ビター・スウィート・ビターシティ   作:パンダ2世

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第一章 首都バレーヌ編
スラム街の青年


 

「なるほど、実に面白そうな話じゃないか。いいだろう。君の話にのってあげよう」

 

 薄暗い部屋の中で、二人の人物が向かい合っている。

 そのうちの一人は、愉快気な様子で対面する人物を見た。

 

「だが本当にいいのかい? 能力(アノマリー)というものは万能ではない。私の能力(アノマリー)はゼロか百しか選べない。一度発動させると、もう『君』はいなくなってしまうんだよ」

「ああ。それで構わない。ただ一つ、約束だけは守ってくれ」

「もちろんだよ。約束しよう。そうしたほうが何倍も面白くなりそうだ」

 

 いつも通りの不敵な笑みを浮かべ、片方の人物が手を差し出す。

 それを握り返しながら、もう一人の人物は願わずにはいられなかった。

 あぁ、今度こそは上手くいきますように、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルデマイン王国、首都バレーヌ。

 昨年、鉄道という新たな移動手段が開発され、地方からの人口流入が進み、街はかつてないほどの活気を見せていた。

 鉄道を筆頭に、オルデマインの工業の発達は近年目を見張るものがある。

 技術力では他国の追随を許さず、世界的に絶対の地位を確保しようとしていた。

 巷では、これはすべて五大貴族であるチャーリントン家の成果だと評判になっている。

 

 しかし、すべてが上手くいっているわけではない。

 街の東の区画には職にあぶれた人たちが暮らす、所謂、スラム街の存在を許してしまっていた。

 

 そのスラム街のさらに端に建てられたひと際小さな家の中、一人の男が眠りについていた。

 

 手入れのされていない暗めの青いぼさぼさの髪が印象的である。

 男はボロボロになった布一枚の上に、寝苦しそうに丸くなっていた。

 普段そこしか使わないからだろうか、寝ている場所以外はすべて埃かぶっている。

 

 一応窓はついているようだが、真横に別の建物が建っているせいで、日差しも入らなければ、風通しも悪い。

 部屋は全体的にじめじめとしていて、たとえ貧民でもとても住む気にはなれないだろう。

 

 外はすっかり昼間だというのに部屋の中は暗く、男の睡眠を妨害するものはない。

 男は寝返りすらせず、一切音を立てないで、まるで死んでいるようだった。

 静寂が部屋に居座り、我が物顔でくつろいでいる。

 男が目を覚ますまでは、いつもここは彼の城だ。

 邪魔する者はいない。

 

 だが、今日はどうやらいつもと様子が違うようだった。

 突然、玄関のドアが勢いよく開いた。

 建付けの悪さから、木くずが宙に舞う。

 

「相変わらず辛気臭い場所だね。こんな所に住んでいて、よく病気にならないね」

「…………壊れるからもっと優しく扱ってくれ。それにこの家はあんたが勧めた家だろ」

「やあ、おはよう。ライ。君のために良い仕事を持ってきたよ」

 

 音がすると同時に目を覚ましていた男、ライは家に入ってきた女に恨みがましい視線を送った。

 女はそんなこと気にもとめないでにやりと笑う。

 

 男性の礼服であるタキシードを身にまとい、胸には主張の激しい真っ赤なネクタイをつけている。

 頭の上ではシルクハットが存在感を放っている。

 彼女は世間的にばれたらまずい仕事をしているのに、なぜか自ら目立つ服を着たがるのだ。その理由はきっと本人以外は理解できまい。

 銀髪のショートカットで顔は非常に整っており、その笑う様は傍から見れば美しかった。

 

 しかし、ライと呼ばれた男は常ににやついているこの女のことがあまり好きではない。

 いつ見ても、笑顔が胡散臭いからだ。

 何年も共に行動しているのに、胡散臭い、という感想は抜けないのだからすごいものである。

 

「今日は完全に休みだって聞いていたんだが」

「あれ、そうだったかな。まあそんなことは些細なことだろう?」

 

 両手を上に向け、女はやれやれと肩をすくめる。

 実際に女は昨日男に対して休みを伝えていた。それでも彼女は悪びれる素振りすらない。

 女のこうした態度は今に始まった話ではないため、男はこれ以上文句をつけるのを諦めた。

 

「それで、今度の仕事の内容はなんだ。休みの日にわざわざ押しかけてきたんだ。急ぎの依頼が入ったんだろ」

「いいや? 別にたいした仕事ではないよ。いつも通りさ。ただ暇だったから、君の寝起きの顔でも見ようと思って、こうしてわざわざ出向いてあげたわけだよ」

「…………」

 

 ライはわざとらしくため息をついた。

 休日にこの女がやってきて、仕事だというのだから、さぞ面倒な依頼だと覚悟していただけに、拍子抜けだった。

 わずかな怒りも込み上げた。

 

「急ぎの依頼じゃないなら帰ってくれ。休日にこれ以上あんたのにやけ面を拝むのは勘弁だ」

「ひどいじゃないか。君、そんなこと言っていると、普通女の子は泣いてしまうよ」

「あんたは普通でも、ましてや女の『子』でもないだろ」

「あはは。面白いことを言うじゃないか。三十点」

 

 ライはこれ以上はめんどくさいと言わんばかりに、露骨に顔をしかめた。

 この女は会話のペースを絶対に譲らないので、話すだけで疲れるのだ。

 

「そうそう、その顔だよ。本当は君のその嫌そうな顔を見にやってきたのさ」

「…………」

「拗ねるなよ。からかうのはこれぐらいにしておくからさ」

 

 ライは再びため息をついた。

 寝起きなのにすっかり頭が冴えたようである。

 心底面倒くさそうな顔で乱暴に頭をかいた。

 

「それで、まさか本当に顔を見にきただけなはずないだろう。なにかしら面倒な依頼をうけたはずだ。早く依頼の内容を教えてくれ」

「君のそういう聞きわけの良いところと、察しの良いところ、結構気に入っているよ。

 ……おっと、これは別にからかっているわけではないから、その剣を収めてくれ」

 

 いい加減話を進めたいため、ライはそっと懐に隠している短剣に手をかけた。

 まったく、せっかちだなあ、と呟く女を無言で睨む。

 ライは女のこういう聞きわけの悪いところが、結構嫌いだった。

 

「こほん、君の予想通り面倒な仕事だよ。依頼内容は、最近勢いが盛んなロイズ商会の会長の暗殺だ。いやはや、商人っていうものは怖いね。出る杭があったら叩き折ろうとするんだから」

「それは別に商人に限った話じゃない。人間はみんなそういうものだ。それよりも、依頼は本当にそれでいいのか。暗殺までいくのは珍しいが、いつもの仕事とそう変わらないだろう。面倒なのは間違いないがな」

 

 ライは普段は盗みを生業に活動している。

 依頼を受けて、ある商人の商売敵の大事な売り物を盗んだり、下級貴族の不正の証拠となる書類を盗んだりして金を稼いでいる。

 ただ、今回のように暗殺の依頼も受けている。

 

 オルデマイン王国はどんどん活気づいており、それに比例してこういう仕事の需要が高まっているのだ。

 盗みや殺しで生活できるほどには、オルデマイン王国、とりわけ首都バレーヌは闇が深かった。

 王国直属の衛兵隊が治安維持に努めてはいるが、その目に大量の人々の影まで監視する余裕はないのだろう。

 ライがいまだ衛兵隊に存在を認知すらされていないのが証拠だ。

 

 とはいえ、これまでライが上手くやれているのはこの女の存在が大きい。常に依頼をどこからか仕入れてきて、さらに仕事の後処理を完璧にこなし、衛兵の目を欺き続けている。

 名をエクレアというこの女は目立つ外見に反して、世間の目から隠れることが異常に上手いのだ。

 

「実はロイズ商会長は慎重な男でね。商人の嫉妬というものをよく理解しているみたいなんだ」

「なるほど、護衛でも雇っているのか」

「その通り。それも夜中までべったりらしい。大きい商会でもないのに自分が狙われている可能性を頭に入れて行動しているとは、なんとも感心なことだ。小さい商会だと普通は護衛を雇う金を無駄だと考えそうなものだけどね」

「だが今こうして狙われているわけだから、正しい判断をしているってことか。こっちとしては面倒極まりないな。だとするとこの依頼、かなり難しいぞ。俺はやりたくない」

「すでに前金はもらったから、そうもいかないんだよ。君は腕っぷしがすごく強いわけでもないし、ヘマをしたら死んでしまうかもと少しだけ迷ったんだが、成功報酬が高かったし、なにより面白そうだから引き受けてしまったよ」

「まったく面白そうじゃないけどな」

 

 エクレアは相変わらず口の端をあげて、楽し気な様子で笑っている。

 ライは頭が痛くなるのを感じた。

 自分の興味で人を巻き込むなと言ってやりたい気分だが、言ったところで気にする相手ではない。ライは言葉を飲み込んだ。代わりに天を仰ぐ。

 やはりこの女はくそったれだ。

 

「それで、期限はいつまでだ」

「明後日だよ」

「は?」

「明後日」

「あんたさっき、急ぎの依頼じゃないって言ったよな」

「あれは嘘だよ」

 

 通常、暗殺の依頼は事前に暗殺対象の調査をする準備期間が必要だ。

 ライの場合、少なくとも二週間。

 対象の交友関係や行動パターン、趣味嗜好など、できる限り多くの情報を集める。

 一見必要なさそうな情報にも活用方法があることをライは知っていた。

 

 例えば、対象が愛飲するコーヒーの銘柄がわかれば、そこに毒を仕込むだけで勝手に自滅してくれる。

 例えば、対象が毎日同じ道を通ることがわかれば、道のわきの建物で待ち構えて、上からレンガを落としてしまえばいい。

 

 後ろ暗い仕事で生きていくには、いかに対象の情報を集めるかが重要なのだ。

 

「依頼したのはどこの馬鹿だ。二日だとまともに準備もできないぞ」

「向こうも理解しているさ。その分かなり多くのお金をもらったからね」

「俺はやらないぞ」

「君、命の恩人に対して恩を仇で返すつもりかい」

「いつまでその話を引っ張るんだ。もう八年も前の話だぞ。恩は十分返したつもりだ」

「私のことを思うなら頼むよ」

「さらにやりたくなくなった」

「まあ、いくら君が嫌がっても、依頼は受理してしまったんだ。今更断れないだろう?」

「自業自得だろ」

「ちなみに反省はしていない」

 

 エクレアは自信満々に胸を張った。

 自分が面白そうと思ったことは間にどれだけ障害があったとしても、やらないという選択肢はありえない。

 その悪い意味で単純な性格は、何度もライの苦悩の要因となっていた。

 今回の依頼でもエクレアの迷惑な部分が惜しみなく発揮されてしまったらしい。

 

「優秀な人間がそうでもない人間によって、今まさに消されようとしている。この腐った世の不条理を私は自分の目で確認することができるんだ。わくわくしてこないかい?」

 

 ライはエクレアの言うことに微塵も共感できなかった。

 ライでなくとも彼女の思考を理解できるものはいまい。

 ただ、エクレアの話は理解しようとしなくていい、ということはわかっている。

 

 ライは無神論者であるが、今ばかりは神に願うことにした。

 

 おお神よ。こいつに天罰を与えたまえ。

 

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