その物語の中で、沢山の人が不幸になった。
王の力はお前を孤独にすると魔女が告げた通りに、ギアスを手に入れた少年は多くの人間から奪い、殺し、救い、最後には一人になってしまった。そしてついには憎悪の権化として礎になり、世界の影として彷徨うようになった。ボクの愛しの人と共に。
では、その中に登場するボクはどうだろうか。
愛した人に捨てられ、愛した人に拒絶され、愛した人に殺され。
一言で言えば、惨めな悪役。物語の途中で登場するだけの主役の踏み台か、あるいは伏線の一例でしかない。その後の物語に何かを残す訳でもなく、1エピソードに登場するだけの脇役。
嗚呼、ボクはこの物語を憎悪する。嫌悪する。蔑如する。
────────否定する。
モニカ・クルシェフスキーの劇場の中で、ラストシーンを飾る、ボクの知らないC.C.の笑顔。ボクは煮え滾る憤怒を胸に、静かに拍手をした。
*
瞼裏の物語をマオに届け終え、彼が正気を取り戻すまで時間にしておおよそ1時間。マオは静かに顔を上げた。
「……やぁ、ボク以下の端役さん。素敵な物語を見せてくれてありがとう」
「楽しんでくれたかしら」
「………一言で言うならクソだね」
そう吐き捨てるマオのバイザーから一筋の血。高負荷によるものか、憤怒によるものか。
「両方さ。他人の思考を音ではなく映像として読み取ったのは初めてだ。思考なんて言うものは普通、声や文字に近いからさ。
瞼を閉じる度にそれを観てるなんて、よく発狂しないね?」
「別にそんな難儀な体質はしてないわ。
観たい時だけ、観ることができるの」
「自分の呆気ない死に様を? それこそ難儀な嗜好だね、実に度し難い」
悪態を吐き続けるマオだが、その表情は険しいものだった。自身の末路を物語として視聴したことが堪えたのだろうか。
「そんなの、当たり前だろ!?
C.C.に殺されるだけならまだいいさ! 彼女の心の傷として、彼女の中で生きられたのなら、それは別にいい!!
でも、物語の結末は健気なヒロインC.C.がルルーシュのクソ野郎と一緒になって、ボクは忘れ去られておしまい!? なんだってボクがこれを楽しんで観られると思ったんだ、お前は!?」
マオの血涙が、飛び散り私の頬に付いた。
「お前は何のためにこれをボクに見せつけた!?
主役の恋路を邪魔するなとでも説教するつもりか!? それとも、主役の踏み台になる脇役として傷を舐め合える相手でも欲しかったのか!?
どっちにしろ、ボクの知ったことじゃあないッ!
C.C.をあんな奴の隣に居させるつもりは毛頭ないし、病んだキミのカウンセラーになるつもりもない!!
お前がどんなつもりだろうと、ボクはこの記憶を糧にルルーシュを殺して、C.C.を取り返す!!」
マオが物語を知った時、それを利用してルルーシュを排除しようとするのは少し残念だが、概ね予想通りの答えだった。
「……予想通り、そうか予想通りか。
それで? 枢木スザクに殺されるモニカ・クルシェフスキーは、C.C.に殺されるボクにどうして欲しいのかな?
枢木スザクに殺される前に死にたいっていうなら、ここで縊り殺してあげるけど?」
「ひとつ言っておくとするなら、私が死ねば貴方の存在とギアス。通じない作戦を含めた全ての情報をルルーシュに送信するように用意してあるわ」
「……クソ、ハッタリじゃないようだね」
他者の思考を読める彼にブラフは意味をなさない。
「じゃあどうするつもりでボクを捕えているのかな。殺すつもりではないようだけど」
「まずひとつは最初に言ったように保護。こうして拘束して物語を共有しなければ、数ヶ月以内に貴方は死んでいた」
「まぁ、そうだろうね。心底から気に食わないけど。
あーまさか、キミの原作愛とやらのためにボクを玩具箱にでも閉じ込めるつもりかな?」
「別に私は博愛主義者でも無ければ、世界を俯瞰するナイーブな上位存在でもない。物語で起き得る人死すべてを防ごうなんて思ってもいない」
クロヴィス親衛隊にヤマト同盟といった、原作で死んだ人物たちを私は既に見殺しにしている。後者に至っては私の手で命を奪っていた。
「成程、キミは好き嫌いで殺す救うを選んでるわけだ?
醜悪だが、そっちのほうがまだボク好みだね」
「……否定はしないわ。
でも、今回貴方を保護したのは別に救いたいとか殺したいとかそういう話ではない。
取引のためよ」
「……ふぅん」
マオはこちらの真意を探るように、私を眺めた。といっても、話が本題に入れば私の真意などあっちに筒抜けだろうが。
「確かにそうだ。探る意味もないか。
ボクも読心を知っている人間と対話するというのは初めてで慣れないんだ。悪いね」
「私はこれはこれで楽しいから別に大丈夫よ。さて取引の話だけど。
……貴方、そのギアスを捨てたいとは思わない?」
私の言葉に、少し固まった後にマオは小さく笑った。
「……ああ、成程。合点がいったよ。それは確かにボクとキミの間に取引が成立し得る」
私の思考を読んだ彼は、拍手した。
「コード継承。いや、より正確に言えばコード剥奪。
あの
「話が早くて助かるわ」
「それがこの力の長所だからね。ボク側の利益も理解した。
読心に悩まされることが無くなる上に、不老不死になってC.C.と添い遂げるチャンスが手に入るって訳だ。
申し分無い取引だ。乗った」
そう言って彼は拘束を解くようにジェスチャーをしたが、私はそれに首を横に振る。
「私には貴方のような力は無いけれど、貴方がこれから何をしようとするのかはわかる。
拘束が解かれ次第、私を殺すなりして、その上で私の計画を一人で実行するつもりでしょう?」
「……何を根拠に?」
「物語の貴方を根拠に」
それまでどこか穏やかだったマオの表情が一転、忌々しげに歪む。
「観客風情が知った口を利くな、モニカ・クルシェフスキー」
「貴方も既に私と同じ観客の一人です。そして、私も貴方と同じ役者の一人でもある。主演ではないけれどね」
「下らない比喩なんて聞きたくない」
「貴方は私を殺せない。それはシンプルに私の方が強いから。
そして、貴方が私の元から消えることも不可能。貴方は既に私の掌の上にいるのだから」
「……この飛行機の宛先は」
「ジルクスタン。取引を断った時のために、貴方専用のスイートルームも用意しているわ」
「何が取引だ、阿婆擦れ。こういうのは脅迫っていうんだよ」
彼の悪態を合図にするかのように、飛行機は着陸態勢へと入った。窓からは既に広大な砂漠が見えている。
「ルルーシュや私の大事な人を傷つけないこと。物語を不必要に乱さないこと。これさえ約束するなら私は計画完遂後の貴方の自由を保障する」
「そして永遠に独りで生きろと?」
「別に貴方の恋路まで邪魔するつもりは無い。口説き落とせるならC.C.と一緒になればいい」
私だって恋愛相談ぐらいは乗るつもりだ。
「恋愛小説すら満足に完読出来ないキミが恋愛相談?
釈迦に説法って言葉を知ってるかい?」
「釈迦と言えるほどの恋愛遍歴をお持ちだと?」
「まぁキミよりはマシだろうね」
「………」
私は瞼を閉じて、復活のルルーシュのラストシーンを思い浮かべた。刹那、目の前で情けない悲鳴が上がる。
「ぐぅ………やめろ!!! アイツに向けた笑顔をボクの頭に流し込むな!!!」
マオは悶え苦しむように、身を捩りその場から逃げ出そうとする。無論、拘束のせいでそれは叶わないのだが。
ふむ、思いつきでやってみたが思いの外効果覿面だ。これはなんというか、西遊記の……
「C.C.の笑顔を緊箍児*1扱いするなッ!」
「ああ、中華連邦出身だけあってすぐ出てくるのね! すごい!」
「心から感心されてもムカつくだけだが!?」
何にせよ、マオのハンドルを見つけることが出来たのは僥倖。特定の思考を再生する装置を作ることが出来れば、安心なのだが。
「ちっ……わかった!乗ってやるよ、その取引!!」
マオがそう答えたのとほぼ同時に、飛行機のタイヤは大地と接触し、機内は大きく揺れた。
「その代わり、誘ったからにはヘマをするんじゃないよ…!」
「善処するわ。貴方も期日までにコード奪取出来るようにギアスを進行させてね」
そう言いながら、私はマオを縛っていたロープを、ナイフで切り裂いて拘束を解く。解放されたマオだったが節々が痛むらしく、暫くしてから立ち上がった。
さて残る問題は、マオのギアスをどう鍛えるか。
ギアスの成長速度についてシャムナに質問をしたが、回答は「個人差がありすぎて明確なやり方や基準は分からない」だった。
ルルーシュのように契約してから短期間でコードを受け継げる段階に到れる事例もあれば、100年以上行使してもついぞ暴走すら起きなかった事例もあるらしい。
その点でいえば、マオはかなり有望な方なのだろうがそこからコード剥奪が可能になる段階、つまり達成人まで後どれくらい掛かるかは不明瞭だ。
達成人。その定義はコードの継承に加え、剥奪が可能になるまでギアスを使い込んだ者を指す。少なくとも、ファルラフ派では。そしてコードの受け渡しは直接契約した者同士でなくとも可能らしい。
この点から、私はV.V.からコードを奪えると確信した。だからこそ、マオを達成人にさせる必要がある。のだが、確固たる方法論を私たちは持ち合わせてないのが現状だ。
故に、マオをファルラフ機関に研究させ、少しでも有効なアプローチを探ろうとジルクスタンにやってきたわけだ。
着陸してから何度か、携帯電話が小刻みに揺れていた。秘密裏に手配したファルラフ機関からの迎えだ。
降り立った空港においてプライベートジェットの出入りは多いとは言え、空港はそれなりに目立つ。
「では、行きましょうか。出迎えも来たみたいだし。……と言っても既にそんなことわかってるわよね」
「……待て、もう空港に到着したのか。本当に?」
「……え?」
それなりに広範囲の思考を読み取れるマオからすれば、迎えが来ていること自体、ここに着陸した時点で察知していただろう。
震える声色で、マオはそう言った。そして、バイザーを外して窓に駆け寄り、目を見開くように外を確認しはじめた。
「聞こえない……いや、聞こえはするが…」
ぶつぶつと呟くマオ。何が起きているのか、彼自身もわかっていない様子だった。
聞こえない。何が? 他者の思考が聞こえない? では、私のこの思考も? しかし、それでは計画が─────
「いや、お前のは聞こえてるんだ。でも、範囲が……いや、まて」
刹那、マオの双眸の輝きが増した。
「……100m……200m…250……聞こえた。
じゃあ、あの青いTシャツのヤツだけ……出来る。逆にアイツだけ聞こえないようにするのは……これも出来る。
これじゃあ、まるで暴走する前みたいに…」
「───では、オフにしてみて」
私の言葉に反応したマオが、振り向いて私をじっと見つめた。そして、やや間が空いた後に────
「……完全に、聞こえない」
マオの双眸から、紋章が消えてしまった。
「──おめでとう、マオ。これで私たちの契約に存在した憂いは消えた」
これまでの現象はマオのギアスが成長したことを確かに指し示していた。
「馬鹿、な。これまでずっと、そんな兆候は…」
「私の前世の記憶という莫大なデータ量。それを一気に流し込んだことによる、急激な負荷。
それが貴方のギアスを成長させた」
「そんな、じゃあ…」
「無論、これにより貴方の夢は現実味を帯びた。それも、明確に。貴方はC.C.と共に悠久を歩む資格を得つつある」
「──っ」
私は、現実的な妥協に走るのを封じるために畳み掛ける。ギアスをコントロール出来るようになったからさようなら、で終わらせるつもりはないのだから。
「本来であれば、ジルクスタンで長期滞在して貰う予定でしたが……変更です。
貴方の本来行こうとしていた場所へ、共に向かいましょう。貴方のギアスを向上させる方法が確立した今、それは無駄な時間でしかない」
「………」
私は携帯電話で、迎えに来ていたファルラフ機関の者たちに合図を送って、祝福の言葉を彼に送る。
「ようこそ、貴方の愛する人が居る場所。私が愛する日本へ。
────さぁ、一緒に他人の恋路の邪魔をしましょう」
「ははっ…本当に悪趣味だな、キミは」
マオは、引き攣った笑みを浮かべて私の手を取った。
彼はC.C.を取り戻すため。私はマリアンヌとV.V.をあの人から奪うため。
歪で背徳的な契約は、砂ばかりの不毛の地で結ばれたのだった。
コードの継承・剥奪周りの設定は殆ど独自解釈のため、学校で言いふらさないようお願いいたします。