26.前夜祭
皇暦2017年5月3日。トウキョウ租界にてKMF関連の開発会社である『ケニテック社』に対して憲兵による強行な家宅捜査が行われていた。罪状はテロリストへの情報漏洩に、物資の横流し、資金提供。
「またこのパターンか」
しかし、家宅捜査を行った『ケニテック社』の社屋であるビルのワンフロアは、社員どころか、机のひとつもない完全な空室だった。
社員のリストは押さえている。 だがこれも…
「中佐! リストにある者たちの詳細がわかりました!」
「……言ってみろ」
「クリス・アスター、現在窃盗の罪でエリア8にて服役中。ケニテック社に限らず公的に存在を認められている組織での就労記録はありません。
トム・ケベル、2011年に消息不明。 多額の借金を抱えていたとの証言も…」
「もういい。 他のやつも同じだろう」
沈黙が返ってきた。 その通りだったらしい。
ここのところ、エリア11のトウキョウ租界においてこの手のペーパーカンパニーを介したレジスタンス組織への支援が頻繁に行われていた。
その社員のほとんどは現在服役中か或いは人知れず死んでいるか。
今のところ、軍に多大な損害を与えるような情報漏洩は行われていないがその件数の多さから問題視されつつある。
『湖の貴人』。
とあるレジスタンスを尋問した際に出てきた名前。 実態の掴めないその支援者を、イレブンたちはそう呼んでいるらしい。
忌々しい話だが、実際どれだけ動員して捜査を行ってもその実態どころか尻尾すら掴めていない。
上では会社設立の基準を厳しくしてはどうか、という話も出ているそうだが、的外れもいいところだ。ペーパーカンパニーはあくまで隠れ蓑。肝心のテロリストへ供給される資金の出処ではないのだ。そこを塞いだところでまた別の手段で暗躍するだけだろう。
このままでは自分の無能さを上に披露する羽目になる。焦燥そのままに、男は唯一部屋に置いてあった空のダンボールを蹴りつけた。
────例え誰であっても、この手で取り押さえて功績にしてやる。
*
「では、改めまして!! モニカ先輩、18歳のお誕生日おめでとうございま〜す!!」
付け髭を着けたリヴァルの音頭のもと、七つのクラッカーがクラブハウス広間で鳴り響いた。生徒会のメンバーに加えて、ナナリーと咲世子もパーティーに参加してくれた。
「ありがとうございます、皆さん」
大貴族連合の意向によりE.U.戦線から締め出された結果、特派特別顧問として一年のほとんどをエリア11で過ごすようになっていた。特別顧問という名の、ロイドのお目付け役として。
ランスロットのテストパイロットに関しては今のところめぼしい人材は見つかっていない。スザクの名前を探したこともあったが、どうやらまだシミュレーション訓練はやっていないようで、リストに彼の名前が挙がることはまだ無い。
「またムキムキになったんじゃないの〜!?」
「なってません」
もはや恒例行事となったミレイの腹筋チェックを退けながら、ルルーシュとリヴァルの方を見る。二人はチキンにハンバーグと男の子らしい料理を皿に載せて、悪巧みの話をしていた。
「喫茶店のマスターから依頼が来てるぜ、ルルーシュ」
「またか。 懲りないな、あいつも。 相手は?」
「うーん、やたらと暈してたなぁ」
「なら貴族かもな」
……貴族との代打ち試合。私は密着を続けるミレイを引き摺りながら彼らに話し掛けた。
「なにやら楽しそうなお話をしていますね、二人とも」
「おっと!」
「別に大した話じゃないですよ、モニカ先輩」
しまったという顔をするリヴァルと、なんでもないように取り繕うルルーシュ。それを見計らったようにシャーリーが話に割り込んでくる。
「聞いてくださいよモニカ先輩! ルルたちったら、また賭け試合なんかやってるんですよ!」
「お、おいシャーリー!」
「ははは、なんの事やら」
ナイト・オブ・ラウンズという体制の頂点に対する無邪気な告発に、流石のルルーシュも冷や汗を流している。チェスの賭け試合は普通に犯罪なので当然だけど。まぁ、それでも本気で問題になるとは思ってないだろうが。
「あら、相変わらず悪さをしてるんですね」
「人聞きの悪い。ちょっとしたバイトですよ」
ちょっとしたバイト。そんな些事が己の運命を左右することになるなど、今の彼は思いもしていないだろう。
「ルルーシュ、悪戯はバレないようにしないとダメですよ?」
「…? ええと」
彼が何か言う前に、仕事用の携帯電話が鳴り響いた。目を落とすと、部下の騎士から。こちらを睨みつけるミレイに詫びて、一旦退室して電話に出る。
「どうしましたか?」
『オオサカの方で爆破テロが起きたようです』
オオサカでの爆破テロ。私はこれを知っている。と言っても、詳細は知らず、この事件での犠牲者を哀悼するクロヴィスと、それを嘲るルルーシュを知っているだけだが。
「クロヴィス殿下はなんと?」
『モニカ様を名指しで動くなとのご指示が…』
「そうですか」
クロヴィスはナイト・オブ・ラウンズの、いや私の介入を嫌っている。個人的に嫌われている節はあるが、それ以上に彼は焦っているのだ。統治者としての功績を、ナイト・オブ・ラウンズに奪われることを。そして、なにより裏でやっていることを皇帝直属の騎士に知られる訳にはいかないから。
「わかりました。であるのならば、お望みの通り私たちはこの件に関わらないようにしましょう。バトレー将軍にもそのようにお伝えください、騎士ランドール」
『御意に』
電話を切る。さて、パーティーに戻ろうと広間に繋がる扉に目を向けると、ミレイが満面の笑みで立っていた。
「クルシェフスキー卿? どこへ行くのかしら?」
「…………無論、私の誕生日パーティー会場に」
「そうよね? そうだと思ってたわ」
ミレイは満面の笑みだと言うのに、彼女からマリアンヌを相手する時のようなプレッシャーを感じたのは何故だろうか。
*
総督府の玉座でクロヴィスは苛立ちと共に、掌でチェス駒を弄んでいた。つい先程起きたオオサカでの爆弾テロ。その顛末次第では自身の治世に汚点があることを認めることになるのだから。
「オオサカを襲ったテロリストどもの行方はどうなっている」
「は、はい殿下! 現地の兵士がすでに射殺したと報告が」
「愚か者! そやつらはどうせ使い捨ての駒だろうッ!!」
クロヴィスはバトレーにチェス駒を投げつける。
現在のエリア11には多くの不穏分子が潜在している。件の過激テロの首魁もそうだが、日本解放戦線と繋がりがあるとされるキョウトなる組織。そして、霧のように正体が掴めない『湖の貴人』。それらはクロヴィスの神経を日々苛立たせていた。
さらに言うのであれば、彼を苛立たせる要因になっているのは何も敵側だけではない。
「特派やナイト・オブ・トゥエルブには釘を刺したんだろうな!?」
「も、もちろんでございます!!」
特別派遣嚮導技術部とナイト・オブ・トゥエルブ。どちらもクロヴィスの麾下ではないにも拘らず、我が物顔でエリア11に根を張っている。その事実は、クロヴィスからすれば忌々しいと言う他無かった。
兄シュナイゼルの介入に加え、最近では姉コーネリアがクロヴィスの統治に公の場で苦言を呈することも増えてきた。クロヴィスはそれらを自身に対する挑発や挑戦と受け止め、強い憤りを感じていた。
敬愛していたマリアンヌの暗殺と、兄として愛していたルルーシュとナナリーの追放に関わっている可能性が高い二人が、今度は自分を排除しようとしている。そんな、荒唐無稽な妄想は、余裕を失ったクロヴィスの中で日に日に現実味を帯びていた。
「シュナイゼル兄様に阿り何をしようと言うのか、ナイト・オブ・トゥエルブ…!」
得体の知れないナイト・オブ・ラウンズ。そんな彼女から贈られてきた美術品を睨みつけながら、クロヴィスは行き場のない怒りを胸の内で沸き立たせていた。
*
「アーニャ・アールストレイム! 貴様、また私への挨拶を忘れたな? 腹筋100回!!!」
「嫌」
「嫌………!?」
純血派が所有している演習場にて、私はもはやお馴染みになりつつあるやり取りを眺めていた。上官からの叱責を物ともしないアーニャと、毎度の如くアーニャの態度に愕然とするジェレミア。
物語の中で奇妙な形で縁を結んだ彼らは、私という存在によってかなり早い段階での邂逅を遂げていた。と言っても決して良好な仲は築けていないが。
「いや…とはなんだ!」
「嫌は嫌。 煩い男は嫌い」
「なっ…!?」
アーニャの教育担当を彼にお願いしたのは間違いだったかもしれない。物語では最終的にあだ名で呼び合う仲になっていたのを根拠にお願いしたのだが、早計だったか。
「いいだろう! 貴様の伸び切った鼻、我がサザーランドでへし折ってやる! クルシェフスキーにも示しがつかんからな!」
「じゃあ、私が勝ったら罰ゲーム」
「罰ゲーム…? 望むところだ」
「私が勝ったらあなたは今日からジェリー。あなたの部下達にもそう呼ばせる」
「……!?!?!?! よ、よくわからんがいいだろうッ!」
……いや案外、仲良くなっているのかも。
どちらにせよ、ジェレミアには管理官として忙しい中で迷惑をかけてしまっているのでそのうち何らかの形でお礼をしよう。と言ってもこれから彼には苦難の道が待っているのだが。
「クルシェフスキー卿、お待たせいたしました」
私がオレンジ畑に思いを馳せていると、背後から声が掛かる。 振り向くと、セシルさんが微笑みと共に立っていた。
「セシルさん。すみません、昨日は無理を言ってお休みを頂いて」
「お誕生日なんだから当然ですよ。祝ってくれるお友達は大切にしなくちゃ」
現在、特派のトレーラーは純血派の演習場に駐在させてもらっている。私という純血派と関係が深い仲介者がいるため、特派は物語の彼らよりはエリア11に馴染んでいた。と言ってもロイドの奇行のせいでやはり浮きつつあるが。
「テストパイロットの件ですが」
ランスロットの実戦を想定した試験は、今のところ行われていない。というのも、ロイドのお眼鏡に適う相手が一向に見つからないからだ。
私とアーニャはそれに該当するらしいのだが、私が安全性の観点からテストパイロットになることを拒絶しているために、ロイドはとうとうナンバーズの中からテストパイロットを採用することを考え始めていた。そして、その第一波が今日判明するのである。
「誰かめぼしい者はいましたか?」
「ええ、実は……」
セシルさんが書類を差し出す。受けとって中身を確認し、私は思わず目を見張る。
「枢木スザク……日本人ですか」
「そう。ロイドさんは彼をデヴァイサーに採用したいそうよ」
枢木スザク。私が知っている彼がその立場に就こうとしていることは驚きでは無い。だが、彼が叩き出したシミュレーションでの成績は私に大きな驚きを与えた。
かつて天才と祭り上げられた閃光の再来が十二歳の時に睡眠時間すら削りきった犠牲的な研鑽の上でどうにか捻り出した数値と、ほぼ同等の成績を初めてのシミュレーションで叩き出しているのだ。今の私には劣るとしても時間の問題だろう。ランスロットのデヴァイサーになれば、簡単に覆される。
これが枢木スザクか。
「確かに彼なら不足はないでしょうね。無論、日本人を採用するに際しては、私が後ろ盾となりましょう」
「ありがとうございます、クルシェフスキー卿」
「特別顧問として当然のことをするまでです。 それで、彼には既に声を掛けているんですか?」
「丁度、研究員が彼の元へ……」
刹那、演習場にアナウンスが鳴り響いた。
『緊急事態発生。直ちに戦闘準備をし、命令があるまで待機せよ! 繰り返す…』
「これは……」
呆然とするセシルに、騒然とする純血派メンバー。
それらを傍目に、私はこの日がやってきたことをようやく実感した。反逆が始まるまで、あとたった数時間。この数時間のために、私は準備をしてきたのだ。
瞼裏の物語は、今にも現実に顕現しようとしていた。