モニカ・クルシェフスキー。
新鋭と称するにはあまりに幼い騎士の名を、シュナイゼルは空虚な笑みとともに、声に出さず反芻する。
彼が目を落としているロイド・アスプルンドから提出された報告書には、彼女の抜きん出た才気が数値としてこれ以上ないほどに顕れていた。これなら正式な騎士として戦地に出しても誰も文句を言えないだろう、と思えるほどに。
父の真意を疑ってしまうほどに好戦的な外交姿勢により、戦線は無秩序に拡大を続けている。 KMFというアドバンテージは各国の技術進歩により消えつつあり、ブリタニア軍では人手不足という弱みが露呈しつつある。
貴族しか騎乗できないKMFは、特権として置くには戦略的な価値がありすぎる。 かといって、特権でなくするには政治的にリスクが高い。ただでさえ大貴族連合の動きも最近になって活発になってきているのだし。
故に神聖ブリタニア帝国では騎士侯がかつてないほどに増えつつある。
貴族でしか乗れないという特権を維持しつつ、人手を増やす。 領土を伴わない騎士候という名誉爵位は、その目的を満たすのに最適だった。
或いは学生の身分で既に才覚を発揮している貴族令嬢に軍籍を与える口実としても、その風潮はシュナイゼルに大いに役立ってくれた。
「カノン、頼んでた資料は出来上がってるかい?」
「はい、シュナイゼル殿下。 こちらに」
側近から受け取った資料には、モニカ・クルシェフスキー個人の詳細なプロフィールと、クルシェフスキー家について事細かく記載されていた。
異常なまでに才能を発揮させるモニカに対して、クルシェフスキー家はその始まりからして至って平凡な侯爵家だ。
何も血筋で才覚の有無を判断する訳では無いが、シュナイゼルの中でひとつ違和感と言えるようなものをモニカに抱いていた。
資料の中ではモニカが騎士、さらにはナイトオブラウンズになることへの強い意欲について記述されている。 彼女を溺愛する父クルシェフスキー卿が自慢げにそれについて喧伝し回っているとも。
平凡なまでに幸福な人生を送っておきながら、彼女からはどこか飢餓感のようなものを感じさせられていた。 満たされている者が飢えることはない。
シュナイゼルの脳裏に、騎士侯に任命したときの彼女の碧く強い眼差しが過った。 それに既視感のようなものを感じている。 シュナイゼルはその既視感の源を探った。
「────ああ、ルルーシュか」
忘れもしない。 今は亡き弟とのチェス。
まるで親の仇を見るかのような鋭い目つきで必死に勝つまで駒を進めていた彼の強い執着、それをモニカという少女から感じたのだ。
彼女は何かに強く執着している。 ナイトオブラウンズ、よりも更に奥にある何か。 それを掴むために彼女と、その周辺について調べてみたが、まだ何か足りないようだ。
彼女の執着はブリタニアという国に、益を齎すか否か。国という群体の写鏡はモニカという駒の実像を捉えようと思索をめぐらせた。
*
人生最大の生命の危機をどうにか潜り抜けた私がコックピットから降りると、ちょうどセシルの平手がロイドの頬を鋭く打ち付けている所だった。
「ほんっっっっとうに何考えてるんですか!!!!」
「イタタ……成功したのになんで怒ってるんだい?」
「騎士とはいえ、モニカちゃんは13歳!!! そんな子供相手にこんな危険な実験をさせるなんて…」
「ざぁんねんでしたぁ。安全にはちゃんと配慮してたってぇ」
「どこがですか!」
怒り狂ったセシルが指差す方向、険しい坂の下には岩石の残骸が積み重なっていた。もし少しでもミスをしていたら、あの中にグラスゴー試作機の残骸も混じっていたことであろう。
「安全に配慮して脆い岩石をブリタニア中から集めてもらってるから仮に直撃してても死にはしなかったって」
「そういう問題じゃ…」
「すみません、セシルさん。 自分からも少しいいですか?」
「あっ、モニカちゃん。 無事で本当に良かった…」
「ありがとうございます。 それで、ロイド伯爵」
私は貴族令嬢として培ってきた社交性を総動員して、出来る限りの可愛らしい笑顔を作り上げ、赤くなった左頬をさするロイド伯爵の元へと歩いていく。
「おっと、神童様のご到着〜。 いやぁ、本当に部品としてすばっ!?」
私は笑顔のまま、いけしゃあしゃあと宣うプリン伯爵の右頬に拳を思いっきり叩きつけた。
「この度は貴重な経験をさせて頂き誠にありがとうございました。 貴方の提唱する運動性能の重要性、それがよーーーーく理解出来ました」
今回の件でよくわかった。 彼のような手合いは一度痛い目に遭わせないと駄目だということを。
「なんだい。 なかなか面白い子じゃないか」いつから居たのか、地面に転がるロイドを足でつつきながらラクシャータが私にタオルを渡してくれた。それを受け取りながらセシルへ向き直る。
「それでセシルさん、本検証の具体的な所感なのですが」
「疲れているところごめんなさい……サザーランドと比較して操作性はどうだった?」
「はい。 やはり操作感度に癖がありますね。 熟練の騎士でも、実戦レベルで使うにはかなりの慣れが必要かと。
それと、やはり偏重的に出力を上げてるせいでエネルギー効率が悪いですね。 実際、今回の検証だけでもエナジーフィラーの殆どを消費しちゃって、後半はかなりヒヤヒヤしました」
言っててもう一度殴打したくなってきた。
「ただ、過剰なまでの運動性能のおかげで、従来のKMFであれば避けられない様な落石も容易に回避ができた場面が多々ありました。
グラスゴーをカスタマイズしただけでこれだけ実現出来ることを踏まえると、理論の方向性は決して間違いではないのではないか、と一騎士の意見ですが参考までに」
地面に目を落とすと、先程まで悶え苦しんでいたロイドがこちらを愉しげな表情で見上げていた。
「やっぱりキミ、よくわかってるねぇ〜?」
「これでも騎士なので、最低限は」
「騎士じゃなくて、こちら方面に進む気はなぁい?」
「……嬉しいお誘いですが、私はナイトオブラウンズにならなければいけませんので、お断りさせていただきます」
「ならなければ、ねぇ? なりたいじゃなくて?」
嫌なところを、突かれたような気がした。
「……それで、続きなのですが」
以降、プリン伯爵の横槍は徹底的に無視して、セシルさんへのフィードバックに集中した。 なんにせよ、彼らとはこれっきりのつもりだ。 出来る限り早急にこの場を離脱させてもらおう。
そんな、私の目論見が「あれぇ〜? 言ってなかった? 借用期間は1年だよ?」というプリン伯爵の無神経な言葉でぶち壊しになるのは、ほんの少し後のこととなる。
*
こうして不本意ながら送ることとなった研究室の日々は、KMF尽くし、という訳ではなかった。
私としてはできる限りはシミュレーターなどでKMFのトレーニングに時間を割きたかったのだが、ロイド(たまにラクシャータからも)から実機検証とは別に技術的な雑用を任されることがあり、そのせいでかつてほどKMFに時間を注げなくなってしまった。
無論、KMF開発に興味が無いと言うと嘘になる。 だが、ナイトオブトゥエルブのモニカ・クルシェフスキーという端役になるのに、そんな寄り道をしている暇は無い。
そういう意味で、今の状況は決して望ましいものでは無かった。
「浮かない顔してどうしたのさ、ミニプリンちゃん」
いつからか最高に好ましくないあだ名で呼んでくるようになったラクシャータは、試作脱出機構についての設計書を私の専用デスク(これもいつの間にか用意されていた)に置いた。 レビューしろ、ということだ。
「ラクシャータさん、その呼び方はやめて欲しいと前にも…」
「だったらもう少しパイロットに優しい設計をできるようになりなさいな」
「うぐっ…」
Lカスタムグラスゴーの性能を上げるにはどうすべきかを協議した時に、少しでも軽量化するために脱出装置を外そうと提案したところ、ラクシャータから叩かれ、以降はミニプリンちゃんという不名誉な称号が付けられることになった。 ちなみに、プリン伯爵は私の提案に大喜びで賛同していたのだが、ラクシャータとセシルがそれを断固として反対したために没となった。
「そもそも私は騎士であって開発は畑違いなんですが…!」
「そう言いながらレビューは始めちゃうんだねぇ。 ま、耐えきれなくなったらプリン伯爵の鼻をへし折って三行半叩きつけなさいな」
そう言って彼女は少し離れた場所で煙管に興じ始めた。私は仕方なく参考書片手にレビューを始める。おかげで、私の中のKMF技術についての知識がみるみるうちに豊富になっていく。 ナイトオブラウンズでは評価されない項目だろうが。
この場所に居続けると、そのまま開発者としての道に引っ張られそうで嫌な予感がする。そして、それを悪く思っていない自分がいることも、私にとっては酷く恐ろしい。
最近はセシルさんすら書類片手にどこか物欲しげにこちらをチラチラ見ている時があるのが嫌な予感を加速させる。
場合によってはシュナイゼル殿下に直談判すべきだろうか。
そんな無茶な案が私の中で現実味を帯びてきた時、シュナイゼル殿下から直々にひとつの伝令が下った。
────現任務を終了後、エリア11へ騎士として派遣する。現地テロリストを鎮圧せよ、と。
冷たい掌によって私という端役の往くべき道に戻され、幼き日の約束が履行される時が、唐突にやってきた。