モニカ転生   作:パッツンスキー枢機卿

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誕生日モニカさま未だ排出されず。


5.呪いの名前

 KMFを無茶な機動で動かしたり、KMFを無茶な機動で動かすように設計図を描いたりして、既に一年が経過しようとしていた。

 

 この一年間は、私のこれまでの人生の中でもっとも忙しい期間だったように思う。ロイドたちの研究室で狂騒に揉まれる間にも、中等部2年生としての勉学に加えて、軍人として基礎的な訓練を受けたりもしていたので、本当に心が休まる時間はなかった。

 

 だが、同時に心が満たされもしていた。だがそれは私には余分な物だ。

 

「モニカちゃん、お疲れ様」

 

 ギベールの戦術一般論について目を通していると、セシルがコーヒーを用意してくれた。 何の変哲もない色と匂い、命の危険性はないだろう。

 

「ありがとうございます、セシルさん」

 

 傍らにあるミルクと砂糖は無視し、コーヒーに口を付ける。要らないと何度か言っているのだが、どうも私はセシルからまだ子供だと認識されているようだ。

 

「難しそうな本を読んでいるのね?」

 

「ええ、セシルさんたちが読ませようとしてくる論文や設計図の数々と同じくらいには?」

 

「あはは…いつもありがとうございます…」

 

 どうもこの研究室の人間は私を研究者に仕立て上げたいようで、少しでも目を離せばデスクの上に無数の書類が積み上がる。 その山を崩すには更に無数の専門書籍を用いる必要があり、そのおかげで門外漢にしては知識も技術もある方になってしまった。

 

「それって学校の課題?」

 

「いえ、個人的な興味から読んでいるだけです。 ……少なくとも、祝勝パーティーで読むようなものでは無いことはわかりました」

 

 珈琲に口を付け、この世界のどこかで生きるお人好しの少女と、まだ空っぽな少年に思いを馳せ、本を閉じた。

 

「あと1週間……寂しくなるわ」

 

 隣に座ったセシルがしみじみとそういった。

 シュナイゼルから下された指令であるエリア11への派遣が一ヶ月前まで迫っており、それと同時にロイドの研究も佳境に入っていた。

 

「私もです。 しかし、これでも軍人ですので、自分で戦場は選べません」

 

 言いながら、内心ではここから離れられることに安堵を抱いていた。

 ここに居続ければ、私は自分の本懐を忘れてしまう怠慢を肯定しそうになるから。そしてなにより、私が物語にこれ以上深入りすべき理由は無い。 あの白いグラスゴーの行き着く先を知っている私は、早くこの場から退場すべきだ。

 

「今からでも軍人じゃなくて研究者になってみない? シュナイゼル殿下もモニカちゃんのレビュー論文に興味示してたって先輩が言ってたし…」

 

「お言葉は嬉しいですが、そういうわけにも行きません。

私は騎士です。 忠義を果たさなければ」

 

「……そう、そうよね」

 

 セシルはどこか悲しげに目を伏せた。もしかしたら、私を誰かに重ねているのかもしれない。 鑑賞者である私も知らない、彼女の中の聖域。 ……それに私が触れるべきではないだろう。

 

「それに何も前線に飛ばされるわけではありません。

テロリスト鎮圧、と言えば物々しく聞こえますがエリア11には強力な抵抗勢力は存在していません。そこまで危険な仕事は降ってこないでしょう。騎士として派遣されるなら尚更です。

もしかしたら、一度も出撃せずに帰ってくるかも」

 

 私は思ってもない楽観の羅列でセシルの心配を振り払おうとする。

 まだ一介の大学生であるセシルはその言葉をあっさりと受け入れて、少し明るくなった。

 

「ロイドさんもラクシャータ先輩も寂しがるだろうから、たまには顔を見せてね?」

 

「ええ、もちろん。それにもしかしたらロイド伯爵やセシルさんもエリア11に来ることになるかもしれませんし」

 

「先輩はともかく、私はどうかしら」

 

「飛び級してこの研究室にいる貴女が何を言ってるんです」

 

「それモニカちゃんが言う?」

 

 二人して笑いあった。

 彼女たちが軍属としてエリア11に派遣された時、私はちゃんと別の場所でナイトオブラウンズになれているだろうか?

 

 守ってはならない約束ばかりが増えていく。

 

 

 エリア11派遣の前日、私は騎士叙任式に参列していた。 と言っても私個人の叙任式ではなく、他に十人ほど騎士に叙任される者がいるのだが。

 

 神聖ブリタニア帝国において、KMFパイロットつまり騎士は原則として貴族にしか騎乗が許されていない。

 しかし、いくら量よりも質と言えど、EUや中華連邦がKMFの実戦運用を始めた昨今、そうも言ってられなくなってきた。

 

 結果、名誉爵位である騎士侯がKMFの生産量と比例して増え続け、叙任式もまるで入学式かのような様相になるのが恒例になっている。

 

 ちなみに私の場合、侯爵令嬢なので実はKMFに乗る資格は騎士侯にならずとも満たしている。ではなぜ騎士侯に任じられたのかというと、軍籍を持つのに必要となる諸々の過程をスキップ出来るためである。

 

 実を言うとこれは裏技でもなんでもなくブリタニアの貴族社会ではよく見られる光景だ。

 平民であればそれなりの地位に就くには軍学校やそれに準ずる教育機関で軍事教育を修了する必要がある。

 

 しかし、貴族の場合はそもそも幼い頃から家庭でその手の教育を高い水準で施されているケースが多々としてあり、軍学校に行く必要性があまりない。

 さらに言えばブリタニアは現在、世界中で戦争中であり兵士を多く必要としている。 そういった事情を鑑みて、騎士侯に任命されたものはその時点で軍人としての能力を一定水準満たしていると見なされ、まだ歳若き貴族子息でも正式に軍籍を持てるわけだ。流石に、12歳そこらで騎士にというのは異例中の異例だが。

 

 さて話を戻すが結局、主はシュナイゼル殿下で正式決定した。

 物語の中の私もシュナイゼル殿下を敬愛し、シュナイゼル殿下も皇帝直属の騎士である私を自身のために用いていた場面があったので、もしかしたらこれは正史通りの経緯なのかもしれない。

 

 式が終わったあとのパーティーでは、ロイド伯爵も参加していた。

 

「おめでとお〜!」

 

「本当におめでたい時も言うんですね、それ」

 

 或いは物語に近付きすぎている私の内心を見抜いての言葉選びなのかもしれない。

 

「貴重な高性能デヴァイサーを手放すのは本当にざぁんねんだけどね」

 

「おかげさまで何度死にかけたことか。 次の部品さんには優しくしてあげてくださいね」

 

「あはっ、次も丁寧に扱うに決まってるでしょお?」

 

 どの口が、とプリン伯爵の口に高級そうなチキンを突っ込んでやった。少々はしたないが、他の方々は社交の場を有効活用して、叙任式にかこつけて集まった貴族同士で親交を稼いでいる真っ最中なので、気にしなくてもいいだろう。

 

「私の騎士と友人が深い親交を築いているのを見るのは嬉しいものだ」

 

 我が主はその例には含まれなかったようだ。 喉を詰まらせるロイド伯爵を傍目に、私は騎士としての礼をシュナイゼル殿下へ行った。

 

「シュナイゼル様。 この度は私の叙任式を執り行っていただき、まことに感謝致します」

 

「はは。 随分と慣れたものだね、モニカ。 五年前の可愛らしい少女は何処に行ったのやら」

 

「……覚えておいででしたか」

 

「あの時はこの初々しい少女が私の騎士になるだなんて思いもしていなかった。しかし、遠からず私の手から離れていくとは思いたくないがね」

 

 さりげなくナイトオブラウンズ志望であることを刺してくるシュナイゼル殿下に、私は跪いて答える。

 

「私が貴方様の剣である限り、騎士モニカはその役割を全うするつもりです」

 

「ははは、少し意地悪だったかな? 騎士としての働き、期待しているよ。 クルシェフスキー卿」

 

「Yes, your highness」

 

 彼は優しく微笑んだあと、ロイドに何か声を掛け、そのまま二人でどこかへ行ってしまった。

 思い出話に花を咲かせるのか、或いはいずれ設立予定の開発チームの草案か。 どちらにせよ、私には与り知らぬことだ。

 

 それ以降は、シュナイゼル殿下と話したおかげで他の貴族の注目が集まり、パーティーの主役の一人としてご来賓の方々の話し相手になることに専念させられた。

 

 

『それじゃ、またねぇ〜』

 

『とにかく、無事に帰ってきてね!モニカちゃん!』

 

『二人と違って次がいつになるかはわかんないけど、次会うときはちゃんと元気な姿見せなさいよ、ミニプリンちゃん』

 

 天才による三者三様の送り言葉をビデオレターとして受け取った私は、それを眺めながらエリア11へ思いを馳せた。

 

 エリア11への出立に物々しいパレードや感動の別れなどは無く、他の兵士たちと同じように輸送用の飛行機に詰め込まれ、エリア11へ効率的に出荷された。

 

 どうやら、最近になってエリア11ではレジスタンスの抵抗が激化してるらしく、私以外にも多くの人員がエリア11へと送り込まれていた。 だが、やはり彼らの顔に恐怖はなく、どちらかと言えば本国から離されることへの倦怠感が見て取れた。

 

「……ゼロへ至る道は未だ遠く、ね」

 

 KMF無しの日本人レジスタンスに、恐怖を抱く兵士など誰一人もいない。正直なところ、その点に関しては私も同じような感じで、殺されることよりも、殺すことについての方を考え耽っていた。

 

 私に殺すことが出来るのだろうか。

 

「撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけ」

 

 では、撃つ覚悟のない私は論外なのではないか。

 

 私はぐるぐるとゴールのない思考を、空にいる間ずっと続けることになった。

 

 

「貴様か? 『閃光の再来』などと不敬な仇名で呼ばれて良い気になってるというガキは?」

 

 乗り心地最悪な輸送機から降りてそうそう絡んできた相手の顔に、私はウンザリとした気持ちにさせられた。危惧していたとはいえ、あちらから真っ先に関わりに来るとは。

 

「モニカ・クルシェフスキー、着任いたしました。 ジェレミア・ゴットバルト辺境伯」

 

 私は敢えて軍隊式の敬礼で、先輩騎士の出迎えに答えた。

 

「ふん。 拙い敬礼だ。 主の顔に泥を塗るつもりか?」

 

「申し訳ございません」

 

「詫びるのであれば、その根性、このジェレミア・ゴッドバルトが叩き直してやろう。 シュナイゼル殿下からも徹底的に鍛えるよう命じられているからな。 この場で腕立て伏せ100回!」

 

「はっ」

 

 輸送機から降りてきた他の兵士たちはぎょっとした目で、空港の離着陸場で腕立て伏せをする私と、それをニヤニヤと見下すジェレミアをおそるおそる眺めていた。

 

 まったく、一体誰がマリアンヌ皇妃に絡めて仇名を付けたのか。私は内心で恨み言を吐きながら、軍人としての洗礼を浴びた。

 




本日18:32第6話投稿予定
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