ビター・スウィート・ビターシティ   作:パンダ2世

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優秀な男①

 ブラウニー・エルンノーツは優秀な男だ。

 

 五大貴族であるエルンノーツ家の長男として生まれ、幼い頃から武の才能を感じさせた。

 

 ブラウニーの実力は剣を持ってひと月で衛兵を超え、ふた月で騎士を超えた。

 それでいて驕ることなく、努力を欠かさなかった。

 

 温厚な性格で、子供の時から既に人として完成していたといっていい。

 

 エルンノーツ家は五大貴族の中では異端で、ほとんど大衆に顔を見せない他の家とは違い、代々騎士団に所属してオルデマインの治安を守ってきた。

 

 武力の優れた者が多いエルンノーツ家の中で、例にもれず彼にも才能があった。

 ブラウニーと同期の人間は皆彼の才能に嫉妬したが、ブラウニーの人柄の良さにその気持ちはいつの間にか消えていた。

 五大貴族という誰から見ても偉い肩書を持ちながら才能にも溢れ、それを少しも鼻にかけない姿は尊敬を集めた。

 

 しかしそのせいで、ブラウニーは友人と呼べる存在がほとんどいなかった。

 

 皆彼を誉め称え、敬うばかりで対等に接してくれる人間がいなかったのだ。

 

 あまりにも完成された男は、それ故に孤独だった。

 だが彼が八歳の頃、彼に初めての友人ができた。

 

 上流貴族パーティーに参加した時のことだ。

 珍しくエルンノーツ家以外に、五大貴族のヨーデライ家やヨルマイアー家が参加していた。

 ブラウニーはそこで初めてヨーデライ家に同い年の子がいるのを知った。

 

「君がブラウニー?」

 

 そう話しかけてきたのは、上流階級が集うパーティーの中でもひと際高そうな服に身を包んだ男の子だった。

 

 所作は丁寧だが、言動の節々に生意気さが散りばめられている、まさしく貴族の子供といった印象を受けた。

 澄んだ青い髪と瞳は、吸い込まれそうなほど美しい色だった。

 

「なんだよ、そんなに驚いた顔をして」

「いや、だって……」

 

 ブラウニーは五大貴族である。国では王族の次に偉いといっても過言ではない。

 だからいくら相手が貴族の子供でも、ブラウニーには敬語を使うのが常識だった。

 そのため、家族以外から敬語を使われずに話しかけられたことに驚いたのだ。

 

「僕はオランジェット。ヨーデライ家の長男さ」

「ヨーデライ家……あっ!」

 

 ブラウニーは合点がいった様子で目を見開いた。

 ヨーデライ家といえば、エルンノーツ家の自分と同じで五大貴族の名家だ。

 なるほど、地位が同じならこの男の子、オランジェットの言動にも納得がいく。

 

 ブラウニーは新鮮な気持ちでオランジェットを見た。

 同じ立場の子供と会ったのは初めてだ。

 

 その気安い態度に砕けた口調は、今まで自分が遠巻きに見ていた友人同士の会話のようで、尊敬されるばかりで碌に友人のいないブラウニーにとって嬉しいものだった。

 ブラウニーは襟を正してオランジェットに向き直る。

 

「初めましてオランジェット君。私はブラウニー・エルンノーツと申します」

「知ってる、っていうかさっき僕から確認したじゃん」

「これは失礼しました。よろしくお願いしますね」

 

 齢八歳にして完成された人格をもつブラウニーは、当然のようにそう返す。

 オランジェットはぎょっとした顔をした。

 

「ねぇ、君って本当にエルンノーツ家の子だよね」

「はい」

「実は違うってことはないよね」

「ええ」

「なら僕たちは同じ地位に立っている。しかも同い年だ」

「そうですね」

「……それならなんで大人みたいなつまらない喋り方をするのさ」

「え」

 

 ブラウニーはオランジェットの予想外の発言に固まった。

 今、ブラウニーは自分の喋り方を注意された。それはわかる。

 

 だが何故注意されたのかがわからない。

 エルンノーツの者として、これが正しいはずなのに。

 

「君さ、友達いないでしょ」

「…………」

 

 オランジェットは躊躇なく切り込んだ。

 ブラウニーのような出来すぎた子供とは違って、普通の子供には遠慮というものがない。

 

 子供らしい純粋さは、ときに残酷さを伴う。

 オランジェットの言うことは、ブラウニーの心にしっかりと刺さった。

 

「でも友達は欲しいんでしょ」

「何故そう思うんですか」

「さっきから向こうの子たちを羨ましそうに見てたじゃん」

「…………」

「だから僕がこうして友達になりに話しかけにきたんだよ。僕なら君と地位が同じだからね。でも、話しかけてみてわかったよ。君に友達がいないのは地位とか才能のせいじゃない。その話し方さ」

「いや、でもエルンノーツ家として……」

「五大貴族として正しくても友達として正しくないって言ってるんだよ」

 

 ブラウニーは目から鱗の気分だった。

 たしかにオランジェットの言っていることは正しかった。

 実際に先ほど自分が彼の気安い態度を嬉しいと思ったばかりではないか。

 

「すみません。貴方の言う通りのようです」

「全然わかってないじゃん」

「……オランジェット君の言う通りだよ?」

「まだ。あと長いからオランでいいよ。家族はそう呼んでる」

「オランの言うとおりだ」

「うん」

 

 オランジェットは満足げに頷き、笑みを見せた。

 その笑顔を見たブラウニーはつられて笑った。

 心の底から笑ったのは久しぶりの気がした。

 

「よろしく、ブラウニー」

「よろしくオラン」

 

 こうして家柄と才能に恵まれ、人格まで完璧な子供は初めての友を得た。

 

 そこからブラウニーとオランジェットの仲は急速に深まっていった。

 会う回数こそ少ないものの、同じ地位に立つ者同士、互いに気遣う必要がなかったのが大きいのかもしれない。

 ブラウニーに偉そうなことを言ったオランジェットだが、彼もその立場故に友達は少なかったのだ。

 

 エルンノーツ家とヨーデライ家の仲が良好だったのも幸運だった。

 

 貴族にはどこの国でも派閥というものがあり、それはオルデマインの五大貴族も例外ではない。

 

 イアニッツ家とチャーリントン家、エルンノーツ家とヨーデライ家、そして中立のヨルマイアー家という風に分かれている。

 

 とはいっても、派閥間で険悪な雰囲気があるというわけではなく、オルデマインの内政は安定していた。

 同じ派閥、同じ地位という条件が揃い、障害などなく二人は親友と呼べるまでになった。

 

「また僕の勝ちだね、オラン」

「くそっ、まだ負けてない」

 

 エルンノーツの人間として、ブラウニーは日々鍛錬を欠かさない。

 それを知ったオランジェットがブラウニーに対抗しようとするのは自然なことだった。

 

 平民とは違う優秀な教育を受けているとはいえ、オランジェットはブラウニーとは違って、子供らしさをしっかりと宿していた。

 

「いいや、もう負けてるよ」

 

 ブラウニーがオランジェットの手を掴み、体の傍まで引き寄せると、オランジェットは渋々負けを認めた。

 

「そんなに睨まなくてもいいじゃないか」

「次は勝つ」

 

 何度やってもブラウニーが勝つ。

 

 しかしオランジェットの青い視線は、何度敗北を重ねても弱まることはなかった。

 ブラウニーはその度にやれやれと首をすくめるのだが、喜色を隠しきれていなかった。

 

 そんなある日、ブラウニーとオランジェットの元に二十歳前後の女が顔を出した。

 

 銀色の短い髪を揺らす女は、笑みを浮かべながら手を上げた。

 

 二人はパーティーで何度かその女を見たことがあったし、名前も知っていた。

 なにせ彼女は五大貴族の一翼を担う上、能力者(アノマリスト)だ。

 

「どうしたんですか、エクレアさん」

「やあ、少年たち。元気な声が聞こえてきたから気になって様子を見に来たんだよ。君の両親に用事があって父上と一緒に来たんだが、話の途中で追い出されてしまってね」

「何かまずいことでもしたんですか?」

「いいや。面倒くさくて話を聞いてなかったら父上が怒っただけさ」

「それをまずいことって言うんじゃ……」

 

 ブラウニーがエクレアに聞こえないように呟いた。

 子供ながらに大人なブラウニーは、大人ながらに子供なエクレアに呆れた。

 

「じゃあ駄目じゃん」

「ははは、たしかにそうかもしれない」

 

 子供ながらに子供なオランジェットは思ったことをそのまま口にすると、エクレアは声に出して笑った。

 オランジェットはエクレアのことを駄目な子供を見る目で見た。

 ブラウニーはそれに気づいてなんだか可笑しくなって、くつくつと笑った。

 

「エクレアさん」

「なんだい、少年」

「少年じゃなくてオランジェットです」

「なるほど。どうしたんだい、少年」

「……能力者(アノマリスト)って本当?」

「ああ、本当さ」

「じゃあさ、どんな能力を持っているの?」

「それは教えられないな。乙女は秘密を隠したいものなんだよ」

「乙女……?」

「たしかに乙女ではないかもしれない。『麗しき』を冠につけないとね」

「何言ってるの」

「ふふっ」

 

 オランジェットの冷静な言葉に、ブラウニーは腹がよじれるくらい笑った。

 その姿を見たオランジェットは珍しいものを見たかのように眉を上げた。

 

「じゃあさ、能力者(アノマリスト)っていうのはどうやってわかったの」

「自然にわかるようになっているのさ。私がちょうど君たちくらいの時に、ふとした瞬間『あ、私にはこんな能力があるんだ』って自覚した。でも驚きはあまりなかったよ。やっぱり私は選ばれた人間だったんだな、ってね」

「うざい」

「もし君たちにも能力(アノマリー)があるなら、そのうち突然に自覚するかもしれない。君たちも五大貴族の血を引く人間だ。可能性は大いにあるさ。期待してるよ、少年たち」

 

 エクレアはそう言って、二人の頭に手を乗せた。

 

「だから少年じゃないって。僕はオランジェット、こっちがブラウニー」

「エクレアさん、貴族なんですから礼儀は大切ですよ」

「それはよくわからないけど、まあ、わかったよエルンノーツ君」

「まだ当主ではないので、家名呼びはやめてください」

「なら君のことはエルと呼ぶことにしよう」

「普通に名前を呼べばいいじゃないですか……」

 

 ブラウニーは今度はエクレアに隠そうともせずに呟いた。

 エクレアのおおよその性格は把握できた。ろくでもない性格だと。

 

 それ以降、ブラウニーとオランジェットの元にエクレアが顔を出すことが増えた。

 エクレアがとぼけ、オランジェットが辛辣な態度を見せ、ブラウニーが笑う。

 そんな日常が続いた。

 

 エクレアがいない時は二人で鍛錬をし、毎回ブラウニーが勝ち、オランジェットが悔しそうに睨む。

 

 そうして月日は流れ、ブラウニーが十三歳になったある日のこと。

 ブラウニーは日常の終了の知らせを聞いた。

 

 あまりにも突然すぎる内容にブラウニーは理解が追いつかなかった。

 

 貴族の一部しか知らされなかったその内容は、果たして誰が予期していたのだろうか。

 

 ──それはエクレア・ヨルマイアーが、オランジェット・ヨーデライを殺したという知らせだった。

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