私たちは皇家一同に見送られる中で、ホッカイドウを後にした。皇家の面々の中にはアッシュ兄弟やサクヤも含まれている。といっても、特別親しくした訳では無いので、感動的なお別れなどでは一切なかったが。特にサクヤからはずっと距離を取られていた。
いつか仲良くなれたらな、と思いつつE.U.戦線へ向かう列車の中で重護たちと撮った記念写真を眺める。憂鬱に陥っていたアーニャも、成果物を眺めて気分を持ち直したようで、その顔には微かではあるが喜色が浮かんでいた。隣から彼女が目を落としている写真を見てみると、そこにはサクヤとその側仕えであるサクラ、そしてフェニックス兄弟たちが映っていた。みな、満面の笑みで楽しそうだ。
「……ふふっ」
「もしかして、彼らと仲良くなりました?」
私よりも先に?という言葉を噛み殺す。
「……うん。お姉ちゃんって呼ばれた」
どこか照れくさそうに自慢するアーニャに、私も胸が温かくなる。
「それはよかったですね」
私からすればまだまだ年少の印象が大きいアーニャではあるが、幼い彼らからすれば立派なお姉さんなのだろう。お姉さんは私もなのだけれど。お姉さん度で言えば年上の私の方が高いはずなのだけれど。
などと内心でジェラシーを滾らせていると、それを諌めるように携帯電話が揺れた。表示された番号を見て、私は静かに立ち上がる。アーニャに一言告げて、ラウンズ専用の客室から出た廊下で、周りに人がいないことを確認してから電話に出る。
『おっ、やっと出てくれた! ずっと掛けてたんだぞ』
「すみません、中々出られるタイミングがなかったもので」
『そうは言っても生存確認をする時間くらいはあったろ!』
抗議しているのは青年の声。その背後では「それ、ミニプリンちゃん?」と気怠げな声。どちらも懐かしさを感じさせる。
「それは良いとして……そちらは無事、ホッカイドウから脱出できましたか?」
『良くない!………まぁ、ちょっと面倒くさい手順は踏んだけど無事にインドに帰れたよ』
「相変わらずこういうのが得意ですね」
『得意なせいで変な無茶振りばっかさせられてるけどな! 誰かさんに!!!』
「いいじゃないですか。その誰かさんも貴方をとても頼りにしてるんですよ?
ナオト」
共犯者の一人でありホッカイドウの件でのMVPである、紅月ナオトは電話の向こうでとても大きなため息をついた。
*
ナイト・オブ・トゥエルブがホッカイドウを後にした皇暦2015年から遡って皇暦2014年1月10日。紅月ナオトは中華連邦の中でも化外の地と称させるインド軍区へと渡り、とある技術者の元に訪問しようとしていた。中華連邦出身の闇医者からの紹介で、コンタクトは取れた。問題はその技術者が医療サイバネティクスから退いているということだ。
ヨコハマゲットーでの一件でナオトが負った傷は非常に深く、少なくともかつてのようにレジスタンスとして前線で活動できるような状態ではなかった。
故に、彼は賭けに出ることにした。医療サイバネティクスというまだまだ発展途上の技術を蜘蛛の糸に見立て、故郷から遠く離れたインド軍区へと渡ったのだ。
カフェ、というには雑多で騒がしい店で目的の技術者ラクシャータ・チャウラーはナオトの頭から足まで一瞥した後に、
「悪いけどねぇ、うちはもう
とそんなふうに紫煙を揺らしながら断られた時は、基本的に冷静沈着であるナオトをしても憔悴を強いられた。かつて医療サイバネティクスの権威であった彼女は、現在は完全に転向して兵器関連の開発者としてその名を知られている。
「そこをなんとか!」
「無理なもんは無理。昔の知り合いを伝ってここまで来てもらった手前悪いけどさぁ」
煙管をしまったラクシャータはチャイに口をつけた。カップの中が空になった時、それがこの交渉の終わりだろう。ナオトはそれから何度も頭を下げたが、それに対してラクシャータは首を縦に振ることはなかった。
「そもそも、後遺症が残ってるにせよ普通に生活を送る分には支障はないんでしょう。何やりたいかなんて興味無いけど、その有様になったのは不相応な無茶をしすぎただけ。これからは命を大事にしなさいな」
「そういう訳には行かないんだ。俺一人生きていてもなんの意味もない」
「何も戦場に立つことだけが戦いじゃないでしょう。 支える生き方を選んでも…」
ラクシャータの言葉を、店主が点けたテレビの音が遮った。思わず目をやると、それは中華連邦全域に向けられた報道番組のようで、海外情勢を取り扱っていた。
主題は当然、現在中華連邦が戦争状態にある神聖ブリタニア帝国について。ナオトの敵でもあるブリタニアの国内情勢についての情報が画面に映される。
『夷狄たるブリタニア、その身に不相応な野心故に身を滅ぼす日は近いと大宦官であられる高亥様が発表なされた』
まるで軍歌を謳うかのような、不自然な程に力強い抑揚で続けるアナウンサーに、ラクシャータは舌打ちをした。
「馬鹿馬鹿しい。じゃあなんで近々滅びる予定の国相手に一時停戦の打診を必死にしてんのさ」
あまりに忌憚のない悪態を吐くラクシャータに、ナオトは思わず周囲を見渡す。中華連邦はブリタニアすら比較にならないほどに中央集権的な国である。当然、ラクシャータに反感を抱く者もいるはずだと、ナオトは戦々恐々とした。しかし。
「心配しなくても、ここで大宦官の奴らに平伏してるようなのはいないよ」
再び紫煙を揺らし始めたラクシャータが述べた通り、店内にいる人々は誰一人としてラクシャータに非難の目のようなものは向けていなかった。むしろ、みなテレビの中で繰り広げられる夢物語に苛立ちや辟易のようなものを抱いているようだった。
「アイツらに媚を売ってんのは精々、マハラジャの爺達くらいさね。マトモに考えられる頭がある奴は中華連邦になんか愛想が尽きてるわ。私も含めてね」
「そう、なのか」
ラクシャータの言葉はナオトに、ブリタニアと日本人のような関係性を想起させた。結局のところ、場所が変わったところで体制とそこで搾取される人間の構図は大して変わらないのだろう。
『大宦官は世界を見通す戦略眼により、ブリタニアの醜態を暴いた。大宦官が本日、公開なされた写真がこれである』
「あら、珍しく根拠があるみたい」
頬杖をつきながら、心底からつまらなさそうにテレビに視線を向けるラクシャータに釣られ、ナオトもテレビに何となく目をやる。
『ブリタニアはその寡兵さから、この齢十四の童女を英雄と持て囃し死地へと駆り立てているというのだ』
─────そこには、ナオトもよく知る金髪の少女が写っていた。
「モニカ・クルシェフスキーッ!?」「あら、ミニプリンちゃんじゃない」
そこで、思わぬ反応に互いに目を丸くする。まさかの共通の知り合いの発覚だった。
「……なにアンタ。もしかしてうちのミニプリンちゃんと因縁アリ?」
「えっ、いや……というか、なんでインド軍区の技術者がブリタニア軍人と知り合いなんだよ!」
「まぁ、ちょっと色々あってね。……なんだ、アンタもしかしてミニプリンちゃんにギタギタにやられた口? なら尚更面倒なんて見たくないね。サイバネティクスをミニプリンちゃんへの復讐に使われでもしたらたまったもんじゃない」
チャイを飲み干すとラクシャータはつまらなさそうに席を立ち上がった。ナオトもすかさず立ち上がって弁明を行う。
「いや、確かにこの怪我にあの子が関わってはいるが別に敵とかじゃ……」
「アンタ、日本のテロリストだろ? 敵じゃないか」
「そうなんだけど……! むしろ、俺は敵というか」
言って、ナオトは彼女との関係を言い表す言葉を探すのに難儀した。仲間や友人と言えるほどの積み重ねはないが、それでも敵というには互いに貸し借りが出来てしまっている。
「じゃあなにさ?」
「………恩人同士?」
「はぁ?」
結局その後、怪訝そうにしているラクシャータをどうにか引き止めて、事の経緯を聞かせて、半信半疑ながらも「ま、これも縁かね」と条件付きで医療サイバネティクスの手術を施せてもらうことになった。
*
そこから数ヶ月経った皇暦2014年5月5日。すっかりかつてのような身体能力を取り戻したナオトは、ラクシャータたちが開発している新型KMFのテストパイロットとしてインド軍区に滞在していた。
『どお? 紅蓮壱式の調子は』
「やっぱり、無頼よりも機体制御が難しいな……。 でも、その分無頼じゃ出来なかった動きが簡単に出来てしまう。まるで、自分の身体を動かしているみたいだ」
『当たり前よぉ。 上手いヤツがその子を上手く使えばブリタニアの
インド軍区における最新KMF・紅蓮壱式は未だ試作の段階でありながらその性能を十二分に発揮していた。仮にこれの量産が実現すれば、ブリタニア一強の情勢も容易く覆してしまうと本気で思えてしまうほどに。
医療サイバネティクスの対価として請け負ったテストパイロットだったが、そんな事を忘れてしまいそうになるくらいに紅蓮壱式というKMFは魅惑的な魔力を有していた。
若干の名残惜しさを抱きながらも、コックピットから降りるナオトを拡声機越しにラクシャータが労う。
『テストパイロットがいいおかげでデータが揃う揃う。 良い買い物したわ。ミニプリンちゃんに感謝だね。 ……ああ、ナオト。後で部屋に来て』
「………えっ?」
こちらの疑問などお構い無しにその場を後にするラクシャータに、ナオトはやや恥ずかしいパイロットスーツのままその場で呆然とした。そして、やたらと刺さる周囲からの視線に気づいてそそくさとその場を後にする。
「部屋って…」「やっぱり出来てるんだわ…」「ラクシャータさんもそういうのあるんだ…」「イケメンだもんね…」「バンダナがちょっと馬鹿っぽいけど」「エリア11だとバンダナとローラースケートが最新ファッションなんだって」「えぇ〜? 変なとこなのねぇ」
コソコソとこちらを噂する他の研究者たちの目に晒されながら、ナオトはラクシャータの自室へと向かった。ドアを開けるとそこには特にいつもと変わらないラクシャータが、やはりいつものように煙管を咥えてテーブルに腰かけて待っていた。当然、浮かれた話など待っていない。
「ラクシャータさん。あんまり変な呼び出し方は」
「ん」
「……ケータイ?」
差し出されたのは、使い捨ての携帯電話。インド軍区内で立ち並ぶ露店でもよく売られているのを見掛ける型のもの。受け取った刹那、まるでナオトの手に行くのを待っていたかのように、鳴り始めた。
「ラクシャータさん、これは……」
ラクシャータは何も言わずに、手で電話のジェスチャーをして見せた。とにかく出ろ、ということなのだろうか。ナオトは促されるままに、電話に出る。
「……もしもし」
怪訝に思いながらも、ナオトは電話口の相手に声をかける。一体、誰がそこに居るというのか。
『お久しぶりです、テロリストさん』
「───────」
それは、ナオトにとってあまりに予想外な声だった。関わった機会などほんのひと握り。しかし、そのほんのひと握りの時間で、ナオトの人生は大きく変わることになった。それは多分、声の主も同じだろう。
「……モニカ・クルシェフスキー」
『お元気でしたか? ………なんて、ラクシャータさんから大体の経緯は既に聞かせてもらっているのですが。 一応言っておきますけど、もし貴方がミニプリンちゃんなんて呼んだら、即捕まえに行きますのでそのつもりで』
隣を見ると、少し困ったようにラクシャータが笑っていた。モニカと彼女の関係を詳しく知らないナオトだったが、それだけで何となく彼女達の関係の深さが読み取れた。
「言われなくとも、呼ぶつもりは毛頭ないけど……
なんだって急に電話を? テレビで見たぞ、偉くなったじゃないか」
ナイト・オブ・ラウンズ。それは本質的に外野であるナオトでさえも知っているブリタニアの騎士の頂点。その末席に、電話の向こうの少女がつい先日就任したのをナオトは知っていた。
『運が良かっただけですよ』
「下手くそな謙遜。 ………それで、なんで俺がここにいるって?」
『少し頼み事があって』
「……動機じゃなくて、俺を見つけた手段について聞かせてもらいたいんだけど」
『一つ言っておくのであれば、ブリタニアの諜報力は世界一ということくらいでしょうか』
「……」
ナオトは何も言わずに、ラクシャータの背後の窓から町の様子を一瞥して、すぐにカーテンを閉めた。
『冗談です。 貴方がそこに来る以前から定期的にラクシャータさんと連絡を取っていたので、その流れで』
「冗談とは笑えることを言うんだぞ?」
『私は面白かったのでいいじゃないですか。 それで本題なのですが』
「随分とふてぶてしくなったじゃないか」
前からでしょ、とラクシャータが呟いた。が、モニカは聞こえていなかったようで特に反論せずに続ける。或いは聞こえていた上で無視しているのか。
『実を言うとナイト・オブ・ラウンズになったのを利用して、ちょっとやりたいことがありまして』
「やりたいこと? それと俺になんの関係が?」
『まぁ簡単に言えば、テロ活動なんですけど』
「…………」
思わずこめかみを押さえるナオト。新しい趣味始めたんです、みたいな軽さでテロ活動という言葉が中学生くらいの少女から発せられる光景は、きっと元教師の扇からすれば卒倒物だろう。
「……ちなみに、どういう系統のテロリズム?」
『うーん、紅月グループと解放戦線を足して2で割った感じ?』
「まぁまぁ過激だなオイ!」
武力闘争上等のふたつのグループを足して2で割ったところで結局、武闘派なテロ組織が出来上がるだけである。白馬衆のような過激派なんて言葉じゃ足りないロクデナシ集団が式に含まれないだけマシだが。
『無論、冗談です』
「……KMFの操縦だけでなく冗談の練習もしろ」
『善処します。 テロ活動、と言っても私がやろうと思っていることは主に支援活動です。金や情報は渡しつつも、私そのものは裏方に徹するつもりですよ。そう、例えるなら
────キョウトの皆さんのように』
「………」
ブリタニア側からすればまだベールに包まれているキョウトについて、その実像をモニカは把握しているらしかった。やはり、彼女には自分では推し量れない何かを持っている。
「それで、俺に何をしろと?」
『今頼みたいこととしては、人材の紹介です。
キョウトへの橋渡しが出来そうな人、あとは公文書の偽造や資金洗浄が得意な人を私に紹介してください。無論、こちらの素性は伏せたまま』
「いきなり凄い無茶が飛び出してきたな……一応、俺は海外にいるんだが?」
『あら、人材に心当たりがないのではなく、場所が問題? 幸先がいいですね』
「…………」
実際、心当たりはあった。エリア11にて活動するのに、裏社会の人脈というのは非常に重要だったからだ。公文書偽造や資金洗浄なんかは需要が高い分、腕利きの
「……仮に紹介するとして、完全に匿名は無茶だぞ。せめて何かしらの記号はないと」
後暗い裏社会と言えども素性を完全に隠してるけど信頼してくれ、と言っても無理筋だ。せめて、コードネームのようなものは欲しい。
モニカは暫し、黙った後に答える。
『そうですね。 では─────』
────湖の貴人、とでも名乗っておきましょうか。
その日以降、エリア11にて『湖の貴人』を名乗る謎の支援者が各地にて暗躍するようになる。その裏で、過労死しそうになっている青年のことは、モニカとラクシャータ以外誰も知らない。
*
そして、皇暦2015年。ホッカイドウに赴くのに際して、彼にカークウェイン兄弟の凶行について現地に行ってもらい、念入りに情報収集をしてもらったのだった。
「いえ、実際大いに助けられましたよ。どうです、仮面でも被って謎の側近Nとしてブリタニア仕えになるのは」
『御免こうむるし、仮面を被ってるやつが宮中に居ても信用されるわけないだろ!』
「……そうですねぇ」
実際、ノーランドも誰からも信用されてないしな。ナイト・オブ・ワンからもホッカイドウに赴くと言った際に、それとなくノーランドに気をつけろ的なことを暗に伝えられたし。まぁ、当然だろう。
『……ラクシャータさんが、自分の出る幕はないのかって』
「前も言ったように、裏でKMFを乗り回して何かをやるという局面はないので……」
『気が向いたらいつでも頼ってくれってさ』
「是非とも」
と言っても頼るつもりはないが。彼女には彼女の役割がある。それも、誰かからそうあれと促されたのではなく、彼女の意志によって舞台に上がる形によって。私はそれに干渉するつもりはない。
『……まぁ俺に関しては暫く休みだ。 色んな意味で疲れた。胸糞悪いもんを見せられるわ、やたらと寒いわで』
「ああ、それについてなんですけど」
『………なんだよ』
「休みに入る前にちょっと頼みたいことが。 あっ、いえ、そこまで大した仕事では無いですよ?」
『なんと言われようと、中華連邦からは出ないからな?』
「それは良かった! 実は中華連邦での仕事なんですよ!」
『クソッ! 藪蛇!!!』
中華連邦にいる彼にとってうってつけの仕事があるのだ。いや、これを思いついた時はその手があったか、と自分でも感心してしまった。
「人探しをしてほしいんです! 得意でしょう?」
『……中華連邦の人口を舐めるなよ? ………特徴は』
「そうですねぇ。 特筆するとするのなら……
性別は男。 真っ白な髪に、白を基調とした服装。年齢は10代ですが、やや老けて見えるかも。
基本的に人前に出る時はヘッドホンをしています。 喋り方は見た目に反して幼く、こちらの思考を読んだような言動を繰り返します。あとは」
『やけに具体的だなおい。そしてやけに個性的。 ………納期は?』
「まぁ、2017年までに見つけてくれたのなら嬉しいです」
『……気長なスケジュールで助かるよ。 それで、そのヘンテコなやつの名前は?』
「不明です」
ナオトが名前を知っていることは、そのままあちらに気取られるリスクになる。特徴以外の情報は教えない方が吉だろう。
『……はぁ。見つかるかはわからんぞ?』
「まぁその時はこちらで何とかしますよ」
『あとどれだけこんな無茶振りが続くのか』
「世界が平和になるまでです」
魔神の誕生する日へと向かいつつある世界にて、私は自分の目的のためのピースを揃えるための暗躍を続ける。 全ては、大切な人たちが、その身に余るほどの罪を背負わずに済むように。
そしてなにより、今日より良い明日を目指すために。
ようやく次回から1期の範囲に入る予定です。
お待たせいたしました…!