいても、ただ時間が過ぎるだけだわ。島を調べてみましょう。何か……何かあるかもしれない」

 

 ハルも同意し、立ち上がった。フユも黙って頷く。

 

「……わかったよ。行けばいいんでしょ」

 

 ナツも、アキに手を引かれて、しぶしぶ立ち上がった。

 床に広がるGMの残骸から目をそらし、四人は重い足取りで、ロッジの出口へと向かった。

 外には、皮肉なほど明るい南国の太陽が降り注いでいた。

 

どのキャラが一番好きかな?

  • ハル
  • ナツ
  • アキ
  • フユ
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