中華連邦の広大な地図の中には、多くの空白地帯が存在している。その殆どは地図通り、何も存在していないような場所ばかりだ。
しかし、中華連邦領土の西北部に位置する砂漠地帯。そこに孤立する遺跡の地下。そこには余人が踏み入ることの出来ない魔窟が存在していた。
「それで、黒の騎士団だっけ? そのゼロとかいうやつの正体は誰なの?」
魔窟の主である白い少年は、先日のホテルジャック事件で名乗りを上げた仮面の騎士の記録を退屈そうに眺めていた。
「いえ、まだそれは…」
「あっそ。 まぁ、C.C.の契約者なのは間違いないだろうけど」
「嚮主様……のですか?」
そう漏らした嚮団幹部を、V.V.は静かに見つめた。失言に気付いた男は、即座に強い謝罪の言葉と共に跪く。
ため息とともに男から視線を外したV.V.は、十年ほど前に出奔してしまったC.C.の動向に思いを馳せた。
自身が遂行したマリアンヌ暗殺を原因としたC.C.の出奔だが、それはラグナレク接続に対する拒絶を意味している訳では無い。計画の最終段階に至れば、C.C.も合流してくるはず。
シャルルもそう考えているからこそ、C.C.の捜索に本腰を入れていないのだろう。
V.V.も概ねその考えに同意していたが、その一方でC.C.が自分たちの知らないところで妙な動きを見せていることに一抹の不信感もあった。その顕著な例が、黒の騎士団というレジスタンス組織の発足だ。
どう考えても、このゼロという男の背後にC.C.がいる。
ジェレミアの唐突な愚行や、ホテルジャック事件実行犯たちの自害はギアス行使による結果であることは間違いない。支配系のギアス、恐らくは絶対遵守だろう。反骨心の強い者と契約した際、高確率で絶対遵守が発現する。それはV.V.の経験則と、記録が残っているギアスユーザーたちの特徴からある程度証明されていた。
嚮団から脱走したギアスユーザーは能力含めて把握しているが、その中に絶対遵守の持ち主はいない。
だとすればそれは自分の知らないギアスユーザー。つまり、自分以外のコード保持者との契約者だ。必然的に、そのコード保持者はC.C.となる。
無論、V.V.とC.C.以外にもコード保持者は存在している。だが、そのどれもが能動的に契約を結ぶとは思えない者ばかり。
「空飛ぶ髑髏がエリア11まで押し掛けたとも考えにくいしね」
何よりエリア11は出奔後のC.C.が何度か目撃されている場所だ。順当に考えて、ゼロの契約元はC.C.だろう。そんなエリア11でC.C.が契約を結んだ相手。
────ルルーシュか、ナナリーかな?
普通に考えれば荒唐無稽な推測。
とうの昔に死んでいる可能性が高い皇子が、C.C.と契約してブリタニアに反旗を翻している。劇の題材と考えれば面白いが、現実的ではない。
しかし、可能性としては0ではない。
何より、ゼロと名乗る者のやり口にV.V.は既視感のようなものを抱いていた。ある種の親しみとも言うべきか。
かつて自分たちが身を投じていた血みどろの宮廷闘争。その中でシャルルとマリアンヌが見せた知略と大胆さを彷彿とさせたのだ。
だとするのなら、何と面白いことだろうか。V.V.の口元が無意識に歪む。
ゼロがあの兄妹のどちらかとするなら、恐らくゼロなのはルルーシュの方だろう。自分の知る限りナナリーは、精神的にも身体的にもあのような立ち回りを出来る状態にはないはず。
シャルルに似たルルーシュがゼロだったら、いくらでも転がしようがある。例えば、神根島に招いてみたり───
「恐れながら申し上げます。此度の件、ファルラフ派が裏で糸を引いている可能性は考えられないでしょうか?」
楽しい夢想を邪魔されたV.V.は不機嫌を隠さずに、発言者を見下ろす。
「……ファルラフ? ああ、ジルクスタンのモグラたちのことか」
「はい。ファルラフが実権を握っていると思われるジルクスタンは現在、ブリタニアの同盟国です」
「シュナイゼルが強引に結んだものだけどね。……ああ、なるほど」
「シュナイゼル様の横槍により頓挫したライラ・ラ・ブリタニア拉致の件と併せて、ゼロという男がファルラフに属するギアスユーザーの可能性は高いのではないでしょうか?」
「シュナイゼルとファルラフが手を組んで、ボクたちを陥れようとしているかも…ってことだね」
実際、シュナイゼルの近年の動きは明らかに胡散臭いものがある。
仮にシュナイゼルがファルラフと組んで、ギアス嚮団に弓を引いているとするなら、それは警戒に値する状況だ。
V.V.は暫しの間、沈黙した後に答えを出した。
「いや、それは無いだろう。退屈な現実主義者のシュナイゼルがギアスに行き着くとは考えられないし、ここまで隠れ潜んでいたファルラフがそんな大それた真似をするとも思えない」
シュナイゼルとファルラフを結び付けるファクターが何ひとつとして存在しないが故の結論。それは発言者が引き下がるに足りるものだった。
「……ええ、確かにその通りでございます、嚮主様。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ございません」
「いや、別にいいさ。与太話としては上等だった」
言ってV.V.はゼロをどう打ち崩すかの悪巧みを始めた。
もし、本当にシュナイゼルとファルラフが協力してギアス嚮団に敵対しているとするなら、それは脅威だ。だが、それは有り得ない。
万が一、V.V.のように物語の影で暗躍する者がいれば別だろうが、その可能性は無いに等しいのだから。
*
エリア11、ナイト・オブ・トゥエルブの邸宅にて、私は新聞片手にこれからのことを考えていた。
「さて、次はいよいよナリタね」
「随分と楽しそうじゃないか?」
揶揄うように言ったマオの片手にはピザの切れ端が握られていた。どうにも彼は形から入るタイプのようで、そこまで好きでもないピザを、エリア11に来てから連日のように注文していた。
「そして、食べきれない分は私に処理させると……」
「うるさいな。無理矢理連れてきて、軟禁してるんだ。これくらいの世話はしてもらわないと」
マオのギアス成長によりエリア11に同行させることを踏み切ったが、その結果として彼と同居することになってしまった。
エリア11で最も安全で機密性が担保される場所が、私の邸宅であるため仕方ないのだが、それはそれとして一乙女として複雑な心境だ。
「心にもないことを心の中で呟くのは止めてくれないかな?」
「失礼な。私にもそう言う機微はあるの」
「ティーン向けの恋愛小説の駆け引きすら理解出来ず、刺激的な歴史小説に耽るキミが?」
私はC.C.の笑顔を思い浮かべた。マオは情けない悲鳴をあげる。ここ最近はこれの繰り返しである。
まぁ実際、この屋敷には殆ど帰らないので、同居しているからと変に身構えることもないのだが。
そもそも、思考を晒している相手に何の羞恥心を抱けと言う話でもある。私はピザを食べながら、新聞に記載されているホテルジャック事件の経緯を追った。
結論からいえば、私の知る物語とほぼ同じ結果を辿っている。
草壁たちは自害し、黒の騎士団は名乗りを上げ、ユーフェミアは無事救出され、白き騎士はその暴威を見せつけた。
だが、その細部は私の知る物語とは異なる。最たる例は、生徒会メンバーが人質になっていないことだろう。私の我儘で小旅行を延期させたことによる変化。
これによりニーナが日本人への恐怖心を強めることも、ユフィに偏愛を抱くことも無くなる。
ただ、後者に関しては劇場版のようにホテルジャック以外のところでユーフェミアと接触する可能性があるため、問題の先送りでしかないが。
生徒会が巻き込まれないことで黒の騎士団の設立が起きない可能性も危惧していたが、どうやらルルーシュは介入を選んだようだ。
扇経由でユーフェミアがあの場にいることをリークしたことも大きいかもしれない。
スザクが草壁たちが用意したKMF擬きと呼ぶことすら憚られる雷光なる異形の砲塔を打ち破った経緯も、私の知るそれとは多少の差異がある。
雷光の強みである榴散弾の射出。スザクはこれを一度たりとも発動させることを許さずに、雷光を沈黙させている。
どういうことかと言うと、雷光の放った榴散弾を全て発動する前にヴァリスで消滅させているのだ。
物語の中の彼も最後の1発は榴散弾ごと雷光を貫く形で突破していた。しかし、それでも間合いに入るまでに多少のダメージは負っている。
今回のスザクはその多少の損耗すら許容せず、完璧に勝ってみせた。神業と呼ぶ以外にない動きによって。
部下から報告書を見せられた時、私は震えた。
物語の観測者としてではなく、KMFを駆る者として、枢木スザクの恐ろしさの真髄を実感してしまったのだ。
「へぇ〜そんなに凄いんだ、あの死にたがり坊っちゃん」
意外そうに、それでいてどうでも良さそうにマオがスザクの資料を覗き込んでいた。
「こればかりは騎士やパイロットではないと共感できないでしょうね」
「ふぅん。まぁどうでもいいけど……そんなことより」
マオは窓の方に目を向けた。外に注意を向けさせたいようだ。
私はそれに従って、窓まで歩いていってカーテンを開く。すると、屋敷の対面にあるビルの一室、その窓付近に人影が一瞬だけ見えた。
「随分とねちっこいやつを敵に回したみたいだね、キミ」
「……ええ、不倶戴天の敵よ」
ノーランドが放った密偵だろう。屋敷に戻った時は決まって、あの男の影がチラつくようになる。私がこの屋敷にあまり戻らない理由の一つでもある。
「私が居ない時はあまりデリバリーピザを頼んだりはしないように。外出も基本的にダメ」
「飢え死ねと?」
「食料は定期的に運び込まれるように手配しているわ。お手伝いさん達もいるでしょう?」
「君のお兄ちゃんお抱えの、ね。……わかったよ、巻き込まれても面白くないし大人しくしておくよ」
シュナイゼルに手配させた使用人たちはみな口が堅い。ナイト・オブ・トゥエルブの屋敷に謎の青年が住み着くことになったとしても、何処にも漏れたりしないだろう。
不埒な輩が紛れ込むことになったとしても、マオであればすぐに察知することだろう。鼠取り用の飼い猫としては上等すぎる。
「……」
喩えが流石に悪すぎたのか、マオに睨み付けられてしまった。
「そういえば、私の思考を読み取るのはやめないのね? いつC.C.のアレを食らうかもわからないのに」
「そりゃ、キミの思考を読めない方が怖いからね」
「……なるほど?」
よく分からないが、ギアスの使用を変に避けるよりはマシか。彼にはギアスを積極的に使ってもらって、早く達成人になってもらう必要がある。
「ボクとしては何にピンと来てないのかが理解できない」
「そんなことより、ナリタでは頼むわよ」
「ああ、代役? まぁ、暇だからやるけど。C.C.と話せたりは」
「C.C.が黒の騎士団の電話番になってたら有り得るかも」
「無いって事だね。やり甲斐のない仕事だよ」
マオはそのままやる気なさげに拍手しながら、客室へと去ってしまった。
残されたピザの欠片を見て、少々うんざりしながら私は別の資料に目を落とす。ナリタ連山に拠点を置く企業や機関、そしてそこで働く人員のリスト。
そこにはシャーリーの父、ジョセフ・フェネットの名がしっかりと記載されていた。
私はこれから、多くの賭けに出る。
これまでの余裕綽々な態度の、黒幕のような立ち回りもう出来ない。一手間違えれば、或いは運を掴めなければ私は容易く退場することになるだろう。
そして、その最初の一手をナリタ連山にて打つ必要がある。
────ジェレミア・ゴットバルトを、彼自身の意思によって私たち側に引き込む。
この一手に、欺瞞も陰謀も介在させることは叶わない。