黒の騎士団の朱きエース、紅月カレン。 彼女には兄がいた。
前身である扇グループ、その更に前身の組織紅月グループのリーダーこそカレンの兄である紅月ナオトである。
なんでも彼はリーダーとして非常に優れた人物で、どこからか情報を引っ張ってきては、作戦を立案しその尽くを成功に導いていたという。
能力だけでなく人柄にも恵まれていたようで、彼がMIA扱いになった際には、貴族として生きる選択肢があった妹のカレンがテロ活動に身を投じたほどだ。
そんな彼だが、物語においては一切登場しない。なので私も顔も薄ら知ってるくらいで、彼がどういう人物かは知らないのだ。
「答えろ…! なぜお前が俺の妹を…!」
ほんのさっきまでは。
紅月ナオトはこちらの力の緩みを敏感に察知し、跨っていた私を押しのけてすぐさま立ち上がった。私はすぐにナイフを拾い上げる彼から距離を取り、腰の拳銃を抜いて彼に向ける。
「……やっぱり子供。 ブリタニアは人材不足なのか?」
「残念ながら人材は有り余っています。 そんなことは身に染みて理解しているのでは? テロリストさん」
拳銃を構えたまま、周辺に気を配る。 特に人影無し。 この状況で扇たちが助けに来ないということは、別行動か、或いは完全に単独行動か。
「そんなことはどうでもいい。 なんでお前は俺の妹を知っている…?」
「……さっきから何の話です?」
「惚けるなよ。 呼んだろ、名前を」
「本当になんのことか。 なぜ初対面のテロリストの妹の名前を私が知っているというのですか。意味不明です」
不味い。 本当に不味い。
出来る限りの力を振り絞り、虚勢を張りなから、これからどうすべきかについて、高速で思索する。
名前を零したのは明確な落ち度だが、あちらもカレンを妹の名前だと言ってしまったのがさらに事態をややこしくする。
この時期のカレンは既にアッシュフォード学園に通っていたか? 少なくともシュタットフェルト家に引き取られてはいるはず。
貴族のパーティーで似た人間を見たとでも言い訳するか? いやダメだ。あのカレンが貴族のパーティーに出席するはずがない。したとしても、他の貴族令嬢と仲良くなんて絶対に出来るわけない、あのカレンに。
アッシュフォード学園に通っている可能性に賭けるのもリスクが高い。
仮に違った場合、同名の友人と言い訳しようが、彼の顔から連想してカレンという名を呟いている前提のせいで苦しいだけだ。
今のところ、モニカ・クルシェフスキーがカレン・シュタットフェルトと関わり合いになる理由がどこにも無い。
どうする、どうすべきだ。
仕方ない、こういう時はもう───────
「それは俺の台詞だよ。 呼んだだろう、カレ───」
「─────可憐?」
「そうだ。 やっぱり呼んでるじゃないか!」
「いや、これ日本語の形容詞ですよ? 日本人のくせに日本語知らないんですか。 貴方の顔立ちがあまりに可憐だったので、つい…」
───────もうヤケだ。 私はこの日のために日本語を勉強したのかもしれない。多少無理があろうが、相手が嫌になるまでしらばっくれて押し切ろう。
どちらにせよ、この問答には時間制限がある。 それは他の兵士の巡回時間だ。あと10分もすれば兵士がここに巡回に来る。
他の兵士が近づけば流石に追及を諦めてくれる。 それにこちらは銃口を向けている。
とりあえずは今の無理がありすぎる言い訳の次弾となる、何か尤もらしい言い訳を考えないと。
「えっ!? そうなのか…? ……いや、そんなわけないだろ!!」
……どうやら私だけでなく紅月ナオトも予想外の邂逅により、正常な思考かできなくなりつつあるらしい。今のしょうもない言い訳に一瞬でもそうなのか?となるようなポイントなどないのに。
「いいから質問に答えろ! 下らないすっとぼけじゃなく!」
流石にそう来ますよね。
少し安心した。 といっても答えられないので、しらばっくれを続けるしかないのだが。
「乙女の初恋を下らないなんて……酷い」
「い、いやそういうつもりじゃ…クソ! めんどくさい! 銃を向けながら言うことじゃないだろ!」
いや、あとひと押しか?
なんというか扇らの情報から想像してた人物像よりもこちらのペースに巻き込めやすいなこの人。 カレンの兄なだけある。
……叩けばやたらと響くところは少しルルーシュに似ているような気もする。
なんで少し余裕を取り戻しつつも内心で冷や汗を絶えず流しながらも、表面上は平静を装う。足も若干笑っている。
しらばっくれる方針で時間を稼ぐとして、その後はどうする?
やってきた兵士への言い訳のために目の前の青年を拘束するか? まず間違いなく、物語はぶち壊しになるだろう。
捕らわれたナオト救出のために、玉城たちが中心になってブリタニア軍に突撃。普通に鎮圧され全員、射殺。
黒の騎士団結成を待たず紅月グループのメンバーはみんな死んでしまい、ナオトが練っているであろう作戦は誰にも受け継がれず、ルルーシュとC.C.が邂逅することもなくなる。
しかし、不自然な形で逃がす訳にも行かない。
現状、逃がすのに自然なポイントはその巡回の兵士がやってきて、この茶番じみた追及が止まってからだ。
銃を向けたこの状況で逃がしたらあからさますぎて、普通にバレる。
ナイト・オブ・ラウンズではなく、売国奴の称号が私に与えられることになってしまう。
それとも今ここで銃をわざと落として、逃げられるチャンスを作ってやるか?
ダメだ、もしそれでこれ幸いと私を殺しに来たらどうする。そうなれば反撃しようにも、殺し合いになるだけだ。
なにか、なにかこの状況を打開する要素は…
「あ〜かったり! 酒なきゃこんなクソみてぇなキャンプごっこやってらんねぇよなぁ〜!」
「んな事言ってたら純血派の皆々様に怒られちゃうぞ。 あははは!」
背後の林の奥から、そんな間抜けな声が聞こえてきた。 どちらも盛大に酔っ払っているようだ。巡回予定の兵士では無い。
「───ッ!?」
「……おっと」
どうやら彼らはこちらに向かって来てるらしい。彼らの目当ては十中八九、倉庫の中にある余剰物資だろう。
「……まずいですね」
目の前のナオトの処理に困っているところに、酔客二人。
仮にこのまま鉢合わせになれば、本格的な殺し合いの始まりだ。ナオトも、明らかに焦っておりこのままだと彼が強行的な行動に移るまでにそう時間はかからないだろう。
暫しの逡巡の後、私はナオトに銃を構えて無い方の手で倉庫に隠れるように促した。 ジェスチャーの意図を難なく読み取ったナオトはこちらの真意を伺うように睨みつけたあと、どちらにせよ手詰まりと判断したのか、ゆっくりと倉庫の方に入っていった。
それを見届けた私は速やかに拳銃をしまい、後ろへと向き直った。
「あれ、おい、あれ閃光の再来さまじゃね?」
「うお、再来ちゃん! 何してんすか〜!」
こちらに気づいた彼らは極めて上機嫌に私に近寄ってきた。自分たちが気安く話しかけてる相手が軍の階級的に上であることを認識してるのだろうか。元から態度は決して宜しくない二人だが、酔ってるせいで箍が外れているようだ。彼らの父親がどちらも上級貴族というのも拍車を掛けているのかもしれない。
純血派はトップ層こそ貴族としての矜恃を尊んでいるが、まだ新興故にこの手の輩も多くいた。貴族であることをかさにきて、好き勝手を通す事しか考えていない人たち。 その中でも彼らは際立って素行が悪いが。
ああ、これはチャンスかもしれない。
私はポケットに潜めていた機器にスイッチを入れる。
「貴方たちこそ何をやっているのでしょうか、アボット曹長にスウィフト曹長。 ジェレミア卿から歩哨の任を受けていたはずでは?」
「俺ら騎士がKMFに乗らないってことはそれつまり休んでてヨシっていう意味でしょう? なぁ?」
「そうそう。 俺らには高貴な血が流れてるんだ。 歩哨なんて庶民がやる仕事だろ。 なんてな」
彼らは悪びれる様子もなく、私の肩を叩いた。
「再来さんってば固すぎ、固すぎ。 ただの演習なんだから肩の力を抜いた方がいいですって」
「……一応、聞かせて頂きますが。 この予備倉庫になんの御用があっていらっしゃったのでしょうか」
「なんの御用って……そりゃあ、な?」
「簡単な話、ちょっと酒とツマミが切れたから分けてもらいに来ただけだよ」
「任務中での嗜好品の享受は各人に支給されたものに限ると軍規にあるはずですが」
「軍規て。 いや、そこに沢山余ってるんだし」
「どうせ後で捨てるんだろ? じゃあ逆に消費しないと勿体ないじゃないですか。 本官はそう思います!」
軍規の重みも、余剰物資の意味合いを彼らはまるで理解していないらしい。 仮に余剰物資を無駄に浪費した後に、攻撃を受けて膠着状態に陥ったらどうするつもりなのだろうか。少なくとも彼らは黙って飢えるほどには誠実ではないだろう。
二人はそのまま倉庫へと向かおうとしたが私はそれを遮り、足を止めさせる。この会話が聞こえているであろうナオトが気がかりで仕方ない。
「なんにせよ、無許可での物資の持ち出しは容認出来かねます。
任務に戻ってください」
「はぁ? え、何言ってんの?」
「これは命令です」
「あ? えっ、なに。 本国で煽てられてやっぱり調子に乗ってる訳? ジェレミア卿の言う通りだな、おい」
アボットが私の胸倉を掴まんと勢いよく手を伸ばしてきた。
私はそれを掴みあげ、さらに警告をする。
「もう一度言います。 これは命令です。 任務に戻ってください」
「痛い痛い痛い痛いッ!」
「てめぇ!」片割れが腰に手を伸ばしたので、私はそれよりも早く拳銃を抜き、そちらへ向けることで愚行を制止させる。
「スウィフト曹長、まさか上官へ銃を向けるつもりですか? 私の勘違いだと嬉しいのですが」
「……ッ!」スウィフト曹長は忌々しげに両手を挙げる。流石にそこまで馬鹿ではなかったようだ。
「わかったわかったわかりましたぁ! 俺たちが悪かった…です! だから手を離してください!!」
要求通り手を離してあげると、片割れの方まで逃げるように走っていった。
「わかってくれて何よりです。 では、任務に戻ってください」男たちは向けられた銃を気にしながら、元のキャンプ地まで戻って行く。
「……ジェレミア卿に報告してやる、クソガキ」なんていう捨て台詞を残しながら。 私はこれ幸いとそのセリフまで含めて録音したところで、機器のスイッチをoffにした。
かなり肝が冷えたが、どうにか倉庫に入らせるのは防げた。
私は安堵とともに、やはり銃片手に倉庫の扉を開く。 「出てきて大丈夫です」と声を掛けると両手を上げたナオトが静かに出てきた。
「どうせ彼らは歩哨には戻りません。 穴だらけの巡回には変わりませんね。 おめでとうございます」
「どういうつもりだ? 君は、なんなんだ」
先程の稚拙な問答は忘れているようね。 ありがとうございました、愚かな貴族の息子たち。
「どういうつもり、は私の質問です。
なぜこの倉庫に忍び込んだのですか」私は拳銃をしまって、あからさまに警戒を解いて見せた。
「ブリタニア人に答える義理は無い」
「そうですか。 大方余剰物資の箱に発信機でも付けて、帰りの道中に輸送トラックに物資の簒奪を仕掛けるとかそんな所でしょう」
「……さぁね」
「それをされるのは立場上非常に困るので、やめてください」
私はそう言って、缶を投げ渡す。ナオトはそれを難なくキャッチして、怪訝そうに私を見つめた。
「それと同じものが入った箱なら今回持っていっても構いません。 この場で廃棄予定ですので」
「何を……いや、それだとやはり君の立場上、困ることになるんじゃ」
「先ほどご覧になった通り、ただいま我が隊は風紀が壊滅的なことになっていまして。 そろそろ引き締めが行われる頃でしょうが、少なくとも今回の演習で食料物資が軽んじられ、浪費されるのはそこら中ですでに起きています。
貴方が持っていく食料もそういった輩のやらかし、ということでひとつ」
倉庫の中を見ていると既にかなりの数の余剰物資が抜き取られていた。 流石に乱れすぎだ。 ほっといても早晩ジェレミアらに問題視されることだろう。
まぁ、ナオトの推測通り私に対しても何かしらの追及がなされるだろうがそれに関しては先ほど拵えた防衛策があるのでそこまで問題ではない。
「つまり、物資をひとつやって見逃してやるってことか? ……これが君になんのメリットがあるのか意味不明だ」
私にとってのメリット。 それは彼をこの場から無事に離脱させるということを置いて他にない。彼は物語開始前から退場しているような人物。 しかし、それはMIAという形で、だ。
仮にこの場で兵士に捕まったり、殺されたりした場合、残った他のメンバーがどうなるかが予測できない。 ナオトという頭を失った彼らが極端な選択に出なかったのはMIAという生死が曖昧な形であったからこそだ。
であるのなら、この場は余剰物資を土産に帰ってもらう他ない。成果物無しで帰るつもりはないだろうし。
「面倒事が嫌いなだけです。 聞いていたでしょう? 私はかなり微妙な扱いなんです。 貴方を捕まえて功績を挙げたところで、大して評価されず嫉妬からさらに誹謗中傷をされるだけ。 もしかしたら、貴方と私が繋がっている、なんていう疑いをかけられるかも。だから、貴方には最初からここに居なかったように、消えて欲しいんですよ。
……早く去らないと、貴方が把握している通り、巡回の時間がやってきますよ」
少し、いやかなり苦しい言い訳だが、結びの言葉のおかげで彼はあまり気にしていないようだ。
やはり、こちらの情報が漏れているのだろう。 ナオトは簡素な腕時計で時間を確認して、険しい顔をした。 この調子だと巡回に関してだけでなく、兵士の配置場所も全部把握されてそうだ。
ギアスもなしに異常なまでの情報収集能力。 扇グループメンバー特有のワンマンリーダーに依存してしまう性質の根幹を見た気がした。
「……真意は分からないが、これは借りだと思っておく」
「返す必要はありません。強いて言うのであれば私がこの地にいる間に問題を起こさないで欲しいのですが」
「ごめん、それは無理な相談だ」
「ならさっさとお仲間の元へ。 今の言葉で気が変わりそうになってきましたので」
「そうだな、それじゃあ……の前に名前を聞いていいか?」
「意図して見逃す敵に名前を教える兵士はいませんよ」
「そりゃそうか。 じゃあな」
ナオトは素早く、該当の箱を見つけると中身を袋に粗方入れてその場を後にした。それを見送ったあと、倉庫の中に仕掛けられていた発信機を全て回収し、適当なところで捨てた。
ちなみに発信機を捨てて、倉庫にもう一度戻ってみると物資がさっきよりも減っていた。 あの二人だろう。 まぁ、明日まで精々酒盛りを楽しんでおけばいい。
ため息混じりに夜空を見上げる。自分の間の悪さと軽率さを呪った一週間だった。