「いやぁ、それにしても本国から遥々、よく来てくれましたなぁ!」
紅茶をまるで酒でも呑むかのように豪快に飲み干し、重護は笑った。その様は本当に私たちの訪問を歓迎しているように見えた。
「突然の訪問に応じて下さり、ありがとうございます」
「いえいえ。妻に先立たれてから、静かなもんで。 こうやってお客さんが来てくれると賑やかになって嬉しいですよ。 なぁサクヤ!」
「おきゃくさまのまえで、やめてください…」
彼の膝の上に無理やり乗せられたサクヤは、こちらの様子を伺いながらも、父に抗議する。私の知るサクヤよりも圧倒的に幼い。7歳くらいだろうか。
「はっはっはっ! 嬉しいくせにぃ! 可愛いな、このぉ〜!」
「パ…おとうさまなんて、嫌いです」
「きらっ……!?」
頭に手を置こうとした父の手を、愛娘は振り払って頬をふくらませた。傷つく重護から逃れた彼女はそのまま部屋から出て行ってしまった。嫌がる彼女を重護が無理やり同席させたのだから、当然の帰結だろう。それにこれから私がする話のことを考えると、小さな子供は同席させたくない。
「仲がよろしいんですね」
「たった今嫌われちゃいましたけどねぇ…」
「ふふ。 拗ねてるだけだと思いますよ」
「そうかなぁ……ああ、そう言えばこの間サクヤちゃんが…」
「重護様」
セオドリクが咳払いをすると、重護はしまったとばかりに頭を掻いて、苦笑した。
「おっと……すみません。 娘の話に夢中になってしまって」
「いえ、失礼ながら此方も和ませて頂きました。……なにしろ、持ってきた本題が本題ですので」
「それで、その本題っていうのは?」
私はセオドリクに席に座るように目で促す。 こちらの真意を確認するように目を細めたあと、丁寧な所作で重護の隣に座った。
私の隣に座っているアーニャはやはり興味無さげに、今日の成果物の確認をしている。 彼女の役目はここではないので、今はそれでいい。私は重護にではなく、セオドリクに目線を送る。
「カークウェイン卿。 今、貴方のご子息たちはどこでなにをしていますか?」
「…? 今日は狩りに出掛けると聞いておりますが」
狩り。 兄弟が放った悪趣味な喩えに思わず顔を顰めそうになる。
「狩りですか。 獲物はなんと?」
「いえ、そこまでは。 ……愚息たちがなにか?」
「誠に申し上げにくいのですが…」
彼の疑問に、私は口頭ではなく鞄から取り出した無数の証拠で以て答える。カークウェインの兄弟による、日本人への暴行や殺害の数々。中には実行している場面を写している物すらあった。
仮に他のブロックで行われていたとしても罪に問われるような所業を、日本人の権利がある程度認められているこの地で行ったという事実は、セオドリクの貴族としての仮面を容易く打ち砕いた。
「なっ……!? なんだこれは…!?」
こちらの言葉を待たず、セオドリクは身を乗り出し兄弟が愉悦に顔を歪ませながら日本人を橋から落とす瞬間の写真を取り上げた。 重護は先程までの陽気を隠し、真剣な眼差しを此方に向ける。
「……ナイト・オブ・トゥエルブさん。 これは本当ですか」
「残念ですが……私が最も信頼出来る者によって密かにこの地にて集められたものです。 偽証の可能性はないと誓いましょう」
「馬鹿な…! 重護様、これはきっと本国からの罠ですっ!」
「セオドリク、私もそう思いたいがね…」
セオドリクは縋るように、重護に訴える。
「グリードとグランがそんなことをする訳が無い…! 確かに素行が悪い所はあるが、性根は腐ってなど」
「であれば今すぐにでもご子息らの元に遣いを。 虚偽であれば私の首をこの場で切り落としても構いません」
「何を…!」
私はテーブルの上に剣を置いた。ラウンズに就任した際に皇帝陛下から賜ったモノ。 携える者が騎士である以上、実用性も当然有しており、同じく騎士であるセオドリクが本気で振るえば私の首など簡単に落とせるだろう。仮にそうなった場合、彼や重護に責任が行かないように根回しはしている。万が一にも、そうはならないだろうが。
「主の前でこのような侮辱をしておいて、貴様の首ひとつで済むとでも…!?
驕るな、ナイト・オブ・トゥエルブッ!」
「よせよせ」
「しかし…!」
「どちらにせよ、真偽は確かめなきゃいけん。 グリード君らが無実ならそれで良し。 その時はクルシェフスキー卿にお詫びにグリード君らの分まで美味しいものでも奢ってもらおう」
「重護様……」
では、無実でなかったら?
セオドリクの中ではきっと、そんな最悪の未来が到来しないことを祈っているに違いない。 目の前のナイト・オブ・ラウンズが首を差し出しているという事実から必死に目を逸らしながら。きっと、思い当たる節はあったのだろう。
セオドリクが部下たちに息子たちの所在を探るように命じてから一時間、応対室では気まずい沈黙が流れた。 重護ですらも沈痛な面持ちで、じっと証拠品を何度も確認している。 セオドリクは言うまでもなく、ずっと天に祈るように俯いていた。当然、私も厄介事の運び手として、罪悪感がある。 唯一の例外があるとするのなら、そんな光景すら記録しようとするアーニャくらいだろう。セオドリクにカメラを向けようとしたので流石に止めておく。
セオドリクの部下が戻ってきたのは、セオドリクから嗚咽の声が漏れだした頃合だった。部下から耳打ちをされたセオドリクはとうとう崩れ落ちた。
「あの愚か者共め…!」
涙と悔恨に覆われたその悪態が、報告の内容を何よりも物語っていた。
「セオドリク…」
「申し訳ございません、重護様…!」
床に額を擦り付けて詫びる忠臣に、重護もまた涙を流しながら彼に寄り添った。 怒るでもなく冷徹になるわけでもなく、一人の親として子の過ちに悲嘆するセオドリクと悲しみを分かち合う彼は、君主として理想的に見えた。もし、私に皇帝の元で剣を振るうに相応しい目的がなかったら今すぐにでも彼へ臣従の誓いを立てていただろう。
*
その後、カークウェインの兄弟は日本人への暴行や略奪、そして殺害の容疑で憲兵に逮捕された。 当然、それは彼らの父の意向の元に行われており、彼らを庇い立てするものは存在しない。
彼らが連行される時に私も立ち会ったが、その時に彼らから放たられた言葉が非常に印象的だった。
───イレブンに特権が認められ、剰え君主として振る舞う現状。 その悍ましい過ちを我らは改めようとしたのだッ!
特権。それはきっと、この地で認められている日本人への比較的自由な権利保護のことを指しているのだろう。
あくまで比較的。彼らが土地と名前を奪われる前と比べると明確に制限されているその権利を、彼らは特権と呼び忌み嫌っていたのだ。日本人には、いや、ナンバーズには自由に生きることすらも特権なのか。
きっとこんな光景すら、あの人にとっては些事や俗事と切り捨てる程度の物なのだろう。
「セオドリクは彼らを廃嫡するそうだ」
私の隣で悲しいものを見る目をしていた重護が呟いた。視線の先には、連れて行かれる息子たちを見送る一人の哀れな父親の背中があった。
「他に子は」
「いないよ」
「…そうですか」
そうなることは予見していた。 否、半ば確信していたと言ってもいい。 しかし、それでも後味の悪さに堰を施くことは出来ない。
「…あっ、これは別にお嬢さんを責めようと思って言ったわけじゃない。 お嬢さんがやったことは立派な事だよ」
まるで年頃の娘をあやす様にラウンズの末席に接する彼に、思わず笑みがこぼれる。
「いえ、それは気にしていませんよ。 ……ただ、カークウェイン家の進退には思うところはあります」
私は数枚の書類を取り出して、重護に渡した。
「これは?」
「ヴォーグ制と呼ばれる制度が近日、施行されることはご存知でしょうか」
「戦災孤児を貴族が引き取る孤児支援制度のことかい? まさか…」
「いえ、これは重護様、貴方にお勧めするつもりでした」
「……」
「本当です。 失礼を承知で言わせていただくと、今回のことは貴方の身の回りに何か不審点がないかを調べる工程の中で露見したことなのです」
無論、嘘だ。 最初からカークウェインの兄弟が凶行に及んでいることを私は知っていた。調べたのはあくまで彼らの貴族としての人生を完全に潰せるような証拠を集めるためである。
「……そういうことにしておこう。 でもね、お嬢さん。子供は親にとって着脱可能なアクセサリーじゃない。 跡継ぎの為とはいえ、早晩新しい子を他所から…とはいかないよ」
「ええ、その通りでしょう。 ですが、こちらも無理を承知の上でお願いしたいのです」
制度について説明書類の次に挟んでいる文書を見て、重護は手を止めた。
「お嬢ちゃんにとって、この子らは?」
「戦場を共にしたフェニックス氏の忘れ形見です。 E.U.戦線にて、彼から死の間際にその子たちを託されました」
これもやはり嘘だ。 確かに彼が戦死したのは私がいたのと同じ戦場ではあるが、彼と私の間に面識など一切存在しない。いくら、あの兄弟を地獄に送るのを止めるためとは言え、嘘に嘘を重ねる自分に嫌気が差しそうになる。
「ヴォーグ制の条件はご存知ですか?」
「……成人の貴族。 つまり、まだお若い君は当て嵌らない、ってことか」
「ええ。 だから、少しでも信頼出来る人間に託そうと思い、貴方に接触を持ったのです」
「それは嬉しい評価だがね……私以外にも親として相応しい人物はこの北海道に沢山いるよ。例えば君と同じナイト・オブ・ラウンズの…」
「そのナイト・オブ・ファイブこそ最も私が警戒している人物なのです、重護様」
「────なんだって?」
ナイト・オブ・ファイブ、ノーランド・フォン・リューネベルク。 私が介入しなければアッシュらの養父となるはずの男。 私はそれを妨害するためにここに居ると言っても過言ではない。私はできる限り声を潜めて、重護に仔細を伝える。
「今から私が話すことは決して口外しないでください」
「……承知した」
「……リューネベルクの周りで最近、不審な動きや不自然な出来事が相次いでいます」
「具体的には?」
「ナイト・オブ・ラウンズであることを鑑みても過剰すぎる私兵の抱え込み。 彼と対立する立場にある貴族や要人の不審死。後者に関しては貴方も心当たりはあるのでは?
……リューネベルクもこの制度に関心を示していますが、その動機が果たして良心に基づくモノかと言われると、同じラウンズとしては肯定しかねます」
「失礼だが、君とそのリューネベルク君の間には何か軋轢が?」
「いえ、彼と直接的に関わったことはありません。 彼はラウンズの中でも特異な存在です。 皇帝陛下の御命令でしか動きません。 故に彼の身の回りで起きている、皇帝陛下の御心とは明らかに無関係の暗躍を私は警戒しているのです」
「なるほどねぇ。 若いのに政治をしなきゃならんとは大変だ」
重護は感心したような、憐憫したような眼差しを私に向ける。
「それで、どうでしょうか」
「……一旦、持ち帰らせてくれ。 私が引き取るにせよ、セオドリクが引き取るにせよ、流石に性急過ぎる。 時間が必要だよ。
制度の施行もまだなんだろ?」
「ええ。 一週間後です」
「こちらが落ち着くまでの時間もバッチリ考慮済ってことかい?」
「……どうでしょうね」
「そこで濁すのはあまり好きじゃない。 君としても好ましいやり方ではないだろうに」
痛いところを突かれたがこればっかりはどうしようもない。 例え私が泥を被ってでも、一人の男の生理的嫌悪によって引き起こされる惨劇を、今のうちに塞き止める必要がある。
「ま、落ち着いたらこちらから連絡するよ。 君も従者の子と暫く観光でもしてるといい。 丁度、市場もやってるしね」
屋台が沢山並んでて楽しいぞぉ〜? と重護は手を振ってその場を後にした。 屋台、か。
「アーニャ。 市場に行ってみましょう」
「ん」
もしかしたら、もうひとつの悲劇も食い止められるかもしれない。そう考えてしまうのは、少し傲慢かもしれないが。
*
「ありがとうございます!! ありがとうございます!!!」
「いえ、騎士として当然のことをしたまでです」
地面に転がり悶え苦しむ人攫いたちを一瞥し、こちらへ何度も感謝を告げるパン屋の主人を制止する。 彼が抱いているピンク髪の少女は、じっとこちらを見つめていた。
「貴女も怪我はありませんか?」
「……あ」
少女、幼き日のキャサリン・サバスラはそこでようやく自分が助かったことを正確に認識したようで、脱力してそのまま頬を涙が伝った。私は跪き、その涙を拭う。
「大丈夫そうですね」私はそのまま立ち上がる。「……あ、あのっ!」
「どうされましたか?」
キャサリンは私の裾を力強く握り、乞うように言った。
「どうすれば、騎士様のようにつよくて、かっこよくなれますか…?」
「……」
私は強くも、格好よくもない。 ただ狡賢いだけの小娘だ。でも、きっとそれは彼女が望んでいる答えでは無い。私は理想の騎士モニカ・クルシェフスキーとして、彼女に理想的な答えを与える。
「自身が至上とする生き方。 それを見誤らないように研鑽を続ければ、貴女の理想に近づけるでしょう」
そうして、理想の騎士は少女の頭を撫でた。これで少なくとも、あの怪物に憧れを抱くことはないだろう。 その代替物に自身を提示することには、抵抗感があるが。
その場を後にするパン屋一家を見送り振り返ると、アーニャが地面に沈む人攫いを、まるで地を這う蟻を弄ぶ幼児のように、棒でつついて遊んでいるところだった。まったく、と嘆息した刹那────
「今夜は羽虫が、五月蝿いな」
「─────ッ!!!」
私はすぐさま、その場を飛び退きアーニャを抱えて、向けられた纏わりつくような殺気の方へ剣を向ける。先程まで私が立っていた場所に、仮面を着けた大男が一人。 一対の剣を携えて立っていた。
「ナイト・オブ・トゥエルブ。 貴様、ここで何をしている?」
「……御機嫌よう。 ナイト・オブ・ファイブ。 無論、観光ですよ?」
私がこの地に赴いた理由。 その全てが目の前の男に集約されていた。ノーランド・フォン・リューネベルク。 人類そのものを嫌悪する、我が父が産み落とした怪物。
─────斯くして、シャルルによってこの世に生み出された二人のナイト・オブ・ラウンズが、初めて邂逅することとなる。 互いとも、互いに対する嫌悪を隠そうともせずに。