ビター・スウィート・ビターシティ   作:パンダ2世

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存在した未来

 

 これは、実際に存在した過去であり、未来の話。

 

 オランジェット・ヨーデライは『能力者』だ。

 

 それは彼が十歳になって自覚したこと。

 能力は突然発現した。

 

 食事中に手が滑って、フォークを落としてしまったときのことだ。

 五大貴族の子供として、品のないことはするなと父親に言われる。

 オランジェットはその失敗が悔しくて、その事実を『なかったことにした』。

 

 それは無意識に行った行為であり、それに気づいてオランジェットは驚いた。

 先ほど落としたはずなのに、手にはしっかりとフォークが握られている。

 

「お父様」

「なんだ」

「食事中にフォーク落とす貴族ってどう思う?」

「品がないな。お前はするなよ」

 

 オランジェットは理解する。これが自分の能力であると。

 エクレアが言っていたように、発現するのは本当に突然のことだった。

 オランジェットの能力、それは『時間を戻す能力』だ。

 

 オランジェットは喜んだ。

 当然だ。能力者とは子供が無条件に憧れるものだ。

 それに時間を戻す能力ときた。

 幼いながらもオランジェットはそれが凄い能力だとわかった。

 

 オランジェットはすぐに色んな人に自慢した。

 彼はまだ十歳なのだ。過ぎた力を持たされて、我慢できるほど大人ではない。

 時間を戻してその人が次に言うことを当ててみせ、周りを驚愕させる。

 それがたまなく気持ちよかった。

 

 能力は使うたびに自分の何かを削っているような不快感があったが、周りから羨望を受けるのは、それが気にならないほどの快感だ。

 

 両親はその能力のことを秘密にするように言った。

 しかしライは子供らしく調子に乗り、両親の言うことを話半分に聞いていた。

 ブラウニーやエクレアには勿論のこと、他の貴族の子供にも言いふらし、その能力を自慢した。

 

 そしてオランジェットは恐ろしい目に遭う。

 

 夜中にオランジェットを狙って暗殺者が送り込まれてきた。

 幸い、護衛によって未然に防がれたが、その後もライの命を狙う者は後を絶たなかった。

 

 それも当然だろう。貴族にとって、オランジェットの存在は邪魔でしかないのだ。

 何か成し遂げても、オランジェットの気まぐれ一つですべてなかったことにされる。

 オランジェットを生かしておくことは、ヨーデライ家だけが発展していくのをみすみす見逃すようなものだ。

 

 怖い目に遭ってようやくオランジェットも能力のことを口にしなくなったが、それは遅すぎた。

 オランジェットは怯えて日々を過ごすようになる。

 

 ある日のこと、例のごとくオランジェットの命を奪いにきた暗殺者によって、護衛の一人が殺された。

 幸い犯人は取り押さえられたが、オランジェットにしっかりと恐怖を刻みつける。

 オランジェットは時間を戻し、護衛に気を付けるように告げた。

 

 この時は、これで大丈夫だとオランジェットは思っていた。

 しかし護衛はまたしても死んでしまった。

 そして三度目はもっと警戒するように言い、また死んだ。

 四度目、五度目も結果は変わらず。

 ここでオランジェットは決心をした。

 今までは本能的に避けていたが、もっと時間を戻そう、と。

 

 そしてオランジェットは自分の能力が発現した日にまで時間を遡る。

 時間にして二年分、オランジェットはすべてなかったことにした。

 

「品がないな。お前はするなよ」

 

 オランジェットの中の何かがごっそりと削れた確信があった。

 大きな喪失感を抱いて、オランジェットは少し若くなった父親を見た。

 

「お父様……」

「なんだ」

「僕は……」

 

 オランジェットの口から言葉が漏れる。

 自分が能力者になったと伝えようとして、言葉が詰まる。

 死んだ護衛の姿が思い出された。

 その姿が出かけた言葉を押しとどめる。

 

「やっぱりなんでもないです」

 

 オランジェットは自分の能力を家族どころか誰にも話さないことにした。

 

 

 

 

 

 そしてそれから十年もの月日が流れた。

 

 オランジェットは能力のことを秘密にしたまま、しっかりと成長した。

 大人になった今はヨーデライ家の長男として、ある程度は仕事をこなすようになった。

 

 次代の王が第一王子か第二王子かで貴族間で揉めているらしいが、若いオランジェットにできることは特にない。

 

 ただ流れ続ける日常に身を委ねていた。

 時間が過ぎ去り、やがて権力争いに勝利した第一王子が即位することになる。

 

 そして王位継承の日に、その事件は起こった。

 未来の書が盗まれたのだ。

 これはオルデマイン中を揺るがす大事件となった。

 

 この十年で騎士団長にまで上り詰めたブラウニーが主導となって犯人を捜したが、見つからず。

 それどころか手がかりすら何一つ見つからなかった。

 

 ちらりと見た時、王は憔悴した様子だった。

 そんな王に元第一王子派閥だったイアニッツ家とチャーリントン家が進言する。

 未来の書を盗んだのは他国の仕業だと。

 

 王は第一王子時代から彼のことを支援してきた貴族の言葉を、あっさりと信じた。

 チャーリントン家当主、ガレットの『嘘か誠かわかる能力』によって、オルデマインの貴族の中に犯人がいないことが判明した、という背景もあった。

 

 そして戦争の時代が始まる。

 

 オルデマインは他国と比べて、技術力が突き抜けている。

 その圧倒的な力で他国を侵略していった。

 その中で大勢の命が失われたと聞く。

 

 五大貴族であるオランジェットは、自らが戦場に立つことはないが、無垢の民の命が消費されていくことが許せなかった。

 しかし彼に出来ることはなかった。

 唯一できることは、オルデマインの滅びゆく姿を見ることだけだった。

 

 国家間の戦争に勝利したら、今度は元第一王子派閥と第二王子派閥の間で内戦が始まった。

 

 未来の書はもう失われたのだ。

 国に反旗を翻したところで、怖いものはない。

 さらに多くの人が死んだ。

 

 オランジェットの目の前でも、何人も人が死んだ。

 それをなかったことにしても、すぐに別の誰かが死ぬ。

 

 そして目の前で両親が殺された時、オランジェットは再び覚悟を決める。

 この戦争を止めようと。

 

 戦争の発端は明らかだ。

 未来の書が盗まれたこと。

 それを防げれば戦争は発生しないはずだ。

 

 オランジェットは十年ぶりとなる年単位の巻き戻しを行う。

 また何かがオランジェットの中で削れる。

 それが「寿命」であることには、オランジェットは既に気づいていた。

 オランジェットの能力は、初代国王と同じく、寿命を代償にするものだった。

 

 それでもオランジェットはあの悲惨な未来を阻止するために、すべてなかったことにして時間を遡る。

 だが、オランジェットは失敗した。

 

 オランジェットがいかに手をつくしても、いかなる手段によってか未来の書は盗まれた。

 オランジェットはまた繰り返す。

 

 それでもやはり、未来の書は盗まれた。そしてすぐに戦争が始まる。

 また時間を遡る。盗まれる。遡る。盗まれる。遡る。もう何度目かわからない。

 

 今回もまた失敗だ。

 

 オランジェットの心が折れかける。それでも無理やり奮い立たせて前を向く。

 しかし、やはり失敗する。なかったことにして、遡って、巻き戻して、結局また失敗だ。

 

 オランジェットは一人でなんとかしなければならない。

 そんなことは分かっている。それなのに下を向いた顔がなかなか上がらなくなっていく。

 

 自分以外にあの未来を止められる人間はいないのだ。

 自分がなんとかしないと。下を向いている時間はない。

 

 前を向け。前を、向け。前を……

 

「やあ少年。そんなに泣いてどうしたのかな」

 

 オランジェットの心が折れたそのとき、エクレア・ヨルマイアーは面白いものを見つけたような顔で、その銀髪を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ。君は随分と面白い体験をしてきたようだね。羨ましいかぎりだ」

 

 オランジェットはすべてをエクレアに吐き出した。

 自分が時間を戻す能力者であること。これから未来の書が盗まれること。それがきっかけで戦争が始まること。

 

 エクレアは興味深そうに話を聞き、羨ましいと、そう告げる。

 

「ねえ君、手伝ってあげようか」

 

 オランジェットに手を差し伸べる。

 オランジェットはその手をただ見つめていた。

 肩を震わせ、瞳に涙を浮かべながらも、その手を取るのを躊躇ってしまう。

 

「……もうどうにもならないんだ。何回やり直しても結果は同じだった」

「それは君のやり方がよくなかっただけさ。私がいれば、間違いなくより現状を打破できるよ」

 

 エクレアは確信に満ちた声で言う。

 ライはエクレアの手をずっと見ていた。

 

「……助けてくれ」

「もちろんいいとも。ただ一つ誓ってほしい。君の言う未来が、すべて本当に起こった出来事だったと」

「誓うも何も全部本当のことだ」

 

 エクレアがオランジェットの瞳をじっとみる。

 そこに嘘がないことを直感的に感じ取ったのか、エクレアは満足げに笑った。

 

「ふふふ。なるほど。ありがとう。これでその未来への興味はもうなくなった。さて、では私たちで変えようじゃないか。より面白い未来へと」

 

 オランジェットがエクレアの手を取る。

 かくして、二人の間に契約はなった。

 

 ……数分後、エクレアに殴りかかることになるとは夢にも思わないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、ふざけるなよ」

「なんだい。君が必要な情報だっただろう? 感謝されこそすれ、罵られるいわれは……」

「黙れ」

「おっと」

 

 オランジェットは本気でエクレアに殴りかかる。

 それをひらりとよけて、エクレアはずれたハットを正した。

 

「とりあえず落ち着きなよ。君が怒りを向けるべき矛先は私ではなく、ガレット・チャーリントンとミルフィ・イアニッツだろう?」

「何故お前が除外されるのかがわからないな」

「ふむ。たしかに私も彼らの計画は知っていた。それどころか手も貸していたさ。でも、こうして今は君と手を組むことになった。つまりは君と私は仲間ということじゃないか」

「本気で言っているのか? お前のせいで俺は……!」

「でもまだ取り返しがつくじゃないか」

 

 再びオランジェットの拳が空を切る。エクレアは危なげなく躱して見せた。

 怖い怖いと、微塵も思っていなそうな様子で呟く。

 

「お前は何を言っているんだ? 殺されたいのか」

「まさか。どうすれば君に許してもらえるのかなと思っているだけさ」

「許されるわけないだろ」

「でも君は私の情報がなければ……」

「お前らがいなければ、みんな平和に暮らせたんだ。お前らがいなければ、俺はこんな思いをせずに済んだ。お前らがいなければ……」

「でもそんな未来はつまらない」

「……イカれてる。大勢を苦しめて、傷つけて、殺すことになるんだぞ」

「なにも変わらない日常と比べたらいくらかマシさ」

「そんなことのために、お前は奴らに手を貸したのか」

 

 エクレアに悪びれる素振りは全くない。

 内側から溢れてくる怒りを抑えきれず、オランジェットは三度拳を振った。

 しかし、やはりその拳はエクレアをとらえない。

 

「暴力は嫌いなんだけど、まあ仕方ないね」

 

 近づいたライの胴をエクレアの足が打ち抜く。

 その鋭い振りに、オランジェットは悶絶した。

 身を屈めたところに追撃の蹴りが飛んでくる。

 碌に防御もできないまま、もろに横腹にくらった。

 息が詰まる。ライは腹をおさえて地面に倒れこんだ。

 

「今は味方だと言っているのに、なんでそんなに怒るのさ。君はそんなに馬鹿ではなかったはずだろう?」

「お、まえを……許さ、ない」

「なるほど。これは説得するのは無理そうだ」

 

 地べたに這いつくばりながらも、オランジェットはエクレアを睨みつける。

 その青い眼差しの中にぎらついた意思を感じ、エクレアは目を細めた。

 

「ならば別に私を許さなくたっていい。でも君が現状を打破するにはまだ私の力が必要だ。私が話してないことはまだまだある。その情報は君には不可欠なものたちだ。だから取引といこうじゃないか」

 

 そう言って、エクレアは彼女らしくいつも通りに笑ってみせた。

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