モニカ転生   作:パッツンスキー枢機卿

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36.知らない母と知らない姉が一度にやってきた

「という感じで、我が校の学食はルルーシュとミレイの画策により、非常に豪華なメニューを実現することになったのです」

 

「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」

 

 中庭を歩きながら学園のアレコレについて解説をしている途中で、スザクが恐る恐ると言った様子で案内役の私に挙手をしていた。

 

「なんですか?」

 

「先日、ユーフェミア殿下とご一緒させて貰った時のことなんですけど」

 

「枢木くんとユフィとの街の散策のことですか?

楽しかったですよね」

 

「ユ、ユフィ……あ、いえ、そうなんですけど……

ちょっとあの時のことでずっと気にかかっていることがあって」

 

「なんでしょうか?」

 

「あの、なんかモニカ先輩が偶にやってた瞬間移動みたいなのって、あれどうやってるんですか?」

 

 瞬間移動みたいなの。私は思わず首を傾げた。

 

「えっと…」

 

「最初に出会った時に、いきなり距離を詰めたやつとか。

僕とベンチで話していた時に、いつの間にか消えてたやつとか。

あれどうやってるのかなって…」

 

「ああ、なるほど! クルシェフスキー流走法のことですね?」

 

「ク、クルシェフスキー流走法…?」

 

 まさか、クルシェフスキー流走法に興味を持ってくれるとは。私はつい嬉しくなってしまい、少し早口にクルシェフスキー流走法について解説する。

 

「クルシェフスキー流走法とはですね、とある暗殺者が行っていた特殊な走法を私なりに分析して生み出した走法なのです。

肝としては、音を消して動くことと、巧妙な視線誘導を組み合わせた独特な間合いの詰め方でして、これを白兵戦中に行うことにより有利に戦闘を進めることが可能なのです。

装甲があるKMFと違い、生身での戦闘では一撃が致命に繋がる。故にこそ、相手のテンポを崩し一撃を与えやすくなるこの走法は非常に有効なんです!

更にいえば、体力の無駄な損耗を防ぐことも可能であり、騎士らしくない戦い方ではありますが、極めて実戦的なんですよ!」

 

「な、なるほど!!!」

 

 捲し立てる形になってしまったが、スザクにとっても非常に興味深い技術だったようで、どこか興奮したようにメモに私の話の要点を書き連ねている。

 

「確かに、実戦であの動きを再現できれば有利に戦闘を進められる…!

流石は騎士の頂点、ナイト・オブ・ラウンズです…!」

 

「ふふふ、そう褒めないでください」

 

 純粋な賛美に思わず照れ臭くなった私は、少しニヤケながら辺りを見渡す。よし、誰もいないな。人目が集まるのを避けて授業中に案内をするようにしたのは正解だった。

 

「自分も出来るようになりたいです!」

 

「ええ、是非とも! ……と言いたいのですが、実は一つだけ懸念点がありまして」

 

「な、何でしょう。自分が未熟過ぎるという点でしょうか…?」

 

「いえ、むしろ十分すぎるほどに枢木くんのフィジカルは高いのですが……実はさっきの話、少し盛ってまして」

 

「えっ」

 

「残念ながら実戦的ではないんですよね、これ…」

 

「えっ!?」

 

 スザクは驚愕とともに立ち上がった。

 

「そんなはずはありません! だって、あの時だって自分はモニカ先輩の動きを追えていなかった…! あれが実戦なら、自分はとっくに…」

 

「あれが実戦だったら、枢木くんは私から視線を外していましたか?」

 

「……あっ!」

 

 そう、そうなのである。

 一見、最強の走法に見えるクルシェフスキー流走法だが重大な欠陥がある。

 

「視線誘導により、まるで瞬時に間合いを詰めているように錯覚させるこの技術ですが、互いに集中している実戦だとまず使えないんですよね…。

参考元は決してそんな生温いものではなかったのですが、私が再現出来たものは実戦で使えるようなものではなく…」

 

 ホッカイドウにてクリストフ・シザーマンが見せたあの動きをどうにか再現しようと苦心したものの、実戦レベルまで模倣することはついぞ出来なかった。

 スザクレベルの相手ならそもそも通用しないし、そもそも、この走法が実戦で通用する程度の相手ならそのまま真っ直ぐ突っ込んで捩じ伏せる方が簡単だ。

 

「なので、これって悪戯ぐらいにしか使えないんですよね…」

 

「なるほど…」

 

 ちなみに一時期、この走法を使った悪戯に嵌っていたことがあった。

 隙あらば音を消して相手の背後に立ってみたり、夜中に廊下で人とすれ違う時は視線誘導し、瞬時に距離を詰めて驚かせてみたりと、それなりに楽しんだ。

 最終的にはナイト・オブ・ワンことビスマルク・ヴァルトシュタインに捕まって、ペンドラゴンでの走法の使用を禁じられたのだが。あの人には結局最後まで通じなかったあたり、本当に実戦では使い物にならない。

 

「まぁ、枢木くんならあっという間に使えるようになると思うので、今度暇な時にでも教えます」

 

「お願いします! ……あっ、あともう一つだけ。

KMF操縦についてなんですけど」

 

「なんでしょうか?」

 

「キューエル卿が放ったケイオス爆雷への射撃。あれはどうやってやったんですか……? あの混沌とした状況で、あの精度での射撃。

どのような訓練を重ねれば、あれを出来るようになるんでしょうか」

 

 スザクはどこか偏執的な色を瞳に混ぜながら、静かにそう言った。

 

「自分も、あれを出来るようになりたいんです」

 

「……」

 

 スザクの質問に、私は何と答えればいいか、すぐに出てこなかった。だって、それはあまりに単純なことだったから。

 

「出来るようになる必要はありませんよ、枢木くん」

 

「しかし、自分は…!」

 

「─────────だって貴方なら、枢木スザクならばあの程度の芸当、今すぐにでも出来るはずだから」

 

「…………え?」

 

 私は所詮、キューエルがどのような暴挙に出るか予め知っていたが故に上手く処理できたに過ぎない。

 あの場でヴァリスを携えていたのも、そのためなのだから。

 

 だが、ランスロットに乗った枢木スザクであればあんな物、児戯にも等しい。

 

「きっと…いえ、ナイト・オブ・トゥエルブとして断言しましょう枢木准尉。

貴方以上にランスロットを上手く使える騎士は、この世に誰ひとりとして居ません」

 

 そして、迷いを捨てた枢木スザクに勝てる者もまた、存在しないだろう。────紅い少女を除いて、だが。

 

「モニカ先輩…貴方は…」

 

「……あら、学園なのにお仕事の話になってしまいましたね。これではミレイに怒られてしまう。

案内に戻りましょう……おっと」

 

 胸元の携帯電話が鳴る。仕事用だ。

 

『モニカ様、コーネリア殿下よりサイタマゲットー鎮圧に参戦しろとのご要請が下りました』

 

「わかりました。すぐに承諾の旨を殿下に。

直ちにエクターの出撃準備を」

 

 携帯電話を切ると、スザクもまた同じように緊張感とともに携帯電話へ耳を当てていた。薄らとだが、セシルの声が漏れ聞こえる。

 

「はい…今すぐそちらに向かいます!」

 

 スザクは威勢よく返事をして、電話を切る。

 

「クルシェフスキー卿、その…」

 

「サイタマゲットーの件ですね? 無論、私の方も同様です。

今すぐ配置に着きましょうか。学園には事後報告で問題ありません」

 

「…ハッ!」

 

 スザクは軍人として敬礼し、そのままアッシュフォード学園の向かいにある、特派が現在間借りしている大学へと駆けていった。……コーネリアが特派に出撃を命じる訳が無いので、無駄足になってしまうだろうが。

 それを見送った所で、どこからか視線を感じた。ルルーシュたちが暮らすクラブハウスの方に目を向ける。ルルーシュの部屋の大窓。そこには誰もいない。

 

「……いつか、貴女とも話さなければいけませんね、C.C.」

 

 尤もその時がやってきたとしても、穏やかな対話というのは難しそうだが。

 私は肩を竦め、既に部下が迎えに来ているであろう校門へと向かった。

 

 

「数が、多いですね」

 

 G-1ベースにて、ブリーフィング中。私は砂地盤に並んだ敵の駒の数を見て素直な感想を述べた。

 

「本来、ここを根城にするヤマト同盟に加えアカバネやジュウジョウという他グループも集結しているからな。その上で、協力者と看做していた民間人たちは避難済みと来た。どうやら奴ら、我々の動きを察知していたようだ」

 

 ダールトンは忌々しげに、G-1ベースの足元で戦闘準備を進める兵たちを見下ろした。

 

「湖の貴人……やはり気に食わんな」

 

 玉座に座るコーネリアもまた、苛立ちを隠そうともせずに裏切り者の名前を噛み締めている。

 そして、当の裏切り者である私は何食わぬ顔でブリーフィングの進行を促す。

 

「敵の主力は無頼……グラスゴーの模倣機ですね。それも、かなりの数を揃えている」

 

「此方の攻撃を逆手に、一息に私の首を取るつもりなのだろうよ。浅はか極まりない」

 

 そう言ったコーネリアの声色からは、心底から呆れを感じていることが読み取れた。いくら数が集まっていても、脅威と看做すには惰弱過ぎるのだろう。私はナイト・オブ・ラウンズとして、皇女に諫言を投げ掛ける。

 

「しかし、KMFの性能が劣っているとしても優秀な指揮官がそれを動かすのであれば、その危険性は跳ね上がります」

 

 私の言葉に、物申す者は誰一人としていない。私の発言に正当性があるかどうか以前に、戦場における指揮権に限っては、ナイト・オブ・ラウンズと皇女ではほぼ同列なためだ。

 

「湖の貴人か、或いはゼロのことか?」

 

「湖の貴人はこのような場所には顔を出しません」

 

「だろうな。薄汚い鼠め」

 

 まだ、あの日のミスリードは生きていることを確認した私は内心で胸を撫で下ろす。コーネリアが湖の貴人の本質に気付くのは、時間の問題だろうが、今ではない。

 

「私としては、ランスロットの出撃をさせるべきだと考えているのですが」

 

「却下だ。私の戦場に、奴らのような得体の知れない者は必要ない。

そも、イレブンを狩るのに同じイレブンを用いるメリットがない」

 

「……承知いたしました」

 

 駄目元でスザクを出撃させようと思ったが、やはりコーネリアの首を縦に振らせることは出来なかった。

 後見人として申し訳ない気持ちになりつつも、ナイト・オブ・ラウンズとしてブリーフィングに集中する。

 

「数を揃えようが、立派な頭を用意しようが、此方の包囲は既に済んでいる。何より、兵の質も量も依然として此方が大きく上回っている。

このような布陣で一体何を恐れましょうか、殿下」

 

 ダールトンは私に見向きもせずに、コーネリアに具申した。

 コーネリアはしばしの沈黙の後に、口を開く。

 

「此度の戦い。貴様に譲ろう、ナイト・オブ・トゥエルブ」

 

 思いもよらない彼女の結論に、周囲はざわめきを隠せない。ダールトンも目を瞑って黙しつつも、何かを言いたそうにしている。

 

 私は跪き、コーネリアの真意を探る。内通を疑われている……のであれば、彼女はこのような迂遠なやり方を選ばないだろう。

 

「閃光の名が果たして貴様に本当に相応しいのか。この場で見極めてやる」

 

 彼女は私を試しているのだ。

 忠義でもなければ、清廉さでもない。閃光の名に相応しいただ純然たる強さを、己に見せつけろと、そう言っているのだ。

 

 全くもって、面倒だ。閃光という名は常にこの手の厄介事を持ってくる。だが、丁度いいか。

 

「…… Yes,your highness」

 

 弟に灸を据えてやる必要があるのだ。私主導で動けるのならば、望むところである。

 まるで、自我のない操り人形のような統制により、布陣を急速に固めつつあるヤマト同盟と複数のレジスタンス。私は彼らを撃滅するための進路を脳裏で描き始めた。

 

 

「やはり、ギアスにより自我を縛ったのは正解だったな。チェスの駒のように、俺の思い通りに動いてくれる」

 

 ブリタニア軍兵士に紛れたルルーシュは、立体駐車場に待機するサザーランドの中に潜伏しながら、レジスタンスたちの動きを観察していた。

 

 湖の貴人による、各レジスタンス組織へ向けたコーネリアの鎮圧作戦のリーク。ルルーシュはそれを早期にキャッチした上で、レジスタンスがこの地に集結したタイミングで主要なメンバーにギアスを掛けた。

 

─────何があろうとも、ゼロに従え。

 

 この命令により、彼らはルルーシュに忠実な駒と化した。

 元々は扇グループを見棄てた後の代替品のつもりだったが、シュナイゼルや湖の貴人への警戒から、ルルーシュはより周到に計画を練り直すことにした。

 

「意思ある兵か、自我なき傀儡か。

どちらが俺の駒に相応しいか検証してやろう」

 

 幸いなことに、今回の敵はブリタニア軍の中でも特に士気と練度が高いとされるコーネリア親衛隊。検証用の材料としてはこれ以上ないだろう。

 

「上手く行けばコーネリアに迫れる。万が一、負けたとしても所詮は捨て駒。俺が逃げ果せる時間さえ確保出来れば問題は無い」

 

 ルルーシュは現在、ギアスによって兵から譲り受けたサザーランドの中にいる。仮に敗北を喫したとしても、誰にも露見されずに逃げ出すことは容易だろう。

 

─────湖の貴人…奴のリークに乗る形になったのは気に食わないが、利用しない手は無い。

 

 実際、ルルーシュがここに来る直前に制止してきたC.C.を説き伏せられたのも、湖の貴人のリークを元に行った事前準備のおかげだ。

 あれが無ければ自分自身を人質にするような、苦し紛れの手段でしかC.C.を黙らせることは出来なかっただろう。

 

 そしてルルーシュは、事前に設定したルートを辿り誰にも素顔を見られないまま、サザーランドを奪うことに成功し、戦場にプレイヤーとして立っている。

 

─────条件は全てクリアされた。

 

 後はコーネリアの出方を確認し、それに応じて予め用意している策を選び、捩じ伏せてしまえばいい。

 仮に検証が上手くいったのであれば、扇グループの中で使えそうな者を数名ピックアップして、駒として用いるのもいいかもしれない。そうなると、生徒会メンバーとなった紅月カレンはどうすべきか。

 

 それについて考えようとした時、ルルーシュはひとつの違和感に気づいた。

 

「おかしい。なぜ親衛隊は未だに攻勢に出ようとしない?」

 

 本来であれば下っていてもおかしくないはずの指示は一向に届かない。包囲網自体は既に築かれている。

 コーネリアたちの認識では、此方は所詮は雑兵。警戒するに値しない筈だ。

 

 潜伏していることを気取られたか。

 ルルーシュはその可能性につい吟味するが、即座に否定した。仮にそうだとするならコーネリアの気質から、とうの昔に炙り出すためのアクションが取られている筈だ。

 

 だとするなら、何故手勢を動かさない。

 ルルーシュのその疑問に答えるように、ビルの下を多数のグロースターが通り抜けて行った。親衛隊と思しき彼らは、高速でありながら陣形を一切乱さずに、敵陣へと駆けて行く。

 

「……グロースター。コーネリアの親衛隊か」

 

『全軍に告ぐ。これより本作戦の指揮権は私の一存により、ナイト・オブ・トゥエルブ、モニカ・クルシェフスキーに譲渡する。

各々、自身に課せられた任を遂行し、その上で閃光と呼ばれる所以を目に焼き付けるがいい』

 

 サイタマゲットーに、コーネリアの声が鳴り響く。

 それには味方に対する告示である以上に、敵に対する宣告のような、無慈悲さが含意されているようにルルーシュは感じとった。

 

「コーネリアめ……やはり自身が出るまでもないと判断したか。しかし、モニカ先輩……いや、ナイト・オブ・トゥエルブが相手か。

………関係ない、ここは戦場だ。下らん感傷は捨てろ」

 

 この盤面においてナイト・オブ・トゥエルブは最も警戒すべきコーネリアの駒だ。

 戦場に対する経験が浅いルルーシュにとっても、それは十二分に理解している事だった。想定としては白兜と同等か、それ以上。

 元より、モニカ・クルシェフスキーが参戦することを半ば予想していたが故に、彼女が出て来た場合の策も用意していた。

 

 だが、それでもルルーシュは一抹の迷いを捨てられないでいた。

 彼が知るモニカ・クルシェフスキーとはどこまでも良き先輩であり、ルルーシュが守りたい日常の必須要素だ。

 故に、モニカに対して用意した策はやはり殺意に欠けている。無論、その上でナイト・オブ・トゥエルブを無力化するために練り上げているのだから、戦術的効果に関しては申し分ないだろう。

 

「だが、無力化が成功したとしてどうする……」

 

 スザクにしたように、ブリタニアの歪んだ構造を壊すように誘うか。

 スザクはゼロのやり方を否定したが、しかしモニカならば或いは……。それは、希望的観測でしかないことを自覚していたが、それでも止めることが出来なかった。

 

「………クソ、今は考えるな。

P6、M9。敵がA地点に入り次第、十字砲火を行なえ。M1、巡回しつつ、接敵すれば即座にF地点に下がれ。それと…」

 

 葛藤を誤魔化すようにレーダーをチェス盤に見立てつつ、駒の操作を行うルルーシュ。ナイト・オブ・トゥエルブとその手勢の動きも捉えている。今のところ、部隊の展開速度がやや早い以外は想定通りの動きをしている。

 

 ひとつ、ふたつとレーダー上の点が確実に消えていく。無論、敵ばかり沈んでいる訳ではなく、レジスタンス側も着実に潰されてはいる。

 しかし、消耗速度でいえば確実に敵の方が上だ。駒たちは効率的な指示を元に、忠実に効率的な動きを実現する。

 

 兵装と機体の性能で劣るレジスタンス側がブリタニアの精鋭相手にここまでやれているのは、間違いなくギアスによって自我を縛っているおかげだ。仮にギアスが無かったら、指示を無視する者や逃げ出す者を制御する方法は無かった。

 

 この力の使い方を理解した。ルルーシュがそう確信しかけた、その刹那。

 

────レーダー上の赤点が、一瞬で複数消失した。

 

「………なに?」

 

 ルルーシュの胸中に湧いたのは驚愕ではなく、怪訝。

 自軍兵力の消失そのものは別に驚くことではない。喪った数としては未だ作戦に支障をきたすほどではない。そも、強大な破壊力を持つ兵器を多数有しているブリタニアを相手にする以上、このように一気に兵を失うケースは当然想定していた。

 

 問題は、何が起きて手駒が持って行かれたかである。

 消えた赤点、つまりブリタニア軍視点での敵の識別信号は五つほど。劣勢を伝える通信もなければ、爆発が起きた様子もない。

 

 何が起きたのか推測するための判断材料が殆ど無かった。

 或いはレーダーの不具合か。しかし、いくら消えたレジスタンスたちに無線を飛ばしても応答はない。

 一瞬だけ指示を飛ばすのを忘れ、状況把握に思考を割いた。しかし、その一瞬の隙をつくように、親衛隊たちが攻勢に移る。

 

「チッ……C5、即座に……やられたか、クソッ。

ならばP6………此方もか!」

 

 先程の意味不明な消失とは違い、ルルーシュの注意散漫という分かりきった理由による劣勢。

 自我が無いが故に臨機応変性に欠けるという事前に想定していた弱点は、予想外の事態によって簡単に表出した。

 

 ルルーシュは剪定するように、冷酷に見捨てるべき駒を見捨てながらどうにか立て直しを図る。

 だが……。

 

「クソ────ッ!! また一斉消失!! しかも、二箇所同時に……

何が起きている!?」

 

 まるで巨大な二匹の化け物が、戦場を蹂躙しているような錯覚に陥りそうになる。

 髪を掻きむしりながらも、ルルーシュは今の状況に既視感のようなものを覚えていた。

 

───────白兜……! 奴がまた俺の邪魔をしているのか!?

 

 クロヴィス暗殺の際に、一瞬にして覆されたあの戦局。その要にいたのはルルーシュが白兜と呼ぶ新型のKMFだ。

 片方の反応は恐らくモニカ・クルシェフスキー。であるのならば、残す方は白兜と考えるのが自然。

 

 忌々しさから、コックピットの内壁に八つ当たりをする。

 ルルーシュの拳に鈍い痛みが響き渡るが、その痛みは却って彼に冷静さを取り戻させた。

 

 肩を上下させながらも、改めて盤面を努めて冷静に見下ろす。

 前線はまだ崩壊していない。なぜなら、主力陣はまだ被害を食らっていないから。ならば、まだ幾らでも立て直し様は………。

 そこまで考えて、ルルーシュは漸く気付いた。

 

 謎の消失現象。その両方が、徐々に自分が隠れている地点に近付いていることに。ルルーシュは、苛立ちを忘れて目を見開く。

 

 現在、ルルーシュが搭乗しているサザーランドは味方に識別信号を送らないよう設定している。

 故に、モニカも白兜もこの場所にサザーランドがいるとは悟られていないはず。そも、ブリタニア側の後方に位置するこの立体駐車場の廃ビルに、敵など居るはずもない。

 

 だというのになぜ二つの化け物は、ルルーシュがいる後方へと進行してきている?

 

 KMFが爆ぜる轟音が、スラッシュハーケンが命を砕く音が、刻一刻と近く聞こえる。ルルーシュは、死神の気配を確かに感じていた。

 場所を変えなければ。

 

────────ルルーシュがそう判断を下した刹那、視界に鉄の塊が勢いよく割り入ってきた。

 

()()()()()()()()()()()()♡』

 

 それは、白兜でもなければ黄緑色のKMFでもなく、ピンク色のグロースターだった。グロースターは、電磁ランスをルルーシュに向ける。その穂先には、オレンジ色のオイルが返り血のように纏わり付いている。化け物の片割れは、間違いなくこのグロースターだとルルーシュは確信する。

 

『そこのサザーランド。なぜ識別信号を発信してないのかしら?

それに、このエリアには誰も配置されていないはずだけれど?』

 

 グロースターに騎乗する騎士は、まるで揶揄うような口調でルルーシュに問い掛けた。

 今の状況では、ギアスはまず使えない。ルルーシュは暫しの思考の後に、問いに答える。

 

「…………すみません、敵の奇襲により本隊とはぐれてしまいました。識別信号は敵に攻撃されたときに不具合が起きたようです」

 

『どう見ても無傷なのに?

随分と器用な故障をしたのねぇ』

 

 女の騎士は、憚ることなく嗤った。心底から、楽しそうに。あまりの得体の知れなさに、ルルーシュの全身に怖気が走った。

 幼さが隠し切れていない声色だというのに、妖艶なのが却って不気味に感じる。

 

「…もし、お疑いのようでしたらライセンスを見せます。

降りましょうか?」

 

『そうねぇ。それもいいかもしれないわね。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

「……?

いえ、わかりました。では……」

 

 相手の態度に違和感を抱きつつも、ルルーシュは内心で勝ちを確信した。こちらのライセンスを確認する以上、グロースターに乗っている騎士も同じようにKMFから降りる必要がある。

 ならば、後はギアスを掛けてしまえばこちらのものだ。ルルーシュはほくそ笑んで、コックピットを開けようとした。

 

 だがそれを妨害するかのように、ルルーシュのサザーランドの側面に何処からか射出されたスラッシュハーケンが突き刺さった。

 

「なっ!?」

 

 コックピット内部が激しく揺れる。脚部の関節に直撃したことにより、サザーランドは無様に転倒してしまったのだ。

 揺れる視界と頭痛に耐えながら、スラッシュハーケンが戻った先に視線を送る。白兜と酷似した黄緑色の最新型KMF。それが今まさにグロースターとルルーシュの間に乱入していた。

 

『アーニャ、敵を前に無駄口を叩くのは慎みなさい』

 

 モニカ・クルシェフスキーが騎乗するエクターの複眼が、地面に転がるサザーランドを冷たく捉えていた。

 

『あら、この子は味方じゃなくて?』

 

『敵の中に鹵獲されたサザーランドが数騎混ざっているこの状況で、識別信号も発さずに隠れ潜んでいるのは敵以外に有り得ないでしょう』

 

 モニカは言いながら、サザーランドの四肢を一つ一つ確実に切り落とす。頭をぶつけた痛みに悶え苦しむルルーシュは、それに抗うことすら出来ない。

 

『私が処理しておくつもりだったのに。こんなところで油を売っていると、コーネリアから叱られるわよ?』

 

『戦いの趨勢は決しました。何しろ、プレイヤーがここに転がっているのです。自我のない駒など、精強なる親衛隊の敵ではありません。

殿下が私たちに期待している働きは、操り人形の首を刈ることではなく、此方の首魁を献上することでしょう?』

 

 自分が首謀者であることを断定されている。サザーランドは動けるような状態ではない。生殺与奪の権利を握るモニカにギアスは使えない。今の状況は、限りなく詰みに近かった。

 

『あと数分足らずで貴方の手駒は盤上から殲滅されます。命が惜しいと言うのであれば、コックピットの中で怯えのままに、殿下への命乞いを考えていなさい』

 

 日常で聞き慣れたモニカの声が、酷く無機質で恐ろしい物に聞こえた。逡巡の末にルルーシュは、懐に手を潜らせながら、モニカに応える。

 

「………コックピットの中から出るな、と? 本当にそれでよろしいのですか? もし私が貴女たちが言うようなテロリストなら…」

 

『コックピットに仕掛けた爆弾で自爆でもするかも?

そうなったらコーネリア…殿下は粉微塵になっちゃうわね』

 

『安全圏に潜む者が言うには説得力が欠ける脅し文句ですね』

 

「……いえ、そうではなく。

 

私がしているのはここに立つ貴女たちの心配ですよ」

 

『────ああ、そういうこと?』

 

 刹那、ルルーシュは懐から取りだした遠隔起動装置のスイッチを押した。立体駐車場の下層は爆風とともに弾け飛び、上層のルルーシュたちの地面は崩れ落ちた。

 

 胴体部のみになったサザーランドは、為す術もなく瓦礫と共に、地面に吸い込まれていく。

 対して、モニカと謎の女騎士はそれぞれその場から飛び退いて、崩壊から逃れようとしている。それを見て、ルルーシュは少しの安堵と仕留め切れそうに無いことへの苛立ちを浮かべ、重力に引かれるがまま立体駐車場下層、その更に下の下水道まで落下した。

 

 建物自体が倒壊したわけではないので、サザーランドに覆い被さる瓦礫の数もたかが知れている。事前の計算通り、サザーランドはほぼ無傷で地下水路まで落下した。

 

「C.C.!! プランBだ!!」

 

 サザーランドの残骸から這い出るなり、ルルーシュは叫ぶ。額からは血が流れていた。落下地点から少し離れたところで、呆れた表情のC.C.が立っている。

 

「自信満々に披露した計画とは違って、随分な様じゃないかルルーシュ」

 

「言ってる場合かッ! 土煙が晴れたら奴らに捕まるぞ…」

 

 貴様諸共な!と怒鳴るルルーシュを傍目に、C.C.は小さな瓦礫が降り注ぐ穴の空いた天井を見上げた。

 

「安心しろ。今回ばかりはお前は捕まらんよ」

 

「ッ!

くだらん楽観は────」

 

「何しろ、アイツらはお前に優しいからな。

自分に流れる血に感謝しろ」

 

 妄言を吐くC.C.に、遂には怒りをあらわにしようと腹に力を入れたところで、激痛が走る。

 度重なる衝撃はルルーシュにダメージを与えていた。胸部に走る痛みから、肋骨が折れているかもしれないとルルーシュは顔を歪ませながら推測する。

 

「折れてるわけがあるか。

お前のようなモヤシ坊やが骨折の痛みに耐えられるわけないだろう。

下水道に居てもつまらん。さっさと帰るぞ。頼んでおいたピザが来る頃だ」

 

 C.C.はまるで散歩のような足取りで、逃走経路を歩き出した。

 それに文句を言いたい気持ちを抑えながら、ルルーシュも胸を押えながら歩き始める。本当は走りたいところだが痛みと、なけなしの体力がそれを許さない。

 

「……俺が駒を動かすだけでは、イレギュラーに対応できない。貴女のおかげでそれがよくわかりましたよ、先輩」

 

 出会った時以上の、忌々しさを敬愛する先輩に抱きながら、少年は魔女の背中を追った。

 

 

 

─────コーネリア・リ・ブリタニアの推挙により、アーニャ・アールストレイムのナイト・オブ・シックスへの就任が決定したのは、それから僅か数日後の事であった。

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