「以上の点から、湖の貴人はモニカ・クルシェフスキー……いや、モニカ・ギンツブルグ。君だと考えているのだがどうだろうか?」
皇暦2014年10月06日。シュナイゼルの執務室にて、私は追及を受けていた。いや、追及というよりは答え合わせに近い。三年後にエリア11にて披露される彼の推理を、カノンに銃を突き付けられながら聞いていたのだ。
三年後と違う点は、湖の貴人としての私と、ギンツブルグ家の遺児としての私の素性をほぼ完全に暴いた上で断言をしたということ。湖の貴人として動き始めて三ヶ月ほど、私はシュナイゼルによって詰められた。
後から知ったことだが、私は最初からマークされていた。後にクリストフが気づくことになる私の出生周りの不審点をかなり早い段階、具体的には私がロイドの研究室に居た時には彼は掴んでいた。
そして、私がナイト・オブ・トゥエルブに就任した時には既にギンツブルグ家に彼は辿り着いていたのだ。私やクルシェフスキー家の人間に気取られることなく、だ。
「父は誰か、というのは……今する話ではないね」
微笑みとともにそう述べるシュナイゼルだが、恐らく父が誰であるかの察しはついているのだろう。私に銃口を向けさせるだけで、射殺どころか拘束すらしてないのがその証拠だ。仮に父が私を認知していた場合、シュナイゼルと言えども安易な行動は痛手となり得るのだから。
「ひとつ聞いておきたいのだが、君の裏には誰がいる?」
「誰もいませんよ」
「無いとは思うが……例えば、私の父や或いは兄弟たちが君のパトロンということも?」
「私の独断でやっていることです」
「ふむ、ではその言葉を真実だと思おう」
彼はカノンに目配せをした。最後の確認を終えたのだ、後は質問ではなく尋問になるのだろう。ナイト・オブ・ラウンズを終わらせる程度、シュナイゼルからすれば容易い。
「私からもひとつ」
だが、こちらとしてもそれで終わる訳には行かない。
「……なんだい?」
「今日の世界と、明日の地獄の話をさせてください」
「……なにを?」
「有り体に言うのであれば、
シュナイゼルは目を細めた。どちらが彼の関心をひいたのかはわからないが、とにかく続ける。
「預言をしましょう。 全ては2017年、ある皇子の死から始まりました」
本来の構想であれば、クロヴィスが死んでゼロが現れてからシュナイゼルに明かす予定であった預言を、かなり前倒しで伝えることになった。仮面の男による反逆、白き騎士の躍動、血染めの皇女、ギアスの存在、シャルルが夢見た世界……私が見た物語の一端を明かした。当然、ルルーシュとナナリーの存在と、ゼロレクイエムを除いて。情報を与えすぎれば、虚ろの器がどのような合理を見出すかが完全に予測できなくなる。
シャルルの理想を完全否定するにあたって、シュナイゼルはどうしても味方、いやそうではなくとも敵にはしたくない。だから、シュナイゼルに物語を伝えて彼の行動をある程度コントロールする計画を練っていた。そういう意味でも、このタイミングで明かすことになったのは不本意もいいところ。今の時期では、預言の信憑性を確保するのが難しい。
全て話し終えた時、カノンは私を狂人として見据えていた。だが、シュナイゼルは私の預言を微笑みを崩さずに聞き終わり、試すようにいくつかの質問を投げつけてきた。
「なぜ君はその未来を?」
「話の中に出てきたギアス、それを私も使えるというだけのこと」
「君のギアスとやらは、人を操れる?」
「いえ、未来を見通せる類のものです」
「この状況は予知できていたのかい?」
「生憎、使い勝手の悪い能力でして。私が視えている未来は常に不変で、実際に変化した未来は観測できません。ですので、この状況は決して私が望んだものではありません」
「……へぇ」
無論、これは嘘だ。だが、真実をそのまま伝えたところで、話を難しくするだけ。であるのならば、ギアスという都合のいい存在に頼ってしまえばいい。それに未来予知ということにすれば、後に控えるジルクスタン掌握とシナジーが生まれる。
「シュナイゼル様、こんなモノ、ただの妄言です。一体何を…」
困惑しながらも主を諭そうとするカノンを、シュナイゼルは目線でのみ制した。
「クロヴィスが父への贈り物として何やら用意しているのは知っている。不死身の魔女だったか。それも」
「父の手から離れたC.C.というコード保持者です。彼女と、父の兄であるV.V.というコード保持者が揃えば、アーカーシャの剣によるラグナレクの接続が実現してしまう」
「ラグナレクの接続。全人類の意識を集合無意識に接続させる計画。具体的にはどうなるんだい?」
「個人が持つ意識と他者の意識の間にある仕切りが消えます。例えば、私に行っている真意を探るような作業が必要なくなる」
「嘘の無い世界になるということだね。それが本当であるのならば、我が父にしては些か思想が牧歌的だ。いや、或いはそちらが本質で私たちが知る父こそ見せ掛けということなのかな?」
荒唐無稽な話を、彼は本気で吟味しているようだった。この反応については、正直予想外だ。全く相手にされない想定で、対応策を練っていたのに。手応えがあることが却って不気味だった。
「……追い詰められた者の妄言とは思わないんですか?」
「さて何を言っているのか。この場に居る誰もまだ追い詰められていないだろう」
シュナイゼルは立ち上がって、カノンに銃を下げるように命じた。カノンは一瞬だけ迷うように拳銃を震わせてから、銃口を床に向けた。
「そう怒らずとも私は新たな妹の夢想を完全に真に受けたわけではないよ、カノン。だが、上質な嘘という物は得てして真実を核に成り立つものだ。それが聡明な者から発せられたのなら尚更ね」
「……」
「さて、君が待ち望んでいるであろう証拠の提示の時間だ。君はどういう手筈で、私を信じさせるつもりなのかな?」
戯言と切って捨てられた方がまだ良かったかもしれない。ほんの少しでも、目の前の男を御せると思ったことが今では酷く滑稽に思えてきた。
*
突如として世界への侵略を始めた神聖ブリタニア帝国。ある者はそれに質を以て対抗した。またある者は数を以て報いようとした。
そして、その何れもブリタニアの圧倒的な暴威の前ではなんの意味も持たなかった。ブリタニアの版図は濁流のように容赦なく世界を襲った。かつて世界の中心と呼ばれた二大勢力でさえも、為す術もなく敗北を喫し続けることになったのだ。
────────砂漠に孤立する戦士の国を除いて。
砂海に鉄の騎士の遺骸が無数に転がっていた。世界で死の象徴として畏れられるブリタニアのKMF、それが見るも無残に打ち捨てられる様を、ジルクスタンの兵たちは当然のことであると言うように、無表情で見下ろしていた。
ブリタニアとの戦争を寡兵で以て勝利に導いた聖神官であるシャムナもまた、歓喜の色を見せずに最後の一騎が、四脚のKMFによって屠られるのを城壁の上から見つめていた。
「やはり、尽きませんな」
傍らに立つ大将軍ボルボナ・フォーグナーが冷淡に言った。
「そうね。どれだけ殺そうとも、私の預言が勝利を捉える日はやってこない」
預言、或いは未来予知のギアスを背景にした反則的な策略、そして精強なジルクスタンの兵士を最大効率で動かしても、ブリタニアの国力からすればほんの一部でしかない手勢相手に、どうにか勝利に導くのが精一杯だった。
ブリタニアの、ギアス嚮団の狙いはわかっている。嘆きの大監獄、その地下にあるアラムの門だ。
嚮団の分派であるファルラフ。その主であるシャムナからすれば、ブリタニアの侵略の進路に、例外なくギアス関連の遺跡があることは一目瞭然だった。
戦士を各地に派遣して利益を得るジルクスタンにおいて、ブリタニアの暴挙は有り難いものだったが、その真意が遺跡の蒐集であるのなら話は変わってくる。それに気付いたシャムナは傭兵の派遣を最小限に留めて、防衛に多くのリソースを回した。そして、それは正解だった。
「もし、彼らの目的がアーカーシャの剣ならば耐えさえすれば攻め手は消えるはず」
アーカーシャの剣。ラグナレクの接続を実現するのに必要なモノ。
その構想は大昔、それこそファルラフがギアス嚮団から離脱する以前から存在はしていた。故に、ギアス嚮団がどのような計画で以て侵略を行っているのかも察しがつく。
アーカーシャの剣を成立させるのに、全ての遺跡を掌握する必要はない。重要なのはコード保持者ではあるが、ギアス嚮団には既に二人のコード保持者が居る。
抵抗さえ続けていればジルクスタンにはそのうち見切りをつけるはず。問題はラグナレク接続が実現したあとだが、例え人と人の間に嘘が消えたとしても、争いは無くならない。寧ろ、剥き出しの悪意や殺意により、戦火はより激しく燃え上がる。シャムナはそれを確信していた。
「人がCの世界を知れば、今ある命を軽んじるようになる。そこに意味は無い」
シャムナは隣にいる弟の頭を撫でた。
「姉さん、僕も戦場に…」
「駄目よ、シャリオ。今はまだ私の隣にいてちょうだい」
「……わかったよ、姉さん」
まだ戦士として適正の年齢に達していない。そういう建前でシャリオを戦場に出さないようにしているが、それももう限界だ。
ブリタニアの攻勢が激化している現状は勿論のこと、シャリオ自身が不具の身でありながら戦士として逸脱した才能を開花させつつある。きっと、あと一年も経たないうちにシャリオはジルクスタンの戦士になってしまうだろう。
「姫様……ひとつお知らせせねばならないことが」
「なに?」
ジルクスタンの礼に則り、目線を合わせないようにしながらスウェイル・クジャパットが耳元で囁いた。
「……ただいまブリタニア側から使者が赴いており、第二皇子シュナイゼルが我々と和平……そして同盟を結びたいと。交渉は一ヶ月後を希望しています」
「………なんですって?」
争いは、シャムナにとって予想外の方向に向かおうとしていた。
*
「姫様、預言はなんと…」
「我々の勝利よ。和平は私たちの都合のいい内容で結ばれている」
「おお…!」
シャムナのギアスは1度発動させると予測した時間、今回の場合は72時間経過するまで予測地点が固定される。そのため、和平合意書の後にどのような事態が待っているかは分からない。
ただ、現在の行動によって変動した未来は予測できる。例えば、三分後に転ける未来を予測したとしたら、三分間止まる決意をすれば、次に視えるのは立ち止まった自分の視界。
現在のシャムナがブリタニアの使者を殺してしまえば、視える未来もそれに応じた物へと変化するだろう。
「ブリタニアからの使者がやってきてから、攻め手こそ無くなりましたが、国内の不穏分子どもの動きが活発となっております。ただの偶然ではないかと」
ブリタニアの侵攻、そして和平の使者がやってきてから三週間後。シャムナは宮殿の玉座にてクジャパットの報告を聞いていた。
ブリタニアが喧伝するエリアの栄華を真に受けた愚か者たちは、まだ和平交渉について公表もしていないというのに各地でKMFを伴った武力蜂起を始めた。その全てをギアスをもって瞬く間に駆逐しながら、シャムナは裏で糸を引く者の名前を呟いた。
「シュナイゼル……貴方、随分とつまらない真似をする人だったのね」
第二皇子がこの手の盤外戦術を好むということは知っていた。国内の不穏分子を焚き付けてジルクスタンに混乱を生じさせる腹積もりなのだろう。
どうやって、は捕らえた捕虜から聞けばいいが問題はなぜ今のタイミングでその手を選んだのか。
戦局は膠着しているとは言えど、未だブリタニアが大きく有利である。和平を選ぶタイミングとしては明らかに時期尚早で、反乱分子の扇動は裏工作としてはあまりにもせせこましすぎる。
その違和感を元に、シャムナはいくつかの要所に斥候としてクジャパッドを向かわせた。彼の誤認識のギアスは白兵戦だけでなく、この手の諜報にも大きく役に立つ。
結果、彼は国内に潜伏するいくつものブリタニア製KMFの在り処を掴んだ。そのどれもがブリタニア側の新興企業名義で果物などの交易品として運び込まれた物。どうやら、この和平交渉はそもそもまやかしだったらしい。
「本当に、つまらないことをする」
ならば、どう動くべきか。それは未来の自分の視界が教えてくれた。
まやかしなのならば、本当にしてしまえばいい。シャムナは未来の自分に倣って、使者に交渉の場所を言いつけてその日を待った。あちらの伏せ札であるKMFには敢えて気付いていないふりをして。
会談当日の朝、侍女たちによって着替えさせられながら改めて未来予知を行う。そこには苦々しそうな顔をした金髪の女騎士が映っていた。
*
「父………陛下にはなんと?」
『各地の攻略を早めるのに、弊害となっているジルクスタンの傭兵を和平にて無力化し、同盟で味方につけてはどうかと提案したよ。なんにせよ不毛の地。占領しても旨みはないでしょう、と尋ねたらあの方にしては珍しく沈黙したよ』
「その光景を見れなかったのは惜しいですね」
『ハハハ……さて、ジルクスタンの姫は私と君が予想した通り、宮殿での会談を望んだ。かなり厳重に警備がなされたね』
「宮殿を囲うようにこれみよがしにサザーランド達を控えさせておけば、誰でもそうするでしょうね。監獄の方は?」
『あそこを支配する山賊たちの半分は宮殿に回されている。私たちの目的が監獄、その地下にあることは気取られていないということだ。それとも、本当に何も無いのか』
「何も無ければ、その時はどうぞジルクスタンと私の首を父に差し出してください」
『兄としては何かあることを望みたいがね』
「心にもないことを……ああ、そもそも貴方に心なんて無いのでしたね。時間です。集中したいのでもう切りますね」
『君は以前から勘違いしているようだが、私も心というモノを一応は持ち合わせているんだよ……まぁ、それも含めてまた話そう。健闘を祈るよ、モニカ』
コックピットの中で響いていた無線の音はなりを潜め、無音が空間を支配する。ファクトスフィアは砂海のみを捉える。
─────そして、和平交渉開始の時刻。遠くで蜃気楼として揺れる市街地で黒煙が上がった。狼煙である。
「─────それでは行きましょうか。私の
白を基調とした異形の六脚KMFが、砂の中から起き上がった。巨大な蟷螂は、同じく背後で埋没していたグロースターたちが砂を落としきるのを待って、KMFとしては凡そ信じられない速度で嘆きの大監獄へと侵攻を始めた。
◾︎シャムナのギアスについて
コード継承前のギアスについて公式で未来予知であったことが明かされているため、拙作もそれに順じております。ただその詳細については捏造となっておりますので、ご注意ください。