ナリタ連山に解放戦線の拠点があるという事実は、物語通りにコーネリアの耳に入った。
そしてやはり、物語の通りコーネリアは軍を率いて拠点を急襲することを決定。奇襲作戦であることを理由に、ナリタ連山周辺の住民や労働者には避難勧告は一切行われなかった。
明言こそされていないものの、シャーリーの父が死んだのはこのコーネリアの判断が一番の理由だろう。
シャーリーの父を助けたいというのは、私情も多分に含まれる。私の計画において彼の生死は、そこまで大きなファクターではない。ただ、シャーリーが悲しむ光景を見たくないが故の寄り道だ。
しかし、助けるにしてもこれまでのように連山周辺にいる人間全てを綺麗さっぱり回収して終わり、という訳にはいかない。
ナンバーズの人間を秘密裏に保護するのと、表社会に根付くブリタニア人を何の騒ぎも起こさずに攫うのとでは訳が違う。
となると、これまでとは違うアプローチが必要になる。問題は、そのアプローチに私は直接的に関われないということで。
何故なら、私は現在ナイト・オブ・トゥエルブとして戦列に加わっているからである。
『ナイト・オブ・シックスに、ナイト・オブ・トゥエルブ。
そして、我らがコーネリア殿下。これ以上の布陣など存在すまい。相手がグラスゴー擬きが精々なのが惜しいくらいだ』
ダールトンの勇猛果敢な軽口が無線越しに響く。
『あら、どんな布陣でも崩れる時は崩れるものよ?』
声色そのものは幼いのに、どこか大人びた口調でアーニャが笑う。
『ナイト・オブ・シックスの言う通りだ、ダールトン。
奇跡の藤堂やゼロが合流すれば、雑兵と言えども油断出来ん。何より、これより我らが征くは敵地。どのような罠が用意されてるかも知れん。傲慢は命取りになると知れ』
『ハッ! 失礼致しました殿下ッ!』
覇気のある謝罪が、輸送中のコックピット内を更に揺らした。私としてはもう少し軽率でいて欲しいのだが。
コーネリアとその親衛隊、純血派、ナイト・オブ・ラウンズ二人に後詰にはランスロット。正直、日本解放戦線の本拠地に踏み込むことを前提にしても過剰戦力もいいところだ。
と言っても、土砂崩れが成功すれば戦況はひっくり返されかねないのが恐ろしいところ。第7世代のKMFでも、流石に大量の岩石をどうにか出来るほど頑強ではない。
そういう意味では、アーニャ…というかマリアンヌとコーネリアの言っていることは正しい。
と言っても、マリアンヌやコーネリアは槍の雨が振ろうが、軽々と生き残ってしまうだろうが。
そして、湖の貴人としても先程の事情からルルーシュには山崩れ作戦をそのままで敢行して欲しくないのだ。
なので湖の貴人として彼に接触しなければいけないのだが、今の状況ではそれは不可能に近い。ではどうすればいいか。
その答えは簡単。こういう時こそ共犯者に頼れば良いのだ。
*
淡い雪が降り注ぐナリタ連山の山頂。仮面の男は紅い切り札をじっと眺めながら、これから始まる戦いに向けて計算を進めていた。
紅蓮弍式の右腕部に内蔵されている輻射波動機構。これを利用して、土砂崩れを起こし、数的な不利を覆すとともに指揮系統に混乱を齎す作戦。不確定要素は少なく、確実に敵を削ることが出来る。
また、紅蓮弍式の性能は輻射波動以外の面でも正しく折り紙付き。グロースター程度であれば一蹴してしまうだろう。
「問題はナイト・オブ・ラウンズと白兜……後者は今のところ報告に上がっていないが、後詰にいることは間違いない。……ナイト・オブ・ラウンズはどちらか片方でも土砂崩れに巻き込むことが出来れば…」
様々なパターンでシミュレーションを進めるルルーシュ。その思考が佳境に入った時、扇がゼロの名前を呼んだ。
「……どうした?」
「湖の貴人が君と話したいと」
「……ちっ。脚本家気取りが」
ルルーシュが忌々しげに舌打ちすると、先程まで妙にしおらしくしていたC.C.がクスリと笑った。
「それをお前が言うか?」
「煩い。……扇、寄越せ」
「あ、ああ」
C.C.とゼロのやり取りに戸惑いを隠せないまま、扇は使い捨て携帯端末をゼロに手渡した。
「何の用だ、湖の貴人。私は今忙しいのだが」
『……おや、それは悪かった。 今度はどんな事をやってるのかな、キミは? どうせ、策略家を気取ってつまらない悪さをしてるんだろう?』
「……?」
いつもの癪に障る口調と、加工音声。だが、何故だかルルーシュはそれにほんの少しの違和感を抱いた。
『まぁ、別にいいさ。君の悪趣味は今に始まった事ではないし、今に終わる事でもない』
「……恨み言ばかりだな、湖の貴人」
『………お前がそれを……いや、確かにそうだね。君の声をこれ以上聞かないで済むように、さっさと本題を終わらせよう。
そこにいる薄らぼんやりした男にプレゼントを渡してある。受けとってくれ』
薄らぼんやりした男……傍らで気まずそうに立っていた扇が、顔色を伺いながらゼロに資料を手渡した。
「…なんだこれは。 ───ッ!?」
リストに目を落として、その内容に息を呑んだ刹那、破裂音が微かに聞こえた。湖の貴人が、電話の向こうで拍手をしている。
『そのリスト……現在、君のいる場所で働いてたり暮らしてたりしてるヤツらの名前なんだけど、君はこれを見てどう思うかな?』
ルルーシュは、その問いに答えることが出来ない。
────ジョゼフ・フェネット…! シャーリーの父親がここで…いや、そもそも湖の貴人はなぜこのリストを…!?
ゼロの沈黙。それを、湖の貴人は見逃さなかった。
『その中に数人、ボクの方で有効活用したい人材が紛れ込んでいてね。だから、あまり派手なことをしないでおくれと伝えたかったんだけど……どうしたのかなぁ、黙っちゃって。知り合いでもいたかい?』
湖の貴人の言う通り、リストの中には有望そうな研究者も数名いた。
「……いや、なに。思いの外、情け深い人物だったことを意外に思っただけだ」
『散々他人を操ってゴミよりも雑に使い捨てにするキミと比べれば、どんな悪人でも聖人になれると思うよ?』
「……」
やはり、おかしい。皮肉ばかりなのはいつもと大して変わらないが、明らかにゼロに対する深い悪意が載せられている。態度が、変わった。
いや、気にすべき所はそこではない。シャーリーの父が載ったリストに、散々他人を操って……という言葉。明らかに、ゼロではなく、ルルーシュに向けての皮肉。
────いや、まさか、そんなはずは無い。
湖の貴人はゼロの仮面の裏を知っているというのか。一度は抱いたものの、すぐに握り潰した疑念。それが再び湧き上がる。
『そんな下劣なキミにチャンスを上げよう。キミが今やろうとしているサプライズ。それをやめてもらいたいわけだ』
「……なにを」
『派手に土砂崩れなんてやれば、ボクが確保したい人材も、キミの知り合いもきっと土の下に埋もれてしまうだろう?』
こちらの作戦が漏れている。ルルーシュは扇の方を見るが、困惑しているばかりで特に後ろめたい気配は読み取れない。
黒の騎士団に内通者が潜り込んでいる。普通に考えればそう考えるのが自然。しかし、そもそもこの作戦はついさっきメンバーに明かしたばかりである。リークするタイミングが無い。
ルルーシュの混乱を更に掻き乱すように、湖の貴人は続ける。
『まぁ、安心してくれよ。補填は用意してあるからサ。
……全く、知り合いが多いってのは便利だねぇ』
「補填だと…いや、そうじゃない。お前はどこまで…!」
『補填内容はサプライズってところで、始まってからのお楽しみだ。
──じゃあ、ボクの魔女によろしく』
その言葉を最後に、湖の貴人は電話を切ってしまった。
ルルーシュはしばらく、その場に呆然と立ち尽くした。 シャーリーの父のこと、自分の正体のこと、最後の魔女の指すところ。湖の貴人の言動全てに、ルルーシュは思考する。扇が声を掛けようとするが、それを遮りC.C.がルルーシュをせせら笑った。
「どうした、ゼロ。随分と楽しそうな通話だったじゃないか」
C.C.はここぞとばかりに揶揄いに転ずるが、なんの反応も返ってこないことに不服そうに眉を顰める。
「……おい、返事くらい」
「C.C.」
「なんだ」
「お前の知り合いに、不愉快な皮肉家はいるか?」
「……お前以外にか?」
皮肉を返すC.C.だが、その表情はやはり困惑が強く出ている。湖の貴人とC.C.が繋がっているとは思えない。だが、しかし。
「あちらはお前にご執心のようだ」
「はぁ?」
最後の一言に、尋常ではない悪意…否、憎悪が込められていることをルルーシュは確かに感じとっていた。
文字通り人が変わってしまった湖の貴人の様子に、ルルーシュは思考リソースの全てを捧げたい衝動に駆られそうになるが、ひとまずは目の前に集中することを選んだ。
「……扇! カレン! 作戦変更だ!!」
その後、困惑する黒の騎士団と喚き散らす玉城をどうにか御しながら、ルルーシュは新たな作戦を立案した。
問題は、その新たな作戦は先程までのものと比べてもあまりに分が悪い賭けになってしまうことだ。
土砂崩れ自体は起こす。だが、シャーリーの父のような第三者を巻き込まない規模のもの。出力も落ちるので、当然敵に与える損害も少なくなる。
仮面の騎士は、湖の貴人への警戒心をこれ迄とは比べ物にならないほどに高めた。
既に二度も掌の上に置かれたことを看過できる程、ルルーシュは愚かではなかった。
*
交戦開始から10分が経過。
解放戦線のものと思われる無頼は目撃されているものの、黒の騎士団は未だ報告に上がっていない。
「どうせ余計なことを言っているんでしょうね、マオは」
元々、マオをモデルに演じていた湖の貴人。それをマオに代役として演じさせるというのは中々に奇妙な話だ。
シャーリーの父がここに居ることを知らせることと、土砂崩れ作戦の中止を求めること以上の台本は用意していないが、マオのことだ。煽りに煽り散らかしている事だろう。
ルルーシュに対する憂さ晴らしと私に対する嫌がらせを両立出来る機会なのだから、有効活用しないはずがない。
今頃ゼロの正体を知っていることを仄めかせつつ、C.C.周りでマウントをとって警戒を抱かせている事だろう。
ゼロが黒の騎士団を設立させ物語が本格的に始動した現在、ルルーシュの油断を誘う必要は無くなったので、湖の貴人に対する警戒心を煽るのも別にいいのだが。
さて、マオが釘をさしたことによってルルーシュは作戦変更を余儀なくされるだろう。友人の父親を見殺しにすることを選べるほど、ルルーシュは鬼に徹しきることはないのだから。
問題は、どのように軌道修正するか。
既に始まった戦闘。私は敵の無頼を的確に屠りながら前進を続ける。黒の騎士団どころか藤堂すら居ない戦場は実に容易い。
この状況で、私がルルーシュなら土砂崩れそれ自体は止めない。規模と出力を落とした上で、敵の戦力を削ることを選ぶ。
というか、それくらいしか勝ち筋がない。数でも質でも負けているのだから。
故に、重要なのはどのタイミング、どの場所で実行するか。
こちらに銃撃を行うバンカーへスラッシュハーケンを放つ。爆発と悲鳴の後、銃撃は消え失せた。
敵の多数を沈黙させるためには、急所を的確に突く必要がある。
包囲による空を含めた四方八方からの同時攻撃。しかし、主力は二つの枝に分けられる。コーネリア率いる親衛隊と、ナイト・オブ・ラウンズ2人と純血派を筆頭とする元クロヴィス麾下の騎士たち。
必然的に、ルルーシュはこの二つのうち一つを選ぶ必要がある。
コーネリアを殺す訳には行かないという事情から半ば答えは出ているようなものだが。
『アハハハハッ! いつものことながら突貫するわねぇ!』
私の傍らにいる、哄笑と共に命を奪う少女。
モルドレッドの完成が間に合わなかったため、グロースターで馳せ参じたナイト・オブ・シックスは、踊るように敵の命を確実に奪っていく。
当然その中身はマリアンヌ。アーニャの中に巣食う悪性は、日に日に顕現する頻度を増やしている。
『クルシェフスキー、アールストレイム! あまり前に出すぎるなッ!』
私たちの背後から、やや遅れて純血派の面々がやってきた。本来であれば後方で待機のところを、アーニャ・アールストレイムの取り計らいで西方部隊に組み込まれた。
アーニャが、マリアンヌが何を考えているかは今は置いておく。だが、行動が明らかにきな臭くなっていることは念頭に置いておくべきだろう。
今回の私の主目的であるジェレミアは口では冷静ぶっているが、確実に功を焦っている。私たちに歩調を合わせているのが何よりの証拠だ。今日の彼は明らかに精彩をかいており、既に数箇所ばかり被弾していた。
ジェレミアはそれでもライフルとスタントンファーで敵を屠っていく。
被害状況としては軽微ではあるものの、出力低下は避けられないだろう彼に追従しなければならない純血派の面々からすればたまったものではない。
『お前の汚名返上に私たちを付き合わせるな、オレンジ!』
案の定、キューエルが罵倒を飛ばす。
『なっ!? いや、私は…』
『一体誰のせいで純血派の名声が地に落ちたと思っているんだ!? 挙句の果てにラウンズの腰巾着とは恥を知らないのか!!』
『キューエル、貴様ッ!』
戦場で口論を開始する二人を、私は索敵しつつ呆れ気味に眺める。
KMFで取っ組み合いの喧嘩を始めないだけの理性はあるようだが、迂闊もいいところだ。
敵戦力の殲滅を終えたマリアンヌは器用にグロースターの肩を落として呆れるような仕草を披露する。
『あら、可愛らしいこと。私は先に行ってるわよ? この手のロケーションで一箇所に留まるのは気に食わないし』
「ええ、私たちの役割はあくまで遊撃による撹乱です。私もここに留まり続けるのは危険だと思いますし。
……貴方たちも敵の罠に警戒を!」
そう言って、山頂を見上げると赤い光がモニターに映った。灰色に包まれた空と白い淡雪に彩られた景色だからこそ、その赤の違和感はより一層際立っている。私は、不審に思いながらその赤い光をズームする。そして、私は漸く気付く。
────紅いKMFが、私たちを冷酷に見下ろしていた。
「─────総員、退避ッ!!!」
私が言い終わるまえに、地響きとともに土砂崩れが私たちを呑み込まんと迫り始めていた。
マリアンヌは既に消えていた。この危機を予測していたのだろう。どこに行ったかを探る暇は無い。
私も即座に退避する必要がある。山岳地帯故に、土砂の中には巨大な岩が多く含まれる。最新鋭のエクターと言えども、土石流に呑み込まれてしまえば簡単にスクラップになってしまう。
目標地点は後方の森林。過剰なまでにユグドラシル・ドライブを稼働させ、全力でランドスピナーを駆動させる。
ルルーシュはやはり私たちを潰すことを選んだ。私とアーニャのみを狙ってくれることを願っていたが、最悪のタイミングで敢行するあたり流石はルルーシュだ。
森林まであと数十メートルという所で、振り返って純血派の面々の様子を確認した。やや遅れてこちらに向かうジェレミアとキューエルたち。さらに後方には反応が遅れた純血派の騎士たちが岩石の濁流に呑み込まれていた。
しかし、ジェレミアら純血派幹部はどうにか間に合いそうだ。そう思った刹那、先程ジェレミアが屠ったはずの無頼が起き上がってジェレミアに組み付いた。
『片瀬少将への恩義に報いるためにも、一機だけでも道連れにさせてもらう…!!!』
『なっ!? 離せ、死に損ないのイレブンが!!』
ジェレミアのライフルが、ゼロ距離で無頼を穴だらけにする。しかし、その僅かな時間は、彼の命運を明確に悪い方向へと導いた。
「ダメだ…あれじゃ、間に合わない……!」
このままだとジェレミアは、死ぬ。
このタイミングで彼が死ねば計画が白紙になってしまう。いや、そもそも彼に死んで欲しくない。だが、どうする。突っ込むか? 助けるどころか、巻き添えになって死ぬ可能性はかなり高い。
時間はない。即座に決めなければならない。私は自分が今いる座標を確認する。事前にナオトに依頼していた場所とそれなりに近い。
ならば───────
「これは貸しですよ、ジェレミア卿…!」
私は土石流に向かう形で、純血派の面々とすれ違いながらKMFを走らせる。
『ナイト・オブ・トウェルブ!? 一体何を!?』
「貴方たちはそのまま退避しなさいッ!」
ヴィレッタが足を止めようとするのを制止し、ジェレミアの方へと向かう。そして、スラッシュハーケンをジェレミアのサザーランドに突き刺し、引き寄せる。
『クルシェフスキー!? お前、なぜ…ぐわっ!?』
返答の代わりに、彼に強烈な蹴りをお見舞いする。サザーランドは半ば転がる形で森林の方へと飛んで行った。これで彼が助かるとは限らないが、木々の盾無しに土砂崩れと相対するよりはマシだろう。
私はジェレミアの叫びとともに転がっていくサザーランドの滑稽さに少し笑いを漏らしながら、土石流へと向き直る。
絶望的な光景なのに、それよりも不思議な既視感が私の中を満たしていた。
「なんだか、懐かしいですね…」
頭に過ったのは、あの研究室で過ごした無茶振りの日々。私はそれが走馬灯でないことを願いながら、操縦桿を握りしめる。きっと、これを乗り越えたらあのロクデナシ博士の厭らしい笑みが待っている事だろう───────
*
土石の濁流に呑み込まれ姿を消した多数のサザーランドと、黄緑色の最新機。それを目の当たりにしていたカレンは歓喜の声色とともに、敬愛する主に報告を行った。
「やった…! ブリタニアの最新機を沈めることが出来ました、ゼロ!」
度々ゼロを邪魔していた白兜ではなかったが、それでも先程まで解放戦線の無頼をちぎっては投げるように屠っていた強者。それをここで潰すことが出来たことの戦術的価値は、カレンからしても一目瞭然だった。
故に、ゼロから褒め言葉を投げ掛けられることをカレンは確信していたのだ。よくやった、カレン。お前こそが黒の騎士団のエースだ、と。
しかし、返ってきたゼロの返答はカレンの期待に応えるような、明るいものではなかった。
『…………カレン。確認だが、それは黄緑色のKMFだったか?』
「え? あ、はい。 黄緑色の、白兜に似た新型機で……あの、ゼロ…?」
カレンの言葉に、ゼロはしばらく沈黙した。何か、嫌な予感が背筋を撫でる。自分は何か余計なことをしてしまったのではないか。ゼロの意に反することを、無神経にもやってしまったのではないか。
カレンは何も言えずにゼロの新たな指示、或いは叱責を静かに待った。不安で手が震えそうになるのを必死に堪えながら。
そして、ようやくゼロが言葉を発した時、カレンは予想外な形で愕然とすることとなった。
『よくやった、紅月カレン。 お前はナイト・オブ・ラウンズの一人を。
────モニカ・クルシェフスキーを討ち取った』
「は、はい! ありがとうござ…………え?」
それは、戦場で聞くとは思っていなかった名前だった。
モニカ。モニカ・クルシェフスキー。それは、日常の構成要素で、カレンが立つ戦場とは無関係で。
ずっと不登校気味仲間としてつるんでて、最近は生徒会でも関わりが増えて。貴族みたいな振る舞いなのに、妙に気が合って。
それが、カレンが知るモニカ・クルシェフスキーだった。
なぜ、そんな名前がゼロの口から放たれたのか。その現実を、カレンは処理することができなかった。
『…お前は、そのままコーネリアを叩きに行け。……余計なことを考えるな』
「……は、い」
命令に対する肯定。
しかし、外に発された言葉に反して、内心はぐちゃぐちゃになっていた。
同姓同名の可能性。或いは聞き間違い。ゼロの言い間違い。ありとあらゆる希望的観測を探りながら、紅の夜叉は戦場を不安定に掛ける。
「なんで、なんでセンパイが……違う、そんなわけ」
不登校気味だった理由。度々労うような言葉を彼女に投げかけていた生徒会メンバーたち。彼女が不在な時に、不安そうなミレイ。彼女の話題で盛り上がるクラスメイトたち。初めて会った時、彼女が発した冗談。
日常の中では鈍感に甘んじていた自分を追い詰めるように、カレンの中で点と線が次々に繋がり始める。戦場に、カレンが導き出しそうな答えを、否定してくれる者はいない。
『みーつけた。やっぱりコーネリアの首を狙いに行くわよね。私でもそうするもの。
さっきのサプライズ、アナタがやったんでしょう?』
───そして、迷いのまま死地を往くカレンの前に、薄桃色の怪物が立ち塞がった。
「…だったら、なに」
無感情なカレンの言葉に、相手は感情いっぱいに答える。
『ものすごっっっく、刺激的だったわ! 本当はお話をしてみたいけど、残念ながら仕事中なのよねぇ。
この戦術の要はその右腕かしら? まだ使えるわよね。
構えなさい。
───せめて、愉しみましょう』
敵のランスの穂先はカレンがいるコックピットを指し示している。敵も味方も真剣なこの戦場において、目の前の騎士は完全に遊んでいる。
「……ああ、そう、そうね。アンタみたいなのが相手なら確かに楽しめそうだわ」
カレンもまたそれに応えるように紅蓮弍式の禍々しい右腕を、敵に向ける。そして────
*
「私の…私のせいだ。出世欲に駆られ、大義を忘れたせいで、クルシェフスキーを……」
部隊から逸れたサザーランドが一機、まるで幽鬼のように彷徨っていた。胸中に渦巻くのは、出世欲で目が眩んで若き日に定めた大義を忘れていた自分への嫌悪と、男の軽率によって土砂に呑み込まれていったかつての教え子への悔恨。
「死をもって……いや、ダメだ。まだやるべきことがある」
男は、昏い瞳を前に向けた。
「アールストレイム。せめてお前だけはこの戦場から無事に…」
男はもはや、借りを返し、引け目を払拭し、情に報いることしか考えていなかった。
ボロボロのサザーランドは、何度も蛇行を繰り返しながら山中を往く。全ては、モニカ・クルシェフスキーへ報いるために。
*
突如発生した山崩れにより、西方部隊被害甚大。モニカ・クルシェフスキーの信号ロスト。
敵の援軍と思しきKMFが多数出現。黒の騎士団に加え、藤堂とその配下である四聖剣を確認。また新型と推測されるKMF多数確認。指示願いたし。
次話は明日の18:32投下予定。