アーニャ・アールストレイム。 後にナイト・オブ・シックスとなる彼女だが、私からすると色んな意味で天敵だ。厳密には彼女ではなく、彼女の中に潜んでいるマリアンヌ皇妃が、だが。
───『閃光』のマリアンヌ。 かつてナイト・オブ・シックスとしてまだ皇子であったシャルルとともに血みどろの皇位継承戦争を勝ち抜いた傑物。一説に拠れば、彼女とビスマルクだけで他のナイト・オブ・ラウンズを皆殺しにしてしまったとも。
KMFがまだ足が付いただけの脱出機構だった時代の騎士の最強。それはつまり、彼女自身が頭からつま先まで例外なく超人であることを意味する。
しかしそんな彼女も7年前のある日、アリエスの離宮にて暗殺されてしまう。 コードギアスという物語の始点と言ってもいいその悲劇だが、その裏には色々ときな臭い真相が潜んでいる。
そして今回、アーニャの様子が変わった理由もその真相に直結しているのだ。
「『閃光』さまはどんな踊りを見せてくれるのかしら。 愉しみだわ」
「私には不相応すぎる称号で、今すぐにでも返上したいのですけれどね」
「あら、随分と淋しいことを言うのね」
「心の底からマリアンヌ皇妃を敬愛しておりますので」
「ふふっ、きっと皇妃も喜んでらっしゃるわ」
無表情だったさっきまでと打って変わってアーニャは満面の笑みで私に話し掛けてくる。私も出来る限りの愛嬌を持って接する。 そう、親戚の怖いお姉さんを相手するような気持ちで。
「最近のスーツって着にくいわよねぇ。 昔はこういうのなかったからドレスで操縦したこともあったのよ? まぁアッシュフォードのおじいちゃんに叱られたのだけれど」
自身が着ているピンク色のパイロットスーツをまじまじと眺めながらどこか感慨深そうに笑った。
……この人、隠す気ゼロか? あのC.C.が唯一振り回される立場に甘んじた人物、まさかここまで傍若無人とは。
「そうですか。 そういえば今すぐに私の権限で動かせそうなKMFはランス装備のグロースターしかないのですが、それで大丈夫ですか?」
「あら、つれない子ね。 ええ、KMFはなんでもいいわよ。 私はお揃いのドレスで貴女と踊れたのならそれで十分」
「じゃあグロースターを手配しますね」
そう言って私は笑顔のまま、退室した。扉を閉じる寸前までこちらに愉しげに手を振っていたのがまた怖い。
「……おのれ、シュナイゼル」
私は心の内で、ほくそ笑んでいるであろう異母の兄へ呪詛を唱えた。 ちなみに以前お開きになったチェスの続きだが、あれからしばらくした後に打ったらボコボコに負かされた。 二度と打ってやるもんか。
手配を進めながら、これからどうすべきかを考える。
今の事態に関しては正直、そこまで予想外というわけでもない。 アーニャが私の部下になると聞かされた時点でこれは覚悟はしていた。あそこまであけっぴろげに来られたのは予想外ではあるが。
てっきり、あだ名周りに関して釘を刺してくる形で接触を持ってくると踏んでいたのだが、KMFで戦いたいというスタンスで来るとは思っていなかった。或いは、調子に乗るなよということを伝えたいのか。
マリアンヌが一体どう言う人物なのか、私は掴みかねている。ただ一つはっきりしているのは、恐ろしい怪物は私に興味を持っているということだけ。
KMFと演習場を借りるのに一通りの処理を終えた私は、憂鬱な気持ちと共にアーニャが待つ部屋へと戻った。肝心のアーニャは──
「〜〜〜♪」
幼稚な子供のように、それでいて妖艶な毒婦のように、彼女は退屈な執務室を華やかな舞台であるかのように見立てて、鼻歌混じりに軽やかに踊っていた。
「アーニャ、KMFの手配が済みました」
「うふふ、やっとね?」
そこでようやく彼女は美麗なお辞儀とともに演目を終えた。まるで御伽噺に出てくるお姫様のようだ。
「ヴァルトシュタイン卿も今回の模擬戦を見学したいそうです。 よろしいでしょうか?」
「あら、ビスマルクったら。 閃光のお姫様がそんなに気になってるのね? じゃあ、二人でびっくりさせてあげましょう?」
シャルルの腹心であるビスマルクだが、彼はアーニャの中に潜むモノを知らない。 彼はその立場に反してシャルルとマリアンヌに蚊帳の外に置かれてる節がある。あそこまで私心を捨てて忠義を果たしていることを考えると、少々憐れに思ってしまう。
「相手はナイト・オブ・ワンです。私に対しては構いませんが、彼にはちゃんと敬意を払ってくださいね、アーニャ」
「はぁい。 わかりましたわ、クルシェフスキー卿♪」
あくまで私は彼女をアーニャとして扱う。 彼女がどこまで私を見透かしているかがわからない。物語の中で彼女は度々、C.C.と交信し状況を共有していた。 例えばV.V.がナナリーを攫った時などは、それをC.C.に伝えたのは彼女である。
つまり意識体の状態であればある程度、自由に情報を収集できるということで、私の出自や目的がバレている恐れがあるわけで。
しかし、彼女が把握できるのはコード保持者周辺の情報のみの可能性もある。彼女がC.C.に情報共有する時と言うのは基本的にV.V.が何か暗躍をした時。 何かしらの制約から、彼女が知れる情報には限りがあるという可能性。無論、希望的観測でしかないが。
「あらあら。 考え込むのはやめましょう? 今は愉しいことだけ、ね?」
「これは失礼しました。 では、向かいましょうか」
重い足取りで演習場へ向かう私と、軽い足取りで舞踏会へ向かう彼女。 きっと、私と彼女では見ている世界が全く違うのだろう。
*
「お久しぶりです、ヴァルトシュタイン卿」
「……マルディーニ卿か」
強化ガラスを通して室内模擬戦場を俯瞰できる観戦室にて、二人の騎士が邂逅していた。片や第二皇子の側近。 片や第98代皇帝の腹心。ある意味似た者同士の二人は、未だ入場して来ない二人の若き騎士を待つ傍ら、探り合うように言葉を紡ぐ。
「E.U.戦線からクルシェフスキー卿を離脱させる形となって申し訳ございません」
「申し訳ない、というのなら此方もだろう。 結果としてシュナイゼル殿下から有望な剣を奪う形になってしまったのだ」
「その結果はあの子が望んだことですわ、ナイト・オブ・ワン」
「……そうだな」
彼女は皇帝に忠義を示した。 かつての己と同じように。
「ヴァルトシュタイン卿から見て、どうですか」
「どう、とは?」
「クルシェフスキー卿です。 私はあの子が戦場で戦う様を直接見たことがないので」
「……」
ビスマルクは目を瞑り、戦場での新しき『閃光』に思いを馳せた。
彼女が在る戦場で閃光が過ぎ去った後には、残骸以外何も残らない。まさに正確無比、一騎当千。 易易と認めるつもりはなかったが、その戦いぶりはビスマルクをして、かつての『閃光』を想起させるほどだった。
「……少なくとも、あの世代の騎士であれより強い者はいないと断言できるだろう」
「それほどですか」
「ああ。 しかし、何を考えているか分からんところはあるがな」
「……? あの子が、ですか?」
ビスマルクの言葉に、カノンが首を傾げた。 ビスマルクもまた、カノンの反応に違和感を抱く。
「逆に聞くが、貴公にはあれがいつも何を考えて笑っているか理解出来るのか?」
「ああ、なるほど。 ……本当に大人になっちゃったのね」
「…?」
「いえ、失礼。 そうですか、あの子が。
案外、分かりやすい性質だったのですけれどね、彼女」
「エリア11時代か」
ビスマルクも断片的には聞いていたエリア11でのモニカ・クルシェフスキーの経歴。 当時彼女を担当した医師によれば、やや危うい傾向にあるとも。 しかし、今の彼女を見る限り意志薄弱の傾向は一切読み取れない。 むしろ、歳の割に飄々としていて扱いにくいくらいだった。
「……む」
ガラスの向こうに視線を移すと、既に両者がランスを携えて向かい合っているところだった。
「世代は巡るものですね」
かつて最年少と持て囃された少女が今やナイト・オブ・ラウンズにまで上り詰め、自身と同じく最年少と称させる少女と矛を交える。 それに、カノンは感慨深いものを感じているようだ。
両者は決闘の礼に則り、ランスを交わしたあと間合いを空ける。
ビスマルクはそれを眺めながら、かつてマリアンヌと行った試合を思い浮かべていた。最後に未来視のギアスを使ったあの試合は、彼に敗北を刻み込んでいるというのに、それが心地よかった。
やはり、ビスマルクの中での『閃光』とはマリアンヌ以外の何者でもなく、目の前で演習を行う二人の少女どちらであっても当て嵌ることはないだろう。
「始まったな…」
「ええ」
同世代最強のモニカだが、それは騎士最強を意味するわけではない。
ナイト・オブ・ラウンズの席次に順位としての意味合いは含まれないが、それでも他のラウンズと比べるとまだ未熟な点が目立つ。
ただ、それでも騎士になりたての小娘相手ではまともに相手にならないだろう。 だがこの演習はそれでいい。 下は上を知ることで成長し、上もまた下を教導することで成長できるのだ。
「……?」
そう思っていたのだが、広くない演習場の中で縦横無尽に動きながら槍をぶつけ合う両者を見ていると奇妙な違和感が沸いてくる。 眉を顰め、隣に視線を向けるとカノンも驚いた様子でそれを見ていた。
「……マルディーニ卿、モニカはどちらに乗っている?」
「い、今攻撃を弾かれた方です」
「……なに?」
試合は事前に予想していた通り、一方的な様相を描写していた。
しかし、問題は攻める側と守る側がその予想とは真反対であること。 つい最近、騎士になったばかりの少女が巧妙かつ苛烈な攻め手を見せつつ、ナイト・オブ・ラウンズであるモニカがそれを凌ぐので精一杯。
「……アーニャ・アールストレイム、まさかこれほどとは」
「い、いえ。 以前、彼女が模擬試合をしているところを見学させて貰ったことがありましたが、さすがにここまででは」
「……」
態と実力を隠していた、というには事前に把握していたアーニャ・アールストレイムの人物像と明らかに食い違う。 そして何より───────
「あれは、才だけで為せる動きでは無い」
幾多の戦場で剣を振るった騎士の持つ経験に裏付けられた熟成されきった強さ。 アーニャが今見せている強さは、正にそれだった。ビスマルクは目を細める。
「……或いは、老熟すら再現してみせる程の才ということか?」
なんにせよ、確かなのはナイト・オブ・トゥエルブが押されているということ。油断した結果、追い詰められるような迂闊な傲慢さを持たない筈のモニカがこうなっているということは、アーニャの強さは純然たるものであることを意味する。
皇帝の剣に彼女が加わる日はそう遠くないのかもしれない。 ビスマルクは内心でそれを嬉しく思いながら、違和感を見過ごすべきでは無い、という心の中の警鐘に気づくことが出来なかった。
*
『アハハハッ! 愉しいわねぇ、騎士様!』
舞うように苛烈な攻撃を繰り返すアーニャ。 それを凌ぐことすら、全身全霊でようやく。 私は完全に防戦一方に追い詰められていた。的確にこちらの心臓部を狙ってくる刺突をどうにか躱しながら、隙を伺うも、その僅かな観察さえ許されず、次の一撃が繰り出される。
「これが、本物の『閃光』…!」
模擬戦故に電磁波が無効化された非殺傷仕様のランスだが、彼女から繰り出される突きの一つ一つが、私の命を的確に奪いに来ている。 直撃すれば間違いなく死ぬ。
此方に攻撃を仕掛ける際に生じたほんのわずかな隙で、スラッシュハーケンを放つことで牽制し、どうにか間合いを空ける。 あくまでKMF戦だというのに、発汗と息切れが激しい。
『凄い、凄いわ! 殺す気で遊んでいるのに! 流石は『閃光』! 抱きしめたくなるわね!』
ランスを構え、どうにか攻勢に転じようと間合いを詰める。 かつてないほどに研ぎ澄まされた集中力は、如何にランスを突けば相手を仕留められるかを導き出してくれた。条件は揃った。私は一切の自制心を捨て、目の前の怪物を討たんと、突きを放つ。
『─────漸くその気になってくれた? じゃあ、こっちも!』
刹那、彼処からも、今までよりもさらに鋭い刺突が私目掛けて放たれる。槍は交差し、そして
『……なぁんて、ね』
─────穂先が互いのコックピットに触れる寸前で、両者のグロースターが沈黙した。
「残念ながらエナジーフィラー切れです、アーニャ」
私は汗を拭いながら、外に出る。 同じように対面から出てきたアーニャは汗ひとつかかずに、つまらなそうに口先を尖らしていた。
「わかっててその気になったような素振りを見せてたのね? 悪い子」
「なんの事やら」
私は笑顔で答える。エナジーフィラーの管理を怠る騎士など前線ではあっという間に死ぬ。 当然、狙っていたとも。彼女の動きを再現するのに、まだKMFのスペックが圧倒的に足りていない。無理をさせればその分、エナジーフィラーの消費もそれ相応のものとなる。
閃光のマリアンヌに、グロースターという鎧は小さすぎた。
「こっちの消費量も読んでいたの? 戦いながら?」
「体感である程度は。 同じ機体かつ同じ装備なので」
「誘導されてたってワケ? 器用なのか不器用なのかよく分からない戦い方ね。 おもしろいわ」
ケラケラと腹を抱えるアーニャに、私は胸を撫で下ろす。不興を買って生身で第2ラウンド、なんて言う展開にならなくてよかった。こちらの目論見を分かってて付き合ってくれていた部分もあるだろうし、流石にそれは無いと踏んでいたが。
「満足していただけましたか?」
「うーん。 まぁ、今日はこれで済ませてあげるわ」
「それは良かった」
「久しぶりに楽しかったわ」
じゃあ代ってあげようかしら、などとこちらが触れられないようなことを呟いたあとに、何かを思い出したかのようにこちらに小気味よく近寄ってきた。
「最後に、『閃光』の本当の意味を教えてあげるわ」
「本当の意味?」
マリアンヌは悪戯っぽく笑うと、私の耳元まで顔を寄せて妖艶に囁いた。
「あの人に用意してるサプライズ、黙っててあげるわ。 その代わりに、その時がきたらワタシも混ぜてね。
──────ギンツブルグのお姫様?」
閃光のマリアンヌ。それは私と違い戦場で勝ち取った異名ではなく、血みどろの政争の中で発揮された、異常なまでの明晰さからあだ名されたものだそうだ。それを今、私は己の身を以てその意味を思い知った。
*
見覚えのない大きな部屋の中で、こちらをじっと見つめるナイト・オブ・トゥエルブと目が合った時、またこれだ、とアーニャは深い絶望に陥った。
いつの間にパイロットスーツに着替えていたのか、一切の記憶が無い。最後の記憶はナイト・オブ・トゥエルブのケータイを触らせてもらっていた時。 ケータイの時刻を見ると既にあの時から半日が経過していた。
「……なんで」
わからない。 ただ分かるのは、また記憶を亡くしたということだけ。 写真を見る。 そこには笑顔のナイト・オブ・トゥエルブが写っていた。 目の前で困惑している彼女に、その笑顔は存在していない。
「アーニャ」
「……ぁ」
記憶を喪うと、なぜか仲良くなっている人やなぜかこちらを恐れる人が傍らに居る時があった。 わからない。 わからないが、ナイト・オブ・トゥエルブもきっと、そのどちらかで。
「…わたし、わたしは」
「アーニャ」
ナイト・オブ・トゥエルブが肩を掴んだ。 なぜかはわからない。 でもきっと、喪った自分に原因があるんだ。仲良くなることも、嫌われることも別にいい。 恐ろしいのは、それが自分にとって未知のズレによって生じていることで────
「アーニャ、大丈夫ですか?」
「……ナイト・オブ・トゥエルブのひと」
彼女の碧い瞳は、じっとこちらを捉えていた。
「わたしは、何をしてたの?」
「さっきまでKMFで模擬戦をしていましたよ。 ほら」
こちらの質問の意図を一切疑わず、背後で互いの胸に穂先を向け合うグロースターを指さした。
「……あっ、一応これらはまだ軍事機密なので写真はNGで」
「あなたは、わたしを変に思わないの?」
「思いませんよ?」
あっけらかんと答えた彼女に、アーニャは思わず目を見開く。
「グロースターが映らなかったら記念写真OKらしいので、反対側を背にして撮っちゃいましょう」
そう言ってナイト・オブ・トゥエルブはアーニャのケータイを片手に、アーニャを抱き寄せた。
「はい、チーズ」
そう言って困惑するアーニャを他所に、無意味な程にシャッター音を鳴らす。「ガラケ……今どきのケータイって連射機能ないの不便ですよね」といいながら、成果物を吟味する彼女は、本当にアーニャの様子を不審がってないようだった。
「あ、そうそう」
アーニャにケータイを差し出しながら、ナイト・オブ・トゥエルブは少し困ったような顔で続けた。
「ナイト・オブ・トゥエルブって呼び方、長いしよそよそしいのでモニカと呼び捨てで大丈夫です。 あっ公的な場ではちゃんとクルシェフスキー卿で」
私が怒られちゃうので、と微笑んだモニカにアーニャはなぜか、胸が軽くなるような気がした。よく分からない人。喪失感は消えないけど、この人のそばならもしかしたら少しはマシになるかもしれない。写真を見て、アーニャはそう思った。
「───モニカ」
「なんですか?」
名前を呼ばれたモニカは嬉しそうに微笑んだ。 アーニャにはそれが、これまでの作り物の笑顔とは違う本物に見えた。
「モニカが撮った写真、全部ブレてる」
「えっ!?」
シャッター音と、鈴のような忍び笑い。 その日に刻まれた記録は、その愕然としたナイト・オブ・トゥエルブだった。
諸般の事情(主にお仕事と原作復習)により更新が毎日ではなく不定期になります。申し訳ございません…