モニカ転生   作:パッツンスキー枢機卿

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2.この国は腐ってる!

 皇暦2012年。神聖ブリタニア帝国首都ペンドラゴンにて、新型KMFサザーランドの試運転として、模擬戦闘が実施されようとした。

 

『騎士モニカ、準備はよろしいでしょうか?』

 

「はい。 いつでも」

 

 改めて、サザーランドのコックピットを確認する。 グラスゴー基準のシミュレーションのものとは違い、見慣れない機構がいくつか存在していた。 マニュアルで確認済とはいえ、やや緊張してしまう。

 

 相手も同様にサザーランドだが、但し2機編成。 アサルトライフル持ちとサブマシンガン持ちが1機ずつ。 こちらはブレードを両手に装備した完全近接仕様なのに対して、あちらは遠距離重視の編成だ。

 

 この不一致は編成と装備によるサザーランドの白兵戦能力の差を測るために、意図して設定されている。いや、より正確には私の能力を測る意図も含まれているだろう。

 

 軍に所属しているとはいえまだ中等部1年生の私にとって実物のKMFを操縦する貴重な機会。 緊張はしていたが、歓喜や興奮といったものは一切生じなかった。私は物語のために、ナイトオブトゥエルブにならなければならない。 それが全知でありながら悲劇を傍観することへの、唯一の償いなのだから。

 

 あの日以来、私の心が瞼裏の物語に動かされることは無かった。

 

 私の心情を反映するかのような控えめな警告音とともに、目の前の扉が開かれた。 サザーランドを前進させ、市街地を模した擬似戦場に突入する。

 

『それでは始めてください』

 

 そのアナウンスの直後、敵側のアサルトライフル装備のサザーランドが高いビルへ飛び乗り、こちらへ向けて射撃を行った。

 

 距離として5kmほど。 アサルトライフルの有効射程からして、意図としては制圧射撃だろう。まばらな弾幕(と言っても模擬戦のため赤いセンサーだが)を左右交互に移動することで回避しながら、遮蔽から遮蔽へと前進する。

 

 サブマシンガン装備の方も同様に移動しているであろうことを予測しながら、アサルトライフル持ちとの距離を詰めていく。

 

 2kmをきったあたりで、セミオート射撃に切り替わった。

 誤射を警戒している。近い。

 

「こっちか」

 

 ビルに囲まれた交差点を通り抜ける瞬間、即座に方向転換し左側を向いた。 ブースターを逆噴射させ、後ろ移動。

 

 そこには通り抜け様に後方から奇襲を仕掛けようとしていたサブマシンガン持ちがまさに突進しようとブースターを噴いていた。

 

 こちらの目論見に気づいた相手は耳障りなブレーキ音を鳴り響かせながら、強引な逆噴射でこちらから距離を取ろうとした。こちらの射程より距離を取って安全に射撃しようという腹だろう。

 

「反応は十分ですが判断がやや鈍いですね」

 

 刹那、両腕部から発射されたスラッシュハーケンが敵サザーランドに突き刺さった。

 

 鋼鉄の楔を巻き上げることで逃れようとする敵に急襲を仕掛ける。サブマシンガンを構えようと、右腕部を動かそうとしていたところを見計らって、それをブレードで切り飛ばし、のぞけったところをもう片手のブレードで頭部を切り飛ばす。

 

 ブザー音が鳴り響く。 死亡判定だ。

 私はすぐさま正面へ向き直り、左側から聞こえてくる銃撃音に足を止めず、ビルからビルへと不規則に移動する。

 

 再びフルオートへ切り替わった銃撃音は、規則性を持って私を追尾してくる。 しかし、焦っているのか明らかに直情的で短絡的な射撃になりつつある。 私は機動パターンをさらに変則的にしながら、相手の視界を切る事に専念した。

 

 そして、銃撃音がしなくなったのを見計らってアサルトライフル持ちが陣を張る高層ビルへ急接近。

 

 高所に陣取る敵は明後日の方向へ銃先を向けていた。

 

 すぐさまビルの壁にスラッシュハーケンを突き刺し、跳躍。

 相手がこちらに気づき、銃口をこちらへ向ける。

 

「遅い」

 

 ブレードを上に振り払いアサルトライフルを弾き飛ばす。

 のぞける敵は後方へと飛び退こうとするが、それを待たずに相手のコックピット部分を蹴りつける。

 

 金属がひしゃげる音を奏でながら、高貴なる鉄塊が地面に転落するのを見届ける。

 

 あとは自分もビルから降りて、敵が起き上がる前にブレードを頭部に突き刺す。 ブザー音が鳴り響き、模擬戦闘はあっさりと終了した。

 

 時間にして3分24秒。

 

 5分にも満たない僅かな時間で、あれほどまでに憧れていたKMFのことを、罪の十字架としか認識できなくなっていることを、改めて自覚した。

 

 

 コックピットから降りるなり興奮気味に駆け寄ってきたテスト担当者の感想戦のお誘いをやんわりと断り、着替えを口実にその場を一旦後にした。

 

 やや肌色が多すぎなパイロットスーツに羞恥を感じながら、無機質な廊下を歩く。 その間、すれ違った軍人や研究者はみな私へ好奇の目を向けてくる。

 

「あれが『閃光の再来』…俺の娘と同じくらいの年頃じゃないか…」「なんでも一日の半分をシミュレーターの中で過ごしてるらしい…」「あそこまで才覚に溢れると最早不気味だな」

 

 飾り気のない研究棟の廊下は、声がよく通る。

 私は聞こえてない振りをしながら、更衣室へと向かった。 軽くシャワーを浴び、恥ずかしい格好から解放された私は、これから待っているであろうデータ収集という名の詰問に憂鬱になりながら、部屋を出た。

 

「おめでとぉ〜」

 

 ギョッと、出口の隣を見るとそこに、ヘラヘラと胡散臭く笑みを浮かべる白い青年が立っていた。

 

「ロ、ロイド伯爵ッ!?」

 

「あら、噂の神童様がボクのことを知ってるとは。 これはこれは光栄の極みだねぇ〜」

 

 恭しく、というにはあまりに慇懃無礼に大仰なお辞儀をする彼を、私はよく知っていた。親友になってしまったミレイと、シュナイゼル殿下に次ぐ、物語の登場人物との邂逅。 ダメだ、動じるな。

 

「ろ、論文をいくつか拝見させて頂いたので…。 未だ学生の身でその理論のいくつかは軍部で正式採用を検討されていると…。 と、特に運動機能の向上による三次元運動実現の戦術的価値についての論文は非常に革新的だと……」

 

「照れるねぇ〜。 まぁ? 最年少で騎士の称号を戴いたキミに比べると見劣りするけどねぇ〜?」

 

 社交辞令の体裁を保つ努力すらしていない口振りとともに、珍しい玩具に対するような無邪気で不躾な視線を向けられる。

 

「いやぁ〜ずっとここで待っててよかった」

 

「あの、ここは女子更衣室の前なのですが」

 

「? 中には入ってないんだから無問題でしょ?」

 

 私が更衣室に入ってすぐにここで待ち続けたと仮定して、煩雑なパイロットスーツの着替えとシャワーにかかった時間は一時間ほど。一時間も女子更衣室の前で立つ男性のことを世間的には不審者と呼ぶ。

 

 思わず頭を抱えそうになった。物語のキャラクターの奇行が現実に再現されると、ここまで困惑させられるのかと感心してしまうが、こちらの反応など構わずにロイド、もといプリン伯爵は自分のペースを崩さずに畳み掛けてくる。

 

「無理言って見学させてもらって大正解だったねぇ。

完全白兵装備のサザーランド一機であそこまでやれるなんて。

再現性低いのは実機試験的に最悪だけどね。 あはぁ〜」

 

「担当の方にも言いましたが、運が良かっただけですよ」

 

「運であの動きを再現出来るなら、猫が作曲する日も近いだろうねぇ」

 

「……特にご用がないようでしたら、これで」

 

「おっと、本題を忘れるところだったぁ。 はぁい、これキミへのプレゼントぉ〜」

 

 ロイドは懐からファイルを取りだして、私に押付けてきた。ややウンザリしながら、それに目を落とす。KMFの設計図だ。

 

「…グラスゴーを元にした試作KMF? …運動性能偏重をコンセプトにしている?」

 

「あれぇ、これ見ただけでそれわかっちゃう?」

 

 しまった、と顔を上げるとこちらを興味深そうな目で見つめる大きな子供と視線がぶつかってしまった。

 

「い、いえ、パッと見の形が似ていたので、当てずっぽうで」

 

「ふぅ~~~ん? パッと見で運動性能についてまで言及するなんて、またまた運がいいねぇ〜?」

 

 意地の悪いチシャ猫のような顔で、私の元に詰め寄ってくるロイド伯爵に、私はお返しとばかりに設計図を押し付ける。

 

「しっ失礼ながら、これを私にお見せした意図がわかりません!」

 

「う〜ん、一言でいえば高性能なデヴァイサーを今のうちに安価で使わせてもらおう的な? あはぁ〜」

 

「は、はぁ?」

 

「まぁ、細かいことは後で説明するってことでぇ〜、それじゃあレッツゴ〜」

 

「えっ、ちょ、ちょっと!?」

 

 抵抗する私に構わず、ロイド伯爵は意気揚々と私の手を引っ張りながらどこぞへと歩いていく。

 

 白昼堂々と13歳の少女が変人に拉致されているというのに、他の大人たちは腫れ物を見るような目で関わろうとしなかった。

 

 この国は腐ってる!!!

 

 

「あら、プリン伯爵。

なぁにぃその子は。誘拐ぃ?」

 

 褐色の美女が煙管を片手にせせら笑う。

 

「ちょっとロイドさん! 嫌がってるみたいじゃないですか、その子! どこからさらってきたんですか!?」

 

 青髪の女性が、非常識な色をしたドリンク片手に常識的な発言をする。

 

「失礼だなぁ。 ちょっと将来有望な部品を軍から借用してきただけだってぇ〜」

 

 白いマッドサイエンティストが、私の右手を持ち上げてヘラヘラと笑った。

 

「嘘でしょ…」

 

 モニカ・クルシェフスキーは見覚えしかない若き研究者たちによって構成された雑多な大学の研究室の中、なぜこうなったのか、必死に自分の瑕疵を探していた。

 

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