さて、ここで先日私が浴びることとなった高貴なるお説教について軽く回顧しておこう。
査問室にはナイト・オブ・ワン――ビスマルク・ヴァルトシュタインと内政に関わる貴族ら……そしてギネヴィア・ド・ブリタニアが私を刺さんばかりの眼光で見据えていた。
「……それで、何か申し開きはあるかしら、ナイト・オブ・トゥエルブ」
皇女としては少し扇情的すぎるドレスを身に纏ったギネヴィアからは、コーネリアのものとはまた別種の圧力を感じる。
さて、説教に対して最も有効な対抗策はなにか。それは、素直に自分の非を認めて速やかに謝罪することだ。
「全ては私の実力不足故……なんなりと処罰を……」
「私がお前に求めているのは謝罪ではありません」
……策は潰えた。
「果たしてモニカ・クルシェフスキーは膨大な国費を投じるに相応しい人物か。それを説明しなさいと私は言っている」
「……申し訳ございません」
「エクターは本来、試作機。決して戦場で使い捨てにしていい代物ではありません。軍部ではラウンズそれぞれに専用機を卸す計画が進行していると聞くけど、この有様なら到底認可しかねるとしか言えませんね。そもそも、本質的に戦争地域ではないエリア11に高価な最新鋭KMFを二機も投入していることがおかしいのです。こうしている合間にも世界中でブリタニアの国庫が弾丸に変わっている。それをお前は無様にも……」
それは説教のマシンガンだった。放たれるのは正論という名の弾丸。
――――言わば、説教のギネヴィアか。
なんて内心でふざけている間にもギネヴィアの説教は加速していく。他の貴族たちは仏頂面ながら、額に汗をにじませていた。
ギネヴィアの説教が火を噴きだして三十分を経た頃、彼女の隣に座っていたビスマルクが口を挟む。
「ギネヴィア殿下、お言葉ですが此度の件、必ずしもモニカ・クルシェフスキーの実力不足に起因するものではないかと」
「……言ってみなさい、ビスマルク」
「戦闘での敗北の結果エクターを大破させたのではなく、土砂から他の騎士をかばった結果そうなったと記録にあります。証言の裏付けも取れているため、事実でしょう。確かにナイト・オブ・トゥエルブとしては失態に違いありませんが……騎士としては模範と言うべきもの。
私の知る限り、モニカ・クルシェフスキーほどナイト・オブ・トゥエルブに相応しい騎士は居ない。それをこのナイト・オブ・ワンが保証いたします」
ナイト・オブ・ワン――――ビスマルク・ヴァルトシュタインはギネヴィアを真っ直ぐ見つめて、宣言した。
それはこの場において、あまりに有り難いフォローだった。親の仇であることを加味しても、ビスマルクが神様のように思えてくる。
ビスマルクの言葉を受けたギネヴィアは、一瞬固まる。そして、表情を和らげ口を開いた。
「――――ビスマルク」
「ハッ、なんでしょうかギネヴィア殿下」
「今そんな話はしていないでしょう」
「え……」
「以後、発言を禁じます。お前は黙っていなさい」
「……い、Yes,Your highness」
ビスマルクは撃沈した。
「大体、昨今のブリタニアは戦争を中心に置きすぎなのです。父の国策を否定しているのではありません。この世は所詮弱肉強食、それは揺るぎない事実。私が言いたいのは戦働きだけに着目して、その裏で動く金や物、そして人の存在を忘却している騎士や貴族……そして皇族が目に余る。勝利して国土が増えるのは良いでしょう。ではその後の統治をどうするか考えていますか? 考慮していないでしょうね、していたとするならエクターなる高級兵器が土砂に埋もれるなど有り得ないのですから」
「はい、すみません……」
「さらに言えば、お前は部下を極力持とうとしていませんね。今回の失態も遡れば」
「まったく、仰る通りです……」
「そもそも、シュナイゼル兄様が」
「……申し訳ございませんでした」
……それから一時間、彼女の説教が止まることはなかった。
三ヶ月の謹慎と減給、そしてその間に課せられる懲罰的事務処理を命じられた後、私は退室を許された。
その頃には、私だけでなく同席したビスマルクと貴族たちの顔にも開放感が浮かんでいたのは言うまでもない。
*
「……ギネヴィア様はああ仰っていたが」
査問室から退室するなり追ってきたビスマルクが、私を労う。
「モニカ、お前が戦場でやったことは誇りこそすれ、反省するようなことではない。
……ジェレミア卿のことは残念だったが、今はこの謹慎を機に心身ともに休めろ」
「ビスマルク卿……ありがとうございます」
私は感銘を受けた、という表情を作りながら内心で、彼がジェレミアは死んだと判断していることを確認した。
「それにしても、エリア11は騒がしいな」
「ええ、ゼロが登場してから黒の騎士団だけでなく全体的に抵抗が強まっています」
「……ゼロ、か。エリア11でも未だに素顔の見当はついていないのか?」
「はい。素顔どころか性別や人種すら……」
「そうか」
どこか、含む所がありそうに、縫い付けられていない方の目を閉じるビスマルク。
クロヴィスが実際には死んでいないこの世界において、ビスマルクは……シャルルはゼロの正体を知っているのだろうか。
尤も、正史における亡きクロヴィスと会話していたシャルルも、実際にクロヴィスの思念体と会話していたわけでなく、単に幻想や感傷に浸っていただけかもしれないが。
「まぁ、コーネリア様に加えて最近ではシュナイゼル様も黒の騎士団討伐に関わっていらっしゃる。ゼロの首が皇帝陛下のもとに差し出される日も遠くないだろう」
「そうですね。私も謹慎が解け次第、尽力いたします」
私は頭を下げてその場を後にしようとしたが「待て」とビスマルクに呼び止められる。
「シュナイゼル様だが……あまり気を許すな」
「……と、言いますと」
「最近、どうにも動きがきな臭い。皇帝陛下は放置で良いとお考えのようだが……
主の代わりに夜警を行うのも騎士の仕事だろう。何か怪しい動きを見せたら、すぐに私に報告してくれ」
「承知いたしました」
「くれぐれも、自分が皇帝陛下の騎士であることを忘れるなよ。モニカ・クルシェフスキー」
「Yes, My Lord.
当然、心得ています」
私は笑顔で頷いた。ビスマルクは警戒を促しているのではない。シュナイゼルへ私の心が接近しすぎないように、釘を刺しているのだ。
これは容易に予想できた流れだ。第二皇子謀反の動きを示す証拠は既に、シュナイゼルと共作で用意している。皇帝の剣として、いくらでも報告してやろう。
ビスマルクに背を向けて歩みだした私は、内心でほくそ笑んだ。
――――違う、間違っているわ、ビスマルク・ヴァルトシュタイン。真に警戒すべきはそこではないというのに。
貴方はいつだって真に重要な物を見落とすのだ。
私はそれを知っている。だからこそ、私はビスマルクを恨まない。ただ、憐れむだけだ。
*
学園の食堂にて、あと二十枚くらい残っている始末書に想いを馳せながら食事をしていると、スザクが突拍子もないことを言い放った。
「ロイドさんの手が震えていた?」
「はい。モニカ先輩の信号が消失したと判明した時に……」
「えー……それ本当?」
妄言……もとい信じ難い証言をするスザクに私は思わずジト目になる。
「え、ええと」
「冷静に考えてね? あのロイド伯爵よ?
倫理観と礼儀を生贄に技術を手に入れた、赤ん坊のような人よ?」
「うっ……いえ、しかしあの時は本当に……
それに”これは戦争だ、何が起きてもおかしくない”ともおっしゃってて……」
「……うーーーん」
あのロイドが? いや確かに物語の彼がスザクやニーナに戦争の厳しさを諭すシーンがあったり、そういう良識ある側面もゼロではないと思うけども……。
いや、今回ばかりはないと思う。
「何かの間違いでは?
意識的に敬語を避けながら、スザクを諭す。
「プリン……?
でもモニカ先輩ってロイドさんやセシルさんと長い付き合いなんですよね……?」
「ええ、まぁ、一応……」
「だったら、あのロイドさんでも動揺くらいするんじゃ……」
「無いわね」
「モニカ先輩はロイドさんに何かされたんですか……?」
「軽く三桁回数は殺されかけたわね」
「ええ!?」
「というか知り合った直後に殺されかけた。確か十三歳のときに」
「ええ……?」
思えば遠いところに来たものだ。
ちょっぴり感慨深い気持ちになりながら、食事に手をつける。
「何もロイドさんが血も涙もないひとでなしと言ってるわけじゃないのよ?
ただ、私が行方不明になったくらいじゃ動揺しないだろうし、仮に動揺するならもっと露骨に狼狽える人よ」
ジルクスタンでセシルが重傷を負った時のことを考えると、やはりそんな深みのある反応を見せるとは思えない。
大体、私が機体と一緒に行方不明となったら、私じゃなく機体の方を心配して……あっ。
「……ちょっと失礼」
「あ、はい」
私は懐から携帯端末を取り出して、ロイドに通信を試みる。
そう待たずに繋がり、こちらの第一声を待たずに彼の軽薄な声が電波に乗って私のもとに届けられた。
『おめでとぉ~!!
キミの可愛いエクターくんは、独断で回収した特派が修繕を担当することになりましたぁ~! 気付くのが遅かったねぇ~! これでエクターの設計は隅々まで』
通信を切断する。
あまりのハイテンションさに、スザクにも聞こえていたのだろう。彼は真顔で言った。
「自分の勘違いだったみたいです。……すみません」
「いいのよ」
こうして前世での最推しと相互理解を深めることに成功したのだった。
*
そして、ロイドの挑発から更に一週間後――――
「モニカ様、お早いお着きで」
砂が舞う最高機密の空港で、クジャパットが恭しく頭を下げる。これも最早、恒例行事だ。
「ボク、ここ嫌いなんだよねぇ。砂ばっかで」
少し遅れて飛行機から降り立つマオは、眩し気に目を細めた。
「初めまして、マオ様。
私はスウェイル・クジャパットと申します。僭越ながら、私もギアスを」
「あーはいはい、せいぜい感電死には気を付けなよ」
「は……? 感電死、ですか……?」
ひらひらと手を振るマオはあからさまに興味なさげだった。
「その男の言う事を真剣に受け取る必要は無いわ、クジャパット。それより」
目配せすると、背後の高級車の扉が自動で開いた。これも、もはや恒例行事だ。……マオがいることを除いては。
「砂漠を高級車で走るって目立たないかなぁ? 乗り心地も悪そうだし」
……マオとドライブかぁ。
「言っておくけどため息を吐きたいのはボクのほうだからね?」
*
「モニカ殿下、お待ちしておりました!」
ファルラフ機関の拠点に到着するなり、小太りの男……バトレーが駆け寄ってきた。
「バトレー、壮健でなにより」
「殿下の格別の取り計らいのおかげでございます!」
バトレーは心底から感謝した様子で、私たちを先導する。
「地下暮らしは辛くありませんか?」
「まさか! ここは素晴らしい! リソースも有り余っている上に裁量権も大きい!
そして、
それは貴族というよりも技術者としての歓喜だった。
「そちらの者は件のギアスユーザーですかな?」
バトレーは興奮を隠し切れない様子で、マオに視線を向けた。
マオにはここで一ヶ月間、ギアスキャンセラーのためのデータ収集をしてもらう予定だった。
「ええ。マオ、挨拶を」
「なんだってボクにどんな実験を行うかを考えてる豚と会話しなきゃいけないんだ」
「なっ……!」
バトレーの顔が赤くなる。ここ最近のマオは皮肉と悪態だけが友達といった風だ。
「少なくともオマエは友達じゃあないね」
「あら、私は友達だと思っているけれど?」
「なるほど、オマエの方はおためごかしが友達みたいだ」
私はC.C.の笑顔を思い浮かべた。マオはその場で叫んだ。……これもまた、恒例行事だろう。
ため息をついてバトレーに告げる。
「一ヶ月間、こんな風に悪態をついてくるでしょうが無視して構いません。ギアスキャンセラー開発へ協力することはマオも同意しているので。あまりに騒ぐ場合は、ヘッドホンでC.C.の音声を摂取させてください」
「は、はぁ……」
そのまま研究員数人から引きずられどこかへ連れて行かれるマオを見届け、バトレーとともに再び目的地を目指す。
「ジェレミアの状況は?」
「被験者が予め分かっていたため、既に本格的な開発が始動しております。身体改造に関してはそう時間は掛からないでしょう。また、併せて開発していたジークフリートも佳境に差し掛かっております」
「それは良かった。ギアスキャンセラーの方は順調でしょうか」
「そちらも着々と進んでおります。此度、
よどみなく研究成果を披露していたバトレーの足が止まる。眼前には、三十メートルほどの、巨大な扉。
重厚な音と、サイレンを響かせながら扉が開く。
「こちらが、現在のフローレンスです」
「……素晴らしい」
私の眼前に、私が知るフローレンスに限りなく近いKMFが立っていた。フローレンス・ニンフと比べてやや大型になっており、武装も異なる。
「シュナイゼル殿下が開発されている
「やはり完璧な再現はできませんか」
「申し訳ございません……実戦レベルまで向上させることはできましたが、殿下がお求めの水準となると……」
「こればかりはその筋の専門家でないと、変形機能の向上は難しいでしょうね……」
残念なことに、その一番の専門家はブリタニアでなくEUにいる。
ブリタニア内にその手の権威がいないわけではないが……引き込めるかは微妙なところだ。一応、手は考えてはいるが時期的にまだ先の話になってしまう。
「それで、フローレンスはいつ投入なさるおつもりでしょうか……?」
「そうですね……」
近々、黒の騎士団とコーネリア軍は二回ほど戦闘を行う。
ルルーシュがシャーリーに素顔を見られてしまう戦いと、ルルーシュが
そのどちらにも、積極的に介入するつもりは今のところない。戦闘の経過が正史から大幅にずれる気配が見受けられたら、辻褄を合わせに赴く予定ではあるが。
強いて言えば、ヴィレッタの動向には気を配ってはいる。父が死んでいないことに加えて、マオが介入しないため、シャーリーがゼロ探しに巻き込まれることはまずないだろうが……この場合、劇場版のようにディートハルトがヴィレッタを排除しようとするのだろうか?
「だとするなら、やはり直近では式根島での戦闘でしょうね。不確定要素が多いから」
「式根島……調査対象である神根島付近の、基地がある島でしたかな?」
「ええ、その時が来たら、輸送をお願い。……と言っても、果たしてフローレンスを駆る必要があるかは微妙だけど」
正史の式根島において、やらかす一人であるシュナイゼルはこちら側だ。
ラクシャータが既に黒の騎士団と接触を持っていることは把握していることから、ランスロットが無力化される可能性は高い。
あとはやらかすもう一人であるV.V.が転移を引き起こさない可能性を考慮しつつ、いい感じの砲撃をシュナイゼルに指揮してもらって、スザクに「生きろ」ギアスをルルーシュに掛けてもらうように誘導するだけ。
正直、よほどのイレギュラーでも起きない限りは出番は無さそうだ。
「……まぁ、そのうち動かせるでしょう」
私はフローレンスを眺めながら、彼が戦場で縦横無尽の活躍を披露するその時に想いを馳せる。
何度も言うが、イレギュラーが起きない限りは暫く出番はないのだから――――