ビター・スウィート・ビターシティ   作:パンダ2世

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侵入

 イアニッツ家が秘密裏に開発を進めている新しい武器に関する書類を盗め、というのが今回の依頼の概要だ。

 

 エクレア曰く、イアニッツ家の屋敷の地下に隠されている可能性が高いらしい。

 なぜそこまでわかるのかは謎だが、エクレアが言うからには、そうなのだろう。

 

 その武器というのは画期的なもののようで、なんでも一撃で周囲を木端微塵に吹き飛ばすというものらしい。

 にわかには信じられないが、もしそんなものが完成すれば世の中がさらに物騒になるだろうことは想像に難くない。

 イアニッツ家の武力が突出して強くなり、五大貴族のバランスが崩れかねない。

 

 エクレアは依頼主の詳細を教えてくれなかったが、イアニッツの裏の情報を把握している時点で、相応の地位の貴族だと考えるのが妥当だろう。

 ライはそこまで考えたところで、結局は依頼者が誰であろうとやることは変わらないなと思い直し、考えることを放棄した。

 貴族のごたごたに首を突っ込むのは、面倒ごとを増やすだけだ。

 

 本来なら絶対やらない仕事。

 それでもライはこの仕事を受けるしかなかった。

 元凶であるエクレアへの恨みつらみが湧き上がる。

 ライは先日のことを思い出した。

 

 今回ばかりは何を言われても絶対に拒否するつもりだった。

 国の土台を支えている五大貴族の一柱に突っ込もうというのだ。

 冷静に考えなくとも、死への片道切符でしかないことは明らか。

 ライは、世の中生きていても良いことなどほとんどないと考えてはいるが、死にたいなどとは微塵も考えたことはない。

 

 なぜ事前に事故に遭うとわかっている列車に乗ろうと考えるのだろうか。

 一度家に帰って冷静に考え直しても、やはりばかばかしい話だと早々に切り捨てた。

 

 エクレアがいかに言葉を尽くそうとも、やるつもりはない。

 依頼の話をされた後日、エクレアにその旨を告げた。

 その時、彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をした。

 どうやらライがすんなりと了承するものと考えていたらしい。

 

 彼女の思考回路は謎に満ちているが、そうだとしてもどうしてライが了承するものだと考えていたのかは理解に苦しむ。

 

 エクレアは、なるほどなるほどと首を縦に振り、何か言い出そうとしていたが、ライは自分の考えだけ告げてさっさと帰ることにした。

 しかし踵を返す直前、エクレアがとんでもないことを口にする。

 

 ライの顔は依頼主に割れていて、依頼を失敗、あるいは拒否をしたら、ライは確実に命を狙われるだろう、と。

 そういうことは一番先に言うべきだろう。

 最初からライに選択肢はなかったのである。

 

 

 記憶の中でも憎たらしい笑みを浮かべるエクレアに対して、一つ舌打ちをしてから、ライはイアニッツ家に関する情報の整理を続ける。

 

 前回の依頼とは違って、唯一の救いとして準備期間だけは豊富にあった。

 約一か月。前回の十倍以上の期間だ。

 

 エクレアの情報によると、来月の頭にイアニッツ家主催の上流貴族パーティーがあり、その時に決行するべきとのこと。

 パーティーともなると護衛の仕事が増え、多少は死角が広がる。

 通常時と比べると数倍は侵入しやすいだろう。

 エクレアに言われなくとも、ライはその日を決行日に選んでいただろう。

 

 だがいくら侵入しやすいとは言っても、五大貴族の屋敷だ。

 失敗の可能性の方が高いのには違いない。というより、失敗する未来しか見えない。

 そもそも屋敷の内部構造が不明である。

 

 いくらエクレアでも、イアニッツ家の屋敷の完全な図面は手に入れられなかった。

 

 パーティーが行われる場所や応接室など、外部の者も利用する部屋ぐらいしかわからない。あとはせいぜい地下室が確実に存在するという情報しかない。

 それがわかるだけでも普通は凄いのだが、肝心の地下室にはどこから繋がっているのかわからないため、情報としては不十分と言わざるをえない。

 

 ライは頭を抱える。このままだと犬死だ。

 脳内でエクレアに対する暴言を吐きながら、少しでも成功の確率を上げる方法はないかと思考を巡らせる。

 しかしいくら考えても光明が見えてこない。

 そもそも依頼の難易度がライの能力を大幅に超えているのだ。

 光明など初めからないのかもしれない。

 一度考えてしまえば、気持ちがどんどん後ろ向きになっていく。

 

 ライは雑念を振り払うように大きく頭を振った。

 負の感情に心を任せても一切事態は好転しない。

 ないかもしれなくとも、今はただ探すしかないのだ。

 まだ時間はある。

 そう自分に言い聞かせて、ライは再び思案にふけった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イアニッツ家による貴族パーティーが行われる日になった。

 つまり、依頼決行日である。

 驚くべきことに、ライは貴族に扮して屋敷に潜り込むことに成功していた。

 

 ライの胸元では金色のバッチが輝いている。

 これは上流貴族であることを証明するものだ。

 構造が複雑すぎるため、一部の職人しか作ることができず、平民はじっくり見る機会もないので、偽装不可能なはずのバッジだ。

 

 なぜこんなものを持っているのかというと、結局直前まで妙案が思い浮かばず一人絶望していたライに対して、エクレアが渡してきたのだ。

 

 密かに侵入することで依頼を行ってきたライにとって、変装するという発想はなかった。

 いや、正確には頭の片隅にはあったのだが、このバッジの存在によって変装しても意味がないと考えていたのだ。

 

 五大貴族ほどでないにしろ、上流貴族からバッジを盗むのは至難の業であり、選択肢になかった。

 イアニッツ家への侵入だけですでに十分すぎるリスクを負っているのだ。

 

 これ以上リスクを増やせば、起こる奇跡も起こらなくなってしまう。

 

 ライは貴族のバッジがどういうものかを全く知らないし、作る技術もないためそう考えるのは当然であった。

 エクレアがどのようにしてこのバッジを手にしたのかは不明だが、ライは一瞬彼女が天使に見えた。

 

 絶望という暗闇に一筋の光が差し込んだ。

 

 しかし、よくよく考えれば、エクレアが余計な依頼を引き受けたのがこの状況の原因だ。

 天使に見えたのは幻覚だった。

 さらに、ライの脳裏に疑念が湧いてくる。

 

 そんなものを用意できるなら、自分でこの依頼をこなせばいいじゃないか。

 やはりエクレアは幻覚使いの悪魔だった。

 

 あの女は人に危険を押し付けて、自分は安全圏から笑っているのだ。

 

 とはいえ、彼女がいなければこうして侵入はできていまい。

 門番はバッジを見て、虫眼鏡のような機械にかざしたあと、すんなり通してくれた。

 本物と判断されたのだ。

 バッジがなければこの段階で詰みの可能性が高かった。

 一度不満を飲み込んで、ライはエクレアに感謝する。

 

 現在ライはパーティーが行われる非常に大きな部屋にいる。

 まだパーティー自体は始まっていないが、高価そうな服に身を包んだ上流貴族たちが、雑談にみせかけた自慢合戦に興じていた。

 

 案内に従ってこの部屋まできてしまった。

 ライに気づいた貴族たちが、彼はどこの家の者だろうかと、見覚えのない顔の正体を求めて記憶を遡っている。

 ライは貴族の礼儀など知らないので、話しかけられてはまずいと考え、すぐさまこの場から離れようと決めた。

 

 行動に移す前にざっと部屋の様子を探り、地下室に繋がりそうな場所がないことを確認する。

 貴族のうちの一人が、家を直接訊いてみようとライの元へ近づいてきた。

 ライはトイレに行くふりをし、部屋を出ようと慌てて出口に向かう。

 

 その露骨に話すのを嫌った姿を見ていた貴族が、なんだあの非常識な奴はと口に出したのが聞こえた。

 それを無視しつつ、ライは扉までたどり着く。

 そのまま勢いよく開けて立ち去りたかったが、今のライは一応上流貴族のふりをしている。

 他の貴族を無視して何を今更とは思ったが、そのような姿までは晒せない。

 

 ライなりに丁寧に扉を開け、さっさと部屋を後にする。

 扉を閉めるのにも気を使う。

 普段スラム街に身を潜めるライからすれば、これでも努力した方であろう。

 実際はかなり問題があったが、とにかくライは無事部屋を脱出することに成功した。

 ふう、と安堵の息を吐く。

 

「そんなに慌ててどうしたんですか?」

 

 後ろから急に声をかけられた。

 低いが若さを感じる男の声だ。

 ライは驚いて、しまったと瞬時に悟る。

 

 まだパーティーが始まっていないのだから、部屋に向かって外からやってくる人がいるのは当たり前だ。

 落ち着け、慌てるな、と心に言い聞かせ、ライは努めて笑顔で振り返る。

 急にトイレに行きたくなったとでも言ってやり過ごそう。

 

 しかし、話しかけてきた男の顔を見た瞬間、ライの思考に空白が生まれる。

 オルデマインの裏稼業で生きていく者にとって、知らない者はいない男がそこにいたのだ。

 

 ブラウニー・エルンノーツ。

 

 オルデマイン王国の衛兵隊をまとめ上げる騎士団の、若き副団長である。

 エルンノーツという名が示す通り、彼は五大貴族エルンノーツ家の人間である。

 国民にあまり姿を見せないのが五大貴族だが、エルンノーツ家だけは例外だ。

 彼らは騎士団を束ねる者として、顔がオルデマイン中に広まっている。

 

 つまるところはライの天敵だ。

 

 鍛え上げられた体に、短く切りそろえられた焦げ茶色の髪。

 それでも、野蛮という文字が当てはまらない、高貴な品が感じられるたたずまい。

 エメラルドブルーのように澄んだ青い眼が、ライを不思議そうに見つめていた。

 

「大丈夫ですか? 汗がひどいようですけど」

 

 冷汗が止まらないライに対して、ブラウニーは心配そうな様子で声をかける。

 ライは頭を高速で回転させる。

 

「……急にトイレに行きたくなって」

「ああそうでしたか。これは話しかけてしまい申し訳ない」

「限界が近いからこれで……」

「ええ」

 

 ブラウニーの横を早足で通り過ぎる。

 ブラウニーは怪しい態度のライを怪訝な目で見ながらも、ドアを開けてパーティー会場へと入っていった。

 ──一瞬だけライの方を振り返ってから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラウニーとの予期せぬ遭遇のあと、ライは必死に地下室を探していた。

 

 この場に騎士団副団長がいるとは予想外だった。

 早急に依頼を終わらせて、ここから立ち去らないといけない。

 

 イアニッツ家の屋敷ということで、できる限り早く依頼を済ませたいと考えていたが、ブラウニーの存在がライにさらなる緊張感を与えていた。

 見つからないように細心の注意を払いながら、屋敷の端から順に地下室に繋がる場所を捜索する。

 

 流石は五大貴族といったところだろうか、その広すぎる屋敷にライは手を焼いていた。

 すでに探し始めて一時間以上経つ。

 こうなると、本当に地下室が存在するのか疑わしくなってきた。

 

 今やっていることは、まったくの無駄なことではないのか。

 

 嫌な想像が頭に浮かぶ。

 しかし、ライはその雑念をすぐに振り払った。

 エクレアが地下室は必ずあると言ったのだ。

 それ以外の情報に間違いはあっても、地下室の存在だけは確実だ、と。

 微塵も揺らがないその瞳を見て、ライはエクレアを信じることにした。

 

 もともと彼女の情報の正確性はかなりのものだ。

 そこだけがエクレアの長所だと評価している。

 そんな彼女が「必ず」と言った以上、地下室はどこかにあるのだろう。

 

 パーティーが終わるまでまだまだ時間が残っている。

 だが、仮に地下室を見つけたとしても、そこから件の武器の設計図を見つけなければならない。

 

 刻一刻と過ぎ去っていく時間を意識し、ライの額に冷汗が浮かぶ。

 できるだけ人に見つからないように神経を研ぎ澄ませ、屋敷を探索するのは大変どころの騒ぎではない。

 ライは些細なことも見逃さないように気を配り続けてはいるものも、徐々に注意力が落ちているのは事実だった。

 

「ここにもないか……」

 

 イアニッツ家の屋敷は、北と東と西の三区画で構成されている。

 屋敷の北と西の区画はこれですべて探した。

 あと探していないのは、東のみ。

 そこでも地下室が見つからなければ、いよいよお手上げだ。

 

 だが失敗は許されていない。

 ライは祈るような気持ちで東の区画に足を踏み入れた。 

 まっすぐ伸びた廊下に、無数の部屋が連なっている。

 西側と全く同じ構造だ。

 

 ライの頭に再び同じ疑念が芽生えそうになる。

 それを意識的に無視しつつ、手前の部屋から順に探索を続ける。

 途中、何度か人の気配を感じ、近くの部屋に身を隠してやり過ごす。

 一応、貴族の変装をしたままではあるが、パーティーが行われている部屋とこの東の区画は随分と離れてしまっている。

 見つからないにこしたことはない。

 

 ライは一部屋、また一部屋としらみつぶしに進んでいく。

 いまだ地下室に繋がる気配はない。

 そうこうしているうちに、いよいよ端の部屋が見えてきた。

 

 あと五部屋、あと四部屋。

 もしかすると、自分はどこかを見落としていたのだろうか。

 

 あと三部屋、あと二部屋。

 嫌な想像が膨らんでいく。

 そして────

 

「ここが最後か……」

 

 ライはこれまで散々見てきたのと同じつくりの部屋を見て、その場に立ち尽くした。

 

 

 数秒間思考を放棄した末、このまま突っ立っていても状況は好転しないと、ライは次の行動をどうすべきかと頭を再稼働させた。

 しかしすぐに妙案は思い浮かばない。

 見当もつけずにもう一度最初から探索しなおすのは、愚の骨頂だ。

 同じ結果にたどり着くのは目に見えている。

 

 そこまで考えたとき、ライはこの部屋をまだきちんと探索していないことに思い至った。

 部屋に入った瞬間、何度もみた光景と同じで絶望したが、まだ調べたわけではない。

 どうせ調べても何もないのだろうとは思いつつも、ライは改めて部屋の中を見る。

 やはり、他の部屋と外見は変わらない。

 

 おそらく客間だろう。

 天井に光源が一つ、床には派手すぎない絨毯が敷かれ、家具はベッドが一つと机が一つ。その横に空の本棚が置かれている。

 今までと同じ要領で、壁、絨毯の下、ベッド、机と手際よく確認する。

 何十回も繰り返した作業で、そのすべてが無駄に終わった作業だ。

 

 あとは空の本棚を確認すれば終わりである。

 ライはこの作業の間にも次の手を考える。

 地下室というのだから一階に力を入れて調べてきたが、今度は二階以上を中心的に探してみるのはどうか。

 見たことはないが、上の階から一階をとばして地下に繋がっていることがあるのかもしれない。

 

 なにせここは天下の五大貴族、イアニッツ家の屋敷なのだ。

 普通ではありえないことがありえてしまっても不思議ではない。

 本棚をずらしながら、よし、そうしよう、と次の行動を決定した。

 時間が迫っている。

 急がなければ。

 ライは焦りを感じつつ、もともと本棚が置いてあった位置を確認する。

 

「……勘弁してくれ」

 

 ライは自分の運の悪さを嘆いた。

 彼の目線の先、最後の部屋の最後の本棚の下に、地下への階段は眠っていたのだ。

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