マオとシュナイゼル・エル・ブリタニア。両者ともに笑みのまま向き合う。
尤も、そこに友好的な雰囲気は皆無だ。
片や、一見して柔和でありながら何処か冷淡さを抱かせる笑み。
片や、この世の全てを醜悪で矮小なものと捉え、例外なく嘲るような笑み。
それは本来有り得ない邂逅だった。
国籍も、経歴も、性格も、そして運命においても彼らの道が重なり合うことはまずない。
しかし、彼らのどちらもが本来の歴史においてルルーシュを窮地へと追い詰めたことは共通している。
要するに、私の采配のせいでここに最悪の敵役が揃い踏みしたわけだ。
「まさかこんなところで会えるとは。
しかし、出入口の警備は優秀な者を揃えていたはずなんだが……」
「ボクにとってはチーズよりも穴だらけだったさ。なんでかはわかるだろう?
全く、兄妹揃ってわかりきったことを白々しく言うのが得意だねぇ」
「読心のギアスだね?
しかし、いくら他者の心を読めるからといえども、警戒を張り巡らせている兵士の目をかいくぐるのは並大抵のことではない」
「さて、手品のタネを明かすにはまだ……」
「単に、軍がここを貸切る前に忍ばせていただけですよ。私の命令です」
私の言葉に、得意げだったマオの顔が歪む。
「オマエ、少しは空気を読めよ」
「成程、今回の動員規模的にこの病院を使う可能性はかなり高い。エリア11で軍が抱え込んでる大病院はそう多くはないしね」
「私か……あるいはアーニャやジェレミアが怪我をして運び込まれる想定で彼をここに潜り込ませました」
「おかげさまで、気持ち悪いものを覗き込む羽目になったけどね」
マオはまるで壁を這う毒虫を見るような目をシュナイゼルに向けた。
「読心のギアスユーザーから見て、私がどう映ったのか気になるね。親しい者からはよく心が無いとか虚無とか呼ばれるのだが……」
「ハッ。ボクに言わせれば心の無い人間なんて居ないよ。人間の心の内なんてボクが愛するただ一人を除けば皆、醜悪なものが占領している」
「私もその例に漏れないと?」
「アンタのそれは醜悪じゃない。それ以前の問題だ。
常人の心が混沌だとするならアンタの心には澱みがない、歪みがない、乱れがない……欲がない。
理路整然としすぎているんだよ、アンタは。醜悪ではないよ。それ以上に不自然で最悪なだけだ。こういうのが不気味の谷って言うのかなぁ?
他人の心にこんな感想を抱いたのは始めてだ。誇っていいよ、第二皇子殿下」
「……流石に傷付くな」
「
「成程、君の前では仮面は
正史にてルルーシュを追い詰めた男たちが、互いの在り方を理解した。
だが、それに付き合う義理は私にはない。
マオにやってもらわなければいけないことがあったからここに呼んだわけだが、決して兄と親睦を深めさせるためではない。
私はあからさまに苛立っているマオに視線を向けた。
「マリアンヌは何を考えていましたか?」
「……気持ち悪いくらいに心口如一だったさ。少なくとも、キミらのことや
「……心口如一、ですか」
内心と言動が一致しているということ。つまり彼女に噓は介在していない。
シャルルにこちらの動向を共有された場合の対処策は既に用意しているが、それでもそれは決して望ましい事態ではない。
マオのギアスにより、マリアンヌ経由でシャルルに計画が漏れないことの担保が明確になったのは大きい。無論、そこまで当てに出来るわけではない。
今この瞬間、彼女の気が変わって敵に回る可能性はゼロではないのだから。
「それにそこの皇子様も、今のところはキミを切り捨てるつもりはないみたいだ。よかったね?」
「おや、妹はそんなことを心配しているのかな?
まったく、兄としては哀しいね」
「さて、何のことでしょうか」
……そういうことはシュナイゼル本人がいないところでしっかり報告しろ!
内心でマオに怒りを向けると、マオはいけしゃあしゃあとした様子で笑ってみせた。仕返しのつもりなのだろうか。
まぁ、シュナイゼルが私を使い捨てにする目論見を心中に隠していたとしても、マオは私に素直に報告しないだろうから、どちらにせよ大した安心材料にはならないのだが。
仮にシュナイゼルとマオが組んだところで、いいようにマオが兄に使われてボロ雑巾のようにされて終わりがいい所だろうし。
「オマエ、しまいには絞め殺すよ?」
暴言には言うまでもなく応報が付き物である。
マオはその場でうずくまり、私の瞼裏から流入するC.C.の笑顔に苦しむこととなった。
「それで、シュナイゼルお兄様。マオはお気に召しましたでしょうか?」
「そうだね、上手くギアスを乗りこなせている。計画に組み込めそうで安心した。
それに、我が妹と仲良くしてくれているのは好印象だしね」
「マオ」
「クソアマが……前半は本心、後半は欺瞞。むしろボクらの距離感を警戒しているよ。
……ここまで雑念なく噓を吐く男は初めてだ。気色の悪い……」
「それは
シュナイゼルの言葉に、思わず吹き出してしまう。
「ふふ……
「はは、ちょっとした冗句さ」
「なんだコイツら……!」
場が和んだところで私の方で用意していた本題を切り出す。
「それはさておき。私の生存については開示されていますか?」
「上層部は既に把握しているだろうが、末端までは行き渡ってないだろうね。事後処理でそれどころではないだろうから」
「ではジェレミアについては?」
「そこは抜かりない。MIAとして処理している。彼の生存を知るのは私たちと、ここの医者の幾人か。後者はこのままジェレミアとともにジルクスタンに移って貰う予定だ」
今のところジェレミアをマークしているのは、彼の潜在能力を知る私たちだけ。
ジェレミアの消息に違和感を抱く者は限られるだろう。特にV.V.はこの時点ではジェレミアに一切の興味を割いていないはずだ。
「よかったじゃないか。
「まだ彼が私たちにつくかは分からない」
「ハッ! こうして唾を付けた時点で、あのオレンジくんが実際の歴史通りに、ルルーシュに忠義を尽くす道は消えたも同然だろう。あいつに付くとしても、そこにはノイズが混じる。
これを横取りと言わずになんと言うんだい?」
癪ではあるがマオの言っていることは正しい。
迷いのさなかにいるジェレミアが答えを得たとしても、私の知る形でルルーシュに忠義を示すことはないだろう。彼は裏側を知りすぎた。
「……それでも、彼は私たちの操り人形にはなりませんよ」
「ハッ、どうだか」
マオはそれっきり追及をやめた。
C.C.の笑顔が怖いのか、それとも先程から興味深そうにやり取りを観察しているシュナイゼルを警戒したのか。
どちらにせよ、私としてもこの不毛なやり取りを続けるつもりはない。
「さて、話は以上でいいかな?」
沈黙が触手を伸ばしきる前に、シュナイゼルが口を開く。
「ええ。私も事後処理を行う必要があるので、ここで解散しましょう。マオ、貴方もそれでいいわね?」
「決定権など持たせないくせに質問するんじゃないよ」
投げやりな返答にため息を吐きつつ、シュナイゼルに向き直る。
「では、次は式根島で。……次はどういう流れで戦線を離脱しましょうか」
流石に今回のパターンは流用できない。
スザクとともにゲフィオンディスターバーに捕獲でもされようか。
「ああ、そのことなんだが」
「……? なんでしょうか」
「先程、ペンドラゴンから通達があってね。君の謹慎が決定した」
「謹慎。……謹慎? なんでですか?」
シュナイゼルの仕業か?
「残念ながらこれに関しては私の策ではない。
ナイト・オブ・ワンと、第一皇女の連名による決定だ」
「……なんで?」
ナイト・オブ・ワン――ビスマルクの方はわかる。今回の件はナイト・オブ・ラウンズとしては失態もいい所である。謹慎処分もまぁ有り得ない話ではないだろう。ビスマルクの人柄を踏まえると少々違和感のある裁定ではあるが。
しかし、第一皇女――――ギネヴィア・ド・ブリタニアが出張ってくるのは分からない。
「簡単な話でね。エクターに費やされたコストは途上エリアが生み出すひと月分の利益とほぼ同等。そんな代物を私物化した末に、土砂に帰したモニカ・クルシェフスキーなる騎士は果たしてナイト・オブ・トゥエルブに適格なのか。
ギネヴィアはそう考えたらしい」
「……つまり?」
「おめでとう、モニカ。休暇に加えて帰省のチャンスだ。ギネヴィアとビスマルクは君と会話したいみたいだ。ギネヴィアの異名、君も知っているだろう」
――――説教のギネヴィア……!
「あはははは、ざまぁないねぇ!!」
恐れおののく私に、マオが大笑いする。
いや、確かに冷静に考えると怒られて当然の案件ではあるが……!
「しかし、私が謹慎となると式根島での戦いが……」
「寧ろ、我々湖の貴人としては好都合だろう? 流石に毎回ナイト・オブ・トゥエルブが戦線離脱するのは不自然だ。謹慎という形で自然に盤面から消えることができたのは有り難い。
最初から湖の貴人として介入出来るわけだしね」
だから安心してお説教を堪能してきなさい、とシュナイゼルは微笑んだ。
*
モニカ・クルシェフスキーが学園から姿を消して一週間。
ルルーシュは表向きは彼女の行方を心配するよう演じていたが、内心では彼女の死が日常に明かされるその時を戦々恐々と待ち構えていた。
突如として消息を絶ったモニカについて、生徒会メンバーに学園から何らかの説明がなされることはなかった。当然だろう、彼女はナリタで土砂に沈んだのだから。
あの日から、ミレイは笑わなくなった。カレンも学園に来てはいるものの、顔色は優れない。
そしてルルーシュ自身も――――
「おい、ルルーシュ! 話聞いてる?」
「……悪い、リヴァル。なんだったっけ」
机で呆然としていたルルーシュに、リヴァルが眉をひそめる。
「なぁんか最近みんな変だよなぁ、心ここにあらずって感じで……会長が生徒会室に集合だってさ。なんか伝えなきゃいけないことがあるんだって。なんだろうな~?」
その答えをルルーシュは知っている。
ナリタの一件から既に一週間以上経過している。戦死者がリスト化され、遺族や身辺に情報が行き渡り始めるころだろう。
学園にモニカの死が伝達された場合、生徒会メンバーで真っ先にそれを知ることになるのはミレイだ。
彼女は、モニカ・クルシェフスキーの幼馴染で親友。その心痛の大きさは言うまでもない。
そして彼女に哀しみを齎したのは他ならない自分なのだ。
いや、分かっていた。
自分が往く道は常に誰かの大事なものを奪う、血塗られたものなのだ。
「あ、ルル」
「シャーリー、ニーナ……とカレンか」
「……」
出来る限り平静を装ったルルーシュが生徒会室の扉の前に立った時、カレンらもちょうど到着したところだった。
その表情はやはり昏いものだった。
カレンもこれから自分に罪が突き付けられることを知っているから、当然のことだろう。
「何の話なんだろうな~」
「モニカ先輩のことじゃない? 最近学校に来てなかったし」
しかし、リヴァルとシャーリーはそんなことは知ったことではないといった様子で、扉に手を掛けて開け放つ。
そこには悲痛に暮れるミレイが――――
「はい、モニカちゃん。みんなになんて言うんだっけ?」
「……この度は皆様に多大なご心配をおかけすることになり、誠に申し訳ございませんでした……にゃん」
――――居なかった。
居たのは、満面の笑みを浮かべたミレイと、何故か猫耳を頭に装着しているモニカだった。
「……はぁ?」
思わず声が漏れたか、そう判断して口を覆うルルーシュだったが、すぐにそれが自分のものではなく、隣のカレンのものであることに気付く。
しかしそうだとしても動揺は隠せていない。何故、ナリタで死んだはずの彼女がここにいるのか。そもそも何故、猫耳なのか。
「なんですかぁ、これ?」
その場の総意を、シャーリーが代弁する。
その問いにミレイは答えず、死んだ顔のモニカが代わりに答えた。
「全部私が悪いんです……にゃん。忙しさにかまけて、皆さんへの連絡を怠った私が悪かったんですにゃん……」
「ええ……?」
ナリタで何とか生き残ったモニカだったが、立場ゆえに事後処理を行う必要があった。
ペンドラゴンにまで赴いて様々な対応に忙殺されている間に、生徒会メンバー……というかミレイに連絡しなかった。本人曰く、軍から学園に連絡が行っているから問題ないと思ったのだと言う。
その結果、生徒会長の怒りを買い、生徒会室では一週間ほど猫として過ごすことを命じられたのだ。
「モニカ用の猫耳も買っててよかった〜!」
その晴れ晴れとしたミレイからは、暗い面持ちの生徒会長は完全に消え去っていた。
「……よかった」
あまりにくだらない顛末に、カレンが安堵のままに呟く。
それはルルーシュも同感だった。己の手で掛け替えのない日常を壊してなどいなかったのだから。
しかし、ゼロとしては違う。
先日のナリタでの攻防は決して思い通りと言えるものではなかった。
コーネリアを仕留めきれなかったことに加えて、湖の貴人の横槍……そんな中で唯一の収穫はナイト・オブ・トゥエルブを排除したことだった。
しかし、それも目の前でまやかしであることが証明されてしまった。
(これでは依然として不利が縮まらない……! クソ……ギアスさえ無駄にしてなければマシだったものを……!)
安堵で心が埋め尽くされるのをどうにか堪えながら、ゼロとして思考する。
モニカ・クルシェフスキーに、カレンが苦戦したというナイト・オブ・シックス。カレンに加勢し、いつの間にか消えていたという紅蓮に似たKMFも本当に味方かは分からない。湖の貴人に関しては胡散臭すぎて論外だ。
……そして白兜。せめてこの中の一騎でも排除しなければ余りにも――――
「すみません、遅れました……あ、モニカ先輩。帰ってきてたんですね」
遅れて生徒会室にやってきたスザクが、なんてことのないように言った。
「お元気そうで……にゃん」
「にゃん?」
首をかしげるスザクで毒気が完全に抜けたルルーシュはようやく日常が未だ崩れていないことを実感したのだった。
忙しくてもちゃんと連絡はしておけよ……――――という正論を抱きながら。