推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ― 作:夢野ベル子
ロッジの外に出ると、むわりとした熱気が肌を撫でた。蝉の声のような、あるいは電子音のようにも聞こえる不思議な音が、島の奥から響いてくる。
そして、GMが飛ばしたあの小型ドローンが、常に数メートルの距離を保ちながら、ホバリング音を立てて四人の後をついてくる。その無機質なレンズが、自分たちのあらゆる行動を記録し、配信しているのだと思うと、息苦しさを覚えた。
目の前には手付かずのように見える緑の密林が広がり、背後には穏やかな波が打ち寄せる白い砂浜と、どこまでも青い海が見えた。絵に描いたような南国の風景だが、今の彼女たちにとっては、監視カメラ付きの美しい牢獄にしか見えない。
「そうだ、クルーザーは!?」
ハルがはっとして、自分たちが降り立った桟橋の方へ駆け出した。他の三人も慌てて後を追う。もちろん、ドローンも滑るように追従してくる。もしクルーザーが残っていれば、通信手段があるかもしれないし、最悪、あれで島を脱出できるかもしれない。僅かな希望が胸に灯る。
しかし、桟橋にたどり着いた四人が見たものは、ただ空っぽの海面だけだった。さっきまでそこにあったはずの白いクルーザーは、影も形もない。
「嘘……どこに行ったの……?」
アキが呆然と呟く。
「自動運転か何かで、勝手に離岸しちゃったのかな……」
ナツが力なく推測するが、それがGMの――あるいは、このゲームの仕掛けであることは明らかだった。物理的な脱出手段は、これで完全に断たれたことになる。頭上のドローンの存在が、その絶望感をさらに強調するかのようだ。
「……やっぱり、島を調べるしかなさそうね」
ハルは唇を噛みしめ、改めて島の方へ向き直った。
「GMのやつ……あたしたちを騙して……!」
ナツが砂浜を蹴りつけ、悔しそうに叫ぶ。その足元で、小さなヤドカリが慌てて貝殻に引っ込んだ。ドローンが、その様子をアップで捉えようと少し高度を下げる。
「今はGMを恨んでも仕方ないわ。とにかく、何か手がかりを探しましょう。この島、どれくらいの広さなのかしら」
ハルが気を取り直して言った。ドローンは再び高度を戻す。
「GMは『意外と広い』って言ってたけど……見た感じ、そこまで巨大な島には見えない。周囲を歩いて回れるかもしれない」
フユが冷静に周囲を見渡しながら分析する。ドローンのレンズがフユの顔を捉える。
「よし、じゃあ、まずは海岸線に沿って歩いてみない? もしかしたら、他の船とか、人が住んでる痕跡とかが見つかるかもしれないし」
ハルの提案に、三人も頷いた。
四人は砂浜を歩き始めた。ドローンは一定の距離を保ち、常に彼女たちの行動をフレームに収めている。さらさらとした白い砂が、足元をくすぐる。時折、波打ち際まで歩み寄り、寄せては返す波に足を浸してみる。ひんやりとした感触が心地よかったが、それも束の間、すぐに首筋の冷たい首輪と、頭上をつきまとうドローンの存在を思い出してしまう。
一時間ほど歩いただろうか。島はフユの推測通り、それほど大きくはなかった。おそらく、直径1キロメートル程度の小さな円形の島だ。海岸線を一周したが、結果として見つかったのは、美しい景色と、奇妙なほど人の気配がないという事実だけだった。他の船はおろか、漂着物一つ見当たらない。まるで、この島が外部の世界から完全に隔絶されているかのように。ドローンは、その何もなさを淡々と記録し続ける。
「やっぱり……何もなしか……」
ナツが肩を落とす。
「そんな……じゃあ、本当にこの島から出る方法はないの……?」
アキの声も沈んでいる。
「諦めるのはまだ早い。物理的な脱出が無理でも、通信手段とか、あるいはGMが何か……情報を隠している可能性もある。ロッジの中をもっと詳しく調べてみましょう」
ハルは皆を励ますように言った。まだ希望は捨てていない、という強い意志がその声にはあった。
「そうね……ロッジには個室もあった。もしかしたら、それぞれの部屋に何か……」
フユもハルの意見に同意し、ロッジへと引き返すことにした。ドローンも静かに後を追う。
再びロッジに戻った四人は、まずリビングやキッチン、共有スペースなどを手分けして調べ始めた。ロッジ内にはドローンは入ってこなかったが、部屋の各所に設置された小型カメラの赤いランプが点灯しており、監視が続いていることを示唆していた。
しかし、そこにあるのは最新式の家具や家電、豊富な食料や備品ばかり。豪華で快適ではあるが、この異常な状況を打開するようなものは何も見つからない。壁や床を叩いて隠し通路を探したりもしたが、空しいだけだった。
「やっぱり、ここにも何もないのかな……」
リビングのソファにぐったりと座り込み、ナツが呟く。
「残るは……個室ね」
ハルが、奥に並ぶ四つのドアを見つめながら言った。ドアには、それぞれの名前が記されたシンプルなプレートが取り付けられている。
「自分の部屋は、自分で調べるのが筋だろうけど……」
フユが少し躊躇うように言った。プライベートな空間を見ることへの抵抗感が、その表情に滲む。
「そうね。まずは、自分の部屋を確認しましょう。何か見つけたら、すぐにみんなに報告するってことで、いい?」
アキの提案に、全員が頷いた。
四人はそれぞれの名前が記されたドアの前に立ち、深呼吸をしてから、同時にドアを開けた。
ハルの部屋は、桜色を基調とした可愛らしい内装だった。大きな鏡付きのドレッサー、ふかふかのベッド、そして窓際には小さなデスクが置かれ、ノートパソコンが一台開かれていた。壁には、ファンからもらったと思われる手作りの応援グッズなどが飾られている。
ハルはまず、部屋全体を見渡し、不審な点がないかを確認する。次に、デスクの上のノートパソコンに目を向けた。電源は入っており、デスクトップ画面が表示されている。壁紙は『シキオリオリ』四人の集合写真だ。
マウスを動かし、ファイルフォルダを開いてみる。音楽ファイル、配信用の資料、ファンレターのデータ……ごく普通のファイルが並んでいる。だが、その中に一つだけ、妙に階層の深い場所に隠されたフォルダを見つけた。フォルダ名はランダムな英数字の羅列。嫌な予感が背筋を走り、指が震える。意を決してフォルダを開くと、中には数枚の画像ファイルが……。
ハルは息を呑み、反射的に画面を手で覆った。それは、見覚えのある自分の姿……しかし、到底他人には見せられないような、プライベートな……。顔が急速に青ざめていく。ハルは狼狽し、震える手でフォルダを閉じ、パソコンの電源ボタンを長押しして強制的にシャットダウンした。心臓が早鐘のように打ち、浅い呼吸を繰り返す。この情報が漏れたら、Vチューバーとしての生命は……いや、このゲームでの生命が終わるかもしれない。
ナツの部屋は、青と白を基調にした、まるで子供部屋のような雰囲気だった。壁にはゲームのポスターが貼られ、棚にはフィギュアやゲームソフトがぎっしりと並んでいる。大きなゲーミングモニターと高性能そうなパソコンが目を引く。
ナツはベッドに飛び乗り、枕元のぬいぐるみを抱きしめた。少し落ち着いてから、パソコンの前に座る。壁紙は、ナツ自身がお気に入りのゲームキャラに扮したイラストだ。
フォルダを漁ってみるが、ほとんどがゲームのデータや配信の録画ファイルばかり。しかし、一つだけ隠しフォルダのようなものを見つけた。『記録』とだけ名付けられたフォルダ。軽い気持ちで開いてみると、そこには……。
ナツは目を見開いた。それは、過去に自分が犯した過ちの……詳細な記録。万引きのリスト、反省文らしきもの、そして示談金の記録まで。
ナツは慌ててファイルを閉じようとしたが、ふと手が止まる。他の子のパソコンにも、何か弱みが隠されているのではないか? これを利用すれば、自分だけ助かる道が開けるかもしれない……。そんな考えが頭をよぎり、ナツは自分の浅ましさに気づいてか、顔を歪めた。
アキの部屋は、ブラウンやベージュを基調とした、落ち着いた雰囲気の空間だった。観葉植物が置かれ、アロマディフューザーからは微かにラベンダーの香りが漂っている。本棚には料理や自己啓発系の本が並び、彼女の穏やかな性格を表しているようだ。
アキはまず、部屋の隅々まで異常がないかを確認した。次にパソコンを開くと、壁紙は愛らしい猫の写真だ。フォルダの中には、レシピのメモや、配信で使ったトークネタなどが整理されている。
しかし、デスクトップに一つだけ、見慣れないテキストファイルがある。『GMより』と題されたファイル。胸騒ぎを覚えながらファイルを開くと、そこには……。
『アキさんへ。あなたは優しい人ですが、残念ながら人気投票では常に最下位候補です。このままでは、最初の脱落者になる可能性が極めて高いでしょう。ですが、一つだけ、あなたが生き残るためのヒントを差し上げます……』
ファイルには、他のメンバー(特にナツ)を陥れるための具体的な方法が、悪魔の囁きのように記されていた。アキはファイルを閉じ、しばらくの間、呆然と画面を見つめていた。やがて、その瞳からいつもの穏やかな光が消え、何かを決意したような、硬い表情へと変わっていった。
フユの部屋は、白と黒を基調とした、シンプルで無機質な空間だった。余計な装飾は一切なく、整理整頓が行き届いている。壁には複雑な数式やプログラムコードが書かれたホワイトボードがあり、大型のモニターが複数設置されたデスクが、部屋の主の専門分野を物語っていた。
フユはまず、部屋のネットワーク環境やセキュリティを確認した。外部との接続は完全に遮断されているようだ。次にパソコンを起動する。壁紙は真っ黒だ。
ファイルシステムを解析するようにフォルダを調べていくと、やはり隠された領域が存在した。暗号化されたファイルを開くためのパスワードは……自身のトラウマを抉るような文字列。震える指で入力すると、ファイルが開かれた。そこには……。
フユは無表情のまま、画面に表示された過去の記録を見つめていた。いじめ、暴行……そして、それに対する自らの行った報復行為。公にはされていない、しかし決して消せない罪の証拠。
フユはファイルを閉じ、静かに目を伏せた。この情報は、使い方によっては強力な武器になる。しかし、同時に自分自身を滅ぼしかねない諸刃の剣だ。他のメンバーのパソコンにも、同様の『爆弾』が仕掛けられている可能性は高い。これをどう利用するか……。フユは唇をきつく結び、思考を巡らせ始めた。自分だけが生き残るためか、それとも……。
それぞれの部屋で、それぞれの秘密と対峙した四人。重い沈黙が、ロッジ全体を支配していた。
最初に動いたのは、アキだった。
彼女は静かに自室のドアを開け、廊下に出た。そして、迷いのない足取りで、隣のナツの部屋のドアの前に立つ。ドアプレートに記された『夏川ナツ』の名前を、冷たい目で見つめる。
コンコン、と。アキはドアを二度ノックした。鍵はかかっていないはずだが、あえて存在を知らせるかのように。
「ナツちゃん? いる?」
穏やかな、しかしどこか抑揚のない声で呼びかける。
部屋の中から、ナツの訝しむような声が聞こえた。
「アキ姉? どうしたの?」
「ちょっと、話があって。入ってもいいかしら?」
「うん、いいけど……」
ナツがドアを開けると、そこに立っていたアキの表情を見て、一瞬息を呑んだ。
アキは微笑んでいた。いつもの優しい笑顔だ。しかし、その瞳の奥には、ナツが見たことのない冷たい光が宿っていた。そして、その手には……キッチンの戸棚から持ち出したのであろう、銀色に鈍く光る
「アキ……姉……? その包丁……」
ナツの声が震える。
「大丈夫よ、ナツちゃん。これはね……私たちの未来のためなの」
アキはそう言うと、微笑みを浮かべたまま、ナツに向かってゆっくりと包丁を振り上げた。
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ハル
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アキ
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