「で、真面目な話そのおチビちゃんは何?」
私の記憶の中の彼女に比べまだ幼さを残した褐色の美女、ラクシャータ・チャウラーは革が剥がれてボロボロになったソファの上で紫煙を揺らした。
「だから軍から借りてきた部品だってぇ。 卒論に使うんだよ」
私の両腕を弄びながら、ロイド伯爵は答える。 ラクシャータは眉を顰めたあと、携帯端末を取りだして「ブリタニアだと警察って何番で繋がるんだったかしら」と呟いた。
「ロイドさん、卒論って…まさか、あの試作機にこの子を乗せるんですか!?」
青髪の女性、セシルがなにやら発光するドリンクが乗ったトレー片手にロイドに詰め寄る。
「そうだよ〜? ボクらが声掛けて応じてくれそうなデヴァイサーで、適任なのこの子しかいなかったし」
「いえ、応じていないのですが…」
「デヴァイサーって…まだ小さな子供じゃないですか! 本当に何を考えてるんですか!」
セシルはロイドから私をひったくって、リクライニングチェアに優しく座らせた。謎のドリンクが私の目の前に置かれる。
「ラクシャータさん…あっ、あそこのお姉さんに教えてもらったレシピにちょっとアレンジを加えて作ったラッシーっていう飲み物なの。 お詫びにどうぞ♪」
笑顔で危険物の摂取を促すセシルに思わずラクシャータの方を見る。 ラクシャータはバツが悪そうに私から目を逸らした。
「お名前はなんて言うの? あっ、私はセシル・クルーミー、17歳ですっ」
「なぜ年齢も…? あっ、私はモニカ・クルシェフスキーです。 最近13歳になりました」
「13歳…!? ロイドさん、本当に何考えてるんですか!?」
セシルが振り向いてロイド伯爵を糾弾するのを見計らって、私は謎のドリンクをテーブルの上に置いてあった小さな観葉植物に分けてみる。 みるみるうちに枯れ果てたのを見て、命の危機を本格的に感じ始めた。
「と言っても世界中の13歳の中でたぶん最強の13歳だよぉ?」
「なんですかそのよくわからない括り!?」
「それに、ちゃんと保護者の許諾は貰ってるよ? おめでとぉ〜」
ロイド伯爵は一枚の書類をセシル、ラクシャータ、そして私に見せびらかすように掲げた。
「保護者って、父からは何も……ッ!?」
そこに書いてあった名前に思わず身を乗り出し、ロイド伯爵から奪って詳細な内容を確認する。
「『シュナイゼル・エル・ブリタニア第二皇子の名の元に、我が麾下のモニカ・クルシェフスキー騎士侯の試作機への任用を承認する。 但し、本任用は当該騎士の明示的な同意を前提とする』……。 なぜシュナイゼル殿下が!?」
シュナイゼルは一応、私の今の主だ。これは異例もいい所な最年少の私の騎士の叙位を推し進めたのが彼であることに由来する。
KMFが日本でその有効性を示して以来、搭乗者の確保はどの陣営においても最優先事項となっていた。基本的に貴族しか乗れないKMF実機と異なり、シミュレーターでは例えナンバーズでも使用出来るというのも、人材発掘のために他ならない。
そして、それは初等部生であっても例外ではなく、学院の中に設置されたシミュレーターで高記録を叩き出した私は即刻、ブリタニア軍さらにはシュナイゼルの目に留まることとなり、後々に他の皇族たちと争奪戦になることを嫌った彼の采配により、半ば強行的に実戦経験皆無の少女へ異例な形で騎士侯が授与されることとなる。
主と言ってもあくまで暫定的な処置であり、その証として騎士叙任式はまだ執り行われていない。シュナイゼルとのコンタクトも騎士叙位の話が決定した際に少し会話したくらいである。
こんな風に宙ぶらりんになっている一番の要因は、やはり私が年齢的に幼いことにある。
体力的、精神的に戦場に適応出来るか不安視されており、そもそも論として正式な軍事教育を施されているわけでもないので、暫くは内地で今回のような模擬戦闘や座学に励む方針をとることになった。
なので今の私はシュナイゼル殿下の庇護下の元、ありとあらゆるデータ収集に引っ張りだされているわけだ。
これらの経緯から保護者、という表現も的外れでは無い。だが…
「なぜ貴族とは言え、一介の学生である貴方がシュナイゼル殿下に…?」
「あはぁ〜最近お話できる機会が多くてねぇ。 これも就活ってやつぅ?」
「……なるほど」
失念していたが彼が将来的に所属することになる特別派遣嚮導技術部、特派はシュナイゼル殿下の麾下だ。 そもそも、学生時代から交流があったようなセリフもあった。 そんな彼を大学生時代から囲い込みをしていたとしても、シュナイゼルのやることと考えると全く不思議ではない。
「ちょっと待ってください! こんな小さな子が騎士!? 」
「そうだよ? それもシュナイゼル殿下の秘蔵っ子。 仲良くなって損はないんじゃない? あはっ」
「あら、本当だわ。 調べたらわんさか写真付きの記事が出てくる。 『閃光の再来』ねぇ。 可愛くないアダ名」
目の前で繰り広げられる天才たちの狂騒に、私の幼い胃が悲鳴を上げていることを実感していた。 端役の私の存在が、物語の中でスポットライトを浴びる彼らに少なからず刻み込まれている。
これは良くない傾向だ。 私が知る物語の中で、私という端役が彼らと接触していたなどという描写やセリフは皆無だった。
この邂逅は、シュナイゼル殿下とは明確に性質が違う。
或いは語られなかった行間で、同じような出来事が起きていたのかも知れない。
であれば、これは杞憂で済む。 しかし、コードギアスという物語の中で楽観や希望的観測は必ず裏切られる。
まだ間に合う。 早々にこの空間から離脱しなければ、物語にどのような影響を与えるか予測できない。
しかし、ひとつの懸念が頭をよぎった。 私の手元にある件の書類についてだ。
あの公文書には二つの政治的ニュアンスが含まれている。
ひとつは将来有望なロイドという研究者にシュナイゼルという有数の権威者が支援を行っているということ。 これはつまり、第二皇子が直々に注目の有望株に高貴なる唾をつけているということで、彼の卒業後の進路は決まったようなものだろう。
そしてもうひとつ。 それは、ブリタニアの中で浮いた存在になっている私という騎士の所有権主張。タチの悪いことにその宛先には他の皇族や貴族諸侯のみならず、私自身も含まれている。
『但し、本任用は当該騎士の明示的な同意を前提とする』
公文書の後半の記載、一見して私への取り計らいと読み取れるがこれは私の意思表示を求めているに等しい。
明示的な同意、端的に言えば自分の意思を書面に書き起こして然るべきところへ提出しろ、とおっしゃっているのだ。社会において書面ほど明示的なものは無いのだから。
シュナイゼル殿下の元へその文書が届くまでに私の明示的な同意が何人の軍人や貴族の目に入ることだろうか。きっと、この公文書が私の手元に届くまでに関わった人々と同じくらいだろう。
シュナイゼル殿下は書面上の主というだけで、正式な主ではない。 後見人と言った方が正しいだろう。 しかし、それでも彼が私の主に最も近しい存在であることも事実だ。
仮にこの公文書を私が蔑ろにすればそれは主を蔑ろにしたのと同列の意味を持つ。
これを知った軍部の人間はどう捉えるだろうか。
自身を重用する主の顔に泥を塗る生意気な田舎者の小娘。 まず間違いなく、扱いは悪くなる。この件がきっかけで名前だけ立派な閑職に飛ばされる可能性すら生じる。
考えすぎ、というには私に後ろ盾が足りてないし、それに関わらず良くも悪くも注目を集めすぎている。現状敵でも味方でもない人々が一斉に敵に回ることなど考えたくもない。
まず間違いなくシュナイゼル殿下は私の曖昧な立場を理解した上で、この公文書を送り付けている。物語の中の彼の振る舞いが、その仮定を強く補強していた。
だが、これに応じれば私はシュナイゼル殿下の騎士であることを受容することになる。 それは、いいのか?
第二皇子の騎士というポジションはナイトオブラウンズへの近道のように思える。 しかし、シュナイゼルやロイドは物語の中心人物。 深入りして物語へ影響を与えることになるのは避けたい。
仮に私も特派に所属するようなことになれば、物語は根幹から崩れ去ることになる。ランスロットのテストパイロットの席が埋まってしまえば、枢木スザクが騎士になる余地が無くなってしまうのだから。
しかしーーーーー
まるで目の前にチェス駒片手に頬笑みを浮かべるシュナイゼル殿下が座っているような錯覚を覚えた。彼は自身の駒として確保するために、確実な指し手で私の忠誠先を縛りに来ている。
刹那、脳裏にて天秤が揺れる。 彼らと関わることによる影響と、断ることにより出世が遅れる可能性。
しばし、天秤が激しく揺れた後ーーーーー
「……わかりました。 そのお話、受けさせていただきます」
物語への影響を恐れてナイトオブラウンズになれなければ、元も子もない。出来る限り迅速にこの一幕を終わらせよう。
「やったぁ! 超高性能なパーツゲット〜!」
「ロイドさん!!!」
「なんでもいいけどテーブルに置いてある危険物はちゃんと廃棄しといてね。 壁の毒ガス計測器が煩いから」
本当に、早く終わらせよう…
お腹を抑えながら強くそう決意した。
*
翌日、私は白い塗装がなされたグラスゴーで険しい山岳の中を行進していた。 難所での運動性能の実証だそうだ。
正直、10機のKMF相手に格闘戦でもやらされるのではないかと危惧していたので、この平穏な試験内容にはやや肩透かしだ。
ロイド伯爵と言えどもシュナイゼル殿下の麾下の扱いには丁重になるということだろうか。 巻き込まれる私としては願ったり叶ったりだが、物語を楽しんでいた私としては少し残念な気持ちがある。
『ざぁんねんでしたぁ〜。 いやぁ、神童にかかればこの程度の道ならスイスイって感じだねぇ。 Lカスタムのグラスゴーの調子はどお?』
「やはり機体制御の癖が強いですね。 少しでも気を抜けば転倒しそうです」
まるで氷上をハイヒールで走っているような不安定さだ。仮にこれでテロリスト相手に戦えと言われたら私は敵への命乞いは何にしようか考えていただろう。
『うんうん、やっぱりデヴァイサーをキミにして正解だったよぉ』
ロイド伯爵の軽薄な褒め言葉を聞き流していると、険しい坂道に切れ目が見えてきた。 どうやら頂上のようだ。流石にゴール付近で油断してズッコケるのは恥ずかしい。
少しでも集中力を高めようと、通信機のボタンに手を掛ける。
「お褒めいただき光栄です。 そろそろゴール地点ですので、通信を一旦切りま…『これなら安心、安心。 じゃあ、本番行ってみよ〜』…すね……って本番…?」
予想外の伯爵のセリフに、なぜだか寒気がした。
「おっしゃっている意味がわからないのですが…本番って、頂上はすぐそこで…」
『あれぇ、言ってなかったけ? この試験のコンセプトがなんなのか』
「山岳での走破性を試す…ですよね?」
『あはぁ〜。 それもあるけど…一番は』
伯爵が言い終わる前に、頂上の方で大きな爆発音が聞こえた。そして、少し遅れてまるで大きくて硬い何かが一斉に転がってくるかのような、絶え間ない轟音。
『敵地で地形を利用したトラップが作動した際の運動性能の有用性だよ? ああ、想定外であることが大前提だから伝えなかったんだった。 いやぁ、おめでとぉ〜』
「ーーーーーーーは?」
無茶苦茶なコンセプトへの疑問の余地は、目の前に迫り来る無数の巨大な落石群によって掻き消される。
ああ、どこで選択を間違えたのか。神様、教えてください。 願わくば、あのプリン伯爵の頬をひっぱたいても許される権利を、私に。
本日18:32頃もう1話投下予定です。