皇暦2015年3月21日。帝都ペンドラゴンにて。
「私に、部下ですか?」
「そうだ、クルシェフスキー卿」
ナイト・オブ・ワン─── ビスマルク・ヴァルトシュタインは少し困ったように続ける。
「我らナイト・オブ・ラウンズはそれぞれ私設部隊を持つことが出来る。 無論、お前も知っていよう」
「ええ、それは勿論」
持つことが出来るは、持たなければならないを意味しないということも知っている。
基本的に単騎で駆け抜ける戦い方をしている私にとって部下はそこまで必要ない。 雑務の類に関しても嫌いでは無いので、過労死ラインで乗っかかるレベルにならない限りは別に必要ないと考えていた。
それに、今影でやっていることを考えると、あまり身の回りに人を増やしたくない。
「要らない、という顔だな」
「いえ、とんでもない」
微笑む私に、ビスマルクはあからさまに嘆息した。
「全く。 騎士が増える度に若者との接し方に難儀させられる……さて、本題だが」
どうやら逃がしてはくれないらしい。 E.U.戦線が一段落し、休暇がてらホッカイドウへ行く許しを得る為に本国へ顔を出した瞬間、呼びつけてきたあたりよっぽど急務なようだ。
「お前にはとある騎士見習いの主になってもらいたい。そろそろ人を使うことを覚えろ」
「とある騎士見習い…ですか?」
騎士、とは断言しないことにやや違和感を抱いた。
「数年前のお前と同じだよ」
「ああ、なるほど」
得心がいった。 つまり幼き頃の私と同じように騎士にされるだけされて、宙ぶらりんにさせられてる可哀想な少年少女がいるということだろう。
さて、それがなぜ私の部下にという話に。
「これはシュナイゼル殿下から直々の要請でな。 お前をあの御方から横取りした手前、お断りすることも出来ん。 お前の特派特別顧問の件も然り…」
「シュナイゼル殿下からですか? もしかしてその騎士見習いも」
「ああ、シュナイゼル殿下が推挙なされたらしい」
シュナイゼル殿下、青田買いに味をしめてないか?
「それはまた」
「なんでもお前に準えて『閃光の再来』と呼ばれてるらしいぞ」
「……ええ?」
ブリタニアの異名を考える担当の人、バリエーションとか無いのだろうか。マリアンヌ様もそろそろお怒りになりそうだな。商標権とか取った方がいいのかもしれない。
「まぁ、今や閃光と言えばお前だからな。 マリアンヌ様ではなく」
少し嫌味っぽくビスマルクが言った。 この反応はマリアンヌを敬愛する人特有のやつだな、と判断した私は曖昧に笑って流しておく。
「それで、その『なんとかの再来』さんのお名前は…」
「そこだけ濁してなんの意味がある……ハァ、まあいい。
名前だけなら知っているかもしれんぞ? なんせ名門の令嬢だからな。
────アーニャ・アールストレイム。 お前よりもさらに若くして騎士になった少女の名だ」
「────あら」
もしかしたら、本当に元祖閃光が私を直接訴えに来たのかもしれない。 相変わらずの間の悪さを、いつもの事として私は内心笑い飛ばした。
*
いや実際、面倒なことになった。
アーニャ・アールストレイム。 或いは未来のナイト・オブ・シックス。
─────或いは過去のナイト・オブ・シックス。
そんな色々ときな臭すぎる彼女を部下にしろとシュナイゼル殿下とナイト・オブ・ワンという二人の上司から命じられているこの状況。有り体に言って最悪もいいところだ。
半ば強制的に承諾させられた次の瞬間には、初対面の日を伝えられた。翌日である。拒否権なんか最初からなかったらしい。
かつての上司カノンに案内されながら、これから会うことになるアーニャが不気味に笑っていない事を祈った。
「それにしても久しぶりね? 随分忙しいみたいじゃない、ナイト・オブ・トゥエルブ様?」
前を先導するカノンが揶揄うように微笑みながら、振り返る。 私も同じように微笑んで答える。
「ええ、お陰様で。マルディーニ卿もお変わりないようで何よりですわ」
「随分と貴族然としたご挨拶。 ミニプリンちゃんはどこに行ったのかしら?」
「あら、そんな変な名前をした人最初から居ませんよ?」
ラクシャータがブリタニアから居なくなった今、それを擦っているのは彼だけである。
「……ほんと、大人っぽくなっちゃってまぁ。 もう笑顔を処世術に使いこなすなんて、子供の成長って早いわね」
「お褒めの言葉として受け取っておきます」
「そういうとこよ」
困ったように笑って、カノンは扉の前で止まった。到着したらしい。
「入るわよ?」
特に返事は無い。 が、彼は構わず扉を開けた。
「クルシェフスキー卿。 こちらアールストレイム家のアーニャ嬢です。 アーニャ、ご挨拶を」
「……ん」
そう紹介されるソファに腰掛けた彼女は携帯電話に掛かりっきりで、こちらを一瞥すらしない。その態度は物語通りのアーニャそのもので私は安堵した。見た目は物語よりもさらに幼いが。
「……はぁ。 今は怒らないであげて? この子、誰に対しても……ってなんで嬉しそうなの?」
「いえ、ちょっと想像通りすぎて」
「貴女、年下の子になにか偏見でも持ってる?」
ここに来て初めて困惑した様子でカノンは私を見た。
問題のアーニャだが、こちらのやり取りには毛程も興味を見せずに、携帯電話に淡々と文字を打っていた。
「こんにちは、アーニャ。 私はモニカ・クルシェフスキー。 一応、今日から貴女の主になる者です」
「……ん」
私は朗らかに声を掛ける。 アーニャは一瞬、こちらに視線をよこすと、今度はカメラを向けてシャッター音を鳴らした。 写真を撮られたらしい。 つまり、記録に残すに相応しいとは一応思われたということなので、喜ばしいことである。
「ちょっと、アーニャ」
まぁ傍からみたらただただ失礼な小娘でしかないが。流石に叱責しようと身を乗り出したカノンに、私は笑顔でそれを制止する。
「いいのです、マルディーニ卿」
少なくとも悪感情は抱かれていないのだから。
正直、彼女に限っては携帯電話やカメラを一切扱わずににこやかに此方へコミュニケーションを取ってこられるよりはよっぽど心地よい。 だって、それをしてるとしたらそれはアーニャではない、別の誰かなのだから。
私は彼女の対面に座って、会話を続ける。
「まだ12歳と聞いています。 人のことを言えた義理ではありませんけど、その歳で騎士は色々大変ではありませんか?」
「別に」
「そうですか? 最近のKMFは操作が複雑化している傾向がありますよね? 例えば今の私の愛機であるグロースターなんかは接近戦に特化させた分……」
「KMFを難しいと思ったことない。 ……乗ってると、たまに記憶消えるし」
「そうですか」
携帯電話から目を離さず上司とのコミュニケーションを遂行する彼女に、私は畏敬の念すら抱きそうになる。私も今度あの人に謁見する時にやってみようかな? 面白ォいィィ!とか言って一周まわって評価されそう。 それか携帯電話についての知識を忘却させられるか。
記憶が消える、の部分はスルーしておく。虎の尾を踏むのが怖い。
「凄い指捌きですね。 私もメル友がいるんですけど、長文打つのが苦手で」
そうやって私の携帯電話を見せると、ようやくこちらに興味を示した。
「……ナイト・オブ・トゥエルブも、メールするの?」
「ええ、これでも15歳の女子ですので」
「そのデコ、可愛い」
アーニャが初めて笑った。持ちにくくなるだけと断ったのにミレイが無理やりデコってきたのだが、まさか役に立つ日が来るとは。
「……これがイマドキの子のコミュニケーション」
背後で見守っていたカノンが感心したようにそう呟いた。 いや、確かにイマドキではあるのだけれど、そう言われると前世知識のおかげでなんだか複雑な気持ちになってしまう。 この世界ではスマホなる携帯端末はまだ発明されていない。
「そういえば、学校とかは……」
「エリア11の学校へ転籍させる予定よ」
カノンが代わりに答えた。
「なるほど。 では私が手配をしておきます」
ということは1年後、特派の特別顧問としてエリア11に赴任予定の私に、彼女も付いてくるわけだ。流石に幼すぎて現在試作中のランスロットのテストパイロットにするわけには行かないだろうが。とすれば彼女がルルーシュと顔を合わせないように取り計らう必要があるな。
ちなみに、私も当然ランスロットのテストパイロットではない。脱出機構がついていないということで、安全性の観点から断らせていただいた。無論、建前である。
なので私の主要業務はランスロットの共同開発……という建前で提供されたデータを元にランスロットの姉妹機を私が抱えている工房で作りつつ、その見返りとしてこちらのリソースを特派に回す、というものである。 あとついでにプリン伯爵の監視。
「そういえばあの件とは別にエリア11に行くそうじゃない。 旅行?」
「ええ。休暇がてら雪国にでも行こうかと。E.U.戦線も落ち着いてきましたから。それに、最近はナイト・オブ・ラウンズの介入を嫌がる方々が出てきましたしね」
「大貴族連合ね」
大貴族連合。 後にユーロブリタニアと名を改めることになる彼らは、最近になって欧州から奪い取った領土に次々に移り住むようになっている。本国の領地を捨ててまでそれを敢行する者まで現れているのだから筋金入りだ。
「先日ナイト・オブ・トゥーを辞任されたマンフレディ卿も、ヴェランス大公が設立予定の騎士団で剣を振るう予定らしく」
「いよいよきな臭くなってきたわね」
「まぁ風見鶏の大貴族連合のことですから、そこまで極端なことはしないと思いますけどね」
大貴族連合はギンツブルグ家が滅ぶ事となった『イユニリストの乱』の遠因だ。 彼らはギンツブルグ家の当主を焚き付けながらも、実際に乱が起きた際には共に決起することをせず、傍観に徹した。
ある意味では仇のひとつと言えるだろう。 別に、復讐心などは沸いてこないが。どうせ、後々内患により酷いことになるのだし。
「そういえば」
と、本題に戻す。 肝心なことをまだ聞いていなかった。
「彼女を私の旗下に入れるのはいいのですが、まだ幼い彼女をどう扱えば良いのでしょうか」
流石にどこぞのプリン伯爵のように、死地に駆り出すわけにも行かない。かと言って部下として用いるには幼すぎる。私が当時宙ぶらりんだった理由も、今なら身に染みてわかる。
「ああ、それについては」
「────ワタシは、貴女と
それまで無表情だったアーニャが嗤った。 その笑顔は12歳の少女がするそれではなく、貞淑で無邪気で、それでいて残虐さを感じさせる不気味なものだった。
「彼女の希望で、貴女とKMF実機での演習を行いたいらしいわ。 実戦に出られるようになるまでは、実戦形式の訓練の教導がしばらくの役目になるわね。 勿論、暇があるときだけでいいわ」
彼女の様子に特に違和感も抱いていないような様子でカノンは言った。まるで似たような事例を識っているというような顔だ。
「ヨロシクお願いしますわ。
可愛く首を傾げるアーニャに、凄まじい寒気が走る。 まるでこちらを餌か玩具としか認識していない猛獣を前にした気分だ。
「なるほど。 それは嬉しいお誘いですね」
私は、笑顔でそれを受け入れた。 笑顔は処世術として最も効果的だから。 内心で震え上がっていることも、こうして覆い隠せる。
ロスストの情報だとクロヴィス暗殺後、コーネリアがエリア11の総督になったとき、その裏で漸くユーロブリタニアが成立したそうです。
つまり成立から一年も経たずに騎士団長の一人が謎の自殺を遂げ、トップの大公が失脚して、騎士団長たちが粛清によりほぼ全滅して、その実行者であるシンが本国へのクーデター目論むも何故か死んで、トップが復帰して、悪逆皇帝死後は抵抗しつつも結局超合衆国と講和、ということに。
ユーロブリタニアの一生は儚い。