モニカ転生   作:パッツンスキー枢機卿

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お誕生日モニカ様排出祈願作品


本編開始前
1.碧眼の端役


 物心ついた時から、わたしの中にはヘンテコな思い出があった。

 その思い出の中の私はニッポンの大学生で、いつもぐうたらな生活を送っているのだ。

 

 そのわたしはニッポンのマンガ?やアニメ?が大好きで、勉強もせずにそればっかり楽しんでて、わたしとしてもあきれたものである。 わたしだけど。

 

 そんなわたしが特に好きだったのが「コードギアス」っていうアニメみたいで、ほかのぼんやりとした思い出たちとは違って、くっきりと今でも覚えているのだからきっと、本当にだいすきだったんだろうなと思う。

 

 ルルーシュというキャラクターが、ひどいめにたくさんあって、ひどいこともたくさんしながら、それでも最後は優しい結末を選ぶ物語。思い出の中のわたしは大泣きしていた。なんかそのあと復活してたけど、やっぱりわたしは映画館で大泣きしていた。

 

 そのわたしがどんな人だったかはそれ以外わからないけど、その物語についてだけは、本当にはっきりと覚えているのだ。

 だから、たいくつなときはいつも目を瞑ってその物語を思い出してみるのがクセになっていた。 そうしているうちにわたしはその物語に登場する人々が大好きになった。

 

 ああ、わたしもこの物語のなかに行ってみたいなぁ。

 

 この間お友達になったミレイちゃんに聞いてみると、これはぜんせのきおくというやつらしい。人におしえると忘れてしまうんだって。

 わたしはこの思い出をこころのなかの宝箱にしまってあげた。ずっと忘れないようにするために。

 

 

 その秘密の宝物が、私の中で真に特別な価値を帯びたのは8歳になった時。 父に連れられてシュナイゼル殿下のパーティーに出席したときである。

 

 私の空想に登場するキャラクターと同じ名前の皇子に、私は最初とてもワクワクしていた。 当然、私の知るその人でないことくらいも理解した上で、だ。

 

 そして、その幼い理解はあっさりと覆された。

 

「この度は総督ご就任心よりお祝い申し上げます」

 

「こちらこそ忙しい中ありがとう、クルシェフスキー侯爵」

 

 父が固くなりながら祝詞を送った青年の顔は、私の知っているシュナイゼル・エル・ブリタニアその人だった。

 

「そちらは」

 

「娘のモニカです。 モニカ、挨拶を」

 

「……」

 

「モニカ?」

 

「…あっ。 も、もうしわけございません! モニカ・クルシェフスキーと申します! お目にかかれて光栄でございます、殿下!」

 

 ここに来る前に散々練習させられた、挨拶をどうにか捻り出す。だが、笑顔で私を見つめる彼はどう見ても私の知るシュナイゼルその人にしか見えない。 声も、振る舞いも、何もかもが。

 

「はじめまして、モニカ。 こういった場は初めてかい? 最初というのは何事も緊張するものだ。 今の私のようにね。

 

今日は固くならず、パーティを楽しみなさい」

 

 彼は機械的な優しさで私の頭を撫で、その場を後にした。

 

 幼かった私はその時まで、自分がどこの国に住んでいるのか、その国の頂に誰がいるのかを知らなかったのだ。

 

 その日から私の中にしか存在しない物語は、いずれ来る現実へと変化した。

 

 

「モニカ、最近元気ないわね〜」

 

 山盛りの砂糖が注がれた紅茶を片手に、ミレイが心配そうにこちらを見ていた。

 

「ごめんなさい。 なんでもないの」

 

 お茶会という名のごっこ遊びはアッシュフォード家の屋敷で執り行われていた。財閥貴族として名を馳せるアッシュフォード家の屋敷は、田舎貴族の令嬢からすると眩しく見えた。

 

「んもー、最近のモニカは大人しくてつまんないわね〜」

 

「それは前からでしょ」

 

 苦笑しながら反論すると、ミレイは「その調子」と楽しそうに笑った。 その笑顔を、私は彼女本人と出会う前から知っていた。

 

 貴族同士の交友を広めるパーティー。 その主催であるアッシュフォード家の祖父に連れられてつまらなそうにしていた彼女に、思い切って声を掛けたのが、この関係の始まり。

 

 物語に出てくるミレイと、どこか似ていたから、仲良くなりたいと思ったのだ。 そうすれば、物語と近しくなれるような気がして。

 

「そういえばさ、モニカ。 あの宝物のことはまだ覚えてる?」

 

「……うん」

 

 宝物。 ミレイにも、ほんの少ししか教えていないあの物語。

 

「前のモニカってニッポン人だったんでしょ? 実はもしかしたら私、ニッポンに行くかもしれないんだ」

 

 ミレイはどこか自慢するように言った。

 

「ニッポンに? なんで…」

 

「お爺様がニッポンのトーキョーに学校を作ったの。 もしかしたら、いつかそこに私も通うようになるかも。 良いでしょ〜?」

 

「……」

 

 私はそれを知っていた。

 

「それは、楽しそうね」

 

「でしょでしょ? でも、そしたらモニカと会いづらくなっちゃうのよね〜」

 

「ミレイならあっちでも友だち沢山できるわよ」

 

 脳裏に浮かぶは、あの物語で慣れ親しんだ彼らと彼女たち。

 

「そりゃそうでしょうけど、モニカも一緒がいいの!」

 

「そうは言っても…」

 

「だから!約束! もし私がニッポンに行くことになったら、モニカも付いてきて!」

 

「─────え」

 

 ミレイは椅子の上に立ち上がって、強く宣言する。

 

「別にすぐ来いって言ってるわけじゃないの! 例えば、中等部とか、高等部にあがったときに、留学でニッポンに来てってハナシ!

モニカってアタマいいからそれくらい楽チンでしょ?」

 

「でもそれって」

 

 私が焦がれていた物語の彼らと同じ光景を過ごすことになる。それはとても楽しそうだけど、そんなことが許されるのだろうか。

 

「モニカが来る頃にはお爺様の学校でいちばん偉くなってる私がモニカをおもてなししてあげる! だから─────」

 

 その強引さは、瞼裏の物語に登場する彼女そのままで、

 

「ぜっっっっったいに、アッシュフォード学園に来ること!!!」

 

「──────うん、約束ね」

 

 この時に交した約束は六年後、私にとって決して望ましくない結果として果たされることとなる。

 

 

 一年後、宮殿にて皇妃マリアンヌが暗殺された。私はそれを、知っていた。 そして、その後に待っている血塗れた戦争を。少年の復讐譚を。数多の悲劇を。

 

 確信した時には、すでに物語の歯車は動き始めていて、私にはどうすることも出来なかった。

 

 祖父とともに日本へと移住することになったミレイを見送りながら、私は無力感によって潰されそうな気持ちになっていた。

 

 機を同じくして、母が交通事故にあった。

 友人が予期せず居なくなり、塞ぎ込む私のために帝都まで菓子を直々に買いにいった際の出来事だ。

 

 幸いなことに一命は取り留めた。 しかし、輸血が必要となり、一致するはずの私がそれに手を挙げたが叶うことはなく、全く見ず知らずの誰かの血によって母は救けられることとなった。

 

 その時からだろうか、私がモニカ・クルシェフスキーという存在に違和感を抱き始めたのは。もっともその違和感については、それから僅かな期間を経て、答え合わせがなされるのだが。

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国から日本への宣戦布告がなされた時、私の父も参集されることとなった。

 

 戦地へ飛び立つ前日、私は父の書斎へ呼び出された。

 遺言でも託されるのではないかと思っていた私は、入室した時点で涙を目に溜めていたことを覚えている。 だが、私が予想していたような、悲痛な別れは、その場では設定されていなかった。

 

「僕たちは、君の本当の両親ではないんだ」

 

 いつもは真っ直ぐとこちらを捉える父の茶色い瞳は、私の碧い双眸から逃れるように、転々と泳いでいた。

 

「君の母の名前は、ナターリャ・ギンツブルグ。 かつて皇帝陛下に反旗を翻し、討滅されたギンツブルグ家の令嬢だ」

 

 浮かべていた涙が、蒸発するかのように乾いていく。

 

「反乱がナイトオブワンによって鎮圧される間近、君は生まれ、ナターリャによって侍女に託された君だけが、生き残った。この事を知っているのは僕たちと、その侍女、君のよく知るノンナだけだ。

だから、これが君の、モニカ・クルシェフスキーの人生に悪い影響を及ぼすことは」

 

「お父様は」捲し立てて明らかに何かを隠そうとしている父の言に、私は口を挟む。

 

「お父様は、誰ですか」

 

 私がさっきまで父だと思っていた彼は、しばらく黙ったあと、やはり私を見据えずに答えた。

 

「皇帝陛下だ」

 

 その名を聞いた時、なぜ養父がここまで狼狽したのか、幼い私でも理解出来た。

 彼は恐れていたのだ。 何を。 皇帝陛下を? 違う。

 

 私を、恐れていたのだ。 私が復讐心を抱くことを彼は何よりも恐れていた。 それが親としての情によるものか、あるいは一貴族の保身によるものか、はたまたその両方か、それはわからない。

 

「……僕としては、君の母君が侍女に託してまで助けようとしたことの意味を考えて欲しく思う。

それに、僕たちは君を本当の娘のように愛してきたつもりだ」

 

 彼は獣をなだめるように、声を震わせながら愛の言葉を紡ぐが、その全てが私には空虚に聞こえた。

 

 シャルル・ジ・ブリタニア。テレビや肖像画でしか見た事がない実の父を、私はよく知っていた。 何をしようとしているのか、それについても当時の私でも前世の記憶のおかげでうっすらとは理解出来ていたし、その結末だって当然。

 

 彼は物語の中で、嘘を憎んでいた。

 

──────()()()()()

 

 一瞬であっても、愛していた母を簡単に切り捨てて、子を身篭っていることも知らず、知ろうとせず、自分に優しい世界を築こうとしている。それは、何故。何故。なぜ。なぜ。

 

 答えが分かりきった無意味な自問自答。

 彼の認識する愛すべき世界に私は一瞬たりとも存在していないという単純明快な答えは、新たな問いを齎す。

 

 私は、モニカ・ギンツブルグは、なんのために、この世界に産まれてきたのか。

 

 時間の感覚が狂い、まるで全てが停止してしまったかのような錯覚に陥る。目の前で薄っぺらな微笑みを浮かべる父だった彼の視線から逃れようと視線を左に逸らすと、そこに私が居た。

 

 姿見に映った私は、その時初めて他人に見えた。

 

「─────あ…」

 

 私はその少女を、確かに見たことがあった。

 セリフなんてほとんどない。 登場時間で言えば一分にも満たない。肩書きだけ立派な、端役。

 

 私が一番好きな登場人物に、呆気なく殺された少女の幼姿がそこに写っていた。

 

 私は願うまでもなく、あの物語の登場人物だったのだ。

 

 

 戦争は簡単に終わった。

 史上初のKMFの実戦投入。 その戦略的効果は絶大で、日本側は為す術もなく敗北を喫し続け、内閣総理大臣である枢木ゲンブの自決をきっかけとし、日本は降伏することとなる。

 

 つまり、復讐劇の役者と舞台はこれで全て揃ったことになる。枢木スザクは父を殺した罪を背負い続けることになり、ルルーシュとナナリーは来る日まで隠れ続けることになり、日本人はイレブンと名を変える。

 

 

 全てを知る私なら、止められたかもしれないのに。

 

 当然、ブリタニア側で参加している父はなんの傷も負うことなく帰還した。藤堂が起こした奇跡を除き、ブリタニアは終始日本を圧倒。一介の兵士ならばともかく、貴族が死ぬ余地など何処にもないだろう。

 

 あの日から私は、絶望と罪悪感に壊れそうになるのを懸命に耐えて、モニカ・クルシェフスキーとして生きることに専念していた。

 

 私は、のうのうと生きていていいのか。

 それを、考えないように必死に目を瞑りなりながら。

 

 私は、せめて端役としての役割を全うしようと心に決めた。己の持てる全てをもってしてでも。

 

 

 

 戦争終結からほどなくして、モニカ・クルシェフスキーの名は、帝立コルチェスター学院さらには帝都ペンドラゴンに轟くこととなる。

 

 齢11歳にして、あまりにも抜きん出たKMF操作技術はシミュレーション上とは言え、実戦を経験している兵士を軽く凌駕していた。

 

 一部では『閃光の再来』とすら称されるほどにまでのその才覚は、ブリタニア軍部に届くのにさしたる時間を要することはなく、12歳になる頃には未だ中等部にすら属していない幼さで、騎士候として軍籍を与えられることになった。

 

斯くして、ナイトオブトゥエルブへの道は開かれることとなる。




本日18:30頃に第2話投稿予定
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