皇暦2014年5月3日。
帝都ペンドラゴンでは、たった一人の騎士の話題で持ち切りとなっていた。
────モニカ・クルシェフスキー、或いは閃光のモニカ。
対E.U.戦線に突如として参戦し、瞬く間に数多の戦果を挙げた。敵KMFであるパンツァーフンメルを単独で85機撃破。 彼女の指揮の下、5の市街の制圧。 特筆すべきはわずか半年足らずでそれらを為したことだ。
故に閃光。 その異名は今は亡き偉大なる皇妃に由来するものではなく、彼女自身が獲た物として神聖ブリタニア帝国に刻まれていた。
そしてそんな彼女に今、新たな称号が与えられようとしていた────
*
「それはぁ、ナイト・オブ・トゥエルブとしてぇ」
「ちょっとロイドさん! テレビの声聞こえないので黙って頂けますか!?」
新たなナイト・オブ・ラウンズについて特集された雑誌から顔を上げたロイドは不服そうにセシルへ口を尖らせた。
「えぇ? 久しぶりに顔を出したOBにそれはないんじゃない?」
「モニカちゃんの方が久しぶりです!」
かつて天才三人と小さな騎士が過ごしていたとある大学の研究室にて、既に卒業したロイドと在学生として研究室を牽引するセシルがテレビの画面で待機していた。 セシルの方はどこで購入したのか、モニカのブロマイドを手に、叙任式の生中継を食い入るように見守っている。
「と言っても、式が始まるまでまだ結構あるけどぉ?」
「そういう問題じゃないんですよ! この空気感! これを現地にいるモニカちゃんと共有しておきたいんです! 友人として!!」
「ボクらがいるところは散らかってる研究室だけどぉ?」
「ロイドさんたちがいた頃よりは圧倒的に片付いています!!」
「……いやぁ」
曖昧に濁すロイドの視線の先には、つい最近まで毒物が入れられてたらしき所々が溶解したボール型の容器が並んでいた。 そういえば最近この研究室で原因不明の食中毒事故が起きたなんて言う話を聞いたなぁ、とロイドは身震いした。
「それにしても早いもんだねぇ。 モニカくんがこの研究室でデヴァイサーとして働き出して、まだ2年も経ってないよ? それでラウンズはちょっとびっくり」
「モニカちゃんの活躍は当然として、やっぱり空席が目立ってるということもあるんですかね? 噂ではナイト・オブ・トゥのマンフレディ卿もナイト・オブ・ラウンズから抜けちゃうみたいな話があるみたいですし」
「あれぇ、セシルくん詳しいねぇ?」
「当然、この日のために勉強しましたから!」
そう言って取り出したのは先程ロイドが朗読していたナイト・オブ・ラウンズを特集した雑誌だった。ロイドのものと差異があるとすれば、付箋だらけであることと、一週間前に発刊されたばかりだと言うのに、まるで数年間読み込まれたかのようにボロボロであることぐらいだろう。
「……ナイト・オブ・トゥエルブじゃなくて、うちのデヴァイサーになって欲しかったなぁ」
熱心なファンに聞こえないように、ロイドは小さく呟いた。
*
ナオトが海外へと姿を消し、扇グループへと名を変えたとある弱小日本レジスタンスのアジト。 そこではいつものように自称幹部の玉城が騒いでいた。
「おいカレン! 見ろ! お前よりひとつ年上のなんとかっていう子供がブリキの……えーとなんかすげぇ偉いやつになるんだってよ!」
カレンがシャワーから上がるなり、テレビに齧り付いていた玉城が無神経に声を掛けてくる。普通、風呂上がりの女子にそんな声掛けするかね、と少し苛立つ。玉城だから仕方ないが。
最近やたらとメールを送ってくるよく分からない先輩に愚痴ってやろうか、と思いながら玉城を睨み付ける。
「玉城、トレーニングもせずにあんたさぁ…」
『そろそろ開会時刻です』
「いや、本当にすげぇんだって! 何がすげぇって14歳なのにこう、凹凸が凄くて…!」
「……ハァ」
『扉が開かれました。 騎士モニ』
カレンの持ったリモコンによってテレビの電源が切られた。
「あああああーーーー!!? おい、何すんだよ!!」
「あんたのスケベ心を満たすために電気代浪費するの無駄すぎでしょ。
ランニング行ってきまーす」
「ランニングってお前……ついさっきシャワー浴びただろうが!」
「あれは筋トレの分。 汗で気持ち悪い中走りたくないじゃん」
「じゃあランニング終わったあともシャワー浴びんのか!? それこそ水道代の無駄じゃねぇか!」
「なんで男って馬鹿しか居ないんだろ……それじゃいってきまーす」
兄の失踪後からカレンは男という生き物に不信感を抱くようになっていた。 決して変な先輩が揶揄うような思春期的なアレでは無い、とカレンは思っている。
兄が死んだと思って入った扇グループだったが、最近は兄の生死について疑わしくなってきていた。
玉城は兄の名前が出る度にやかましく泣き喚くのだが、対して唯一信頼出来る男である扇さんがまったく悲痛に暮れていないのだ。
最初は薄情だと内心で怒っていたカレンだったが、サボりがちな学業について叱ってくる彼の口ぶりからして兄が生きているのを知っているのでは? というような疑念が湧いてきた。
まぁどちらにせよ、日本人でありながらブリタニア貴族として生きるのには嫌悪感しかなかった。 レジスタンスとしてブリタニアと戦う方が性に合っているのだ。
「……今日は返信きてないな」
いつもならすぐに返ってくる、不登校を揶揄うくせに自分は滅多に学校に来ない先輩のメールの有無を確認して、カレンは走り出した。
*
「お兄様、モニカさんは出てきましたか?」
「ああ、ちょうど入場しているところだよ」
心配そうにテレビに耳を澄ませるナナリーに、ルルーシュは微笑みながらも内心では穏やかではなかった。
ナイト・オブ・ラウンズ。 それは騎士の頂点であると同時に皇帝の騎士であることを意味する。
皇帝、シャルル・ジ・ブリタニア。 忌むべき父の騎士に、敬愛すべき先輩が叙任されようとしているのだ。
────モニカ・クルシェフスキー。 貴女にはあの男のではなくナナリーの騎士になって欲しかった。
もしその時が来れば、彼女に自分たちの素性を明かそうかと本気で考え始めていたルルーシュにとって、彼女のナイト・オブ・トゥエルブ叙任は忌々しいと言う他なかった。
心のどこかで、彼女がブリタニアという体制に嫌気を差してくれることを期待していた。 だが結局、高潔な彼女ですらブリタニアの歪な権力構造に呑み込まれてしまう。
『皇帝陛下、御入来!』
全ての元凶は、この男にこそある。ルルーシュは今一度、自分の中の叛心を明確にした。
*
「皇帝陛下、御入来!」
その一言で、会場の中のざわめきが完全に消え失せる。 私に近づいてくる足音は、重々しいものだった。 玉座の前に跪いている私に、あの人の顔は見えない。 それでも、その気配は覇気を感じさせるに十分だった。
「騎士ィ…モニカ・クルシェフスキー…」
その力強い声は、静謐に包まれていた会場を揺らす。
「汝、ブリタニア皇帝の剣となり、敵を討ち滅ぼすことを望むかァ…」
「Yes, Your Majesty」
父娘としての最初の会話。 それは君主と騎士という形式を以て行われた。尤も、父娘であると認識しているのはこの場では私だけだが。
滔々と、式文を唱える父シャルルは今何を考えているのだろう。
きっと、彼の思考の中に私は存在していない。 この式に関しても、あくまで手駒を増やすための面倒な業務を遂行しているに過ぎないだろう。
だが、私にとっては───────
「汝ィ…我欲を捨てナイト・オブ・トゥエルブとして、我がためにのみ剣を振るうことを望むかァ…」
「Yes, Your Majesty」
───────父の望む世界をぶち壊す前準備として、最も重要な工程だった。
私はシャルルに剣を差し出し、受け取ったシャルルはそれで私の両肩を叩く。 その間、一度たりとも彼は私を見ることはなかった。 そしてシャルルから剣を受け取り、促されるままに振り返る。
─────刹那、会場は万雷の祝福に包まれた。 新たなナイト・オブ・トゥエルブはこうして、万人に祝われる形でその称号を手に入れることとなる。