モニカ転生   作:パッツンスキー枢機卿

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50.学園祭

「モニカ様、こちらあの御方からの贈り物です」

 

 朝、屋敷の廊下を歩いているとやたら渋い声がするメイドが私にレコーダーを手渡した。変なところは声だけでなく、顔が背後に控えているメイドと瓜二つなことだ。

 

 私は盗聴器に音声を拾われないよう最大限声を落として問い掛ける。

 

「……なんで貴方がここにいるのですか? クジャパット」

 

「あの御方からの指令です。ご安心を、この区画に盗聴器や隠しカメラはございません」

 

「……ギアス使う意味あります?」

 

 クジャパットのギアスはあくまで掛かった相手の認識を改変するものであり、本当に姿を変化させる類のものではない。私以外にはクジャパットに見えていることだろう。

 

「サプライズというやつでございます。……それに、私自身もこのようにこの場に相応しい格好をしていますので」

 

 ギアスを解くとそこに立っていたのは執事服を纏った褐色の美丈夫だった。

 

「執事を雇った覚えはないんですが」

 

 我が屋敷は出来る限り女性の使用人で固めている。理由は、自分の姿を使われたにも拘わらず熱を帯びた視線をクジャパットに向けるメイドを見れば明白だろう。我が屋敷において職場恋愛は禁止だ。なにかトラブルが起きてもよくわからないから対処が難しいのだもの。

 

「無論、こちらの方で雇用をでっち上げました」

 

「だとするなら、私の懐から貴方の給金が出ているのですけどね。……まぁ、致し方ないことですが」

 

 連絡役ということだろう。これからはこれまでのように独自回線でのやり取りも傍受の恐れがある。

 なら昔ながらのやり方、つまり人を使うのが一番だとシュナイゼルは判断した。

 

「こちらは暫く身動きが取れませんでしたが……そちらの進捗は?」

 

「恙無く。例の日が一ヶ月以内に発生したとしても、なんの問題もございません」

 

「キュウシュウの件が片付きスザクが騎士辞任を撤回した今、いつ起きてもおかしくありません。……まぁ、私の知る形であれが起きるとは限りませんが、その場合のリカバリーも考えてはいます」

 

「あの御方もそうだろうと仰っておりました」

 

「そうですか。……それで、これは?」

 

「より詳細な報告となっております。盗聴器が無いとはいえ、新任の執事と何時間も立ち話、というのは不自然ですので」

 

「……やはり見られているのね」

 

「内に潜り込んでいるネズミはいないようですが、外には八人ほど。その者らや仕掛けられた盗聴器の大まかな位置情報もそこに音声情報として記録されております。一度聴くと、二度と聴き直せない仕組みになっておりますのでご注意ください」

 

「まるでスパイ映画ね」

 

「その手の娯楽映画はお好きですか?」

 

「仕事で似たようなことをやっているのです。観ていて楽しめるどころか、仕事を思い出して憂鬱になるわ」

 

「同感ですね。……そこで、あの御方からの伝言がひとつ」

 

「なんですか?」

 

「『最後の学園祭くらいは学生として楽しみなさい』……だそうです」

 

「……余計なお世話です、と伝えなさい」

 

「フフ、かしこまりました」

 

 何がおかしいのか。私は少し不機嫌になりながら、祭に沸き立つ学園へと急いだ。

 

 

 学園に足を踏み入れたその瞬間、私はミレイとシャーリーに捕縛された。

 運びこまれた先は、放送室。

 

「さ、早く! 約束でしょ!?」

 

「やっちゃってください、モニカ先輩!」

 

「ふふっ……お願いします、先輩」

 

「せっかく参加できたんですから」

 

 ミレイ、シャーリー、ニーナ……そしてナナリーが心底楽しそうに、私の背中を押す。

 

「ええと……」

 

 目の前にはニーナが差し出した一本のマイク。

 

「言わなきゃ、ダメ……? こういうのはナナリーの方が需要がある気が……」

 

「あら、モニカさんの方が適役だと思いますよ?」

 

 そう首を傾げるナナリーの可憐な強かさはどこか母親を想起させた。

 

「……はぁ、わかりました」

 

 マリアンヌならともかく、ナナリーには逆らえない。

 私がマイクを受け取ると、ミレイが満面の笑みで宣言した。

 

『皆さーん! お待たせしました! トウキョウ租界で一番大きなアッシュフォード学園の学園祭を始めまーす!

スタートを可愛く告げるのはなんとあの人……!』

 

 ミレイがウィンクで合図する。私は深くため息を吐いて、

 

『……にゃー』

 

 と、出来るかぎり棒読みでマイクに声を吹き込んだ。

 外でとんでもない歓声が湧き上がる。……最悪だ。

 

「あははははは、モニカ、耳真っ赤!」

 

「誰のせいだと……」

 

 腹を抱えて笑う幼馴染に、私は遺憾の意を示すも誰も味方になってくれることなく、今度はニーナがメイド服を私の眼前に掲げた。

 

「ニーナ? なに、これは」

 

「次はメイド衣装でピザを作ってもらう予定だから……」

 

「それ午後からですよね? 今から着替える必要はないですよね?」

 

「ミレイちゃんの命令だから……」

 

「ニーナ? なんで今日に限って押しが強いんですか!?」

 

 ……その後、抵抗虚しく私はメイド服で学園祭を楽しむことが決定された。

 

 

「……まったく、学園祭と言っても裏側ではそれなりにきな臭いことが起きると言っておいたはずなのに」

 

 メイド服で露店を見て回りながら、ここに居ない兄へ不満を向ける。

 こうして馬鹿騒ぎをしている裏では、カレンによるスザク暗殺計画やユーフェミアのお忍び参加、扇とヴィレッタのデートが繰り広げられている。

 私には学園祭を楽しむ暇など本来ないはずなのだ。別に、ミレイに玩具扱いされるのが恐ろしかったわけではない。

 

「モニカ先輩~! 愛してま~す!」「さっきのニャー、ナイト・オブ・ラウンズ級の可愛さでした!」「卒業後は絶対に騎士になってモニカ先輩の親衛隊に!」「なんなら僕は今も親衛隊です!」

 

「あはは……ありがとうございます……」

 

 男子生徒がしょうもない野次を飛ばしてくるのを苦笑交じりに躱す。

 こういうノリが楽しい気持ちもわからないでもないが……そう言えば前世の記憶の持ち主の性別は何だったのだろうか。私が覚えているのはコードギアスについての記憶と、一般的な教養、後はいくつかのサブカルチャーについて。歩んでいたであろう人生や、人となりについては酷く曖昧だった。

 

 ……まぁ、今更どうでもいい話か。

 無意味な思索に耽りながら歩いていると知った顔が目に入った。あれは、特派の人員たちと……

 

「えい! ふふっ、楽しいですねぇ! 学園祭って!」

 

 人力もぐら叩きゲームにてメガネの男子生徒を狙い撃ちにするセシルさんだった。

 

「楽しんで頂いて何よりです、セシルさん」

 

「え? ……あ! モニカちゃん!? どうしたの、その格好!?」

 

「アッシュフォード生徒会としての責務です」

 

「あ、そう言えばモニカちゃん、ここの生徒だから……」

 

「そんなことより、その男子生徒をいじめるのはやめてあげてください。確かに、ロイドさんそっくりではありますが」

 

「ちょ、ちょっと楽しくなってしまって……ごめんなさい」

 

 セシルはゲーム台から頭を出しているメガネの男子生徒に頭を下げた。

 

「あ、いえ、そういうゲームですから……」

 

 男子生徒はバツが悪そうに謝罪を受け入れた。

 ……態度は似ても似つかないが、見た目は本当にロイドそっくりだな。

 

「すみません、ちょっとそれ貸して下さい」

 

「え、はいどうぞ」

 

 私はハンマーを受け取り――――そのまま男子生徒の頭を叩いた。

 

「い〝っ〝!!!」

 

 気持ちのいい音ともに、男子生徒の情けない悲鳴があがる。

 

「愉しい……! ……あっ、ごめんなさい! 怪我はない!?」

 

 私は爽快感に浸りながら、我に却って男子生徒に謝罪する。男子生徒はメガネをずらしたまま、「なんで僕ばかり……」と呟いていた。本当に申し訳ない。

 

 ハンマーをセシルさんに返すと、今度は私に頭を下げてきた。

 

「この間はごめんなさい。エクターの件、私は止めたんだけど……」

 

 ナリタ連山にて特派に回収されたエクターは未だに私の手元に帰ってきていなかった。

 謹慎中のため、問題はないのだが明らかに工期が長い。絶対、修理以外に余計なことをやっている。

 

「セシルさんも大変なのはわかっていますので……いや、本当に、大学の頃からご苦労様です……」

 

「それはモニカちゃんも。ほんと、昔からあの人は……」

 

「「はぁ……」」

 

 大きなため息が二つ。暫くロイドについて愚痴っていると、一人の男子生徒が不審そうに話しかけてきた。

 

「あの、何かトラブルでも……って、モニカ先輩?」

 

――――それは見回りを担当していたルルーシュだった。私は即座に表情を硬直させ、動揺した様子を披露する。

 

「ル、ルルーシュ……あの、この人は」

 

 私は盾になるように、セシルの前に立ちふさがる。ルルーシュをゼロだと確信し始めている人間の反応としては極めて自然な……言うなれば適切な不自然さだ。

 ルルーシュは暫く何も言わずに私を見つめた後に、少し大袈裟に表情を崩した。

 

「……その人、軍の人ですよね。お仕事の話の邪魔をしたのならすみません」

 

 穏やかな、気遣うような言葉。

 ルルーシュの内心では、アラートが鳴り響いているだろうに表に出さないのは流石は仮面の騎士という他ないだろう。

 

「あら、あなたってスザクくんのお友達の……モニカちゃんのお友達でもあったのね」

 

 唯一、色んな意味で善意の第三者なセシルさんは驚きをそのまま素直に口に出した。

 ああ、そう言えばこんなやり取り、私の知る物語でもあったな。

 ……ということは。

 

「おい、お前。世界一のピザというのはどこで食べられるんだ?」

 

 私の視界に、アッシュフォードの制服を身に纏った緑髪の少女が映し出される。

 

「ーーーーッ! お前……」

 

 ルルーシュが、私の知るやり取りの時以上に焦った様子で振り返る――――が、それよりも先に私が彼女の前に躍り出て、言う。

 

「それなら、今から私がガニメデで作る予定なの。案内しましょうか?」

 

「お前は――――」

 

 私が差し出した手を見た緑髪の女子生徒――――C.C.は一瞬だけ目を丸くして、そして笑った。

 

「……ああ、頼む」

 

「なっ!?」

 

 私の手を握ったC.C.にルルーシュは仮面を崩した。そりゃ、絶賛己を疑い中の私と、己の急所であるC.C.が本格的に接触したのだ。腹芸どころではない。しかし、あからさまに止めて知り合いであることを気取られるのもまずい。ルルーシュは戸惑うことしかできない。

 

「すみません、セシルさん。私はここで失礼させていただきます」

 

「ええ。学園祭、楽しんで」

 

 手を振るセシルさんと、その隣で愕然とするルルーシュに見送られながらC.C.とその場を後にした。

 そして、ガニメデが待機している大型倉庫についたころ、魔女は私の手を放して笑う。

 

「――――はじめましてだな、モニカ・クルシェフスキー。可愛い弟を揶揄うのは楽しいか?」

 

 女は笑った。

 

「――――こちらこそはじめまして、C.C.。弟がお世話になっています」

 

 魔女の目が見開かれる。

 

「……なるほど、そういう類のものか」

 

 意味深なことを漏らして、独りでに納得。

 ミステリアスさを放置する気はない。

 

「何の話でしょうか、C.C.。何か不自然な点でも?」

 

「触れた時にわかった。お前の中に変なものが混じっている。私を知っているのもおおかたその変なもの由来だろう?」

 

「……なるほど」

 

「あの日、Cの世界に何か異物の情報が転がり込んだ。そして――――赤子だったお前に流入した。お前、変な記憶を持っているだろう」

 

「……予想はついていましたが、やはりCの世界が絡んでいたんですね」

 

 誰かの記憶……つまりは意識なのだ、私が持っているこれは。

 Cの世界に結び付けない理由がない。ただ――――

 

「この記憶の源流など今となっては些事に過ぎません。貴女と私の共通の友人(マリアンヌ)もそう思っているでしょう」

 

「ああ、そうだろうな。あいつはそういうやつだ」

 

 C.C.はくすりと笑った。

 

「V.V.はCの世界と私のことを知らないようでした。なぜですか」

 

「V.V.のことも知っているのか。……Cの世界が乱れたのはほんの一瞬のことだったからな。痕跡も残っていない。他の事に気を取られていたあいつが知らないのも無理はないさ。あの後すぐに私はあそこを去ったしな」

 

 V.V.の態度に裏付けが取れた。私のことを皇女と知ってはいても、そこから先のことはやはり知り得ていない。

 

「それで? お前はどういうつもりで動いているんだ? あの坊やと同じような目的なら、今みたいに腹芸大会なんてせずにゼロに合流していただろう。お前は何を願っている?」

 

「いいえ、私の願いはルルーシュと同じですよ」

 

「……なに?」

 

「ただ、彼よりも少しだけ我儘なだけです」

 

 できる限り、綺麗事を抱えたまま世界を救いたい。それはきっと、ルルーシュからすれば我儘だろう。

 C.C.は丸くなった瞳で私をじっと見つめて、呆れたように笑いを漏らす。

 

「なるほど、あいつが気に入るわけだ。坊やにはお前のことは話さないでいてやる」

 

「あまり褒め言葉として嬉しくはありませんが……お礼に警告を一つ」

 

「なんだ」

 

「今、私はV.V.の監視下にあります」

 

「……」

 

 流石のC.C.も面食った様子で顔を顰めた。

 

「ルルーシュに私をけしかけたいようで。私はモニカ・クルシェフスキーとしてそれに敢えて応じました」

 

「……それで坊やが最近お前の様子をやたらと気にしていたのか」

 

「ええ。ですので、私と貴女が接触したことも既にV.V.に報告されている可能性が高い」

 

「ちっ……相変わらずだなあいつも」

 

「流石に今日明日、貴女を捕まえるつもりはないでしょう。しかし、今日みたいに大胆に動くことはお勧めしません」

 

 そもそもゼロの素顔を掴んでいる時点でC.C.の所在も把握しているだろう。それでもC.C.がルルーシュの傍に居られるのは、本当の意味でシャルルたちと袂を分かっているわけじゃないからだ。

 尤も、ブラックリベリオン後のように本格的に姿を眩ませたら別の話だが。

 

「……忠告には感謝してやろう。しかし――――世界一のピザはいただく」

 

「……ただの大きなピザというだけなんですが」

 

「それでもだ」

 

「そうですか……」

 

 ピザ狂いを目の当たりにし、感動よりもその執念へのドン引きが勝る。

 C.C.は倉庫の中にしまってあった皿を拾い上げて、鼻歌まじりに去ろうとした。私はそれを引き留める。

 

「C.C.」

 

「ん? なんだ、まだ何かあるのか?」

 

「恐らく心穏やかに貴女と話せるのはこれが最後になるので一つだけ……私はルルーシュの敵になるつもりはありません。絶対に命を奪ったり、自由を奪ったりはしない、という意味です。これだけは覚えておいてください」

 

「……はぁ?」

 

 魔女は怪訝そうに、流麗な眉を歪める。

 

 ――――これでまた一つ、布石を打ち終えた。

 

「ではピザを作るので、これで」

 

「……まぁいい。頼むから不味いピザは食わせてくれるなよ」

 

 ガニメデに乗り込む私に構わず、C.C.はその場を去った。

 今日の話をマオにしたら、きっと嫉妬するだろうなと思いながらガニメデを起動させる。

 

 その後、私は妙に距離の近いミレイとロイドをピザ製作中に目撃したため、操作ミスをしてしまい、ピザ生地は正史通り針葉樹を覆い隠す結末を迎えることとなった。

 ごめん、C.C.。恨むならロイドを恨んで欲しい。

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