推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ―   作:夢野ベル子

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「きゃあああっ!」

 

 ナツは咄嗟に後ろへ飛び退き、尻餅をついた。振り上げられた包丁の切っ先が、ナツの鼻先を掠める。冷たい金属の感触と、アキの瞳に宿る狂気が、ナツの全身を凍りつかせた。

 

「アキ姉! な、何するの!?」

 

 ナツは恐怖に引きつった声を上げる。後ずさろうとするが、狭い部屋の中ではすぐに壁に背中がぶつかってしまう。

 

「言ったでしょ? これは()()のためだって」

 

 アキは微笑みを崩さないまま、ゆっくりとナツに歩み寄る。その目は笑っていない。まるで獲物を追い詰める肉食獣のように、冷徹な光を湛えている。

 

「未来って……人を殺すのが、未来なの!?」

 

「あら、人聞きの悪いこと言わないで。殺すなんて、そんな……ただ、少しだけ()()してほしいだけよ。ナツちゃんのためでもあるんだから」

 

 アキは包丁の切っ先をナツの喉元に突きつける。ひやりとした感触に、ナツは息を呑んだ。

 

「協力……?」

 

「そう。私たちが今、どんなに危険な状況にいるか、視聴者の方々に()()()理解してもらう必要があるでしょ? そのためには、ちょっとした()()()が必要なのよ」

 

 アキの声は、どこまでも穏やかだった。しかし、その言葉の内容は、ナツを絶望させるのに十分だった。アキは、自分を傷つけることで、このデスゲームがヤラセではないと証明しようとしているのだ。

 

「いや……いやだ! やめて!」

 

 ナツは必死に首を横に振る。

 

「大丈夫、痛くしないように気をつけるから。ほら、じっとして……」

 

 アキが包丁を持つ手に力を込めようとした、その時だった。

 

「アキさん! やめなさい!」

 

 鋭い声とともに、ナツの部屋のドアが勢いよく開け放たれた。ハルとフユが、廊下での物音を聞きつけて駆けつけたのだ。

 

 二人は部屋の中の光景を見て、絶句した。包丁を構えるアキと、壁際で怯えるナツ。一触即発の状況であることは明らかだった。

 

「アキさん、あなた、正気!?」

 

 ハルが叫ぶ。

 

「あら、ハルちゃんにフユちゃん。ちょうどよかったわ。あなたたちにも、この()()()の証人になってもらわないと」

 

 アキは二人を一瞥すると、再びナツに意識を戻した。

 

「……フユ、行くよ!」

 

「……了解」

 

 ハルとフユはアイコンタクトを交わすと、同時にアキに飛びかかった。

 フユが低い姿勢でアキの足元にタックルし、バランスを崩させる。ハルはその隙に、アキが包丁を持つ右腕を掴み、壁に押さえつけた。

 

「ぐっ……!」

 

 不意を突かれたアキは体勢を崩し、腕を押さえつけられて呻き声を上げる。それでもなお、包丁を手放そうとはしない。

 

「離して! これは、みんなのためなのよ!」

 

 アキは必死に抵抗する。普段のおっとりとした姿からは想像もつかないほどの力だった。

 

「アキ姉……」

 

 尻餅をついたまま、ナツが呆然と呟く。

 

「アキさん! 包丁を離して!」

 

 ハルが叫びながら、アキの手首を捻り上げようとする。

 

「いやっ……!」

 

 アキが抵抗し、揉み合いになる。その拍子に、包丁がアキの手から滑り落ち、カラン、と硬い音を立てて床に転がった。

 

 武器を失ったことで、アキの抵抗は目に見えて弱まった。ハルとフユは、なおも暴れようとするアキの両腕を背中に回し、床に押さえつける。

 

「はぁ……はぁ……アキさん、どうしてこんなことを……」

 

 ハルは荒い息をつきながら、押さえつけたアキに問いかけた。

 

「どうしてって……決まってるじゃない……」

 

 床に顔を押し付けられながら、アキはくぐもった声で言った。その声には、先ほどの狂気とは違う、諦めのような響きが混じっていた。

 

「このままじゃ……私は、最初に死ぬ……。人気投票じゃ、絶対に勝てないもの……。だったら、何か……何か行動を起こさないと……!」

 

「だからって、ナツちゃんを襲うなんて!」

 

「本当に殺そうとしたんじゃないわ! これは……そう、パフォーマンスよ! このデスゲームが本当に起こっていることだと証明するには、誰かが誰かを襲うというのが効果的だと思ったの!」

 

 アキは堰を切ったように、言い訳を並べ始めた。その顔は必死だった。

 

「いくらVチューバーがキャラを演じてるって言っても限度があるでしょ? 死にそうになったら素になるじゃない! そうなったら、このデスゲームがヤラセじゃないって視聴者さんも気づいてくれるかなって思ったのよ!」

 

 床に転がった包丁を見て、アキはさらに言葉を続ける。

 

「だいたい、ほら! 最初にお部屋をノックしたでしょ? 鍵もかかってないのに、わざわざノックして存在を知らせたのよ! 本当にナツちゃんを傷つけるつもりなんてなかった証拠じゃない!」

 

「……それは、保険をかけたからじゃないですか?」

 

 それまで黙ってアキを押さえつけていたフユが、冷ややかに言った。

 

「保険……?」

 

 アキがきょとんとした顔でフユを見る。

 

「もし襲撃が成功してナツさんを無力化できればそれでよし。もし抵抗されたり、私たちに気づかれたりした場合でも、『これは演技だった』『本気じゃなかった』と言い訳できるように。ノックしたのは、失敗した場合の布石でしょう」

 

「ち、違う! 違うわ! 私は……」

 

 アキは必死に反論しようとするが、言葉が続かない。フユの指摘は、的を射ているように思えた。

 

「そもそも、このゲームでみんなが助かる道を探ったほうがいいじゃない! なのに、みんな全員が助かる道については消極的すぎるのよ! もうすぐ最初の投票の締め切り時間が来るのよ!? そしたら、本当に誰かが死ぬの! わかってるの!?」

 

 アキは、まるで被害者のように叫んだ。その瞳には涙が浮かんでいる。

 

「みんなが助かる道を見つけようと思って、さっき島の中を探索したんじゃない!」

 

 ハルが反論する。

 

「あなたはいいわよね! 前評判的には一番人気だったんだから! なにもしなければ、あなたは死なない! 安全圏にいるから、そんな悠長なことが言えるのよ!」

 

 アキはハルを睨みつけた。その瞳には、嫉妬と焦りが渦巻いている。

 

「アキさんが……そんなに追い詰められてるなんて、知らなかった……。私は、みんなの立場は同じだと思ってた。私だって死ぬのは怖い。どうしていいかもわからない。消極的に見えたかもしれないけど……」

 

 ハルはアキの言葉にショックを受け、俯いた。

 

「カマトトぶってんじゃないわよ!」

 

 アキは吐き捨てるように言った。

 

「アキ姉……」

 

 ナツが怯えたようにアキを見つめる。さっきまでの狂気と、今の必死な言い訳。どちらが本当のアキなのか、ナツにはもうわからなかった。

 

「私は……人気投票だと真っ先に死ぬ可能性が高い。だから、みんなで生き残るために……この一手に賭けたのよ! そう! そうよ! これで視聴者さんたちも気づいたはずよね!? これはヤラセじゃないわ! 本当のことなのよ! 誰か! 助けに来てくれないと、みんな死んじゃう! お願い! 誰か助けて!」

 

 アキは床に押さえつけられたまま、必死に訴え続ける。その姿は悲痛で、ある種の説得力すら感じさせた。本当に、ただみんなを助けたかっただけなのかもしれない。そう思わせるだけの切実さが、彼女の言葉にはあった。

 

 しかし、その言葉を額面通りに受け取れない者もいた。

 

「……アキ姉は、本当にボクを殺そうとしたんじゃないの……?」

 

 壁際で震えていたナツが、掠れた声で尋ねた。アキの瞳をじっと見つめながら。

 

「本当よ! 信じて、ナツちゃん! 私は誰も死なせたくなかったの!」

 

 アキはナツの問いかけに、堰を切ったように答えた。その瞳には、嘘偽りのない(ように見える)涙が溢れている。

 

「……わかった。信じる」

 

 ナツは、少しの間アキを見つめた後、小さく頷いた。

 

「ナツちゃん……!」

 

 アキの表情が、一瞬安堵に緩む。

 

「……アキさんに殺意があったのか、それとも本当になかったのか……それを証明するだけの時間は、もう残されていないわ」

 

 ハルが、重い口調で言った。壁の時計に目をやると、最初の投票締め切りまで、もういくらも時間がないことがわかる。

 

「疑わしきは罰せず、といきたいところだけど……今の状況で、アキさんを自由にしておくのは危険すぎる。ごめんなさい、アキさん。ひとまず、縛らせてもらうわ」

 

 ハルの言葉に、アキの顔から血の気が引いた。

 

「いや……やめて! お願い! 本当よ! 本当に殺すつもりなんてなかったの!」

 

 アキは再び激しく抵抗しようとするが、ハルとフユにしっかりと押さえつけられているため、身動きが取れない。

 

「ごめんなさい、アキさん。でも、これはあなたを守るためでもあるの。それに……私は、まだ全員が生き残る道を諦めたわけじゃないから」

 

 ハルはアキの目を見て、静かに、しかし強い意志を込めて言った。

 

「ナツちゃん! 何か言ってよ! 信じてくれるって言ったじゃない!」

 

 アキは最後の望みを託すように、ナツに助けを求めた。

 

「ごめん、アキ姉……」ナツは俯きながら言った。「ボクは、アキ姉がみんなのために行動してくれたって、信じてる……けど……」

 

「だったら!」

 

「……だったら、アキ姉も、ボクたちのことを信じてよ」

 

 ナツは顔を上げ、まっすぐにアキを見つめた。その瞳には、怯えだけでなく、アキへの信頼と、そして微かな悲しみが浮かんでいた。

 

「……ナツ……ちゃん……」

 

 アキの抵抗が、ぴたりと止まった。ナツの言葉が、彼女の心のどこかに響いたのかもしれない。あるいは、もはや抵抗しても無駄だと悟ったのか。

 

「……ねえ、ナツちゃん」アキは力なく呟いた。「縄で縛る前に……最後に、抱きしめさせてもらってもいいかしら……」

 

 その意外な申し出に、ハルとフユは顔を見合わせる。しかし、ナツは少しの間考えた後、こくりと頷いた。

 

「うん。いーよ」

 

 ハルとフユは、警戒しつつもアキの拘束を少し緩めた。アキはゆっくりと起き上がり、まだ床に座り込んでいるナツの前に膝をつくと、壊れ物を扱うように、優しくナツを抱きしめた。

 

「……ごめんね、ナツちゃん。怖がらせて……。生きてね……」

 

 アキはナツの耳元でそう囁くと、名残惜しそうに体を離した。その瞳は、先ほどまでの狂気や必死さとは打って変わって、不思議なほど穏やかだった。

 

 その後、アキはおとなしく縄で縛られるのに身を任せた。リビングの頑丈そうな椅子に後ろ手に縛り付けられる間も、彼女は一言も発しなかった。ただ、時折、窓の外の景色をぼんやりと眺めているだけだった。

 

 ロッジには重苦しい沈黙が流れる。

 ハル、ナツ、フユの三人は、縛られたアキから少し離れた場所に集まったが、何を話せばいいのかわからなかった。

 アキの行動は許されるものではない。しかし、彼女が追い詰められていたのも事実だ。そして、刻一刻と迫る投票の時間が、彼女たちの心をさらに重くする。

 

 壁の時計の秒針が、カチ、カチ、と無情に時を刻む音だけが、やけに大きく響いていた。

 誰もが口を開けないまま、運命の瞬間を待つしかなかった。

 

 やがて、ロッジ内に再びあの無機質な合成音声が響き渡った。

 

『――投票締め切り時間となりました。これより、集計結果を発表します』

 

 ブラウン管テレビの画面には、『集計中』の文字と、くるくると回転するローディングアイコンが表示されている。

 四人の視線が、テレビ画面に釘付けになる。

 誰が、選ばれるのか。

 誰が、死ぬのか。

 短い、しかし永遠のようにも感じられる沈黙の後、画面に結果が表示された。

 




こんな感じです。
この作品はアンケート結果がないと、死にます。
感想も評価もいらないので、アンケート結果だけでも欲しい所存。

どのキャラが一番好きかな?

  • ハル
  • ナツ
  • アキ
  • フユ
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