モニカ転生   作:パッツンスキー枢機卿

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大変お待たせいたしました……!


44.忠義の宛先

 ジェレミア・ゴットバルトにとって、モニカ・クルシェフスキーとは騎士の輩であった。

 貴き血に忠誠を誓い、滅私を以てして帝国に殉じる掛け替えの無い同志。

 

 そんな馴染みある少女が目の前で、己が貴き血に連なるものであると、絶対零度の冷気を帯びた目とともに告げた。

 

「お前は…何を」

 

 ジェレミアは、まず恐れた。

 皇族の前で一介の騎士が皇籍を吹聴することは、ナイト・オブ・トゥエルブであっても自殺志願にも等しい愚行である。

 

 そして次に、現実を疑った。

 モニカという少女は確かに無鉄砲なところはあるが、そのような愚行を戯れに行うような痴れ者ではないと認識していたから。

 

 或いは、まだ自分は今際の際で幻でも見ているのかもしれないと思い掛けたところで、シュナイゼルが口を開く。

 

「違うな。間違っているよジェレミア。これは虚言でも、況してや君の夢想でもない。

モニカは確かに私の妹さ。皇帝陛下の血を分け与えられた、皇女の1人だ」

 

 シュナイゼルは言って微笑み、モニカへと視線を移す。

 ジェレミアも釣られて見た先にいるのはやはり、少女でなければ騎士でもない、皇女である。

 

「これを知るのは極一部の皇族と、私の配下のみ。ジェレミア辺境伯、それが意味するところを分からない貴方ではないでしょう?」

 

「────い、Yes, Your Highness!

これまでの御無礼をお許しください、モニカ皇女殿下! けっ、決して、この部屋で聞いた事を他言することは無いと誓います…!」

 

 ジェレミアは直ちにベッドの上で敬意を示した。

 それは別に、彼が事態を受容したことを意味しない。それどころかただの逃避であると言えるだろう。

 かつて経験したことの無い混乱の中で、どうにか騎士として皇族に服従するという染み付いた儀礼に縋っているだけなのだ。

 

 モニカはそれを察してか、氷のように冷たい眼差しで続ける。

 

「……いいでしょう、貴方の無礼を許します」

 

 言いながら、モニカは椅子に座る。その流麗な所作は皇族のそれだった。

 貴族と皇族というのは似て非なるものだ。それは流れる血以上に、生きている世界が違う。儀礼作法も違うとするなら、関心事や思考も違う。

 故に貴族であるジェレミアにとって目の前の少女は、もはや同種に見えなかった。

 

 貴族としての直感が、皇族を前にしていると警鐘を鳴らしている。

 

「先ず最初に。ナイト・オブ・シックス──アーニャ・アールストレイム卿の救援、大儀でした」

 

「きょ、恐悦至極で…」

 

「その上で貴方に、告げなければいけないことがあります。アールストレイム卿について」

 

「……え?」

 

「アーニャ、入りなさい」

 

 モニカが言うと、病室の扉が開く。そこには、カノン・マルディーニと――――酷く不安そうな表情のアーニャ・アールストレイムが立っていた。

 

「ジェリィ……」

 

「アールストレイム……よかった、お前も無事で……」

 

「彼女の中にはもう一人、住人が存在します」

 

 上司と部下の感動の対面、そんな感傷に浸ることは許さない、と告げるような冷徹な声は、意味不明な情報をジェレミアに届けた。

 その情報にジェレミアだけでなくアーニャも困惑したような表情を浮かべる。シュナイゼルは目を細めてモニカをじっと見つめるだけで、何も口を挟まない。

 

「モ、モニカ様、それはどういった……」

 

「アーニャを襲う、記憶の欠落。私はその原因を知っています」

 

「……え?」

 

 アーニャが目を見開く。そこには衝撃と、ある種の失望があることをジェレミアは確かに捉えた。

 

「いつから……」

 

「最初からです。あの日、貴女と出会ったときから……いえ、それ以前、貴女が欠落に悩まされ始めた日から、私はその原因を知っていた」

 

 モニカの言葉に過不足はない。それは剝き出しだった。普段の彼女が内包する優しさや厳しさというような、修飾が無いのだ。

 アーニャは暫く苦痛に悶えるように顔を歪ませたあとに、いつもより更にか細い声でモニカに乞うように問う。

 

「なんで、教えてくれなかったの……?」

 

「私にはどうしようもないからです。貴女を救えるだけの力も、手段も持ち合わせていなかった」

 

 アーニャは静かに涙を流す。脳裏に渦巻く抗議、誹謗、疑念。それを適切に出力できるほど、アーニャは饒舌ではないし、余裕があるわけではないことは、蚊帳の外にいるジェレミアですら理解できた。

 しかし、モニカは床に降り注ぐ涙の雨の一粒にすら興味を示さないように、アーニャからジェレミアに視線を移す。

 

「これから話すことはジェレミア、貴方にも大きく関わることです」

 

「それは、どういう」

 

「――――七年前のアリエスの離宮。全てが狂い始めたあの日、あの場所にいたのは貴方だけではなかった」

 

「――――は?」

 

「アーニャも居たのです。そしてアーニャの中に巣食う、彼女も。当然、覚えていますよね――――マリアンヌ皇妃」

 

「あら、それ言っちゃうの?」

 

 瞬間、異様な雰囲気が部屋を支配する。怪物がドアから侵入してきたような、乾ききった緊張感。

 それは頬に涙の痕を残した少女から発せられたものだった。しかし――――アーニャではない。

 

「言ったでしょう。V.V.を捕らえるのであれば私に協力すると」

 

「人の秘密を好き放題明かしておいて、私がへそを曲げるとは思わなかったの……まぁ、貴女たちにはどうしようもないことだから良いのだけどね。

それはそれとして、私の事を明かさない方がそこの彼を利用するには都合が良いんじゃないの?」

 

「彼に噓で忠義を誓わせるのはあまりにも不義理だと判断しました」

 

「あら、素敵。私たち好みだわ。よかったわね、新しい主が誠実で。

――――衛兵さん?」

 

 アーニャがベッドで硬直するジェレミアに笑顔を向けた。アーニャがしたことのない、感情と気品に満ちた表情。しかし、ジェレミアはその笑顔を知っていた。遠い昔日の網膜に、確かに焼き付けられた淑女とそっくりなものだったのだから――――

 

「マリアンヌ…様なのですか……?」

 

 ジェレミアの頬を、小さな手が撫でる。

 

「ええ、マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。シャルルの皇妃が一人。

まぁ、今はアーニャの心の中で居候させてもらってる身だけどね」

 

「ぁ…ああ…」

 

 ジェレミアはアーニャ――――マリアンヌの手を握りしめて、嗚咽とともに涙を流す。

 シュナイゼルの甘い言葉以上に、これまでの人生を強烈に肯定する事実。

 それはジェレミアの外殻を容易く破り捨て、ただ強い感情を露わにさせた。

 そんな様を冷ややかに眺めていたモニカが口を開く。

 

「……覚えていらっしゃったんですね」

 

 モニカの言葉に、マリアンヌが吹き出した。

 

「まさか。アリエスの離宮で警備にあたっていた衛兵が何人いると思っているの。この子(アーニャ)の中で事後的に知っただけよ」

 

 気さくなまま冷淡な言葉を放ったマリアンヌに、ジェレミアは一切の落胆や失望を抱かず、逆に守れなかったことを詫びるように嗚咽を強める。

 マリアンヌの命だけでない。ルルーシュとナナリーの心と、行く末。当時は一介の衛兵でしかなかった彼が、それを本気で悔やんでいた。

 

「ルルーシュ様たちを……私はお守りすることが出来ませんでした……! そして、この地でルルーシュ様たちをお弔いになろうとしていたクロヴィス殿下すら私は……」

 

「あら、生きているわよ」

 

「……え?」

 

「ルルーシュもナナリーも、生きているわ」

 

「……殿下たちが、生きてらっしゃる……?」

 

「あら、言ってなかったの?」

 

 マリアンヌはモニカとシュナイゼルにいたずらっぽい表情を向ける。モニカの代わりにシュナイゼルが口を開いた。

 

「ご挨拶が遅れました、マリアンヌ様。お久しぶりです、第二皇子のシュナイゼルです」

 

「ご機嫌よう。……と言っても何度かアールストレイムの令嬢として言葉を交わしているのだけれど……どうせ貴方も気が付いていたのでしょう?」

 

「さて。……失敬ながら本題に戻らせていただきます。ルルーシュたちの生存については、落ち着いてから打ち明ける予定でした」

 

「モニカの方針では、でしょう? 貴方としてはもっと早く、もっと有効に使いたかったのではなくて?」

 

「どちらにせよ、マリアンヌ様が明かしてしまったのですから詮無き事ではないでしょうか」

 

「言われてしまったわね。……というわけで私がジェレミアに説明してもいいかしら?」

 

 マリアンヌの問いに、モニカは何も答えない。その沈黙を肯定と捉えたマリアンヌは、ジェレミアに再び視線を戻す。

 

「ルルーシュとナナリーはエリア11で生き延びているわ。元気に、第二の人生を謳歌している……とはいかないけど」

 

 それはジェレミアからすれば寝耳に水どころの話ではなかった。

 

「では、なぜ……」

 

 ルルーシュたちは皇族として本国に戻れていないのか。その問いを、ジェレミアは不敬と思い躊躇ったが、マリアンヌは構わず答えた。

 

「そうね、まずひとつに危険だから。私を殺した男がルルーシュやナナリーを襲わないとも限らないから、遠ざけることを決めたの。あの人……シャルルとね」

 

 その言葉に、ジェレミアは赤く腫らした目を大きく見開く。

 

「ということは……」

 

「ええ、私をこんな風にしたのが誰かは、シャルルも分かっているわ」

 

「ならば、その不届き者は既に……」

 

「いいえ、残念ながらその男は生きている。というか、シャルルの庇護下で今も元気にやっていることでしょうね」

 

「な……!? ま、まさか、真の黒幕は皇族の何方かだと」

 

「うーん、まあ間違ってはいないけれど……説明が難しいわね。少なくとも貴方が知っている誰かではないわよ?」

 

 要領を得ないマリアンヌの言葉に、ジェレミアは怪訝そうに唸る。

 

「それは一体……いえ、ではなぜ皇帝陛下はその者を放っているのでしょうか」

 

「じゃあ、とりあえず彼が何者かについて説明しましょう」

 

――そこからの情報の濁流は、ジェレミアの疲弊した脳に多大なる混沌をもたらすに十分すぎるものだったことは、説明するまでもないことだろう。

 

 

 マリアンヌの説明――ラグナレク接続やCの世界など、余分かつ本質的な情報を抜きに語られた暗殺の真相――を聞きながら、私は静かにマリアンヌの表情と言動を追っていた。

 

 マリアンヌは恐らく、クロヴィスの生存を知らない。

 

 ジェレミアは先程、ルルーシュら兄妹だけでなくクロヴィスの死も悔やんで見せた。

 しかし、マリアンヌが殊更に生存を明かしたのは兄妹についてのみ。クロヴィスについては一言も触れていない。

 

 あるいはブラフの可能性もある。

 しかし、彼女がなぜ先んじてルルーシュたちの生存を明かしたかと言えば、それはこちらへの探りと牽制という意図からなのは明らかだ。

 その点、クロヴィス保護は揺さぶりとして格好の材料のはず。狡猾で大胆な彼女が、この局面でその駒を温存するとは思えない。

 

 つまり、彼女は湖の貴人の実態をまだ掴みかねている可能性が高い。

 

 だとするならば、ナリタでの捨て身も理解できる。

 彼女は今、全力で私との情報の格差を埋めに来ているのだ。

 

 優位とも言える状況。されど安心は一片も許されない。

 彼女にクリティカルな情報をほんの僅かでも与えれば、湖の貴人(ベール)で包んでいる計画を丸裸にされかねない。

 

 マリアンヌが必要十分な説明を終えた頃には、シュナイゼルの視線は私にのみ向けられていた。

 

 仮面を使いこなせない者に勝利はない、とでも言いたいのだろう。言われなくとも、と私は皇女の仮面をより深く、身に纏わせる。

 

「今、マリアンヌ皇妃が仰ったことは全て真実です。V.V.は悪辣なままに暗躍を続けている。マリアンヌ皇妃がアーニャの中にいると知れば、再び凶刃を振るうことでしょう」

 

「そして優しいシャルルは、兄の噓をまた見逃してしまうかもしれない……」

 

 マリアンヌはわざとらしく、悲しげに言った。

 私はそれに付き合わず、平坦なままに続ける。

 

「V.V.を殺すには力が必要です」

 

「それが、ギアス……ゼロが持つ……私を狂わせた力」

 

「……」

 

 先程の説明の中で、マリアンヌはギアスとコードについて開示しつつ、ルルーシュがゼロであるとは明かさなかった。

 その狙いは、何か。

 仮にマリアンヌがゼロの正体を明かせば、ジェレミアの忠心の大部分を自身に引き込めるだろうに。

 私はマリアンヌの意図を探りながら、ジェレミアへと言葉をぶつけ続ける。

 

「貴方にはV.V.とその配下のギアスユーザーを打倒する力を得られる素質があります。

 無論、ゼロすらも――――」

 

 マリアンヌの深紫色の瞳が僅かに細められた。それに気付かないふりをして、言葉を完結させる。

 

「その素顔を衆目に晒すことが出来るでしょう」

 

「――――」

 

 ジェレミアは目を見開いたまま、私の言葉を反芻する。

 暫しの沈黙のあと、ジェレミアは真っ直ぐな眼差しを私に向けた。

 

「では、仇敵どもを打ち滅ぼすために……私は何をすれば良いのですか、モニカ様」

 

「先程、お兄様が貴方を導こうとしていた改造手術。それを受けて貰います。

 貴方には極めて高い適性がある。断言しましょう。貴方はゼロのギアスも、V.V.の刺客も問題にならない程の力を手に入れる」

 

「……」

 

「貴方は、忠義のために人の身を捨てる覚悟はありますか?」

 

「――――無論、この身は忠義の為にこそ」

 

 目に迷いがない。

 シュナイゼルは満足そうに頷き、「では、そのように手配をしよう」と告げる。

 

 マリアンヌは少しの間、私の方を見つめた後に

 

「じゃあ、V.V.にぎゃふんと言わせる手筈が整ったら教えてね?」

 

 と言って、意識をアーニャに返還した。

 アーニャと、視線がぶつかる。

 

「……ぁ」

 

 アーニャは意識を取り戻すなり、揺らぐ瞳を私に向けた。

 

「……モニカは、私をどうしたいの」

 

「初めて会った時から、いえ、それ以前から変わりません。

……貴女を苦しみから救い出したい。何をしてでも」

 

「……それは、噓じゃない?」

 

「今は、信じて欲しいとしか言えません」

 

「……」

 

 今にも泣きだしそうな表情のまま、カノンの付き添いのもと退室するアーニャを追いたい気持ちをどうにか堪えながら、私は皇女のままジェレミアに向き直る。

 ここからの話をマリアンヌに聞かれる訳にはいかない。

 

「私は言いましたね、ジェレミア。

 貴方に真実と迷いを下賜しましょう、と」

 

「……ええ。しかと受け取らせていただきました。もはや、私の忠心に一点の濁りも――」

 

「ゼロの正体はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです。このまま行けば彼は近い将来、父と母を世界のために抹消することでしょう」

 

「――――は?」

 

「そして、私の敵はアーニャに寄生する悪魔、マリアンヌと――――我が父シャルル・ジ・ブリタニア」

 

 彼の瞳が再び揺らぎ始めた。

 

「貴女は、皇族でありながら皇帝であられる御父上に、いえ帝国に仇なそうというのですか……?」

 

「世界を私情のために浪費する君主など、打倒されて当然……それが今ここにいる皇族の総意ですよ、ジェレミア」

 

「私情……? 貴女はご自身が何を言っているのかわかって」

 

「では、シャルルとマリアンヌ……そしてV.V.たちの夢物語を教えてあげましょう」

 

 私は、ジェレミアに全てを明かした。

 

 なぜ、ブリタニアが世界征服に乗り出したか。

 なぜ、ルルーシュたちが日本へ送り込まれたか。

 なぜ、ルルーシュが父と母を消し去ることになるのか。

 

 全てを話し終えたとき、ベッドの上にいたのは迷いを捨てた忠義の騎士などではなく、ただの憔悴した男がいるのみであった。

 

「これらが真実だったとして、貴女はこの私に何を望むというのです……!?」

 

「アーニャを、寄生虫(マリアンヌ)から救い出すことを望みます。貴方は、ギアスを打ち消す力を秘めている」

 

「……それをすれば、マリアンヌ様は」

 

「断言はできません。今度こそ本当に死ぬ。或いはCの世界を彷徨うだけの意思体になってしまうかもしれません。可能性は様々です。

どうなろうとも、貴方にはマリアンヌを害してもらう。それが私が貴方に望む忠義」

 

「……」

 

「或いは、ルルーシュの元に駆けつけるのも貴方の選択肢にあります。

しかし、その場合でも、遅かれ早かれマリアンヌとは敵対する運命にあることははっきりと言っておきましょう。どうあっても、ルルーシュはあの両親の狂気を最終的には否定するでしょうからね」

 

「……」

 

「それとも――これまで通り、マリアンヌに忠義を捧げますか?

噓のない世界を貴方も欲するというのであれば、それもまた良いでしょう。

シャルルもマリアンヌも、今ある命を重んじていない。だから、彼らは最愛の子供たちも平気で死地に送り込める。ルルーシュたちがそうであったように。

そんな彼らに同調するというのなら、彼らの元で剣を振るえばいい」

 

「――――」

 

「貴方がどんな選択をしようとも、私は貴方に力を与えます。例えそれが私を殺すために使われようとも、必ず、何の制限もなく。

 しかし、一つだけ私は貴方に命じます。

 

 ――――マリアンヌ、ルルーシュ、そしてこの私。誰に忠義を捧げるのか。それを貴方自身の意思で決断しなさい」

 

「あ、貴女は……」

 

 ジェレミアは涙すら浮かべながら、私に告げた。

 

「己の忠義を果たすために、己の忠義を踏みにじれとおっしゃるのか……!」

 

「ええ、そうしなければ貴方は騎士ではいられない」

 

 それが、真実を知ることの代償なのだから。

 射殺さんばかりに睨み付けるジェレミアを、私は真っ直ぐと受け止めた。

 

 ……悪逆皇帝となったルルーシュは、ジェレミアに両親との経緯を正確に共有したのだろうか。

 

 ジェレミアに全てを打ち明けると決めた日から、ずっとそれを考えてきた。

 ルルーシュにとってジェレミアは信頼できる側近であるだけでなく、母の死の真相を追求する同志でもあったはずだ。では、マリアンヌの本性も彼に明かしたのだろうか?

 

 ジェレミアの健気な忠義に配慮してマリアンヌのことは伏せたか、或いは厚い忠義への報いとして全てを明かしたか。

 

 ルルーシュであれば、どちらを選択してもおかしくない。

 血染めの皇女の真相についても死ぬまで……いや、甦ってからもスザクには伝えていない。

 明かしたところで、スザクに新たな苦しみを与えるだけだから。

 

 同じように、ジェレミアを傷つけるだけと判断したのなら、ルルーシュはきっと沈黙を選ぶだろう。

 

 逆に義理を果たさなければいけないと判断すれば、馬鹿正直に全ての経緯を明かしてしまう律儀さを持っているのもまたルルーシュという人物なわけで。

 

 これは多分、答えらしい答えが出るようなものではないのだろう。だから、私は命題を変えた。

 

 マリアンヌの末路を知ったジェレミアが、ルルーシュに引き続き忠義を示すか。

 

 答えは簡単だ。

 彼はルルーシュの決断を重んじただろう。そして、両親を消し去るという主の選択に、胸を痛めたことだろう。

 

 ジェレミアの忠義は間違いなく、剣の如く真っ直ぐと研ぎ澄まされたものだ。

 しかし、それは迷いを捨てた彼でないと持つことができないものでもある。私は無理やり、彼に迷いを与えた。

 

 彼が一から当て嵌めていくはずのパズルをぐちゃぐちゃにした挙句に、お前が描ける図面はコレとコレとコレだけ!と明示したようなものだ。

 そんな、私としても耐え難い横暴をどうにか堪えながら、ジェレミアをじっと見据える。

 

「……今のお話が、本当だったとして」

 

 ジェレミアは脂汗を隠さず、言う。

 

「貴女は本当に私に力を与えると…? 矛先を向けるかもしれない、この私に」

 

「ええ。二言はありません」

 

「……もし、私が貴女を敵としてマリアンヌ様の元へ帰参した場合、貴女は大きく不利になるでしょう。力を手に入れただけでなく、貴女方の致命傷となる情報を既に得てしまっているのだから。

……それでも私に、力を与えるというのなら貴女は」

 

「甘すぎるね、モニカ」

 

 じっと沈黙を保っていたシュナイゼルが口を挟んだ。

 

「私は言ったはずだよ。仮面を使いこなせない人間に、勝利は無いと。

私たちと父上たちの間の暗夜の闘争に、フェアプレイなどありはしない。

もし、ジェレミアに私たちを殺せるだけの力を与えるというのなら」

 

「仮面なら使っていますよ」

 

「何の?」

 

「私たちは湖の貴人です。────騎士には、力を与える」

 

「……その通りだね」

 

 シュナイゼルはそれっきり、何も言わなくなった。ただ、曖昧に微笑むだけである。

 ジェレミアは少し遠慮がちに言う。

 

「……湖の貴人の方は、貴女でしたか」

 

「ええ。ルルーシュも私も、随分と貴方たちに迷惑を掛けてしまいましたね」

 

「……それはいいのです。しかし────」

 

「クロヴィス兄様のことなら安心しなさい。貴方がこれから向かう土地で健在でいらっしゃるわ。バトレーと一緒にね」

 

「……なんと、……いや、騎士の私が知る貴女様とシュナイゼル殿下が御協力なさったと思えば何一つ不思議なことではありませんでしたな」

 

「それは騎士としてではなく、私の師としての感想ではなくて?」

 

「師……い、いえ失礼いたしました」

 

 少し面食らったように目を見開くジェレミア。思えば彼を師と呼んだのは初めてだったかもしれない。

 

「初めてここに着任した時、にべもなく腕立てを命じたのを今でも覚えていますからね?

あの時はこの男をどう料理してやろうかといきり立っていたものです」

 

「あ、あれは良かれと思ってですね」

 

「お陰様で一端の騎士になれました。恨みなどあるわけないでしょう」

 

「────」

 

「皇女としては少々屈強すぎるやもしれませんが」

 

 私は微笑んで見せた。

 ジェレミアは恐縮するでもなく歓喜するでもなく、ただ呆然と私を見つめる。そして、口をゆっくりと開いた。

 

「一つ、お聞かせ願いたい。貴女は一体、何を目的にブリタニアに…お父上たる皇帝陛下とマリアンヌ様を打ち倒さんとしているのですか」

 

 ジェレミアは真っ直ぐ、射抜かんばかりの眼差しを私に向けた。

 

「全ては私の想う明日の為です。

私が愛しいと思う人々、その全てがただ自由に生き、誰かの欲望や願いの犠牲にならない世界。私はそんな夢物語のために、父とマリアンヌを討とうとしている」

 

「それはルルーシュ様と共にあっては叶わぬ願いなのでしょうか」

 

「ええ、叶いません」

 

「なぜ」

 

「今のままではルルーシュは多くの人々を犠牲にし、その果てに己すら世界の礎として使い捨ててしまうから。

私にとって、彼も愛しい人々の一人なんです。そんな事に協力して堪るものですか」

 

「……」

 

 ジェレミアは暫く、黙ったまま天井を見上げた。

 そしてそのまま、言った。

 

「騎士としてでも、モニカ・クルシェフスキーの師としてでもなく、迷いの最中にいる、一人の、矮小な男としての所感で誠に恐縮ですが……

 

貴女のその答えはきっと、迷いと苦しみの果てに得たものなのでしょう」

 

「────ええ」

 

「それはきっと、尊いモノです。故に、貴女に希いたい。

……私に迷いと苦しむ時間を、与えてくれないでしょうか」

 

「……それは、誰に付くかを保留するということですか?」

 

「その通りです。貴女から下賜して頂いた真実は、あまりに受け入れ難い。

きっと今の私が出す答えは、己を安寧に導くための、酷く矮小なモノにしかなり得ないでしょう」

 

「……」

 

「当然、これがあまりにも自分勝手な願いであることは承知しております。

迷う振りをして、貴女にとって敵であるマリアンヌ様に与する可能性だってあるのですから」

 

 天井から視界を移し、私を見据える。

 

「私は、貴女にここで殺されても仕方の無いことだと覚悟しております。

その上で、この願い、何卒聞き届けては頂けませぬでしょうか」

 

「……」

 

 その言葉に、保身はない。

 それはジェレミアを知る私からして、分かりきったことだった。

 

「言ったでしょう。

湖の貴人は貴方に力を与える。その願いも確かに、聞き届けましょう」

 

 背後で立ち上がる音がした。シュナイゼルは何も言わずに、退室する。

 私はそれに気付いてないふりをして、ジェレミアの手を握る。

 

「その代わり、必ず答えを出しなさい。全てが狂う、その日までに」

 

「……必ず、貴女様に答えを献上することをここに誓います」

 

 ジェレミア・ゴットバルトは迷いと苦しみの中に、忠義を奪還すべく全力で往くのだ。私はそれを、確信した。

 

 

 病室から出るなり、シュナイゼルが私を出迎える。いつもの、柔和な微笑みのまま。それは、見る人間によっては冷徹な処刑人にも見えるだろう。

 

「……お兄様」

 

「私は、君に言ったね」

 

────仮面を使いこなせない者に、勝利は無い。

 

 私とシュナイゼルの声が重なる。

 それは私たちの間では、余りに分かりきったイデオロギーだったから。

 

「私は君に様々な仮面を使いこなす様にレッスンを行ってきた。

その上で先程のジェレミアとの会話について一言言わせてもらおう」

 

 シュナイゼルは静かに、近寄った。重圧さえ感じさせない、奈落の底の様な虚無が、私を見下ろす。

 

「実に見事だった」

 

 彼は兄としての仮面を使い、私の肩を労うように優しく掴んだ。

 

「……ありがとうございます」

 

「いや、正直なことをいえば私は優しい君が情に絆されるのではないかと心配していたのだが……杞憂だったようだ」

 

 そう言って「行こう、まだタスクは終わっていない」と歩き始めたので、それに私も追従する。

 

 冷たい廊下を、仮面を被った二人の高貴なる者が闊歩する。

 シュナイゼルの手腕により、このフロアにはジェレミアと、彼を担当する医者と看護師以外は無人となっている。

 つまり内密の話をしても問題ない。

 

「私はジェレミアを知らない。彼が本質的に何を望み、何を為そうとしているのか。騎士としての彼の性質は単純に見えて、その実、複雑な物だ。

一撫でした程度では、その全貌を把握することは出来ない」

 

「だから、今回の件を私に一任したと」

 

「ああ。騎士として短くない期間、彼と接してきた君であれば彼の望みを引き出せると踏んだ。その上で、私たちの益になるように誘えるとも。

尤も、ここまで上手くいくとは私とて思っていなかったが」

 

「……それにしては随分と堂に入った演出でしたが」

 

「さて」

 

「度々口を挟み、これ見よがしに退室した貴方はジェレミアにどう映ったことでしょうね」

 

「ちゃんと私の意図を汲んでくれているようで、兄として嬉しく思うよモニカ。きっと、実に歩調が合っていないように見えただろう。

おかげで彼がルルーシュやマリアンヌ様に付いた時のための毒を仕掛けることが出来た」

 

 偽りの反目とはそれ即ち、致命的な罠である。それは中華連邦に名高い、三国の戦いの歴史を見ても明らかであろう。

 

「言っておきますが、私の言葉は本心から出たものです。演技ではありません」

 

「それが最も素晴らしい点だ。欺瞞のみで形作られた仮面など、たかが知れている。

ゼロなどその最たる例だ。あのカリスマは必ずしも嘘偽りから生じたものではないだろう?」

 

 そのカリスマを、正史において打ち砕いた男が宣う。

 

「嘘で彼の忠義を誘導すれば、何れその仮面は剥がれ落ち、強固な叛心に繋がりかねない。相手がマリアンヌ様ともなれば尚更だ」

 

「……一応、釘を刺しておきますが、改造手術にあたって変な仕掛けを施す真似は絶対に許しませんからね」

 

「サイバネティックスは門外漢もいいところだ。余計なことを言ってバトレーたちを邪魔するくらいなら流石の私も沈黙を選ぶよ」

 

「だと良いんですが」

 

 数々のオーパーツめいた兵器群の開発に関わった者の言だ、信用するに値しない。今度、マオに会わせて黒ずんでいるであろう腹の中を暴いてやろうと私が決心したところで、シュナイゼルが足を止めた。

 

「さて、モニカ」

 

 シュナイゼルは微笑みながら、言う。

 

「彼について紹介して貰っても?」

 

 拍手が、人払いのなされた病棟に鳴り響いた。 それから間もなく、白い青年が病室から出てくる。

 

「やぁ、初めまして、ひとでなしの王子様」

 

「初めまして、マオ。君とは是非、会話をしてみたかったんだ」

 

 本来出会うはずのない、まだ会わせるつもりのなかった二人のジョーカーが、ここに邂逅した。

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