推せば命の華が咲く―Vチューバーデスゲームモノ― 作:夢野ベル子
リビングには、息が詰まるような、それでいて奇妙に張り詰めた沈黙が流れていた。
それはまるで嵐の前の静けさではなく、嵐が過ぎ去った後の、破壊された瓦礫と汚泥の中に取り残されたような、救いのない静寂だった。
床に座り込んだままのハルは、虚ろな瞳で自分の膝を見つめている。肩は力なく落ち、アイドルとしての輝きは見る影もない。ただ、時折悔しそうに唇を噛む微かな動きだけが、彼女の中にまだ燃え残る感情の存在を示していた。
腕を組んで壁にもたれるナツは、わざとらしくそっぽを向き、不機嫌さを隠そうともしない。その横顔には、暴露された過去への開き直りと、他者を攻撃することで自己を守ろうとする幼い防衛機制が見え隠れしている。
そして、ソファに深く腰掛けたフユは、まるで舞台上の出来事を冷静に観察する観客のように、あるいは次の指示を待つ操り人形のように、冷徹な目で他の二人を交互に見つめていた。その瞳には温度がなく、何を考えているのか窺い知ることは不可能に近い。
三人の呼吸音だけが、この重苦しい空間の中で、かろうじて生命の存在を証明しているかのようだった。互いの視線は決して交わらない。いや、意識的に避けているのだ。
それぞれが、先ほど目の当たりにした仲間の醜い「穢れ」と、自らが晒された耐え難い屈辱を、繰り返し反芻し、その苦い味を噛み締めている。憎しみ、軽蔑、自己嫌悪、そして何よりも、すぐそこまで迫る死への恐怖が、濃密な毒のように空気を満たしていた。
「……さて、これで全員の『爆弾』――GMが仕掛けた悪意の手札が、テーブルの上に全て並べられたわけだけど」
沈黙を最初に破ったのは、やはりフユだった。その声には何の感情もこもっていない。まるで、実験の経過報告を読む研究者のように、平板で、無機質だ。その言葉は、爆弾処理を終えた安堵ではなく、次の爆発へのカウントダウンを開始する合図のように響いた。
「フユ、あなた……ッ!」
ハルが、床に座り込んだまま、顔だけを上げた。その瞳には、もはや涙はなく、燃え尽きた後の灰のような絶望と、それでもなお燻る憎悪の炎が宿っていた。フユを射抜くような、鋭い視線。声は掠れ、もはや非難というより呪詛に近い響きを帯びている。
「これを……最初からこれを狙ってたんでしょ!? 私たちの汚い部分を、わざと引きずり出して……! そうやって観客(視聴者)の前に晒しものにして! 自分の立場を少しでも有利にするために!」
ハルの言葉は、床を這う蛇のように執念深く、フユに絡みつこうとする。床に投げ出された手は、強く握りしめられ、爪が掌に食い込んでいる。
「自分の過去は『酷い目に遭った可哀想な子』って……そうやって視聴者の同情を誘えるように、計算して話した! でも、私たちのは……特に、私の、あの写真は……! アイドルとしては致命的だって、あなたならわかってたはずよ! だから、自分からカードを切るふりをして、私たちを追い詰めた! そうすれば、次の投票で、私やナツが真っ先に狙われるって……そう読んでいたんでしょう!?」
「……被害妄想が過ぎるんじゃないか? それとも、自らの行動の結果から目を逸らすための、都合の良い責任転嫁かな」
フユは冷ややかに言い返す。ソファに座った姿勢は微動だにせず、ただ、ほんの少しだけ眉間に皺が寄ったように見えたが、それもすぐに消えた。
「私がいつ、誰かに同情を乞うた? 事実を、必要最低限の形で提示しただけだ。それに、あなたの写真が生身のものであれ、加工されたアバターのものであれ、それが視聴者にどう解釈され、どう評価されるかなんて、私にはコントロールできない。結果として、私への同情票が増えるかもしれないし、逆に『こんな凄惨な過去を持つ人間は危険だ』と判断されるかもしれない。問題の本質は、その写真が存在するという事実、そして、その写真が撮られるに至った、あなた自身の過去の行動にある」
フユの言葉は、冷たいメスのようにハルの自己弁護を切り裂く。それは揺るぎない正論であり、だからこそ、今のハルにとっては最も残酷な言葉だった。フユの揺るぎない合理性は、自分の罪から目を逸らし、他者を攻撃することでしか自己を保てないハルの狡猾さを、無慈悲に照らし出しているように感じられた。
「そうよ……そうね……。認めればいいんでしょ」
ハルは、半ば自暴自棄になったように、乾いた笑い声を漏らした。
「私は、ファンのお客さんと寝たことがあるわ……
その告白は、もはや隠すことも取り繕うこともできないという諦めと、開き直りが入り混じっていた。言葉は鋭利な刃物のように、フユとナツに、そして何よりも自分自身に深く突き刺さる。床に視線を落としたまま、言葉だけが吐き捨てられるように放たれた。
「でも! それは、あんたたちが勝手に想像してるような、金や欲のためだけの汚いものじゃない! 違うのよ! 私なりの……必死の誠意だったの! アイドルとして何もしてあげられない私に、それでも時間とお金を費やしてくれるファンへの……感謝の気持ちの、表れだったの!……そう信じたかったのよ……」
最後の言葉は、か細く消え入りそうで、自己弁護の脆さを露呈していた。
「へぇー、生身でねぇー。
それまで壁にもたれて黙っていたナツが、待ってましたとばかりに、嘲るような口調で会話に割り込んできた。その目は、ハルへのあからさまな軽蔑と、他人の秘密を知ったことによる歪んだ優越感で、いやらしく煌めいている。さっきまで自分がフユにやり込められていたことなど、すっかり忘れているかのようだ。
「ナツ……あんた……!」
ハルが、憎しみを込めてナツを睨みつける。
「いやー? 生身のハルとヤれるなんて、そのファン、超ラッキーじゃん? 推しとリアルで繋がれるとか、オタクの夢、叶えちゃってるじゃん? ねえ、いくら払ったの? 一晩おいくら万円? それとも、やっぱりタダ? まさか、アイドル様からお誘いしたとか? アバターじゃなくて
ナツはわざと下品な言葉を選び、露悪的な笑みを浮かべながら、ハルの神経を執拗に逆撫でする。自分が過去に犯した万引きという罪を暴露され、フユに論破されたことへの意趣返しでもあるのだろう。他人の傷口に塩を塗り込むことでしか、自分の痛みを忘れられないのだ。
「なっ……! 下品なこと言わないで! あんたみたいな、ただの万引き常習犯と一緒にしないで! 犯罪者が!」
ハルはついに堪忍袋の緒が切れ、激昂して立ち上がり、ナツに掴みかかろうとした。その動きは、もはやアイドルとしての計算されたものではなく、剥き出しの怒りに突き動かされた獣のようだった。
「あはは、犯罪者で結構! 万引きはちゃんと親が金払って示談にしてっから! でも、ボクは、ファンを騙したり裏切ったりはしてないもんねー!」
ナツはハルの動きをひらりとかわし、さらに挑発を続ける。
「ファンと寝て、それで金ももらわないとか、マジで意味わかんないし! それってただのビッチじゃん! あ、もしかして、そのファンって一人じゃなかったりして? 何人と寝……」
「そこまでだ」
フユが、低く、しかし有無を言わせぬ響きを持つ声で、二人の醜い言い争いを制止した。その声は、凍てつく氷のように、二人の燃え上がった感情を一瞬で鎮める力を持っていた。
「二人とも、感情的になりすぎだ。冷静さを欠いている。そんなみっともない罵り合いを、全世界に配信されているカメラの前で見せて、最終的に得をするのは誰だと思う? 視聴者か? いや、違う。最も利するのは……おそらく、この私だ。それでもいいのか?」
フユの氷のように冷静な指摘に、ハルとナツははっと息を呑む。そうだ、忘れていた。自分たちのこの醜態は、一挙手一投足、全てが生中継されているのだ。互いを貶め合えば合うほど、自分たちの評価は地に落ち、相対的に冷静さを保っているフユの評価が上がることになるかもしれない。それはまさに、フユの思う壺ではないか。二人は互いから視線を外し、ばつの悪そうな表情で口を噤んだ。
「……でも、フユだって……それはフェアじゃないわ!」
ハルは、それでも悔しそうにフユを睨む。
「あんただって、人を……あんな酷い目に遭わせたんでしょ……!? 正当防衛だったのかもしれないけど、結果的に相手を再起不能にした! それは、私たちの罪なんかより、ずっと重いかもしれないじゃない!」
「そうだそうだ! フユだって結局『穢れてる』じゃん! クールぶって、自分だけは違うみたいな顔しないでよ!」
ナツもここぞとばかりにハルに便乗し、フユへの攻撃に加勢する。共通の敵を見つけたことで、二人の間に一時的な共闘関係が生まれたかのようだ。
「……私の過去については、先ほど開示した通りだ。それがどう評価され、他の誰の罪と比較して重いか軽いかを判断するのは、私ではない。投票権を持つ視聴者だ」
フユは顔色一つ変えずに、淡々と答える。その鉄面皮ぶりは、ハルとナツを苛立たせるのに十分だった。
「だが、少なくとも私は、自分の行動の結果がもたらす責任から逃げたつもりはない。あなたたちはどうだ? ファンへの誠意? 親に構ってもらえなかった? それは理由にはなっても、免罪符にはならない。言い訳と責任転嫁に終始しているように、私には見えるが」
フユの言葉は、再び鋭く二人の胸に突き刺さる。図星を突かれた二人は、ぐうの音も出ず、再び押し黙るしかなかった。フユの指摘は正論であり、反論の余地がないように思えた。
最悪の形で互いの秘密を知り、最も醜い感情をぶつけ合ってしまった三人の間には、もはや修復不可能な深い溝が刻まれてしまった。協力はおろか、次の瞬間には互いを蹴落とし合うかもしれない。そんな猜疑心だけが、毒草のように蔓延している。
GMの狙い通りなのか、それとも、これが極限状態に置かれた人間の、ありのままの姿なのか。どちらにせよ、救いはない。
リビングの壁にかけられたデジタル時計が、無機質に数字を変え、次の投票時間が刻一刻と迫っていることを告げている。カチ、カチ、という秒針の音だけが、この絶望的な静寂の中でやけに大きく響き渡っていた。
誰もが、次に名前を呼ばれ、あの冷たい首輪によって命を奪われるのは自分ではないかと、言い知れぬ恐怖に全身を囚われていた。
AIちゃん、ギスギスわりと書けるんだね。
まあ、ビッチとかうんぬんは、人間が選択しないと、まず選ばれない言葉であるみたい。
倫理的にバランスをとろうとするAI執筆は、丸い言葉で収まりがち。
悪く言えば、無難。
つまり、ウンコを書けるのは人間の特権であるといえるかもしれない。
それが人間の特性であり優位性であるともいえるんじゃないかと思った。
アラレちゃんみたいに、AIはウンコを穢れと認識できていない。
言葉なんて、すべてウンコなのにね。
どのキャラが一番好きかな?
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ハル
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ナツ
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フユ