死ぬかと思った。
いや本当に、過去を含めて一番死を実感した瞬間だった。サザーランド擬きの自爆に巻き込まれた時と、ロイドの実験に付き合わせられたあの日が長らく同率一位だったが、あっさり更新されるとは。やはりナリタは魔境だ。
残骸となって、殆ど地面に埋没してしまったエクターを眺めながら、無に帰した国家予算に少し胃を傷める。これは間違いなく怒られるやつだ。
戦場からナイト・オブ・トゥエルブとして途中離脱することは既定路線だったが、もっと穏便に退場するつもりだった。まさか、命からがらという形になるとは。脱出装置を実装してなかったら死んでいた。
「あの無茶な実験が役に立つ日が来るとは夢にも思ってなかったわ…」
額から流れる血を拭って、土砂で不安定になった山道を歩き始める。
出来る限り誰にも見られないようにしながら、ナオトから事前に共有された、もうひとつの愛機が隠されている場所へと向かう。最悪の場合、自動操縦で私の方へ向かわせる予定だったので、それなりに近い地点で離脱することが出来たのは不幸中の幸いだった。
今頃、ブリタニア側では私の識別信号がロストしたことでそれなりの騒ぎになっているであろう。これを利用して、少しでも黒の騎士団側が有利になってくれれば良いのだが。
「と言っても、勝ちすぎても困るのだけれど……はぁ」
なんだかシュナイゼルみたいなことを呟いてしまった自分に思わず溜息が出る。
鳴り響く銃声に爆発音は、それなりに遠く聞こえる。既に戦線は大きく前進して、それぞれの場所で佳境を迎えている事だろう。
心配なのはマリアンヌの動向だ。いやより正確に言えば、アーニャか。
もし、マリアンヌがカレンに喧嘩を売っていればどちらが勝とうとも、私の友人が死んでしまうことを意味する。
出来れば介入したいところだが、今の最優先事項は別のところにある。そちらはナオトが何とかしてくれることを願うしかないだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、気がつけば大きな布が被されたシルエットの前に辿り着いていた。私は少し周りに警戒を払った後に、布を一気に取り除く。
そこには、純白の機体が静かに眠っていた。
「初めまして、フローレンス・ニンフ」
ジルクスタンで秘密裏に開発・製造していた湖の貴人としての愛機の進化形。長らく難航していた変形機構の再現はバトレーが連れてきた部下らの貢献と、ジルクスタンのとある山賊の助力もあり、あっという間に形になってくれた。と言っても、アレクサンダのような瞬間的な変形はまだ実現出来ていないため、戦闘中に形態を切り替えながらというスタイルは無理だが。
私がフローレンス・ニンフに乗り込み起動させると、それを待っていたかのようにナオトから無線が飛んだ。
『ようやくか、湖の貴人!!』
無線越しにも、ナオトが既に戦闘状態にあることは察せられた。
「お疲れ様です。どうです、そっちは」
『なんか化け物みたいなやつが暴れてるよ! クソ…なんでグロースターでそんな動きが…! カレンもそこで単調に突っ込むなッ! あ〜、もう! 声掛けられたらなぁ〜!!』
「別に正体明かしてもいいんですよ?」
『今更そんなこと出来るわけないだろう!』
確かに。死んだと思われているはずだし、それが今になって覆されようものなら、カレンも烈火のごとく怒るだろう。
……他人事のように言っているが、これもしかしたら私も同じ状況にいるのでは?と思い至った。多分、カレンもルルーシュも生徒会メンバーを殺したと思い込んでいるだろうし。スザクたち特派も私が死んだという前提で動いているだろうし。
出来る限り騒ぎにならないよう、穏便な形でブリタニア軍に帰還しなければ。何より、ミレイが怖い。
「……うん、今は考えないようにしておきましょう」
私は日常に思いを馳せるのをやめて、戦場に頭を切替える。マリアンヌがカレンを抑えているということは、恐らくルルーシュは単独でコーネリアを捕らえに動いているはず。
ナオト曰く、藤堂と四聖剣は既に戦場に合流しているらしい。もしかしたら、藤堂もコーネリアを潰しに動いているか。何故か藤堂らが無頼改ではなく月下に搭乗しているせいで、予想以上に戦局が黒の騎士団と日本解放戦線に傾いているようだ。
藤堂がコーネリアと交戦しているところに、ルルーシュが不意打ちを行ってコーネリアを無力化。そして、上手く行きそうなところでスザクが乱入、という形になる可能性が高い。
幸い、まだランスロットが戦場に登場したような様子は無い。しかし、ナイト・オブ・ラウンズが欠けてコーネリアが追い詰められつつある現状では、いつ彼が出て来てもおかしくない。故に急がなければ。
六脚のフローレンスは、木々を薙ぎ倒しながら物語のスポットライトが当たっているであろう場所へと暴力的に駆けていった。
*
そして、その危惧は的中していた。
私が乱入した時には既にランスロットがルルーシュが乗っているであろう無頼を貫かんとしているところだったのだ。
その寸前で介入できたのは運が良かったという他ない。この場合、運が良かったのは私ではなく、ルルーシュなのだろう。
変形を終えた私はルルーシュの隣へと降り立った。
「お待たせ致しました、ゼロ。私は湖の貴人の遣いの者です。何なりと御命令を」
『随分と遅い到着だな。お前の主人のせいで計算がかなり乱されたぞ』
「クレームはどうぞ私ではなく、主人へ。あくまで私は任務を遂行するためだけにここに来ました」
ルルーシュの試すような挑発に、私は適当に返事をする。恐らくはマオが散々、無駄に煽ったせいだろう。湖の貴人に対する警戒心は頂点に昇っていそうだ。
次はどんな皮肉が飛んで来るだろうか。そんな私の予想を、ルルーシュは簡単に飛び越えた。
『……湖の貴人の遣い、か。さっき喋ったやつよりも、お前の方が私が抱いていた湖の貴人像に近く感じるが』
勘がいい。本格的に戦場に立っているが故に、直感がいつにも増して研ぎ澄まされているのか。或いは、はったりか。
どちらにせよルルーシュの油断を誘う必要はもう無い。私はそう判断して、特に否定も肯定もせずに進める。
「ここは戦場です、ゼロ。それも強大な敵が目前にいる。お喋りが貴方のしたいことですか?」
『……ふん、違うな。私が今すべきこと、それは邪魔者の排除だ』
私というイレギュラーに警戒し、コーネリアを庇うように立っているランスロット。だがそれもほんの余暇でしかなく、スザクは既にどう仕掛けるかを決めている様子だった。
『……念の為に聞いておく。所属不明機、貴方はブリタニアの敵ですか』
スザクの問いに、私は湖の貴人としての答えを返す。
「その問いに対する答えを私たちは持ち合わせていません。私たちが与するのは明日を望む願いであり、敵するのはあくまでも停滞なのですから」
そんな胡乱な答えを、否定するようにスザクはヴァリスを私に向けて放つ。ルルーシュの位置取りを適宜気にしながら、一つ一つ確実に回避を行う。
フローレンス・ニンフはE.U.のアレクサンダを参考にしただけあって、機動力重視で装甲は薄い。
更に軽量化と高火力の両立という我儘を通したが故に脱出機構を組み込むことが出来ていないため仮に一発でも直撃すればその瞬間、私は本当に死んでしまうことだろう。
一撃必死な攻撃を冷や汗を流しながら、回避を続ける。それにしても、接近戦を仕掛けてこない。
スザクの後方に視線を送って、私は納得した。
『コーネリア殿下ッ! 今のうちに撤退を!!』
スザクはコーネリアを逃がすことを前提に動いている。
先程は明らかに冷静さを失ってゼロの抹殺を優先していたが、正体不明な第三者の介入により頭を冷やしたのだろう。
『湖の貴人、コーネリアを逃がすなッ!』
ルルーシュはランスロットへ射撃を行いながら、そんな無茶を平気で宣った。
「ですが、あちらは逃げる気はなさそうですよ?」
『当たり前だ、ゼロッ! ここで貴様の首をとるッ!』
隻腕のグロースターは、壊れた電磁ランスを拾い上げそのまま私を飛び越えてルルーシュを狙った。
機体性能の低下と、コーネリア本人の疲労による直情的な動き故にルルーシュはそれを容易く回避する。しかし、ルルーシュの射撃で仕留められるほどブリタニアの魔女は甘くなく、二機の戦いはそれなりに長引くだろう。
なんてことを分析しようとしたところで、ランスロットが一気に間合いを詰めてMVSで斬り掛かってきた。それを避ければ次には蹴りが飛んでくる。KMFを相手にしてるとは思えないほどの有機的な動きは、ランスロットの脅威を実感させるに申し分なかった。
両手の鎌状のMVSでそれをどうにか捌きながら、隙を伺うが反撃の機会は一向に訪れない。単純な機体スペックで遅れを取ってるとは言え、ここまで防戦一方になるとは。
仕方ないので、私は話術を用いて彼の隙をどうにか生み出す方向に舵を切る。ルルーシュはコーネリアとの小競り合いに夢中になっている。状況的にも距離的にも、私の声が彼に届かないことを確認して、スザクへと語り掛けた。
「流石は嚮導兵器。いえ、枢木准尉」
『ッ! なぜ僕を…!』
動揺している声とは裏腹に、ランスロットの機動に雑念は無い。まだ足りないか。
「さぞ過酷な訓練を重ねたのでしょう。正しく臥薪嘗胆と言うべきでしょうか」
『お前が僕の何を知っていると言うんだッ!!』
「────全てを知っていますとも。大義を追う中で死にたがっていることも、父への贖罪に苦しんでいることも」
『────なんで』
ランスロットの動きが、一瞬だけ固まった。私はその隙を見逃さずに、腹部に蹴りを入れる。
『ぐぅっ!!』
ランスロットとほぼ同等の運動性能から繰り出される蹴りは、内部にいるスザクへ的確なダメージを与えた。衝撃のまま岩盤へ吹き飛ぶランスロットを確認し、展開したヴァリスでランスロットを釘付けにする。
『くそっ…!』
ランスロットという最強の駒を、こちらの弾が尽きるまでは半ば無力化することに成功した。その隙に私はルルーシュの方の様子を伺う。
銃口を向けるルルーシュの無頼と、跪くコーネリアのグロースター。どうやら、既にコーネリアは限界だったようだ。月下に乗った藤堂は随分と彼女を消耗させた。それこそ、物語の紅蓮に乗ったばかりのカレンと同じくらいに。
『コーネリア、投降しろ』
加工されているというのに、喜色が声に滲むルルーシュ。コーネリアは当然、それを跳ね除ける。
『貴様の手に落ちるくらいなら、私はここで戦って死ぬ…!』
『フン…そう言うと思ったよ。湖の貴人、お前はその白兜をそのまま引き付けておけ』
「……わかりました」
コーネリアのグロースターの片腕も吹き飛ばした上で、ギアスを掛けんとゆっくりと繋がるルルーシュに、私は内心で焦燥を抱いた。
これは、勝ちすぎている。私はランスロットに対する牽制を続けながら、どうにかルルーシュの行動を自然に阻害できないかを考えていると…
『姫様ァ!!』
『……なにっ!?』
そんな叫び声が、私たちの戦場に木霊した。そして、次の瞬間には私とルルーシュへ向かって正確な射撃が飛んでくる。私はそれを回避したが、完全に油断していたルルーシュは被弾。ダールトンの大型キャノンから発射された榴弾は容易く無頼を沈める。
『チッ…! だが、本来の目的は達成された! 次は覚えておけ、コーネリア!!』
そんな捨て台詞とともに無頼のコックピットは彼方へと飛んでいく。
正史でもルルーシュはランスロットに追い詰められる形で脱出機構を発動させたので、望ましい形ではある。おそらく飛んだ先にC.C.が待っているだろうし。なんやかんやで絆を深めてくれるだろう。さて、残る問題は。
『貴様はせめて捕らえさせて貰うぞ……湖の貴人』
忌々し気なコーネリア。
『貴方には聞かなきゃいけないことがある…』
戦意を沸き立たせているスザク。
『ほう、薄汚い鼠と思っていた輩が戦場に出てくるとは……湖の貴人、貴様はすでに包囲されている。大人しく投降しろ』
そして、時が経つにつれてこの地点に集まってくるコーネリアの親衛隊たち。
それらを私ひとりで相手する必要がある。なんせ片瀬少将たち日本解放戦線は撤退しており、ゼロが戦場から離脱したことにより黒の騎士団も撤退を開始しているのだから。
「……はぁ。そうですね、このままでは私の一人負けでしょうか」
言いながら、私は自身を取り囲む人員の配置と地形を分析する。この地なら、民間人を巻き込む心配もないか。
そう判断した私は宣言をもって、行動を開始することにした。
「皆様。お集まりのところ恐縮ですが───死にたくなければ、即刻退避することをオススメします」
『なにを…… ───!?』
スザクの問いに答えず、私は両肩に収納していた砲塔──試作型ハドロンブラスターを地面に突き刺して発射した。
強い衝撃、そしてその次の瞬間に泡のように隆起する地面。ハドロンの熱が地下水脈を過熱させ、圧縮された蒸気が一斉に爆ぜたのだ。
『姫様を守りながら退避しろ!!!』
『馬鹿者ッ! ブラフだッ!!!』
流石というべきか、一瞬の迷いもなくダールトンらはコーネリアを担ぎあげて素早く退避。ランスロットも一瞬の逡巡の後に運動性能を最大限駆使して退避を選ぶ。そして、コーネリアは私の狙いを見破っていた。
融解したハドロン砲を収納させながら私はそれらを見届け、即座に不安定になった蠢く地面から飛び上がる形で退避する。その直後に、さっきまで立っていた場所が爆発し、周辺全てが真っ白な水蒸気に包まれた。
私の目的は爆発ではなく、この水蒸気にあった。そのために、出力もかなり落としてある。でないと、まず私が粉微塵になってしまうから。
ブリタニア側の混乱と天然由来の煙幕を利用し、迅速に下山しながら最後の一手を考える。逃走ルートは既に決定してある。
残るはマリアンヌの撃退と、今回の主目標であるジェレミアの確保だが────
*
「うーん、やっぱり
ナイト・オブ・シックス。或いはアーニャ・アールストレイム。或いはマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアは二機の紅蓮を相手に、僅かに押され気味である現状をつまらなく思っていた。
先程コーネリアがいる方向で起こった謎の爆発に気を取られたせいで、グロースターは半壊に近い状態に追い詰められている。
尤も、その程度ではマリアンヌの槍を鈍らせるに足りないのだが。
問題は、状況の把握。
流れてくる通信は場の混乱ばかりを示していて、コーネリアがどうなったかを伝えてこない。
マリアンヌとしてはこの戦闘がどうなろうと知ったことでは無いが、ルルーシュと、おそらく生きているであろうモニカの動向が気になっていた。
モニカは何らかの理由でマリアンヌたちの計画に気付いている可能性がある。それを探るために、彼女への接近を選んでいた。無論、モニカに対する個人的な興味も多分に含まれているが。
その上で、今回のモニカの行動はかなり大胆でリスキーなもの。本来であれば、マリアンヌと同じく難なく退避出来たというのに態々ジェレミアを助けて、土砂に飲み込まれたのだから。
────それだけ、ジェレミアが重要だということかしら?
目の前の2機の他に、コーネリアの方にも正体不明のKMFが出現したという通信が入っていた。恐らくこの大半はモニカが引き入れたものだろう。もしかしたら、乱入してきた
これまでの動きとは違う、表舞台への積極的な干渉。
C.C.がルルーシュと接触してから、モニカは大胆な動きを見せることが多くなった。何らかの手段で自分のように、ルルーシュの動向を正確に把握できているのか。
もしそうだとしたら、殺すべきか?
下手をすれば情報戦で遅れを取る可能性がある。何より、底知れない。
二機の紅蓮の攻撃を躱し、隙を見ては攻撃を与えながらマリアンヌは思考する。
────いえ、殺したところで恐らく何らかの保険を設けているはず。なにより、何が目的かわからない現状でそれは早計ね。
地下組織を作っている可能性が高いモニカを殺したところで、本質的な解決にはならない。
そして、どのような意図を持ってマリアンヌたちの計画に関与しているかも不明。
生かすにも殺すにも、モニカの真意を暴く必要がある。
C.C.はモニカを"Cの世界の悪戯"と呼んだ。もしかしたら、計画に利用できる道もあるかもしれない。
────なんて、私が気に入っているからまだ殺したくないだけかもね。
マリアンヌは自嘲と共に、目の前に迫っていた紅蓮弍式の爪を弾き、カウンターで腹部に蹴りを入れる。
追撃を行おうとランスを構えると、死角からスラッシュハーケンが飛んでくる。マリアンヌはそれを回避しつつ、同じくスラッシュハーケンで反撃を行う。
後から入ってきたKMFは、明らかに爪が大きい方を庇おうとしている。その様はまるで、兄弟のようだった。
マリアンヌの脳裏に、幼き日のルルーシュとナナリーの姿が過る。
────それは母としての情景ではなく、狡猾な策略家のインスピレーションだった。
視界の端に、ボロボロのサザーランド。少し前から木々の中に潜伏してこちらの状況を伺っている。
マリアンヌが寄生しているアーニャ・アールストレイムは、周りから妹扱いされている節がある。要は庇護対象ということだ。
古き付き合いのモニカ・クルシェフスキーは当然として、最近教育係として関わりが多くなったジェレミア・ゴットバルトもアーニャを一騎士というだけでなく、大人として守る対象として見ている部分がある。
或いは、そう、妹を守る姉や兄のように。
だから、あのサザーランドは本来であれば撤退するのが賢明な状態でも追い詰められているアーニャを救うために、介入するタイミングを探しているのだ。
そして、そのサザーランドに乗るのはモニカがリスクを無視してでも助けたジェレミア。
アーニャも、ジェレミアもモニカにとって恐らく大切なもの。
モニカを揺さぶるピースが揃っている。そう確信した瞬間、マリアンヌの口端が吊りあがった。
「なら私も、あの子に倣ってリスクを取りましょうか」
────刹那、アーニャの身体が一瞬だけ脱力する。
それに伴い生じた隙は、致命的なものだった。次にアーニャが自我を取り戻した時には、既に紅蓮弍式の輻射波動機構が眼前に迫っていた時だった。
「────えっ?」
いつものような記憶の欠落。いつもと違うのは、死が眼前まで迫っていること。アーニャは自身の置かれた状況すらわからずに、短い人生を終えようとしていた。だが──
『何をしている、アールストレイム!!!』
アーニャが搭乗するグロースターを、体当たりで吹き飛ばすサザーランド。それは、アーニャに降り掛かる死の肩代わりを意味していた。
「ぃや、ジェリー」
そんなアーニャの声はジェレミアには届かず、紅蓮弍式の爪はコックピット部付近に突き刺さって、輻射波動機構が起動。
機体全体が赤く膨張したところで、ようやくコックピットが射出された。
遅れて発動した脱出機構は、間違いなく搭乗者にダメージを与えている。それは、混乱しているアーニャでも理解できた。
「そ、んな…」
『何が何だか分かんないけど……次はアンタよ!!』
敵が何かを言っているが、アーニャの耳には届かない。気がつけば、アーニャも脱出機構の起動レバーを引いていた。
『はぁ!?』
アーニャを載せたコックピットは、困惑する紅蓮弍式に見送られながらジェレミアが飛んで行った方に射出される。
コックピットが着陸するなり、アーニャは這い出てジェレミアのコックピットを探す。膨張したコックピットは、山中で簡単に見つけられた。
アーニャはすぐに駆け寄ってコックピットの壁を叩く。KMFのコックピットを人力で開けるのは不可能だ。しかし、助けを待っている暇はない。
何度も何度も、中にいるジェレミアに呼びかけるために壁を叩く。高熱を帯びた外壁はアーニャの手を火傷させるが、構わずに壁を殴りつける。
「なんで…なんで…なんで!!」
記憶の喪失と、それによる身近な人間へ降り掛かった災い。
それらは元来他者への感傷を抱かないアーニャに、罪悪感と怒りを齎した。
しかし、そんな激情に反応を返す者はいない。やがて、アーニャはその場にへたり込む。時間が経つにつれてジェレミアの生存確率が劇的に低下している現実に、絶望しながら。
そして、アーニャを更なる絶望が襲った。木々がへし折れていく音と、振動。アーニャはそちらへと視線を向ける。そこには、白い虫のような何かがいた。
「カマキリ…のKMF…?」
初めて見るタイプの機体。それが示すのはブリタニア側ではないということ。
生身での敵方KMFとの接触。それは騎士にとって死を意味する。
謎のKMFはゆっくりとアーニャに接近をし、そして鎌を振り上げた。アーニャはどうすることも出来ずに、せめてもの抵抗として目を瞑る。
だが、鎌が振り下ろされたのはアーニャにではなく、コックピットの天井だった。
「──え?」
缶の蓋を捲るように、コックピットの天井を剥がすKMF。頭上で器用に振るわれる鎌を、アーニャは呆然と見上げるしかなかった。
天井を完全に取り除いたことを確認した白いKMFは、鎌に刺さった天井を放り捨てる。そして、KMFのコックピットが展開され……
「アーニャ。怪我はありませんか」
アーニャのよく知る人物、モニカ・クルシェフスキーが降りてきた。額から血を流しながら。
「モニ…カ…?」
「ジェレミア卿は無事…とは言い難いですがまだ間に合う状態です。気をしっかり持ちなさい」
そう言うモニカの背後で、白いKMFが勝手に移動を始めていた。無人状態で動くそれは、KMFというよりも虫に近く見えた。
アーニャは呆然とモニカを見つめ、モニカは感情の抜けた顔でアーニャをじっと、見つめていた。
「───あなたは、一体なんなの…?」
「……私は、モニカ・───」
自分の片隅で、悪魔が嗤ったことをアーニャは知らない。