チャーリントン家、当主の書斎にて。
ガレット・チャーリントンは鉄道の開発についての資料を熱心に見返していた。
既に駅の工事は始まっており、線路を敷くのも順調に進んでいる。
それでも、何か見落としがないか、計画に穴はないか念入りに確認する。
ガレットの野望を達成するには莫大な金が必要だ。
この鉄道の計画が上手くいけば、野望の達成に向けてぐんと近づく。
ガレットは今年で六歳になる金髪の少女のことを頭に浮かべた。
イアニッツ家の次女、ミルフィ・イアニッツ。
彼女が計画の鍵となる。
ミルフィは異端の
通常、
しかし、ミルフィはまだ喋るのもままならない三歳の時点で能力を覚醒させた。
それに気づいたのは偶然だった。
イアニッツ家とチャーリントン家は同じ派閥に属するため、会う機会が多い。
必然、ガレットにはミルフィを見る機会があった。
まだ三歳の赤子であるミルフィを抱きかかえた時、ガレットはつけていた指輪が違うものになっていることに気が付いた。
元々ガレットのつけていた指輪よりも何段も劣る指輪に代わっていた。
ミルフィがきゃっきゃっとはしゃぐ。
すると次の瞬間、その指輪はさらに簡素な安っぽい指輪に代わっていた。
ガレットは驚き、その後いろいろなものをミルフィに見せた。
ネクタイは靴下に代わり、腕時計は指輪になったあと何回か別の指輪を経由して、最終的にクッキーになった。
ミルフィの
彼女に見せた物は、元の価値の十分の一程度にまで価値を落とした物と交換されているようだった。
ガレットに差し出されていたクッキーの中に指輪が入っていたことから間違いない。
彼女の
これは物凄い力だと、ガレットは確信した。
金さえあればどんなものだろうと、瞬時に手に入れることができる。
ガレットとイアニッツ家の当主は、ミルフィの
ミルフィの能力があれば『アレ』を手に入れることだってできるのだ。
しかしミルフィが五歳になったとき、問題が起こった。
彼女に高価な物を見せても能力が発動しなくなったのだ。
話を聞けばミルフィはこう言った。
『だってそれは私の物じゃないもん』
つまるところ彼女の能力は、「自分の物だと認識した物」を十分の一の価値の物と交換する能力だったのだ。
ガレットはそれがわかった時のことを思い出して、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「随分と不機嫌そうじゃないか」
正面、書斎の入り口から声をかけられてガレットは顔をあげた。
見れば、扉の前に見覚えのある顔が立っている。
具体的な能力は不明だが、自分と同じく
「来訪の予定はなかったと記憶しているが」
「遊びに来たのさ」
「私と君の間にそんな関係性は存在しないだろう」
エクレアは特徴的な銀色の髪を揺らしながら、にやりと口角を上げた。
ガレットの言う通り、二人の間にはほとんど関係性がない。
上流貴族のパーティーで数回顔を合わせただけだ。
そんな彼女が突然姿を現したとなれば、当然ガレットは警戒の色を強める。
相手はまだ二十歳ほどの若娘とはいえ、油断はしない。
ガレットはエクレアとしっかり目を合わせた。
「単刀直入に言うけど、私と協力関係を結ばないかい?」
「……どういうことだ」
「簡単な話さ。君は敵に狙われている。そして私は生きていく上で金が必要だ」
「私が狙われているだと?」
「そうさ。それも厄介な
エクレアの言うことはすべて『真』だ。ガレットの
驚いた顔をするガレットを見て、エクレアは笑みを深くした。
シルクハットを片手で軽く持ち上げ、赤い瞳を妖しく光らせる。
「その敵っていうのは誰だ」
「……オランジェット。ヨーデライ家の長男さ」
「嘘は吐いていない……オランジェットというとたしかまだ子供じゃなかったか」
「未来明るい少年だよ」
ガレットはまたしても驚いた。
自分の敵である
信じられない気持ちでいっぱいだが、能力はずっと『真』だと告げている。
「ああでも安心してほしい。オランジェットはこの世から消した。君の信頼を得るためにね」
「…………」
「だけどそのせいで私は追われる身になってしまったんだよ。つまり君のせいでね。だから協力関係を結ぼうじゃないか」
………………『真』だ。
目の前の女は頭のネジが外れている。ガレットは冷静にそう分析した。
だがはっきり言おう。意味がわからない、と。
エクレアの言うことをまとめるならこうだ。
エクレアはガレットに危害が及ぶのを、何かしらの手段を持って知った。
そのガレットに危害を加えるという
そのせいで居場所がなくなったからガレットと協力関係を結びたい。
普通だったらこんなことを急に言われても、狂人の妄言だとして無視しただろう。
だが、ガレットはエクレアの言葉に何一つ嘘がないことがわかってしまう。
「ひどい恩の押し売りもあったものだな」
「でもこれが押し売りではなく、紛れもなく恩であると、君はわかっているのだろう?」
「…………何が望みだ」
「協力関係を結ぼうと先ほど言ったばかりじゃないか」
エクレアの言うことを突っぱねるのは簡単だ。
それでも、それをすることはガレットにとってデメリットの方が大きいだろう。
ガレットは瞬時にそう計算した。
エクレアが
能力者を敵に回すの危険だ。
しかも、その相手は五大家族という地位を平然と投げ捨てて、ガレットを未然に危機から救ったのだ。
これほど厄介なことはない。
協力を拒否すれば、ガレットに牙を剥くのは想像に難くない。
この女は、それくらい平然とやる。
ガレットの前で笑うその姿には、それだけの説得感があった。
ガレットに選択肢はあってないようなものだった。
しかし考え方を変えてみれば、これほどの情報収集能力、仲間になるなら役に立つのも間違いない。
協力関係を結びたいというのも『真』だった。
「一つ聞かせてくれ」
「なんだい」
「お前にはどこまで見えているんだ」
「……私には何も見えていないさ。ただ、私も君と同じく
そう言い残し、エクレアは書斎から出ていった。
今のやり取りでガレットはエクレアの能力におおよそのあたりをつける。
何も見えていないという発言から、未来視の類ではない。
彼女の言葉はすべて『真』だった。
そして彼女はミルフィが能力者であるという、外部のものなら決して知り得ないことを知っていた。
それらから察するに、彼女の能力はガレットの上位互換である可能性が高い。
「『心を読む能力』……か」