モニカ転生   作:パッツンスキー枢機卿

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37.機上の灰猫

 ナイト・オブ・シックス。その席はかつて閃光と呼ばれた皇妃が退いてから長い間空席になっていた。

 新しき閃光すら座れなかった六番目の席に、突如として一人の少女が宛てがわれた。

 

 アーニャ・アールストレイム。コーネリア・リ・ブリタニアの推挙により、ナイト・オブ・ラウンズへの就任が突如として決まった幼き騎士。

 モニカ・クルシェフスキー以上の異例の抜擢に、多くの者は詮索に耽るようになった。アールストレイム家とコーネリアの蜜月を疑うという恐れ知らずな者すら出てくるほどに。

 

「暴れすぎたな、マリアンヌ」

 

 緑髪の少女が、ピザを咥えながら虚空に語り掛ける。

 

『息子に会いたかったんだもの、仕方ないでしょ?』

 

 C.C.にしか聞こえない声が、ルルーシュの自室に響き渡る。テレビでは、先日のサイタマゲットー鎮圧の件と新たなナイト・オブ・ラウンズについて報道されていた。

 

「お前とお前の友人のせいで、ルルーシュは連日不機嫌だ。

ピザも暫くはアイツの目に見えないところでしか食えん」

 

『あら、それはごめんなさい。

でも流石に空き箱の片付けくらいはした方がいいんじゃないかしら?』

 

「ふん、お前が母親のようなことを言うのは気持ち悪いな、マリアンヌ。

……しかし、あのナイト・オブ・トゥエルブも随分とやるじゃないか。あれが完全にルルーシュの敵だったなら詰みだった」

 

 ナイト・オブ・トゥエルブ。モニカ・クルシェフスキーについて、C.C.は直接会ったことは無いものの、マリアンヌ伝いにどういう人物であるかは知っていた。

 

「ナイト・オブ・トゥエルブは、ルルーシュの正体を知っているのか?」

 

『さて、それははっきりとはわからないわ。何しろ中々隙を見せない子だし。

でも、ゼロの正体がルルーシュってことは知っているでしょうね』

 

「お披露目の日にゼロが殺されていない事が何よりの答えだろうな」

 

 かつてギアス嚮団の主だったC.C.はナイト・オブ・ラウンズの強さを知っている。無論、昔からピンキリではあったものの、騎士の最高峰だったマリアンヌが強い関心をよせている時点で、モニカ・クルシェフスキーは間違いなく"ピン"の方だろう。

 雑な見積もりだがもしモニカが本気だったのならば、ルルーシュは洗脳したジェレミアごと即座に切り捨てられていたはずだ。

 

「運がいいのか、運が悪いのか。あの坊やも大変だな」

 

『息子がモテモテで嬉しいわ。

こんな可愛らしい魔女様と同棲してるみたいだし?』

 

「おい、揶揄うな」

 

『うふふ。

それじゃ、私もそろそろ戻るわ。久しぶりにあの人に会うの。それも、ナイト・オブ・シックスとして』

 

「……そうか」

 

 コード保持者ではないシャルルは意思体のマリアンヌと話せない。故に、マリアンヌが依代にしている少女を使って話すことしか出来ないのだ。

 ルルーシュの件も報告されるだろうか。C.C.は内心で罪悪感のようなものを感じた。

 

『心配しなくても、ルルーシュのことを話すつもりは無いわよ?』

 

「なに?」

 

 思いがけない言葉に、C.C.は目を見開く。

 

「お前がシャルルに隠し事をすると? 嘘を何より嫌うお前が?」

 

『ええ、そうね。多分、前までの私なら絶対にしなかったことだわ。

でも内緒事って必ずしも嘘じゃないと思うの。悪意のない内緒事ってする方もされる方も、明かしさえすれば最後には楽しいじゃない?』

 

「……正直、驚いた。どういう心境の変化だ?」

 

『そうねぇ。あの子の影響かしら。あの子は、モニカは隠し事ばかりなのに、一緒に居て楽しいと思ってる自分がいたの。

人との関わりって、やっぱり自己を拡張するのに一番いい刺激よね』

 

 マリアンヌはそう微笑んで、去っていった。

 C.C.は旧くからの友人の変化に、ほんの少しの感慨とそれ以上の不気味さを感じていた。

 秘密を許容するようになったマリアンヌ。それが、人語を巧みに操るようになってしまった怪物のように思えて仕方なかったのだ。

 

「……ナイト・オブ・トゥエルブ。Cの世界の悪戯か……。

お前は一体何を考えて舞台の上にいる?」

 

 テレビに映った金髪の少女を、C.C.はじっと見定めた。

 

 

『また延期ぃ〜? ちょっと、私たちはいつになったらバカンスに行けるのよぉ?』

 

「ごめんごめん。

まさかここまで長引くとは思わなくて」

 

 上海の街並を見下ろしながら、親友の機嫌をとる。無駄に広いホテルのスイートルームは、私の媚びた声を容赦なく反響させた。

 

「私もミレイたちと夏休み旅行を楽しみたい気持ちはあるの、本当に。

でも、仕事が…」

 

『とか言って観光楽しんでるんじゃないの!?』

 

「そんな、まさか。忙しくてそんな暇ないわよ」

 

『でも()()()()()()()なんでしょ?

あんたの好みドンピシャじゃない!』

 

 親友が私の趣味の傾向を把握していることに嬉しさを覚えながらも、粛々と嘘を紡ぐ。

 

「やることは観光じゃなくて私を嫌ってるおじさんたちとの交渉。

そっちは朝なんだろうけど、こっちは深夜だからもう切るわね」

 

 そう言いながら眺める上海の空は太陽が昇り、青空は地平線まで続いている。

 

『流石に次の延期は無いからね!……おやすみ!!!』

 

「ええ、おやすみなさい」

 

 私は携帯電話をしまい、そのままベッドに身を投げる。

 私は今書類上、占領されたオランダの視察に参加していることになっている。無論、ユーロブリタニアはおろか、ブリタニア側内部もそれを知っている者はほとんど居ない。

 

 宰相殿下の取り計らいにより、私が仮想敵国である中華連邦の都市にいることは身内以外、皇帝であっても察知出来ないだろう。当然、その兄君も。

 

「……亡きマリアンヌ皇妃は知ってるかもだけど」

 

 私は半ばうんざりとした気持ちを漏らしながら、その名前を呟く。恙無く進行している状況の中で、唯一かつ最大の懸念点。

 

 彼女は私がギアスの存在を認知していることを察している。そして、ゼロの正体についても。

 何故彼女が私の目論見を看過しているのかは分からない。恐らく、彼女は余人では推し量れない何かを行動原理としている。

 

 ここ最近になって、彼女がアーニャとして振る舞う頻度が明らかに増えている。先日のサイタマゲットーの件もそうだ。

 あの時はかなり焦らされた。彼女がルルーシュと接触した場合、物語が大幅に狂う。下手をすれば、戯れのままにルルーシュを殺していた可能性すらある。

 

 彼女は、というよりあの夫婦はラグナレクの接続を前提として動いているせいで、今ある命を軽視している。

 仮にルルーシュとナナリーが計画の邪魔となれば、まるで託児所に預けるかのように、彼らの命をCの世界に送ってしまうだろう。

 

 準備期間を与えられたルルーシュであれば逃走経路も用意している筈と踏んで急遽割り入ったが、何とかなって良かった。

 マリアンヌも流石に手を抜いていた感はあったが、彼女の行動はどこまでも予測が出来ない。確信出来ることはただ一つ。

 

「──私が明確に嘘を吐けば、彼女は明確に敵として振る舞うようになる」

 

 マリアンヌは、今の真とも嘘ともつかない曖昧な関係を愉しんでいる。だが、その関係を嘘でぶち壊せば彼女は興醒めして、私を単なる障壁として抹消しに掛かるだろう。シャルルや、下手をすればV.V.とともに。

 

 本懐を遂げるため、そしてアーニャを救うために何れは対処しなければいけない敵。だが、今は彼女たちを殺せるだけの手札が欠けている。

 そして、私はその手札を確保するために上海へとやってきたのだ。

 

 枕元に置いた使い捨ての携帯電話が鳴り響く。ナオトだ。

 

『あー、湖の貴人? ()()が動き始めた。

依頼されてた俺の仕事はここまで。あとはそっちに任せるから、よろしく』

 

 私は事前の取り決め通り、三秒ほど沈黙してから電話を切る。万が一のために、私の声は載せない。

 ベッドから身を起こして、ベッド脇の丸テーブルに置いておいた資料を手に取る。

 

「漸く貴方と会える。────マオ」

 

 

 マオ。本名不明。年齢は十七歳。

 コードギアスという物語を知っている私からしても謎が多い人物であり、嚮団を抜けた直後のC.C.と出会う以前に彼がどのような人生を送ってたかは不明瞭である。

 

 孤児であることは間違いないが、どのような経緯で親を喪ったのかは定かではない。また、C.C.と別れてから彼がどのように暮らしていたかもはっきりとしていない。そのギアスの特性からして人を極力避けていたのは間違いないが、オーストラリアに別荘を用意できる程度には富を築いている。一時期はその情報からマオの所在を探っていた。結局ナオトがマオを見つけるまで、成果を得られなかったが。

 

 確かなことは、彼という個人をプロファイリングする時は常にC.C.という存在が欠かせないことだろう。

 

 彼は存在レベルでC.C.に依存している。

 故に彼の人格や行動原理は全てC.C.を前提として成り立っており、彼を理解するためには、彼の過去よりもC.C.に対する妄執を知るべきなのだ。

 

 そして、私はそれを知っている。

 

 C.C.がどのように彼を愛し、マオがどのようにその愛を享受したのかを私は知っているのだ。

 だから問題は如何にして彼を私の前まで連れてくるか。それだけだった。

 

 故に私は網を張った。ナオトが見つけ出したマオの住処と生活範囲、そしてギアスの有効射程を元に、無数の監視カメラを秘密裏に設置した。それに加えて、マオが好みそうなサービスもいくつか罠としてばらまいた。

 

 その結果、私の目の前には意識を失い、縛り付けにされているマオがいた。

 

 読心のギアスの弱点。それは意思なき攻撃には為す術がないということ。彼を無力化するのに使ったのは、誰も使いたがらないくらい不合理に高価な無人バスと、遠隔起動出来る睡眠ガス。正直な所、用意以外は実に容易い仕事だった。

 

 私は懐中時計を眺めた後に、マオに視線をやる。丁度、目を覚ますところだった。

 

「おはよう、マオ」

 

「────ここは、どこだい? 君は? ボクのファンかな?」

 

 寝起きの彼は至って冷静にそう尋ねた。自分が追い詰められているとは些かも感じていないように、薄く笑いながら。

 

「ハハッ、実際ボクは追い詰められていないからねぇ?」

 

 手品を披露する道化師のように、彼は鼻を鳴らす。バイザー越しに、ギアスの輝きが見える。

 

「……なるほど、ギアスを知っているのか」

 

「ギアス? 初耳のワードね」

 

「嘘が下手くそだねぇ? 顔に書いてあるよ?」

 

「……顔に? 本当かしら」

 

「ボクは人の嘘を見破るのが得意なのさ。モニカ・クルシェフスキー様?」

 

 マオは得意げに、私を見下すように顎を上げた。

 嘘が下手くそ。それはどちらかと言えば彼に当て嵌る言葉だろう。少なくともこの状況では。

 

「は?」

 

 内心では今の状況に混乱し怯えているくせに、イニシアチブを必死に取ろうとしている様は私に酷く滑稽で憐れに見えた。

 

「……何を言っているのかな。ボクが怯えている? ハハッ、その思考こそ滑稽で憐れそのものだよ」

 

「私は何も言ってないけど?」

 

 心が読めるギアスなどなくとも、目の前の憐れな男の考えていることなど手に取るようにわかる。

 

「……なぜ、お前がボクのギアスを知っている?」

 

 目の前の女は自分の何を知っているのか、思考を読める自分がなぜ捕まる事態に陥ったのか。そして、ここがどこなのか彼は、自身の話術とギアスを駆使して必死に把握しようとしている。それが如何に無意味であるかも知らずに。

 

「……無意味? 待て、おかしい」

 

 シートに縛られた彼はそこで漸く自身の立場に気付きつつあった。

 

「お前以外の声が聞こえない……クソっ…ここはどこだ!?」

 

 マオは焦燥を隠さなくなった。

 普段は彼が悩まされて仕方ない心の声だが、聞こえないなら聞こえないで不安になってしまうとは何とも難儀な事だろうか。

 

「黙れっ! 質問に答えろ小娘!」

 

「小娘……貴方より歳上なんだけど。……まぁいいわ」

 

 私はリモコンのスイッチを押す。すると全ての窓から黒いスモークが消え去り、代わりに真っ青に染め上げられた。

 

「───空、だって?」

 

「晴天で良かったわ。自分たちの立場が分かりやすい」

 

 呆然と窓の外に釘付けになるマオを余所に、私は膝に置いていた機内食の包装を破る。真っ赤なエビチリに、野菜が盛り沢山な炒飯。デザートのスペースには杏仁豆腐。中華料理コンセプトとは気が利いている。

 

「上海なんて本来ならまず旅行出来ない場所だったから、もう少しゆっくりしていたかったのだけれど…」

 

 海老にプラスチックフォークを刺し、口に運ぼうとするとマオが自身の存在をアピールするように、シートに縛られたまま暴れた。

 

「お前、ボクをどうするつもりだ!?」

 

「まぁまぁ。とりあえずは雲上の旅を楽しみましょう」

 

「ふざけるなっ! 嚮団の差し金か!?」

 

 驚いた。まさか嚮団の存在を把握しているとは。C.C.を追っている時にでも知ったのだろうか。まぁ、中華連邦はギアス嚮団の本拠地がある地域でもあるし、彼が行き着いてもおかしくはないか。

 

「ッ! C.C.を知っている……やっぱり、お前」

 

「ギアス嚮団とは無関係。C.C.とも……まぁ、友達の友達くらいの関係性ね。別に貴方を取って食おうなんてつもりじゃないから安心して」

 

 そう言って、私は海老を咀嚼する。辛すぎる気もするが、疲れた身体には丁度いいかもしれない。

 

「……じゃあ、この状況はなんだ!?」

 

「ええと、そうね。悪く言えば拉致、良く言えば保護?」

 

「ハハハハ、面白くないジョークだね…!」

 

 炒飯は……塩胡椒が効きすぎて、ちょっと微妙だな。

 

「何故、ボクの邪魔をする!? ボクはC.C.に会わなければいけないのにっ!」

 

「会いに行ったら死ぬから保護してるの」

 

 私の言葉に、マオは分かりやすく息を呑んだ。

 

「ボクが、死ぬだと…?」

 

「ええ、死ぬ。それもまぁ、無様に」

 

「お前は何を言っている…?」

 

「これから起きる未来の話をしているわ。貴方だって別に死にたい訳じゃないでしょう?」

 

「何を根拠に……」

 

「そう、本題はそれ。

私は貴方に根拠を明示し、考えを改めさせるためにこの場をセッティングしたの」

 

「……はぁ?」

 

 食べかけの機内食を脇に置き、私は立ち上がる。そして、マオの前で跪き、バイザーを取上げて、剥き出しとなった彼の目を覗き込む。

 

「飛行高度3万フィート。私の声以外の雑音はここには存在しない。だからゆっくりと視聴しましょうか」

 

────私の瞼裏の物語を。

 

 目を見開く彼と反対に、私は目を静かに閉じる。幼い頃から私の傍らにあった物語を、彼はどう感じるのだろうか。

 かつて無いほどの高解像度の思考を流し込まれ絶叫するマオが、私の友人になってくれることを天に願った。

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