ビター・スウィート・ビターシティ   作:パンダ2世

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間話『人を狂わせる能力』

 世界は嘘で溢れている。

 

『嘘か誠かわかる能力』を持つ男、ガレット・チャーリントンはそう信じて疑わない。

 

『愛しているわ』

 

 母の言葉が『偽』であると知った時、ガレットは愛を見失った。

 世の中では、親は子を無条件に愛するものだとされている。

 その親が自分を愛していないのならば、一体だれが自分を愛してくれるのか。

 

『あなたのことが好きです』

 

 その言葉が嘘であることなど、己の能力をもってすれば簡単にわかった。

 

 ガレットは五大貴族の人間。玉の輿を狙う貴族は多い。

 近寄ってきた女が、ガレットではなくその地位に惹かれていることは明らかだった。

 

 しかし、愛は育むものだと聞いたことがある。

 たとえ今その言葉が嘘でも、時間をかけて本物にしていくことができるかもしれない。

 ガレットは一縷の望みにかけて、まだ人間を信じていた。

 

『好きです』

『愛しています』

『私はあなたの味方です』

 

『偽』、『偽』、『偽』。全部嘘っぱちだ。

 ひと月経っても、ふた月経っても、一年経ったとしても、そこに真実は一つもなかった。

 

 人々は笑顔で自分に嘘を吐き続ける。

 巧みに言葉を操り、あの手この手で自分に取り入ろうと必死に嘘を使いこなす。

 ガレットは次第に人間を信じられなくなっていった。

 

『愛してる』

 

 なるほど、この世には愛なんて存在しないらしい。

 若かりし日、ガレットは冷えきった心で悟った。

 

 人間は息をするように嘘を吐く。

 嘘で着飾り、嘘を武器にし、嘘を嘘で賛美する。

 それはもう、人間という存在自体が嘘ではないか。

 

 ガレットは身近な嘘に触れるたび、どんどん嘘が嫌いになっていった。

 

 ある日、日常に溢れかえる嘘にうんざりしたガレットは、チャーリントン家の者たちに自分の能力を明かすことにした。

 

 自分の能力を知ればガレットに嘘を吐くものが減ると期待して。

 そしてガレットが期待した通り、家の者たちは彼に嘘を吐かなくなった。

 しかし、その代わりに誰もガレットと会話をしようとしなくなった。

 

 ガレットを遠巻きに見てひそひそと話す。

 ガレットが近づいて何か用かと問えば、皆沈黙した。

 たまに話したかと思えば、最近調子はどうだだの、微塵も興味が湧かない当たり前の事実を語るだけだの、つまらないことしか言わなかった。

 それが終わればまた沈黙の再開だ。

 

 ガレットはすぐに沈黙も嫌いになった。

 彼にとって沈黙は嘘と同義。

 もはや信じられるのは己の能力が『真』だとしたものだけだ。

 

 家の中にいれば沈黙に囲まれ、外に出れば嘘に囲まれる。

 ガレットは袋小路の中にいた。

 

 能力があるせいで、どうしようもないほどに生きづらい。

 常に水の中にいるような、漠然とした圧迫感に晒され続ける。

 人間が存在する限り、ガレットは苦しみから逃れることはないのだ。

 ガレットは人間自体が嫌いになった。

 

 そしていつからか考えるようになる。

 人間なんて滅んでしまえばいいのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガレットは書斎で情報を待っていた。

 

 普段から表情を外に出さない彼がわずかに顔を顰めていることから、ガレットの機嫌が相当よくないことが察せられる。

 

 昨日、同じ派閥に属するイアニッツ家の当主が殺害されたのだ。

 次は自分の番かもと恐れている──というわけではない。

 

 原因は明確だった。ミルフィ・イアニッツが連れ去られたことだ。

 

 ガレットは目を細める。

 ガレットの野望の達成にはミルフィの能力が必要不可欠だ。

 既にミルフィが何者かに連れ去られてから丸一日が立つ。

 犯人の指名手配はされているのに、一向に良い知らせは届かない。

 

 ガレットは私兵を使って西の住宅街を中心に独自に捜索をしていた。

 ブラウニーから兵を通した伝言があり、そこに犯人が潜伏している可能性が高いとわかったのだ。

 ブラウニーが正直者であることと、彼の勘は外れることは滅多にないため、ガレットはそのように指揮をとった。

 無論、ガレットは人間というものを信じていないので、ブラウニーの言い分を鵜呑みにして西だけを探すようなことはしない。

 しかし今は時間が惜しい。効率性を取って、兵の大部分をそちらに割いた。

 

 だが、めぼしい情報は入ってこない。

 このままミルフィが姿をくらませてしまったら、長年の計画が水の泡になってしまう。

 ガレットの途方もないほどの計画が、最近ようやく現実味を帯びてきたのだ。

 それだけは防ぎたい。

 

 ミルフィの存在はガレットの野望、『人間を可能な限り滅ぼす』というための計画の礎となるものだ。

 ガレットは昔、どうすれば人間を滅ぼすことができるか真面目に考えた。

 

 そして絶滅させることは不可能だと悟り、可能な限りの人間を滅ぼすことに方針転換した。一人でも多くを殺すのが彼の野望だ。

 すべてはこの世から『嘘』を消し去るために。

 

 とはいえ、一人の人間にできることなど限られている。

 実際にガレットが人を手にかければ、そのことはすぐに露見するだろう。

 五大貴族の権力を使えば数十人くらいは誤魔化せるかもしれない。

 しかしそれ以上は不可能だ。

 ガレットはそんな小規模なことは望んでいない。

 

 彼はもっと多くの嘘を、もっと多くの人間を滅ぼすことを欲している。

 それこそ世界的に見て人間が減ったと言えるくらいのことはしたい。

 だからガレットは考えた。

 

 一人でやることには限界がある。ならばどうすればいいのか。

 ガレットは一つの結論に行きついた。

 一人で駄目なら国として行えばいい、と。

 人間を大勢滅ぼすのに最も都合が良いもの、それは戦争だ。

 戦争を行うのは何か、それは主に国だ。実に簡単な話である。

 ガレットは戦争を起こそうとしていた。

 

 オルデマインを乗っ取り、他国に戦争を仕掛ける。

 ガレットの計画の概要をまとめるとこうなる。

 幸いにも彼はチャーリントン家に属しており、一概に不可能とは呼べなかった。

 

 ただ一つ、ガレットがその計画を実行するには大きな障害があった。

 王族に代々伝わる『未来の書』だ。

 あれがあるかぎり、ガレットの野望は叶うことはない。

 

 オルデマイン王国を害しようとすれば、それ以前に未来の書の力で露見してしまう。

 だからガレットは、未来の書がある限り行動を起こせない。

 未来の書の力の凄さはオルデマインの歴史が証明している。

 もしガレットが実際に行動しようとしていたら、その前に捕まってしまうだろう。

 それは今後も同じことだ。厄介極まりない。

 

 しかし、ガレットは未来の書にも穴があることに気づいていた。

 それは、今の王が在位している期間の未来しかわからないということ。

 

 未来の書は在位期間に一ページだけ使うことが許されている。

 ならばその読む未来の範囲は、当然自分が王である期間だ。

 つまり、未来の書が使用される日、すなわち即位の日に盗み出すことができれば、未来の書の機能を完全に封じることができる。

 未来の書に怯えなくてよくなるのだ。

 

 今までの歴史でそのことに気づいた者は少なからずいた。

 しかし肝心の未来の書の保管場所がわからず、彼らの野望は散っていった。

 

 だが、ガレットにはそれを盗み出す手段が舞い降りてきた。

 そう、『劣化交換』の能力者(アノマリスト)、ミルフィ・イアニッツという存在が。

 ガレットはこれを天啓だと思った。

 ミルフィの能力は、金さえあれば望む物をなんでも手にすることができる。

 たとえ十倍の価値が必要なのだとしても、その能力は極めて有用であった。

 そう、未来の書を盗むという点において。

 

 ミルフィの能力は、盗み出す過程を省略することができる。

 未来の書は国宝だ。たとえいくら払おうと買うことはできない。

 しかしミルフィの能力は、物であればどんなものでも能力の対象内である。

 理論上は国宝である未来の書の十倍の価値のものがあれば、未来の書を手にすることができるのだ。

 

 手元にピースが揃う。それからのガレットの行動は速かった。

 

 自身の能力とチャーリントン家の人脈を駆使して有能な人物を集め、金集めに力を注ぐ。

 時には自ら、時にはエクレアを利用して邪魔者を排除した。

 未来の書の値段などわからない。途方もない額なのは間違いないだろう

 それでもガレットが止まることはない。

 人間という嘘で塗り固められた存在への憎悪を燃やし、あらゆる手段を駆使して金をかき集める。

 

 蒸気機関と鉄道はその副産物だ。彼の憎悪は、産業に革命を与えるほどだった。

 ガレットは本来金になど興味がない。

 人類の絶滅と少しだけアルコールに興味があるだけだ。

 それでもガレットは、金集めという点において天才だった。

 ガレットは一代にしてチャーリントン家の資産を十倍以上に膨らませた。

 

 それでもまだ安心できる額とは言えない。

 それでも、一か八かで未来の書を盗み出すのに賭けてもいいくらいの金は集まった。

 

 あとはミルフィの洗脳が完成すれば、完璧だ。

 想定よりもミルフィは意思が強かったが、それも時間の問題だろう。

 

 次代の王を巡って、第一王子と第二王子の権力争いも始まった。

 実行の日はそう遠くない。そう思っていた。

 

 ミルフィが屋敷の地下から連れ去られたのは、その矢先のことだ。

 一体だれが何の目的で、ミルフィを連れ出したのかはわからない。

 

 だが、ミルフィのことを知っている人間は限りがある。

 その内のどこからか情報が漏れていたのか。

 

 ありえない、とガレットは思う。

 

 ガレットは定期的に自身の能力で、自分に反する者がいないか確認している。

 そこで『偽』の判定が下されたものは身内だろうと、確実に処分してきた。

 

 ふとガレット脳裏に銀髪の女がよぎる。

 

『君には申し訳ないが、しばらく依頼を受けられそうにないんだ。それを伝えようと思って』

『心配しなくてもいい。単純に私が興味あることに時間を使うだけさ。君に敵意はない。むしろ応援しているよ』

 

 そう言って以来、彼女は姿を見せていない。

 しかし彼女の言葉は、出会った時からいつだって『真』だった。問題はないはず。

 

 何故今エクレアのことを思い出したのかわからない。

 だが記憶の中で笑う彼女にガレットは眉を寄せた。

 

「……狂人め」

 

 頭の中のエクレアがシルクハットを手に取って、くるりと回して胸元に持っていく。そして優雅にお辞儀をした。

 自身の能力が否定しているが、ガレットはエクレアが何かしたのだと思えて仕方なかった。

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