モニカ転生   作:パッツンスキー枢機卿

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32.おのれ何某

 時は戻り、皇暦2017年05月13日。我が兄であるシュナイゼルとの対談は続いていた。正確には、尋問だろうか。

 

「カノンの報告書を見た時、私はとても驚いたよ。まさかルルーシュが生きていたなんて」

 

「……ルルーシュ、というと?」

 

「私と君の弟さ。いや、君にとっては学友でもあるのかな?」

 

 アッシュフォード学園への探りは既に済んでいるのか? カノンは不在だろうに、よくやる。私は平静を保ったままシュナイゼルに問い掛ける。

 

「学友……ですか? いえ、確かにルルーシュという名の男子学生は存在していますが、皇族にあやかった命名というのは平民においては決して珍しいものではないでしょう? 特に生年が一緒ともなれば尚更」

 

「それは道理ではあるが、妹にまで合わせてナナリーという名前をつけるほどの筋金入りはそう居ないと思うよ。それに、顔写真は確認した。あれはルルーシュとナナリーだ。間違いなく、ね」

 

 シュナイゼルは微笑む。私はしばらく沈黙した後に、ため息混じりに答える。

 

「……それ、ブラフでしょう?」

 

「その通り、ブラフだ。私とてこんな短時間にそこまで答えを得られるほどの手管は有していないとも。見破ってくれてうれしいよ」

 

 シュナイゼルはまるで教師のように、私の解答を喜んだ。共犯関係を結んでからというもの、彼は私にレッスンと称して定期的な腹芸じみたやり取りを強要するようになった。今回、コーネリアを伴ってここにやって来たのもその一環だろう。

 

「まぁ、それはそれとして君の学友にルルーシュやナナリーが居ることは半ば確信しているけどね。何しろここは、あのアッシュフォード家が運営する学園があるエリア11。イレブン……いや、日本人たちの組織に囲われているのなら、もう少し大胆に動くだろうからやはり市井に溶け込んでいると考える方が自然だろう」

 

 アッシュフォード家はルルーシュたちの母であるマリアンヌをテストパイロットとして重用していたことで知られている。それによってアッシュフォードは栄華を極め、マリアンヌもそれがきっかけでシャルルと出会い、平民から皇妃へと上り詰めるというシンデレラストーリーを実現している。

 

 ルルーシュがアッシュフォード学園に通えているのも、その縁を背景としているからだ。シュナイゼルからすれば、ルルーシュの生存というピースさえ手に入ればあっという間に全体像を掴める簡単なパズルのようなものだろう。

 

「それに、私たちの預言者である君が学園に通っているというのもあるね」

 

「通うきっかけはお兄様の気遣いからでしたが?」

 

「ああ、そういえばそうだった。親友が居ると君の父君から聞かされたからだったね。もはや懐かしい」

 

 あの時の私は出来る限りルルーシュたちに関わらないようにしていた。それをサプライズで無茶苦茶にしたのがシュナイゼルなのだ。今としてはその計らいのおかげで今の私があるのだから、有難がるべきなのだろうが。それをするには癪だと思ってしまうのは、何故だろうか。

 

「おっと、思い出話になるとキリがないね。少々口惜しいが、話を戻そう。

 

───────君は、ルルーシュたちが生きていたことをずっと前から知っていたね?」

 

「ええ、そうですね。 マリアンヌ様が死ぬ前からルルーシュたちがエリア11で生きることになることも、ルルーシュがゼロとして反逆の狼煙を上げることも知っていました」

 

「やはりそうか」

 

 明かしてしまってよかったのか。寧ろ、明かしてしまうべきである。

 元よりルルーシュたちのことを黙っていたのは、ルルーシュがゼロになる前に、シュナイゼルに余計な手出しをさせないようにするため。

 ルルーシュという物語の根幹に少しでも影響を与えてしまっては、事態の掌握が困難になる。そうなればあとはシュナイゼルの独壇場。私もルルーシュも、シュナイゼルの築く永遠に今日が続く世界のための礎として使い潰されていたことだろう。

 だがゼロがこうやって名乗りを上げた今、もはやシュナイゼルであってもおいそれとは手が出せない状況になった。この混沌とした状況においては、彼の合理は自身の判断よりも、私の預言に従うことを優先するはずだ。

 

「なにも、そう難しい顔をしなくても君が愛する未来に手を加えるつもりはないよ、モニカ」

 

 シュナイゼルは苦笑した。

 

「君は私を警戒して預言を出し渋っているようだが、私としても今更、歩調を乱すような真似をするつもりは無い」

 

「未来の貴方を知っている私からすればその言葉はなんの慰めにもなりません」

 

 永遠に続く今日のために、血縁のことごとくを幾多の臣民とともに消し去ったシュナイゼルを私は知っている。警戒などいくらしても足りないくらいだ。

 

「今なら聞かせて貰えそうだから聞いておこう。未来の私は何をしたんだい?」

 

「これから開発されるかもしれない大量破壊兵器。それをナナリーに使わせて、帝都ペンドラゴンをオデュッセウス様たち皇族諸共、跡形もなく消し去りました」

 

「………」

 

 シュナイゼルは目を見開いた。己からしても、未来の自分の凶行は予想外だったらしい。

「そうか、君の知る未来においては、ルルーシュは父を打ち倒せたのだね。そして私はそれに対抗して、ナナリーを皇帝として擁立した」

 

 そして彼の予想外は、あっさりと合理によって分析された。彼の頭の中では、きっと私の知る物語に極めて近い未来のイメージが予測されているのだろう。

 

「合ってるかい?」

 

 シュナイゼルは、どこか楽しげな顔で私に問い掛けた。

 

「その通りです」

 

「それで、私はルルーシュに勝ったのかな?」

 

「負けましたよ」

 

「そうか、私は負けたのか」

 

 シュナイゼルはなんて事のないように言った。悔しそうでもなく、かと言って嬉しそうでもない。特に感慨というものはなさそうだった。

 

「念の為、大量破壊兵器の詳細を聞かせてもらっても?」

 

「教えたら作るじゃないですか、お兄様。絶対に教えません」

 

「………概要だけでもダメかい?」

 

「触りだけでも全貌を明らかにし得ることを、たった今ご自身で証明したばかりでしょう?」

 

「ふむ……では、この件に関しては妹に評価されていると嬉しく思うことにしよう」

 

 フレイヤについて少しでも情報を与えてしまえば、ニーナ抜きにシュナイゼルはフレイヤを作り上げる可能性がある。そうなれば恐怖によって停滞した世界の出来上がりだ。

 シュナイゼルを敵に回すと勝ち目はほぼ無いに等しい。ならばいっその事、味方に引き入れようと考えたが、味方にすればそれ相応に厄介なのがシュナイゼルという男だ。

 

「嬉しい、ですか」

 

「これは本音だよ。前も言ったが、私は何に対しても熱を抱かないだけで個人的な快・不快や好・悪は持ち合わせている。

君やカノン、最近ではシャムナも私をまるで心を持たない怪物かのように形容するが、私とて人並みに傷つくのだよ?」

 

『傷つく、は嘘ですよね殿下?』

 

 どこからか声がした。シュナイゼルは苦笑と共に懐から携帯端末を取り出す。私がここに入室する以前から繋がっていたらしい。

 

「本当のことさ、カノン。私は君やモニカ、そしてルルーシュのように熱を持つ者たちが好きだ。なにしろ、それは私では持てないものだからね。

そんな人達に悪く言われると、私としてもそれ相応に悲しくなるものだよ」

 

『心底から嬉しそうにそれを言っても説得力はありませんよ?』

 

「まったく、妹も腹心も私のことをよくわかっているようだ」

 

『モニカ様も、こういう時のシュナイゼル様を真剣に相手にしない方がいいですよ?』

 

 腹心と呼ばれた彼は、電話の向こうから私に声を掛けた。

 

「ええ、ありがとう、カノン。貴方の助言に従い、こういう時のお兄様は無視をするようにしましょう」

 

 ブリタニアの皇女として、兄の臣下と言葉を交わす。……このように、カノンと接するのにはまだ違和感がある。

 なにしろ、数年前までは半ば上司として関わりを持っていた人物だったし、現在でも公に接する時はその関係性のまま言葉を交わしているのだから。

 このようなどこか不自然な関係は、シュナイゼルとカノンの意向の元、構築されたものである。

 非公式ながら皇族とも言えなくもない私に上司としての接し方をするのを嫌ったのもあるが、それ以上にシュナイゼルは私自身に皇族に連なるものとしての態度を今のうちに覚えて欲しいらしい。

 シュナイゼルの総督就任を記念するパーティーに出席した時に、挨拶の仕方を練習したように、今の私は皇女としていつ世に出てもいいように様々なことを兄たちに教えられている。お披露目の日は、明確に設定されていた。

 

『ルルーシュ様の件は、今シュナイゼル様からお話があったようなので私から言うことは何もありません』

 

「はい……本当にすみませんでした……」

 

『モニカ様? 口調は?』

 

「…………申し訳なく思……うわ、カノン」

 

『とんでもございません、モニカ様』

 

 少し意地悪な口調で言うカノンに、私は頭が上がらない。なにしろ今回の件に際して、最も身体を張ったのは彼だからだ。

 あの日、ルルーシュの足止めとアリバイ作りのために、私はナナリーの元に居る必要があった。故に、クロヴィスの保護は私ではない誰かにやらせる必要がある。

 しかし、問題は実行者はほぼ間違いなくゼロの素性を知ってしまうことで、その点を鑑みて頼める相手はカノンしか居なかった。

 一歩間違えれば、ルルーシュやレジスタンスに殺される可能性もあった中で、任務を完全に遂行した彼は流石という他ない。

 

『それで、本題ですが……

ジルクスタン……もとい、ファルラフ機関で保護しているクロヴィス様とアスプリウス卿の処遇についてです』

 

 クロヴィスたちは現在、ジルクスタン内部に極秘裏に設立された研究機関ファルラフにて保護されている。

 ファルラフ機関とはその名の通り、ファルラフ派を前身にする組織であり、研究対象は当然ギアスについてである。主導はシュナイゼルと私……だったのだが、如何せんどちらもギアスそのものには疎い部分が多く、シャムナに助言を求めていたところ気がつけば彼女が実質的な最高責任者となっていた。

 無論、監視体制は厳重なままなので彼女の造反についての警戒は途絶えていない。

 しかし一国の主をこき使ってる形になっているのはかなり気まずい。

 前にそれを伝えた時には、お前のせいでこんな立場になっているというのに今更何を言うのか、という旨のお言葉を丁寧に包装された形で頂くことになったが。

 

「ああ、それについては既に決まっている。だろう、モニカ?」

 

「……ええ。クロヴィスお兄様とバトレー将軍はファルラフ機関にてギアスの研究に従事してもらう予定です。無論、本人たちがそれを望めば、ですが」

 

 クロヴィスを助けたのは何も、彼に憐れみを覚えたとか、ルルーシュに手を汚させたくなかったとか、そういう感傷的な理由からではない。

 クロヴィス、さらに言えばその側近であるバトレーのギアス研究に対する適性の高さから、手駒に加えておきたかったのだ。

 物語において早期に退場するクロヴィスだが、その実ギアスに対しては核心にかなり近い所まで迫っていた人物である。シャルルの侵略の目的が遺跡に沿って行われていることすら気づいていた節すらある。

 そして、バトレーは言うまでもなくギアスの研究にて多大な成果を上げた。ギアスキャンセラーなどその最たる例だ。クロヴィス、シュナイゼル、そしてV.V.にすら重用された彼を手元に置けたのは僥倖と言う他ない。

 問題は、彼らが素直にギアスの研究に携わってくれるかだが。

 

『それなら問題はありません。クロヴィス様はギアスの研究に強い意欲を見せています』

 

「幸先がいいわね。……ちなみに、なぜ?」

 

『今度こそルルーシュ様の力になりたいと。あの場で彼に拒絶されたのが相当堪えたみたいですね』

 

「なるほど」

 

 クロヴィスの日本人への圧政は、ルルーシュたちへの彼なりの手向けだった。それが本人直々に否定されたとあれば、そのショックは計り知れない。

 それを拭うために、クロヴィスは今度こそとばかりにギアスの研究に意欲を示してくれたのだろう。

 

「私の方からも少し口添えをしていてね。マリアンヌ様を殺した犯人がルルーシュたちの命を再び狙っていると伝えておいた」

 

「……V.V.のことを?」

 

「それを私が伝えるのは些か不自然だろう。ブリタニアの中枢に皇族の不和を煽る不埒な輩がいるとだけギアスの件を絡ませて伝えただけだよ」

 

「嘘は言っていない、と」

 

「嘘を言わずとも、クロヴィスは裏に居るものの存在を感じ取っていたようだよ」

 

 この手口、既視感しかない。ルルーシュを黒の騎士団から孤立させた時そっくりだ。極限まで加工された都合のいい情報だけ与え、思考する時間を与えているようで、その実思考する権利を奪い取る。直で見れば見るほどに恐ろしい。

 

「君もホッカイドウで似たようなことをやっていただろうに」

 

「………わかりました。ではカノン、シャムナ殿にクロヴィスお兄様とバトレー将軍を研究に関わらせるように伝えてください」

 

『承知致しました』

 

「苦労をかけましたね、カノン。それでは」

 

 私は目線でシュナイゼルに電話を切るように伝える。だがシュナイゼルは微笑みとともにそれを受け流して、私の方をじっと見つめた。

 

「その前に、ひとつ聞いておきたいことがあるんだ」

 

「……? なんでしょう、お兄様」

 

「君の目的と展望についてだよ。ゼロという駒が盤上に出現した今、そこをハッキリさせておきたい」

 

「………」

 

 シュナイゼルの瞳が、私をじっと捉える。

 ゼロレクイエムの存在を明かしていなかったが故に、私の目的もはっきりとは伝えていなかった。だが、それも潮時だろう。

 私はシュナイゼルに真っ直ぐ向き合った上で、答える。

 

「ゼロが成し遂げるはずの、憎悪の集約による平和。それを、本来在るべき形で、私の手で実現させます」

 

「……君がルルーシュを殺すのかい? それとも、君がゼロに殺されるとでも?」

 

「いえ、ルルーシュも私も、鎮魂歌の宛先にするつもりはありません。憎悪であっても、生まれ出た所に帰すのが道理。

 

─────私は父、シャルル・ジ・ブリタニアを平和の礎として利用するつもりです」

 

 それが、私によるゼロレクイエム。

 今世界で繰り広げられている悲劇の数々の源であるあの人こそ、憎悪の収束元として相応しい。そのために、私は全力であの人の思い描く世界を否定するのだ。

 

「……なるほど、ね」

 

 シュナイゼルは目を細めて、薄く笑った。

 

「……これで宜しいでしょうか」

 

「ああ、君が思い描く明日を聞かせてもらえたのだ。満足だよ」

 

 私は彼の腹の底を見てみたい気持ちに襲われながらも、その場を後にしようと身を翻した。が、やり取りを黙って聞いていたカノンが思い出したように口を開いた。

 

『すみません、最後にひとつ。クロヴィス様が、妹に会いたいと』

 

「……? 流石にそれは承諾しかねます。彼の生存はトップシークレット。例え、皇族であっても、いえ皇族であるからこそ伝えるわけにはいきません。ですので、穏便にお断りを…」

 

 ああ、いや、それともライラのことか? それならば…

 

『あ、いえ。ここでいう妹とは、モニカ様のことです』

 

「────────」

 

 私は振り返ってシュナイゼルを睨みつける。シュナイゼルは苦笑していた。

 

「クロヴィスも中々鋭くてね。君がこの件に噛んでいることを察していた」

 

「………だからと私の素性を明かす必要はないですよね?」

 

「ブリタニア皇族というのは、身内に甘い。胡散臭い私よりも、何かと見目麗しい君の方がクロヴィスも協力したくなるだろう?

何より、彼のような芸術肌からすれば、現実に顕現した貴種流離譚の姫というのは中々に魅力的だ」

 

「人心掌握に、私を使ったと?」

 

「悪く言えばそうなるかな?」

 

 良く言ってもそうなるだろう。

 そこで私はようやく、兄がなぜアヴァロンに乗ってエリア11にやってきたかを理解した。

 

「……アヴァロンに乗ってジルクスタンまで、ということですか」

 

「君が良ければ、だが。

ジルクスタンではブリタニアと共同で軍事パレードが予定されていてね。アヴァロンもそこで正式にお披露目予定なんだ」

 

 つまり、エリア11に来たのもブリタニア本土からジルクスタンへと向かう道中でたまたま寄っただけ、という建前ということだ。

 かなり目立つことをやっておきながら、いくらでも言い訳を用意してるあたり、本当に厄介だ。

 

「………準備をします。少しお待ちを」

 

「ああ、ゆっくりで大丈夫だよ」

 

 どちらにせよ、クロヴィスたちとは顔を合わせるつもりだった。無論、ナイト・オブ・トゥエルブとしてであり、妹としてではない。

 抱いていたプランをすべて壊されたことと、これから顔を合わせるクロヴィスへの対応に胃を痛めながら、私は心の中で叫んだ。

 

──────おのれ、シュナイゼル!!!!

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