カレンの報告を受けたルルーシュは、無頼の中で静かに震えていた。モニカがいる部隊を標的にした時点で、覚悟はしていた。どれほど優れたKMFでも、優れた戦術の前ではどうにもならないのだから。
だが、内心ではイレギュラーを望んでいてしまっていたのだ。戦術すら捩じ伏せるような、イレギュラーを。
「クソ……ッ!」
ナナリーが生きる優しい世界を守るために力を手に入れ、銃を握りしめたというのに、ルルーシュの手によってその優しい世界のピースのひとつを壊してしまった。
もしかしたら生きているかもしれない。そんな希望的観測もルルーシュの計算によって簡単に否定される。あの規模の土砂崩れの中で、生きているわけが無い。
何より、モニカの搭乗するKMFが土と岩に呑み込まれる様をカレンが明確に目撃しているのだから。
今のカレンは明らかに不安定になっている。それは先程交わした無線だけでも、簡単に読み取れることだった。
なぜ、自分はカレンにモニカの名前を出したのだろう。単にナイト・オブ・トゥエルブを討ち取ったとだけ言えば、むしろ士気向上に繋がっていたはずなのに。
その答えをルルーシュは知っていた。
「八つ当たりか……馬鹿め…!」
或いは、生徒会の仲間を殺したという罪悪感を背負うことからカレン・シュタットフェルトだけが逃れることを許すことが出来なかったからか。
どちらにせよ、仮面の騎士としては余りに狭量であることは間違いない。自己嫌悪は加速していく。
「違う…今俺が考えるべきは勝つ方法だ…!」
少なくとも、ナイト・オブ・ラウンズの片翼を奪うことが出来た。それも、最新鋭機ごと。
残るラウンズが搭乗しているのはグロースターだと報告は既に上がっている。先日のことを考えると決して油断はできないが、それでもモニカが残っているよりはまだマシだ。
「そう、マシなんだ……今はゼロとして思考しろ。だが、数も質も未だに…」
山崩れは成功した。だが、その規模は期待していたものと比べるとあまりに頼りない。
本来であれば、コーネリアの親衛隊を殆ど壊滅に追い込める目算だった。だが、規模を縮小させたことに加えてナイト・オブ・ラウンズを優先したせいで親衛隊は健在だ。
コーネリアや側近たちを抑えることが出来れば、勝算はある。
故にカレンをコーネリアの元に向かわせてはいるが、果たして一人でどこまでやれるか。機を見て不意打ちをする手筈ではあるが、親衛隊が守備を固めている場合はそれも難しい。
そもそも、まだ不安要素は残っている。白兜だ。
考えれば考えるほど、追い詰められている状況が明らかになっていくことに、ルルーシュは静かに怒りに震えた。
湖の貴人の横槍さえ無ければ、事はもっと単純だっただろう。だが、その場合はシャーリーの父を死なせていたかもしれない。
それが却って、ルルーシュの苛立ちを増幅させる。
『ゼロ! あの奇跡の藤堂と四聖剣が俺たちの部隊に合流したらしい! 彼らを作戦に組み込んでも大丈夫だよな!?』
────湖の貴人が言っていた補填とはこれか。
「了解した。…連携して撹乱を続けろ」
扇の報告に、ルルーシュは分かりきった事を態々質問するなと罵倒を飛ばしたくなりながらも、どうにか堪える。
混乱に乗じた攻撃により、黒の騎士団の打撃は敵へ着実にダメージを与えられている。だが、それも時間の問題だ。
現時点でも歩兵を中心に、黒の騎士団の兵力は削られている。
数を削ったところで質と練度の差は如何ともし難い。奇跡と称される藤堂と、四聖剣を計算に入れたところでナイト・オブ・ラウンズの片割れと白兜、そしてブリタニアの魔女という異名を持つコーネリア相手には不足もいいところだ。
現状で断言出来ることは、真正面で敵に打ち勝つのは不可能。
「ならば、何がなんでも首を落とすしかない…!」
ルルーシュはカレンの接敵報告を待たずに、コーネリアへの元へと兜付きの無頼を走らせた。
*
「モニカちゃんの信号がロスト……そんな…」
セシルの呆然とした呟きが、トレーラーの中でこだました。
後方にて飼い殺しにされている特派だが、戦場の様相そのものについては無線を通して周知される。
特派と関わりの深いナイト・オブ・ラウンズの現況が告げられたのも、退屈しのぎにラジオのような形で無線を垂れ流しにしながら昼食をとっていた矢先だった。
誰も彼もが、予想外の報告に愕然としている。スザクもその例に漏れず、報告された現実を疑った。
「モニカ先輩が…クルシェフスキー卿がやられた…? そんなわけ」
「あるはずがない? スザクくん、これは戦争だよ」
いつの間にか隣に立っていたロイドが、いつもとは違う険しい顔でスザクに言う。
「枢木准尉、直ちにランスロット搭乗の準備を。これは明らかな異常事態だ。
ボクからユーフェミア殿下に出撃の許可を貰う」
極めて冷静な、間延びしていない口調。
「……わかりました」
これは戦争なのだ。親しい人物でも、尊敬する人物でも、次の瞬間には簡単に居なくなってしまう。
トレーラーに積まれているランスロットに乗る寸前、セシルが駆け寄ってくる。
「スザクくん……」
「分かっています。すぐに敵を殲滅して、必ずクルシェフスキー卿を救出してみせます。ランスロットなら、いえ…枢木スザクならきっとそれが出来る筈だから」
その答えを受けたセシルは悲痛な表情を深めた。彼女が言いたかったことと、スザクの答えはきっと噛み合っていない。
自分でもそれを理解してながら、スザクはこの戦場では冷酷な兵士になることを選んだ。
この戦場にいるであろうゼロが、ルルーシュや生徒会メンバーたちの幸せを奪う悪であることを確信したから。
「ゼロ…ここで必ずお前を否定してみせる」
白き騎士は、復讐と、僅かな希望と共に混沌と化しつつある戦場へと飛翔した。
*
そんな混沌の中で、一際目立つ二つの光。険しい山岳をまるで踊るように紅色と桃色が命の奪い合いを披露していた。
「クソっ……なに、コイツ…!」
紅蓮弍式に搭乗する紅月カレンは、目の前のグロースターの異常性に顔を歪めていた。
紅蓮弍式のスペックはブリタニアの新鋭であるグロースターを軽く凌駕する。それは道中で出会したブリタニアの騎士たちで既に実証済みだった。
故に、コーネリアが居る場所の寸前で遭遇した桃色のグロースターも簡単に屠れると考えていた。
だが、目の前の騎士は、そんな生温い敵ではなかった。
「輻射波動が撃てない…!」
まるでカレンの手札を全て把握しているかのように、敵は的確に間合いを詰めて攻撃をしては安全圏まで下がるということを繰り返していた。
初見殺しの右腕が伸縮するギミックすら、当たり前のように躱されてしまった。
『ハドロンって言ったかしら、それ。 人間を電子レンジに入れた卵みたいにしちゃうんだっけ? 怖いわね〜』
言いながら、振るわれた右腕を難なくランスで振り払う。機動力は紅蓮弍式の方が圧倒的に上だと言うのに、翻弄されているのはカレンの方だった。
「それを体験させてやるから、大人しく喰らえっての…!」
『嫌よ。死ぬにしてももう少し可愛い死に方がいいわ』
クスクスと笑いながらランスを紅蓮弍式の胸部に突き刺そうとし、カレンは自身の反射神経と紅蓮弍式の運動性能をもってして弾く。その繰り返しだった。
「電磁ランスで死ぬにしても可愛くないわよ、ブリタニア!!」
『私の名前はブリタニアじゃなくて、マリ……でもなくてアーニャよ。一応、これでもナイト・オブ・シックスなのだけれど…案外知れ渡ってないのね』
「ナイト・オブ・シックス……じゃあ、あんたを殺せば…!」
『ナイト・オブ・ラウンズ2人を殺したことになるわね。まぁ、モニカが死んでたら、だけど』
「ッ!」
聞きたくなかった名前に、カレンは強ばる。そして、そこから生じた隙を見逃してくれるほどナイト・オブ・シックスは優しくなかった。
電磁ランスはかつてない鋭さで、コックピットを狙った。カレンは遅れて反応しながらも、左腕で心臓部を庇う。
「クソっ…!」
たった一撃で、左腕が大破してしまったことにカレンは汗を流す。主装備である右腕で庇わなかったのは英断だ。
『あら、モニカの名前を出した瞬間に急な軽挙妄動。もしかしてあの子の知り合いだった?』
「五月蝿いッ!」
誤魔化す代わりにカレンは右腕の大爪を敵に向ける。だが、大振りすぎてあっさりと躱されてしまい、逆に電磁ランスの横薙ぎを叩きつけられてしまった。
激しい衝撃に耐えながら、距離を取るカレン。
今のは明らかに大雑把な攻撃だったが、そもそも左腕を失った今では大なり小なり、大技狙いの攻撃しかできない。
確実に追い詰められている。
「私はコーネリアの所に行かなきゃいけないのに…!」
攻撃する隙も、それどころか逃げ出す隙すら目の前の敵は見せない。
『コーネリアを殺されたら私たちは負けなのに、貴女みたいな強いのを通すわけないでしょ』
窘めるように言いながら、アーニャはカレンへとランスを向ける。
肩で息をしながら、カレンも右腕を構える。ジリ貧なのはわかりきっているが、ゼロの命令を遂行するにしても退くにしても目の前の敵を討つことにしか活路はない。
認めたくはないが地力では明確に遅れを取っている。時間が経てば経つほど、カレンの不利は加速している。ならば、勝ち筋は輻射波動を叩き込んで一発で沈黙させる事のみ。その考えは奇しくも、戦場を俯瞰するゼロと重なっていたが、カレンは知る由もない。
しばしの沈黙の後に両者は凄まじい勢いで、互いに距離を詰める。
振るわれる右腕と、突き出される電磁ランス。数瞬の打ち合いの末に、優位を示したのは───桃色のグロースターの方だった。
大きく弾かれる右腕。無防備になったコックピット部。懐に潜り込んだ敵。
「ウソ」
突如として現実味を帯びた死にカレンは、恐怖から目を背けたい気持ちに襲われる。逃げ場など無いことを刹那で察したカレンは、祈るようにある名前を漏らした。
──助けて、ゼロ……お兄ちゃん…!
そんな願いも虚しく、ランスはそのままカレンをこの世から消し去らんと紅蓮弍式を貫く──筈だった。
「……え?」
カレンの目が見開かれる。
紅蓮弍式を貫こうとしたランスに、何処からが射出された
「なんで…それは、紅蓮の…」
カレンの思考が追いつくのを待たず、アーニャはすぐに突き刺さった飛燕爪牙を振り払って、紅蓮弍式から距離を空ける。
『ここで横槍なんて、困っちゃうわ』
アーニャの視線の先、そこにカレンも目を向ける。そこには、紅蓮弍式に酷似した、紅いKMFが立っていた。
「紅蓮……?」
紅蓮弍式と比べるとやや簡素なカラーリング。右腕は輻射波動機構ではなく、マニピュレーターが装着されているなど、細部こそ違う点はあるがそれでも全体の意匠は明らかに紅蓮弍式と酷似していた。
「援軍…? もしかして、あんたもゼロの命令を…!」
もう一機の紅蓮は何も言わずに、特斬刀を構えた。
『言葉は不要ってことみたいよ、お嬢さん。はぁ……形勢逆転ってやつね』
アーニャもやはり、損壊し電磁機能を失くしたランスを構えた。
「……そう、そうだ。今は生き残ってゼロの命令を達成することだけ考えるんだ…!」
そしてカレンは、迷いと弱さを振り払って爪を構える。混沌の最先端の戦闘は新たな局面へと達そうとしていた。
*
藤堂と、彼が率いる四聖剣の乱入。大して期待していなかった変数は、ルルーシュの計算に嬉しい誤算を齎していた。
ルルーシュが見下ろす戦場において、藤堂が駆る月下がコーネリアを追い詰めていたのだ。
「存外やるじゃないか、奇跡の藤堂!」
四聖剣たちに親衛隊を釘付けにさせ、その上で藤堂本人はコーネリアへと奇襲を仕掛ける。そんな絵空事のような作戦を、藤堂は緻密な計算の上で実現して見せたのだ。
日本侵攻の際に見せた奇跡。その正体が緻密に練られた戦術による必然であることをルルーシュは理解していた。故に、目の前で再演された奇跡を高笑いを以て歓迎する。
「フハハハハッ! いい…いいぞ藤堂鏡志朗ッ! 何れは俺の駒に加えてやろう!」
月下という新型量産機を駆使する藤堂はほぼ対等にコーネリアと打ち合っている。
あと一手、ここにコーネリアの想定外要素が加われば、形勢は逆転する。ならば……ルルーシュが乗る無頼は、自身に背中を向けたコーネリアへと銃口を向け、射撃した。
『……なっ!?』
ルルーシュの射撃は、コーネリアのグロースターを確かに捉えた。流石に両腕を吹き飛ばす程のダメージは与えられなかったものの、藤堂を有効活用させるには十分に足りる隙を生じさせた。
月下の廻転刃刀が、グロースターの片腕を切断した。右腕とランスが宙に舞う。
コーネリアは即座にスラッシュハーケンとともに後方に飛び退く。電磁ランスを失ったにも拘わらず、未だ戦意を萎びらせずに吠える。
『奇跡の藤堂ッ! 背後からの奇襲とは随分と堕ちたものだなッ!!』
『……この横槍は私にとっても予想外だ。だが、ここは感謝しておこう』
藤堂は坂を滑り降りた兜付きの無頼に礼を告げた。
「礼など後でいい。今はコーネリアを捕らえるのが最優先だ」
『貴様、ゼロかッ!』
「ふん……随分と無様な姿になったな、コーネリア」
ブリタニアの皇女を公然と嘲るゼロに、藤堂は眉を顰める。
『……ゼロ、か。では、あの山崩れもお前が。成程、皆が期待を寄せるのも頷ける。
しかし、討つのではなく捕らえるとは……』
「私が欲しているのは物言わぬ首ではないということだよ、藤堂」
コーネリアは母が死んだ日、アリエスの離宮の警備を担っていた。マリアンヌの死に関わっていないはずがない。
何がなんでも生かして捕える必要がある。
「さて、コーネリア殿下。ここで投降してくれるのであれば手荒な真似をする気はないのだが」
『ほざくな、ゼロッ!』
射出されるスラッシュハーケンを、ルルーシュは難なく躱す。単調な攻撃こそ、コーネリアを追い詰めていることの証左だとマスクの下で口を歪ませた。
藤堂もまたそれを理解しているようで、一気に間合いを詰める。ルルーシュもその援護のためにライフルを構え、照準をグロースターに定める。
情を捨てきれなかったが故に回り道をしてしまったが、最終的にはルルーシュの目論見通りコーネリアを下すことが出来る。戦場の方程式は、今確かにルルーシュへ勝利を齎そうとしていた。
「チェックメイトだ、コーネリア…!」
────そんなルルーシュの呟きを否定するように、彼らが居た戦場を囲っていた岩の壁の一角が弾け飛んだ。
「────!?」
引き金を引くことすら忘れて、ルルーシュはそちらの方に視線を取られる。藤堂も、コーネリアすら同じように動きを止めて何が起きたかを理解しようとした。
土煙が晴れ、乱入者の正体が明らかとなる。そこには、白き騎士が立っていた。
「……また、俺を邪魔するのか。 白兜ッ!!!」
ルルーシュが吠えた刹那、白兜──ランスロットは巨大な銃口をルルーシュたちに向ける。ルルーシュはすぐさま、コーネリア後方に回り込んで射線を塞ぐ。
『ゼロ……! お前は何処までも…ッ!!』
ランスロットはすぐさま藤堂の方へ銃口を向け直し、とてつもない衝撃とともに弾丸を放つ。藤堂はそれを何とか躱すが、その僅かな瞬間で間合いを詰めていたランスロットのMVSによる斬撃に対処できず、袈裟斬りにされてしまう。
『くっ……すまん、ゼロッ! ここは退くッ!』
藤堂を載せたコックピットが射出され、彼方へと飛び去っていく。ランスロットはそれには目もくれずに、ルルーシュが搭乗する無頼へと逼迫する。
『お前はここで終わるんだ、ゼロ!!!』
「鬱陶しいんだよ、お前はッ!!!」
接近するランスロットに、どうにか反応して銃口を向けるルルーシュだが、威力も精度も目の前の敵を屠るには全く足りていない。MVSの剣先は確かに仮面の騎士を捉えようとしていた。
こうして仮面の騎士は呆気なく白き騎士に討たれ、復讐の物語は退屈な終焉を迎える。──そんな結末を否定するように、ランスロットへと一閃の榴弾が放たれた。
『ッ!?』
ランスロットは予知めいた反射でそれを回避し、そのままの勢いで狙撃された方向へ正確な射撃を行う。
ルルーシュはこれ幸いとランスロットから距離を空けながら、ランスロットが射撃した方向へとカメラを向けた。そこには、射撃を避けた直後の
「なんだアレは……」
そこに居たのは、戦車ともKMFとも付かない白い異形。ランスロットのある種芸術的な白とは異なり、どこか有機的なものを感じさせるそれは、六足のうちの前腕二本がMVSという、どこか蟷螂を彷彿とさせる姿をしていた。
だが、驚くべきはその容姿に留まらなかった。様子を伺うルルーシュやランスロットを嘲笑うように、異形は静かに、ゆっくりと立ち上がった。
───否、複雑な機構を変形・収納させながら人型へと変貌したのだ。それはまるで、猿から人間に進化する様を眺めているようだった。
『────ゼロ、仮面の騎士よ。これが貴方に対する補填です。湖の貴人が、貴方の願いに力を与えましょう』
異形は謳うように、或いは、世界へと自身の存在意義を宣言するように、そう告げた。
次話は明日の18:32投下予定です。
藤堂さんと愉快な仲間たちが月下に乗ってるのはモニカと湖の貴人とラクシャータさんの頑張りすぎのせいです。