推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ―   作:夢野ベル子

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穢れ

 

 

 

 三人はまず、ハルの部屋へと移動した。桜色の壁紙が、今のハルの心境とは裏腹に、場違いなほど明るい。ハルは深呼吸を一つしたが、その肩は小刻みに震えている。パソコンの前に座ると、その指はためらいがちにキーボードの上を彷徨った。

 

「……本当に、見せるの……?」

 

 ハルは、最後の抵抗のようにフユとナツに尋ねる。その瞳は潤み、懇願するような色を浮かべていた。

 

「……今更、何を言っている。覚悟を決めたんだろう?」

 

 フユは冷たく言い放つ。その視線は、ハルの逃げ道を許さない。

 

「で、でも……!」

 

「早くしろ。時間が惜しい」

 

 フユの無情な言葉に、ハルはぐっと唇を噛み、諦めたように俯いた。震える指でマウスを操作し、例の隠しフォルダをクリックする。カーソルを合わせるだけで、心臓が嫌な音を立てた。

 

 意を決してフォルダを開くと、ハルは反射的に顔を背け、手で画面を覆おうとした。しかし、フユが素早くその手を制止する。

 

「隠すな。全員で確認すると決めたはずだ」

 

 フユの力強い言葉に、ハルはなすすべもなく、画面に表示された内容を二人に見られることになった。

 

 画面には、数枚の画像ファイルが表示されている。

 ハル、そしてそれを覗き込むフユとナツの目には、それは紛れもなく()()()()()が写っている、性的な状況を捉えたプライベートな写真に見えた。アイドルの仮面を剥ぎ取られた、隠し続けてきた現実の姿。ハルの顔からは血の気が引き、フユは眉根を寄せ、ナツは息を呑んで顔を赤らめる。

 

 しかし、このおぞましい光景をリアルタイムで見ているであろう、画面の向こうの()()()たちには、おそらく違うものが見えている。GM(AI)が施したであろう悪趣味なフィルターによって、生身のハルの姿はVチューバーの()()()()へと巧妙に変換され、配信されているのかもしれない。

 

 つまり、視聴者が見ているのは「ハル(アバター)のハメ撮り風画像」という、ショッキングだがどこか非現実的な光景。だが、ここにいる三人は、その元となった生々しい現実を突きつけられている。

 

 この、演者と視聴者の間に存在する認識のズレ。生身の尊厳の蹂躙と、キャラクターイメージの汚損。その両方が同時に行われることこそが、このゲームにおける「穢れ」の巧妙さであり、GMの悪意の現れなのかもしれない。

 

「……っ!」

 

 ナツは動揺を隠せず、後ずさった。目の前の生々しい写真と、それが自分の知っている「ハルちゃん」の姿であるという事実に、強い嫌悪感と混乱を覚えているようだ。

 

「……なるほど。これは確かに、致命傷になりかねないな」

 

 フユは冷静に呟いた。その声には、ハルへの同情も軽蔑もなく、ただ事実を確認したという響きだけがあった。だが、その冷静さが、かえってハルを追い詰める。

 

「違う! これは、その……合成よ! 私じゃない! 信じて!」

 

 ハルは涙声で必死に訴える。だが、フユとナツの冷ややかな(あるいは嫌悪に満ちた)視線が、その言葉を信じていないことを物語っている。目の前の生々しい写真が、何よりの証拠だった。

 

「GMの罠よ! 私たちを貶めるための……!」

 

「……」フユは何も言わず、ハルのパソコンから視線を外した。これ以上、言葉は不要だと判断したのかもしれない。

 

 ハルは言葉を失い、嗚咽を漏らしながらその場にへたり込んだ。隠し通してきた最大の秘密が、仲間たちの目の前に、最も残酷な形で晒されてしまった。その絶望感に、意識が朦朧とする。

 

「……次、ナツの部屋だ」

 

 フユはハルを一瞥した後、感情のこもらない声で告げ、部屋を出て行った。ナツは、へたり込むハルと冷徹なフユを交互に見比べ、怯えたような、そして少しだけ好奇の色を浮かべたような複雑な表情で、フユの後を追った。

 

 ナツの部屋に入ると、ナツは先ほどのハルの姿を見て、多少は覚悟が決まったのか、あるいは開き直ったのか、比較的落ち着いた様子でパソコンの前に座った。

 

「……はいはい、わかったよ。見ればいいんでしょ」

 

 自嘲気味に言いながら、『記録』フォルダを開き、画面をフユに見せる。そこには、過去の万引きの詳細なリスト、示談金の記録などが、言い訳の余地なく並んでいた。こちらは特に加工されている様子はなく、事実が淡々と記録されている。

 

「……言い訳、聞かせてもらおうか」

 

 フユは腕を組み、ナツを見下ろすように言った。

 

「べ、別に……! ちょっと、スリルが欲しかったっていうか……。それに、ちゃんと親がお金払って解決したんだから、もう終わったことじゃん!」

 

 ナツは強気に答える。だが、その声は微かに震えており、内心の動揺を隠しきれていない。

 

「終わったこと、ね。だが、そのせいで迷惑を被った店や、尻拭いをさせられた親の気持ちを考えたことは?」

 

「う……うるさいな! フユだって、人のこと言えないじゃん! 男の人、再起不能にしちゃったんでしょ!?」

 

 ナツは逆上し、フユの過去を持ち出して反撃しようとする。

 

「……私の話はしていない。今は、あなたの話だ」

 

 フユは顔色一つ変えずに言い返す。その鉄面皮ぶりが、ナツをさらに苛立たせた。

 

「もういい! 見たんでしょ! これで満足!?」

 

 ナツは叫ぶように言うと、乱暴にパソコンの電源を落とした。

 

 フユは何も言わず、リビングへと戻っていく。ナツは悔しそうに唇を噛み、その後を追った。リビングでは、まだハルが床に座り込んだまま、虚ろな目で一点を見つめている。

 

 三人が再びリビングに揃った時、そこには先ほどよりもさらに深い断絶と、互いへの不信感、そして剥き出しになった「穢れ」――生身の罪と、加工され歪められた虚像の罪――が渦巻いていた。共有された秘密は、彼女たちを繋ぐどころか、互いを傷つけ合うための刃となった。

 

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