模擬戦の翌日、ペンドラゴンの政庁にて、案内がてらアーニャと廊下を歩いていると、厭らしい殺気とともにナイフが飛んできた。 私は手でさっさと弾くと、分かりきった下手人に目を向ける。
「おやおやおや、これは閃光どの。 お日柄がよろしいようで」
軽薄な笑みを浮かべたナイト・オブ・テン、ルキアーノ・ブラッドリーはアーニャを値踏みするように眺めている。 それを感じとったアーニャは不機嫌そうに、私の後ろへ隠れその視線を遮った。
「ごきげんよう。 ブラッドリー卿、これ落としましたよ」
弾いたナイフを拾い上げ微笑みとともに差し出すと、ルキアーノは肩を竦め、やはり薄気味悪い笑みともに丁寧に受け取る。
「相変わらず素っ気のない」
「なにか御用でしょうか?」
会う度にナイフを投げつけてくるのはいい加減やめて欲しい。ルキアーノ流コミュニケーションに付き合えるほど、こちらは血に飢えていないのだから。
「いやね、なんでもナイト・オブ・ラウンズが子供の騎士に苦戦をしたという噂を耳にして、そんな不届き者は誰だろうかと確認しに来たんだ」
「はぁ。 それはご苦労様です」
「…………本当につれないな、君は」
つまらなそうにナイフを懐にしまったルキアーノは、私の背後に隠れて携帯電話を弄るアーニャを一瞥し、嗤う。
「クルシェフスキー卿、まさかそこのお嬢ちゃんと死闘を繰り広げたなどと言うまいな?」
「模擬戦のことでしたら、ええ、この子と行いましたよ。 アーニャ、挨拶を」
「………嫌」
「こらっ。 さっきも言ったでしょう、アーニャ。 騎士は戦うだけではなく礼儀作法も一流ではなければ」
「じゃあ、人にナイフを投げつけてくる男は騎士として論外」
困った、隙のない正論だ。ルキアーノは彼女の言葉にむっと眉をひそめた。 心外だ、みたいな顔をするならあの変なコミュニケーションをやめろ、と言いたくなるが更に面倒くさくなりそうなのでやめておく。
「アーニャ、後で挨拶の練習しましょうね。 それで、実際のところ何の御用でしょうか」
「そこは無礼を叱責したまえよ。………なに、君が近々前線から離れると聞いてね。 私を除いて、あの戦場に最も適している人材である君がなぜ猿共の巣であるエリア11に戻るのか。 毛ほども理解できない」
「お褒め頂き光栄です。 しかし、疑問です。 なぜ貴方は私をそこまで評価してるのでしょうか」
どういうわけか、私は彼にある程度認められているらしい。私としては彼の嗜好はまったく理解できないし、普通に嫌悪対象なのだが、不思議だ。極力敵を殺さない私のスタンスから、ブリタニアの吸血鬼からは忌み嫌われるだろうと踏んでいたのだが、どうにも彼は私に対して一目置いている。
「簡単な話。 君は命の尊さを理解している。 それだけだ」
「──────」
彼の言葉を聞いたおかげで、アーニャからマリアンヌが顔を出した時よりも私は驚愕している。彼の口からそんな牧歌的なセリフが飛び出てくるとは思わなかった。
「命の尊さを理解せず、躊躇なくそれを奪うことが出来ることは軍人の美徳であるがね。 それは私の至高とする所ではない。
真に甘美たるは命の尊さを熟知した上で、それを情け容赦なく奪うことだ。 その点、君はそれに当て嵌るのさ」
まるで説教を行う聖職者のような大仰な振る舞いで、血腥い価値観を披露するルキアーノを、幼き騎士は密かにカメラで撮影した。私としてはこんなもの記録に残すな、と言いたくなるが。
情け容赦なく。 それは単なる誤解だ。 私は情けを捨てられるほど吹っ切ることは出来てない。
戦場にいる以上、何一つ奪わないという選択肢はない。 しかし、それでも極力奪わないように私は動いている。 殺せば殺すほどに、私に付き纏う怨嗟は増えていくのだから。
「他人の大切な物を奪うんだ、怨まれもする。 あとはそれに悦楽を見い出せれば、君を私と並ぶ者として認めてやれるのに。 嗚呼、実に残念」
くつくつと嗤うルキアーノに、私は心底から辟易とした気持ちになるが、仕方ないので愛想良く口角を上げ続けることに注力する。コミュニケーションにおいて笑顔はランスロットよりも強しなのだ。なんて考えていると、背後に隠れていたアーニャが私の裾を引っ張った。
「モニカ」
「なんですか?」
「この男、気持ち悪い」
「─────」
遠慮が無さすぎる。 流石の私の最強兵器も凍りつく。
これは流石にある程度の指導が必要だ。 とりあえずは怒り心頭だろうルキアーノに謝罪しないと、そう思って彼の方を向くと───
「ふむ……」
なぜか、彼は特に怒った様子もなく、興味深そうに私とアーニャを観察していた。なんだ、聞こえてなかったのか? そう思い、安堵に胸を撫で下ろそうとした時、ルキアーノが口を開いた。
「君ら、声が似すぎて一緒に会話してるとどっちが喋ってるかわからん。 これからは必ず名乗ってから物を言うようにしたまえ」
混乱する、と本気で困惑した様子で宣った。 なるほど、どうやら私の中で彼の評価をさらに下げる必要があるようだ。
「……な、なんだその笑顔は」
「いえ、なんでもありませんよ? 私はこの後アーニャの分の渡航手続きをしなければならないので、これで失礼させていただきます。 それでは」
笑顔は、こうやって遺憾の意を表明する際にも使える。 やはり、第9世代のランスロットよりもさらに強力なのだ。
*
「ホッカイドウってどんな所?」
輸送機の中で、雲に包まれた外の景色を退屈そうに眺めているアーニャがそう質問してきた。
「そうですね。 一言でいうなら雪国でしょうか?」
「雪、降ってる?」
「3月ですから、運が良ければ」
「そう」
カメラを触りながら、少し俯く。 きっと雪景色を記録したいのだろう。今回行くのは北側なので多分それは実現するだろう。 と言っても、事の如何では観光どころでは無くなるのだが。
私としても五稜郭に行くくらいの時間は確保したい。 トシゾォ・ヒジカタが主役の歴史小説を読んでからずっと行ってみたいと思っていたのだ。同じホッカイドウなのだしそこまで移動に時間は掛からない筈。さっさと用事を終わらせれば行けるな。私のプランに抜けは無い。
「初めての任務が、旅行」
少し不思議そうに呟くアーニャ。 私は少し笑って、今回の本旨を答える。
「完全に旅行というわけではありませんよ? 領主の皇重護氏に少し内密にお伝えしなければならないことがありまして」
「伝えなければならないこと?」
「ええ。 二つほど。 片方は恐らく簡単に済む話です。 もう片方は……まぁ事と次第によっては大事になるかもしれませんね」
「だからKMFも一緒に?」
「念の為です。 まぁ、多分私が乗ることはないでしょうけどね」
「?」
ホッカイドウの観光スポットが纏められた雑誌を眺めながら、これからのことに思いを馳せる。
*
輸送機から降りた瞬間、頬に冷たい感触。 空を見ると雪がポツポツと降っていた。 隣を見るとアーニャはすでにカメラを構えており、早速雪国を楽しんでいる。 何よりだ。
ただ一つ問題があるとすれば、それは私の服装。アッシュフォード家から提供された私専用の制服は、不必要に布面積が省かれており、膝丈のスカートである事も相まって非常に寒い。
「でもナイト・オブ・ラウンズの制服ってコートみたいなの、用意されてないんですよね」
ため息を吐くも、やはり白い。メインの目的が終わったらさっさと私服に着替えよう。アーニャの方はしっかり着込んでいるせいで、尚更寒く感じる。
「雪」
じっと空を見上げながら、興味深そうに雪を眺めるアーニャはどこか仔猫のようで可愛らしい。 少し揶揄いたくなった私は彼女にちょっかいを掛けることにした。
「アーニャ。 雪がなぜ白いか知っていますか?」
「……?」
アーニャは困ったように首を傾げる。 おやおや、これはこれは。 では、是非とも彼女に教えてあげよう。 雪が白い理由。 それはね、自分の色を
「雪が白いのは、雪の結晶が光を全ての波長で均等に反射するため。
その結果、目に見える光が混ざり合って白色に見えてるだけ」
「……その通りです。 流石ですね」
「? へんな質問」
よく考えたらC.C.と深い仲であるマリアンヌにこの例えを聞かれるのは不味すぎる。半ば観光ということで気が緩んでいるな。 最後まで聞かれなくてよかった。 別に恥ずかしいとかでは無い。
なんてやり取りを滑走路の脇でしているうちに目の前に一台の高級車が止まった。降りてきたのは貴族然とした壮年の男性。
「クルシェフスキー卿、お待たせして申し訳ございません」
「いえ、こちらこそお忙しいところ申し訳ございません。 ──カークウェイン卿」
互いに謝意を示しながら握手を交わすが、案内役であるセオドリク・カークウェイン卿の目は明らかにこちらを警戒していた。さて、上手く事を運べるだろうか。
*
車に揺られる後部座席のナイト・オブ・トゥエルブとその配下をバックミラーで確認しながら、セオドリクは今回の訪問について考察する。
一週間前、突如として秘密裏に会いたいと主である皇重護に接触を持ってきた彼女は、側近であるセオドリクの同席も求めてきた。 言われなくとも護衛として同席予定だったため、意図が分からない。
「さぞ寒かったでしょう」
「ええ、本当に。 寒冷地ではコートの着用を義務付けるべきだと強く感じました。 帰ったら皇帝陛下に上奏しようかしら」
「これはこれは。 ……ところで、随分とお荷物をお持ちしているようですが、重くないですかな?」
「実はホッカイドウが初めてだったもので、少し不要な荷物を詰め込んでしまいました。 お恥ずかしい話、浮かれてしまったようです」
「はははは、この地を治める方の臣下としては嬉しい限りですな」
「うふふふ」
若くしてナイト・オブ・ラウンズに上り詰めただけあって、中々に掴みどころがない。 愈々、警戒を強める。
あの鞄の中身。 それは間違いなく観光の為のものなどではない。問題は、それがこちらをどうする為のものかということ。
ホッカイドウ・ブロックは皇重護が統治している特異な性質上、エリア11で唯一、イレブンつまり日本人の権利が保障されている地である。だが、それを快く思っているブリタニア人は少ない。
日本人たちの自由が許されているのはあくまで皇重護の夫人である幻の第一皇女、シェリーへの取り計らいのおかげであり、ナイト・オブ・ラウンズはその取り計らいを撤回し得る存在。 彼女の持ち込んだ物がシェリーの遺志を踏み躙り、主の命綱を切断する可能性があるやもしれないと考えると、内心穏やかではいられなかった。
結局いくら探りを入れてものらりくらりと躱され続け、気がつけば皇の屋敷に辿り着いてしまった。 車から降りて、ふと屋敷の玄関の方を見ると少女がこちらを覗き込んでいる。 主の子女であるサクヤだ。
「あら可愛らしい」 同じくサクヤを見つけたモニカ・クルシェフスキーは花を愛でるように目を細めた。
「こんにちは」 挨拶するモニカに、サクヤはややびっくりしたように目を見開きそのまま扉の奥へ消えていってしまった。
「怖がらせてしまったようです…」
「お嬢様は人見知りをしてしまうお年頃なのです。 お気になさらないでください」
半分日本人であるサクヤに差別感情を見せないモニカに対して、セオドリクは内心で彼女の評価を更新すべきか悩んだ。 しかし、人間というものはいくらでも取り繕えると考えを改めて、再びその一挙一動を見張る。
「……そこそこ大きい」 ずっと黙りこくっていた少女が、カメラを手にしながら屋敷を見て白い息を吐く。
「あ、カークウェイン卿。 御屋敷の写真を撮影したいのですが、よろしいでしょうか?」
「申し訳ございませんが、主の許可なくそれは…」
「いーよいーよ! どんどん撮っちゃってくださいよ、お嬢さん方!」
ぎょっと声のした方を見ると主である皇重護が豪快な笑みを携えて立っていた。 隠れるように重護の足元にしがみつくサクヤもいた。 モニカは嬉しそうにサクヤに手を振るも、やはりサクヤは重護の影に隠れた。
「おっと、悪いね。 お客さんが久しぶりなもんで、うちのサクヤが人見知りを発揮しちゃってるみたいだ。 ナイト・オブ・トゥエルブさんがあまりにお綺麗だからかな?」
「うふふ、お上手ですね皇重護様」
「雪、もっと積もってほしい。 つまらない」
目的不明なラウンズと豪快に談笑する主。 天候に文句を言いながら写真を撮り続ける謎の少女。 小動物のように重護にしがみつくサクヤ嬢。そして、その混沌に胃を痛める忠臣。
斯くして、ホッカイドウでの小さな騒動が幕を開けた。
カークウェイン兄弟の父の名前や人格に関しては完全に捏造となっております。