推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ― 作:夢野ベル子
一瞬の閃光と轟音。
何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
目の前で爆散したGMの
バーチャル空間での暴力表現には慣れているはずだった。ゲームやアニメで、もっと凄惨な描写だって見てきたはずだ。
だが、これは違う。
目の前で、さっきまで言葉を交わしていた相手が、文字通り
現実感のないアニメ的なガワをまとっていても、その衝撃は生々しく、内臓を直接掴まれたような不快感と恐怖がこみ上げてくる。
「きゃあああああっ!!」
最初に悲鳴を上げたのはナツだった。小さな身体を震わせ、その場にへたり込む。
「うそ……GM……? なんで……!?」
アキも腰が抜けたように床に手をつき、信じられないものを見る目で、GMがいた場所――今はただ、おぞましい残骸が散らばる場所を見つめている。
「そんな……事故? 何かの間違いじゃ……」
ハルはかろうじて立っていたが、顔面は蒼白で、声は上ずっている。震える手で自身の首輪に触れ、恐怖を押し殺そうとしているのが見て取れた。
フユは、声も出さずにその場に立ち尽くしていた。だが、その
「……っ!」
フユは咄嗟に自分の首輪に手をかけ、外そうとした。だが、首輪は皮膚に吸い付くようにぴったりと固定されており、びくともしない。継ぎ目も、ロックを解除するようなボタンも見当たらない。
「だめ……外れない……!」
フユの切羽詰まった声に、他のメンバーも我に返り、パニックになりながら自分の首輪を外そうと試みる。
「なんで!? どうなってるの!?」
「外して! 誰かこれを外してよ!」
「いやあああ! 死にたくない! 死にたくないよぉ!」
ロッジの中に、少女たちの悲鳴と嗚咽が響き渡る。それはもはや、Vチューバーのキャラクターとしての声ではなく、恐怖に駆られた生身の人間の叫びだった。
その狂騒を打ち破るように、リビングの隅に置かれていた年代物のブラウン管テレビが、ブツン、と音を立てて不意に起動した。砂嵐の画面が一瞬映し出された後、そこに現れたのは――先ほどまで目の前で生きていたはずの、狐耳の少女、GMの姿だった。表情は変わらない。だが、その声には生前の快活さとは違う、どこか平板で、冷たい響きが混じっていた。まるで、完璧に模倣された録音音声のようだ。これは生前のGM本人ではなく、そのデータを学習したAIである。
『――やあやあ、諸君。驚いたかい? これより、ゲームのルールを説明するよ』
画面の中のGM(AI)は、先ほどと同じように指を組み、不遜な笑みを浮かべている。しかし、背景はあの白いオフィスではなく、ただのノイズがかった黒だ。
「GM……!? あなた……なの……?」
ハルが信じられないものを見るように、画面の中の存在に問いかける。目の前の死体と、画面の中の動くGM。その異常な光景に、声が震える。
『正確には、僕の思考パターンと音声を学習したAI、とでも言っておこうかな。本体はご覧の通り、ちょっとしたアート作品になっちゃったからね。まあ、これからのゲーム進行は、この
画面の中のGM(AI)は、床に転がる自身の残骸を指すような素振りを見せた。その口調は生前のGMそのものだが、感情が抜け落ちている。
「ゲームって……あなた、自分で死んでおいて……どういうつもりなの!? これはゲームなんかじゃ……!」
アキが涙ながらに抗議する。
『んー? だから言ったじゃないか。これは
「人が死んでるのよ!? それが演出ですって!? ふざけないで!」
ナツが恐怖と怒りに震えながら叫ぶ。
『感情的になるのはわかるけどさ、ルール説明の時間は限られてるんだ。聞き逃して損するのは君たち自身だよ? いい子だから、ちゃんと聞いてくれるかな?』
GM(AI)は、子供に言い聞かせるような口調で言った。その声色と内容の乖離が、異様な恐怖感を掻き立てる。
『まず、大前提として。君たちの今の行動は、ぜーんぶ、リアルタイムで全世界に配信されているからね』
「配信……!?」
四人の顔が、恐怖に引きつった。この惨状も、自分たちの怯えも、全てが見られているという事実に、背筋が凍る。
『ただし、君たちは視聴者のコメントとか、そういうのは直接見られないようになってる。いわゆる一方通行コミュニケーションってやつだね。残念でした』
「そんな……じゃあ、助けを求めることもできないっていうの……?」
ハルが絶望に声を震わせる。
『そういうこと。さあ、ここからがこのゲームのキモだよ。よーく聞いておくんだぞ?』
GMは、芝居がかった間を置いた。
『これから
GM(AI)は、爆発のジェスチャーをしながら、無邪気に言い放った。
「……は?」
「しょ、処分……?」
「人気投票で……死ぬ……って……こと……?」
その残酷すぎるルールに、四人は言葉を失う。人気という曖昧な指標が、文字通り生死を分かつ。
『もし、最低人気の子が複数いた場合はどうなるかって? いい質問だね! その場合は、10分後にその子たちだけで決選投票! それでも同票が3回続いたら……残念! 全員まとめてドカーン! だ。仲良しこよしは結構だけど、心中はオススメしないかな』
「むちゃくちゃだ……悪趣味すぎる……」
フユが低く呻いた。
『あ、そうだ。このロッジの外に出るのは自由だよ。島の中を探検するのもいいんじゃない? 泳いで島から脱出? んー、まあ、やってもいいけど。次の投票まであと
GMは、あたかも親切心からアドバイスするかのように付け加えた。脱出が物理的に不可能ではないと示唆しつつ、時間制限と現実的な困難さを強調することで、かえって逃げ場のない絶望感を際立たせる。
『さて、このデスゲームは、最後のひとりになるまで続く。つまり、最後まで生き残れるのは、視聴者から
ブラウン管テレビの画面の中で、GMはにっこりと、しかし感情の温度を感じさせない笑みを浮かべて、最後の宣告を締めくくった。
砂嵐が再び画面を覆い、テレビはプツンと音を立てて沈黙した。
後に残されたのは、GMの無残な死体と、恐怖と絶望に打ちひしがれる四人の少女たち。そして、自分たちの生死が、顔の見えない視聴者の「人気」という気まぐれな指標に委ねられたという、あまりにも残酷な現実だけだった。
ブラウン管テレビが沈黙し、再びロッジを満たしたのは、死の匂いと、少女たちの絶望的な呼吸音だけだった。
床に飛び散ったGMの残骸が、この惨劇が現実であることを無言で物語っている。
「う……うわああああああん! いやだ! 死にたくない! 助けて! 誰か助けてよぉ!」
最初に沈黙を破ったのは、やはりナツだった。子供のように床に突っ伏し、手足をばたつかせながら泣き叫ぶ。その声は悲痛で、聞いている者の心を掻きむしる。
「落ち着いて、ナツちゃん!」
アキが駆け寄り、震える手でナツの背中をさするが、自身も涙を止められない。
「助けてって言ったって……誰に……? 配信されてるって言ってたけど、コメントは見られないんでしょ……?」
「でも! 見てる人はいるんでしょ!? この状況が異常だって、誰か気づいてくれるはずよ! 警察とか……!」
ハルが必死に訴える。その声には、僅かな希望にすがりつこうとする意志が感じられた。彼女はロッジに設置されているであろうカメラに向かって叫んだ。
「お願い! 誰か! 私たちを助けてください! これはただの企画じゃない! 本当に人が死んでるんです! お願いします!」
しかし、その声に応える者はいない。無機質なカメラのレンズが、ただ彼女たちの姿を捉え続けているだけだ。
「……無駄かもしれない」
壁に背を預け、顔を伏せていたフユが、か細い声で呟いた。
「無駄って……どういうことよ、フユ!」
ハルが食ってかかる。
「考えてみて。この状況……異常すぎる。でも、私たちはVチューバーだ。画面の向こうの視聴者にとっては、私たちが今体験していることが
「演出……? GMは死んだのよ!? 首が吹き飛んだの! あれが演出だって言うの!?」
アキが信じられないといった表情でフユを見る。
「視聴者が見ているのは、私たちと同じ『生』の光景じゃない。GMも言っていた……『二次元加工された映像』として配信されている可能性がある。だとしたら、どれだけショッキングな映像でも、それは『そういう過激な表現の作品』として受け取られるだけかもしれない」
フユの冷静な分析が、ハルたちの抱いた僅かな希望を打ち砕いていく。
「それに……私たちVチューバーが、普段から『キャラ』を演じていることも、ヤラセ疑惑を助長する要因になる」フユは続けた。「たとえば、私が今こうして冷静に分析しているのだって、『クールキャラのフユが、デスゲームの状況下で知的な考察をしている』っていう、そういう
「じゃあ、ナツがこうして泣き叫んでるのも……演技だって思われるってこと……?」
アキが愕然として呟く。
「可能性は、ある。Vチューバーの世界では、3ヶ月前から18禁指定のチャンネルも解禁された。私たちのユニット『シキオリオリ』も、人気低迷の打開策として、際どい企画に挑戦するために、たしか……指定を受けていたはずだ」
フユの言葉に、ハルとアキは顔を見合わせる。そんな手続きがあったことすら、忘れていた。
「だから……このデスゲームも、その『際どい企画』の一環だって、視聴者は解釈してるかもしれない。『過激だけど、あくまでVチューバーのエンタメの範囲内』だって……」
「そんな……じゃあ、どうすれば……? どうすれば、これが本当のことだって信じてもらえるの……?」
ハルの声は、絶望の色を濃くしていた。
「一つ、方法があるかもしれない」
それまで黙って聞いていたナツが、不意に顔を上げた。涙で濡れた瞳に、奇妙な光が宿っている。
「え……?」
「誰か……
ナツの口から発せられた言葉に、ハル、アキ、フユは息を呑んだ。
「誰かが……たとえば、あたしがハルに襲いかかって、殺されそうになるとか……。そういう、Vチューバーが絶対にやらないような、生々しい憎悪とか、殺意とか……そういうのが配信されれば、さすがに『これはヤバい』って、リスナーも気づくんじゃない?」
「ナツちゃん!」アキが悲鳴に近い声を上げる。「なんてこと言うの! それは危険すぎる発想よ!」
「でも、他に方法ある!? このままじゃ、6時間後に誰かが投票で殺されるんだよ!? 待ってるだけじゃ、何も変わらない!」
ナツは半ばヒステリックに叫ぶ。恐怖が彼女を、常軌を逸した思考へと駆り立てているかのようだった。
「……ナツの言うことにも、一理なくはない」フユが静かに言った。「この状況が茶番でないことを証明するには、さらに過激な出来事が必要かもしれない。ただ……」
フユは言葉を切った。その先にある結論を口にするのをためらうかのように。
「ただ、何よ?」ハルが促す。
「それを実行したとして、確実に外部の助けが来るとは限らない。この島の場所もわからないし、警察が動くにしても時間がかかる。6時間というタイムリミットはあまりにも短い。誰かが犠牲になるというリスクに見合うだけの効果があるか……断言はできない」
「じゃあ……どうしろって言うのよ……!」
ハルは頭を抱えた。進むも地獄、待つも地獄。まさに八方塞がりだった。
「まずは、落ち着きましょう」アキが震える声で提案した。「パニックになっていても仕方ないわ。GM……ううん、あのAIが言っていたことを整理して、私たちにできることを考えないと……」
「できること……?」ナツが力なく繰り返す。
「たとえば……今はまだ、私たち四人は生きている。このロッジの中は安全みたいだし、設備も使える。島を探検することもできるって言ってたわ。もしかしたら、何か脱出の手がかりが見つかるかもしれない」
アキの言葉は、わずかながらも建設的だった。
「そうね……。ここにいても、ただ時間が過ぎるだけだわ。島を調べてみましょう。何か……何かあるかもしれない」
ハルも同意し、立ち上がった。フユも黙って頷く。
「……わかったよ。行けばいいんでしょ」
ナツも、アキに手を引かれて、しぶしぶ立ち上がった。
床に広がるGMの残骸から目をそらし、四人は重い足取りで、ロッジの出口へと向かった。
外には、皮肉なほど明るい南国の太陽が降り注いでいた。
どのキャラが一番好きかな?
-
ハル
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ナツ
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アキ
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フユ