モニカ転生   作:パッツンスキー枢機卿

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51.布石

 学園祭の日。それはルルーシュにとって悪夢に等しい一日だった。

 ユーフェミアがナナリーに接触したこと。そして────モニカとC.C.の接触。

 

 モニカ・クルシェフスキーは自分をゼロであると疑っている。それは最早確定事項と言う他ない。

 

 そんな状況で、唯一ゼロの素顔を完全に知っているC.C.との接触は下手をすれば致命傷になりかねない。

 一体、C.C.とモニカは何を話したのか。C.C.を問い詰めたところで胡乱なはぐらかししか出てこなかった。

 

 少なくとも自分の身柄がナイト・オブ・トゥエルブに捕らえられていない時点で、モニカの疑念は確信には変わっていないのだろうが、それも時間の問題だ。

 

 考えるべきは────モニカ・クルシェフスキーに疑念の種を植え付けたのは誰か。

 

────湖の貴人……。

 

 ピザの匂いが充満する自室で、ルルーシュは湖の貴人が関与したと思しき事件の記事をPCで確認していた。

 

 今になって気付いたが、湖の貴人はゼロの登場前から人死を抑止するような介入の仕方を見せている。

 いや、ゼロとしてルルーシュが動き出してからもナリタ連山や式根島での横槍は人死を減らすためのものと取ることができる。

 

 湖の貴人が放ったハドロンブラスターはシュナイゼルからの砲撃を防いだ、という事後報告もあった。

 

 湖の貴人は、人死を嫌っている。

 しかし、それは何故か。人物像が見えてこない。

 

 ルルーシュは湖の貴人の身分についてある程度絞ることができていた。

 大貴族あるいは皇族であり、盤面を俯瞰できるだけの力を有している。そして────ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの生存について知ることができる人物。

 

 それに一致する人物を一人知っている。シュナイゼル・エル・ブリタニアだ。

 

 だがシュナイゼルだった場合、犠牲を嫌うという人物像から外れてしまう。

 

 式根島で湖の貴人はシュナイゼルの砲撃から自分を守った、というのも否定の材料に入れられそうだが、湖の貴人とシュナイゼルにラインがある可能性もある。

 

 ただやはり、総合的に見て湖の貴人がシュナイゼル本人である可能性は限りなく低い。

 

 その上でモニカの件に関してもうひとつの予感をルルーシュは抱いていた。

 

────モニカ先輩に探りを入れさせたのは、おそらく湖の貴人とは別口だろうな。湖の貴人にそれをするメリットがない。

 

 湖の貴人はゼロの正体を知っている可能性が高く、その上でゼロのサポートを行っている。

 

 そんな状況でモニカに接触し、ルルーシュに探りを入れさせたと仮定するとあまりにチグハグだ。

 

 おそらく、第三勢力がいる。そう考えるのが自然。

 

 共通項として、湖の貴人も第三勢力もゼロの素顔を見透かしている。

 考え得る限り、完璧に隠蔽しているにも拘わらずだ。組織力の前では無意味というなら、とうの昔にジェレミアやコーネリアによってゼロの素顔は暴かれている。

 つまり、そういう問題では無いのだ。組織力よりも理不尽な力を相手にしている。だとするなら、それはひとつしかない。

 

「おい、C.C.」

 

 ソファに寝そべってピザを貪る不健康そのものな不老不死の魔女は、不機嫌そうに顔を上げる。

 

「……なんだ? 何度願われてもあの小娘との会話については教えんと言っただろう。デリカシーを学べ、童貞坊や」

 

「それについてじゃない。ひとつ確かめておきたいことが出来た。

 俺以外に、ギアスを使える者はいるか?」

 

「……いるよ」

 

 奇妙な間。ルルーシュはそれに違和感を抱いたが、本題ではないため一旦それを忘れる。

 本題、それはギアス使用者ではなく────

 

「では、お前以外にギアスを与えることが出来る者は?」

 

「────」

 

 無言。しかし、それは明らかに正解を意味していた。

 

「いるんだな?」

 

「……私は何も言っていない」

 

「フン、目は口ほどに物を言うんだよ」

 

「本当に、デリカシーのないやつめ」

 

 C.C.は拗ねるようにルルーシュに背を向けて、ピザをさらに貪り始めた。

 ルルーシュは勝ち誇ったように鼻を鳴らして、思索に戻る。

 

 苛立っていた事の根幹が見えてきた。

 ずっと意味がわからなかったのだ。完璧に偽装していたにも拘わらず、仮面の奥を見破られていたことが。

 無自覚な馬鹿であることを嘲られているような不快感に苛まれてさえいた。

 

 しかし、相手もギアスを駆使しているとなれば話は別。

 無能故に相手の一手を読み違えていたのではない。そもそもゲームのルールを把握できていなかっただけなのだ。

 

 ルルーシュの勘が、湖の貴人も第三勢力もギアスを駒として使う打ち手であると告げていた。

 まだ自分はこのゲームの打ち手になれていない。ならば、これからなればいいだけのこと。

 

「精々、そこから見下していろ」

 

 最後に見下ろしているのはこの自分だ。

 ルルーシュは不屈の意思で打ち手たちを見上げた。

 

 

 ユーフェミアの行政特区設立の考えは、出力されるまでに多くの異議が唱えられた。

 そしてその多くが、兄であるシュナイゼルからのものだった。

 

「ユフィ、どうか考え直してはくれないか」

 

 困り顔で笑うシュナイゼルは、どうしてもユーフェミアの考えに賛同するつもりはないようだった。

 

「なんでですか、シュナイゼル兄様! 貴方ならきっとこの考えに賛成してくれると思っていたのに……!」

 

「エリア11だけを特別扱いしてしまうと他のエリアから反感を買いかねない。平時ならともかく、今は戦時中だ。内患は避けたいんだよ、ユフィ」

 

「……っ!」

 

 シュナイゼルの言葉はユフィが言葉に詰まるほどに正論だった。

 しかし、どこかシュナイゼルには似つかわしくない類の色を帯びていた。

 

 反論に詰まるユーフェミアと、微笑みのままにそれを見つめるシュナイゼル。

 停滞的な沈黙を破ったのは高飛車な足音だった。

 

「兄上、それは些か浅慮ではありませんか。貴方らしくもない」

 

 槍の如く鋭い苦言とともに場に割って入ったのは、ユーフェミアの実姉であるコーネリアだった。

 

「ふむ、浅慮とは?」

 

「ユフィの出した政策は戦時下でこそ有効に働く。目下、ブリタニアに牙を剥く内患、黒の騎士団を絞め殺せる策ではありませんか」

 

 行政特区日本が成立すれば、黒の騎士団ひいてはゼロの求心力は無に帰す。

 

「なるほど、それには一理ある。しかし、それを言うなら君の方こそらしくない意見だね、コーネリア」

 

 シュナイゼルの表情はどこまでも柔和だった。それでいて、揺るぎがない。

 

「お言葉の意味を測りかねます、兄上」

 

「聞いていないわけではないだろう。ユフィはこの件を押し通すために皇籍を捨てるつもりだ。

君としては到底受容出来る話ではない。本国から移動を完了したグラストンナイツを筆頭に君の陣容はここに来て完成しつつある。

そのまま武力で押し潰してしまえばいいのではないかな? 黒の騎士団も、湖の貴人も」

 

「……」

 

 コーネリアは紫の瞳で、じっとシュナイゼルを見つめた。

 睨んでいるわけではないが、決して平穏なものでもない。ただ、目の前の男の腹の中に潜むものを暴こうとしている。

 

 そして、足音がまた一つ。

 

「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり。ユーフェミア殿下のお考えは黒の騎士団ら逆賊を排除する策として最上に近いかと。シュナイゼル殿下」

 

 乱入者であるナイト・オブ・トゥエルブ──モニカ・クルシェフスキーは、コーネリアたちとシュナイゼルの間に毅然と割って入った。

 

「クルシェフスキー、貴様、誰の許しがあってここに」

 

「私が呼んだんだよ」

 

 擁護されたにも拘わらず皇女として正しい厳しさを見せるコーネリアに、シュナイゼルが笑みを零しつつ制する。ユーフェミアは困惑した様子で、ただ兄と姉、そして謎多きナイト・オブ・ラウンズの応酬を見守っていた。

 

「彼女にも意見が聞きたくてね。しかし、なるほど、君らしい意見だ」

 

「シュナイゼル殿下には多くのことを学ばせていただきました。……その上で、今回のユーフェミア殿下のお考えは何を取っても上策であるとしか思えません」

 

「……モニカさん」

 

 ユーフェミアが驚きのままに、モニカの名前を漏らした。

 

「なるほど、3対1になってしまったね」

 

 苦笑するシュナイゼルだが、怒りは微塵も含まれていない。

 エリア11の──幾万、幾億の人命の行く末を語り合っているというのに、シュナイゼルだけはまるで妹たちの我儘を聞いているようだった。

 

「そこまで言われると、私としても賛成せざるを──」

 

「お待ちください、シュナイゼル殿下」

 

 最後の足音。他三人よりも早く、モニカがその声の主に目を向ける。まるで、親の仇に向けるような鋭さで────

 

「殿下たちの護衛を陛下より仰せつかっているナイト・オブ・ファイブとしてこの件は到底、支持しかねます」

 

「……ノーランド。父はこの件には関与しないと仰っていたと思うが」

 

「恐れながら、私個人の意見です。ユーフェミア殿下が皇籍を捨てればこれまでほど厳重にお守りすることが難しくなる。

その状況で日本のテロリストどもに人質に取られでもしたら、それは弱みになりかねません。

皇籍を捨てたとは言え、ユーフェミア殿下の求心力を鑑みれば人質としての価値は計り知れない」

 

「わ、私はそんなことには……!」

 

「どのような手段でなされたかは不明ですが、現に式根島ではゼロの人質にされていたはず。どうして皇籍を捨てても問題ないと言えるのですか」

 

「っ……そ、それは」

 

「口が過ぎますよ、ナイト・オブ・ファイブ。貴方が意地汚く唾を飛ばしている相手は尊き御方であることを理解しなさい。目を曇らせるぐらいでしたら、その悪趣味なマスクは捨てることですね」

 

「無能故に式根島に参陣出来なかった者が口を挟むな、ナイト・オブ・トゥエルブ。黴の生えたような古書の引用しか出来ないのであれば、疾くここから消え失せるがいい」

 

「単騎の逆賊に集団で掛かった上で、中破まで追い込まれた騎士の言うことですか?」

 

 殺気を帯びた応酬。もし、ここに新兵でも居合わせていたら震え上がっていただろう、とコーネリアは騎士の頂点の衝突を一瞥し、その上で一喝した。

 

「ここは貴様らの舌戦の場ではない! 慎めッ!」

 

「……失礼いたしました」

 

 モニカがその場で失態に恥じ入りながら跪いたのに対して、ノーランドは邪魔者が黙って幸いとばかりに再び口を開いた。

 

「命じてくだされば、このナイト・オブ・ファイブが叛徒どもを根絶やしにして御覧に入れます。何卒、ご再考を」

 

「ふむ」

 

 シュナイゼルはノーランドの進言を咀嚼したのちに、判断を下した。

 

「いや、今回はやはりユフィを支持しよう。コーネリアやモニカが進言してくれた通り、戦わずしてエリア11の目の上のたん瘤を無くせるのは大きい。申し訳ないね、ノーランド。

――――好きにやってみなさい、ユフィ」

 

「兄様……!」

 

 花が咲いたような笑顔を浮かべるユーフェミアに対して、コーネリアと二人の騎士の表情は晴れない。

 コーネリアは兄の言動に不信感を隠さず、ノーランドとモニカは何かを熟考するように黙り込んでいた。

 

 シュナイゼルは、静かに微笑んでいた。

 

「ノーランドには式典当日の警備を担当して欲しいと思っている。この後、二人で話をしよう」

 

「……御意に」

 

 シュナイゼルとノーランドを残してユーフェミアらが退室する時、ナイト・オブ・ラウンズたちは一切視線をぶつけることはなかった。

 

 

 ノーランドはなぜ、話に割り込んで来たのだろうか。

 前を歩くコーネリアとユーフェミアの背を見ながら、あの忌々しい男の思考について考察する。

 

 行政特区日本はあの男の目的(人類絶滅)の達成には関係ない。本来であれば関わってくる道理などないのだ。

 それに加えてノーランドは目立てば目立つほど、処分される可能性が高まる。

 

 そのリスクを加味してでも、私を殺したいというのか。

 

 そうまで死に急ぐというのなら、こちらとしても望むところだ。

 人類の前から永遠に消し去るという形で、あの男の生理的嫌悪を終わらせてやろう。

 

 そんなことを考えていると、前を歩いていたユーフェミアが私の方に振り返ってきた。

 

「あの、モニカ……ありがとうございます、私に賛同してくれて」

 

「そんな、ユーフェミア殿下。お礼など……」

 

「ユフィと呼んで。前、話した時はそう呼んでくれていたでしょう」

 

「それは……」

 

「何?」

 

 コーネリアが眉を顰める。

 

「私の知らないところで交流があったのか?」

 

「ええと、それはぁ」

 

「ユーフェミア殿下が家出なされた際に、出くわした私が即興で護衛をさせていただきました。

その際、殿下が皇女であると露見させないために、無礼にも友人を装う形を取らせて頂いた、という経緯です」

 

「なんで言っちゃうんですか!?」

 

 全てを打ち明けた私に可愛らしく抗議するユーフェミア。そんな光景を前にコーネリアは呆れたようにため息を吐いた。

 

「……まったく。ユフィ、今回の件と言いお前は無鉄砲すぎる。あまり、姉を悩ませてくれるな」

 

「うう……」

 

「ナイト・オブ・トゥエルブ、お前にも迷惑を掛けたようだ。感謝する」

 

 コーネリアはユーフェミアのこととなると、姉としての側面を強く見せる。ブリタニアの魔女としてではない、親しみやすい淑女としての側面。

 

「騎士として当然の働きをしたまで。

私程度には勿体無い御言葉です、コーネリア殿下」

 

「これからも忠を尽くしてくれ。くれぐれも感情的になるなよ」

 

 先程の件について釘を刺されてしまい、少し恥ずかしくなるが私は騎士としての態度を貫く。

 

「お恥ずかしい限りです。

 

――――このモニカ・クルシェフスキー、ユーフェミア殿下の大願成就のため全身全霊で尽力させていただきます」

 

「モニカさん……」

 

 コーネリアは満足気に頷き、ユーフェミアは目に涙さえ浮かべた。私は心にもないことを言っている。

 本当は、全身全霊でユーフェミアの願いを踏みにじるために暗躍しているというのに。

 

 こうして私は、少女の願いを蹂躙するための布石を打ち終えたのだった。 

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