行政特区日本の発足が宣言される予定の式典会場。前日にも拘らず、そこはすでに多くのイレブン――――いや、日本人によって埋め尽くされていた。
彼らの多くは未だに懐疑的であった。しかし、同時に希望を抱いてもいる。
差別と抑圧から掬い上げられる可能性、それに縋っているのだ。
彼らの願いを、愚かだと一体誰が言えようか。
「まったく愚かしいね」
幼童は中継を指差して嘲笑った。
「……貴方は」
いつの間にか自室に居たV.V.は我が物顔で私の机に腰掛けて、テレビを眺めていた。
「ああ、お茶はいらないよ。急にこっちから押しかけてしまったからね」
お前に出すとするなら濃い紅茶が精々である。つまり、さっさと帰れということだ――――というわけにもいかず、警戒を表に出す。
「二度目の不法侵入です、覚悟は……」
「流石に二度目ともなれば、僕に対して普通の応対が適切でないことは理解しているだろう?」
「……一体、どうやって」
「さて、どうやったんだろうね? まぁ、マジックの種明かしはいずれ」
「マジック……?」
ロロ酷使の結果だろう。なんでマジシャン面できるんだろうか。
私の背後で僅かに荒い息の音。うまくやれば、振り返るなりロロを取り押さえることができるかもしれない。が、今そんな無茶をする必要性は皆無だ。
屋敷内にはクジャパットがいるが、制圧には心もとない。ロロを何とかできたとしても、V.V.を逃す可能性がある。それに、今捕まえたとしても私が犯人であるとシャルルに露見することだろう。
まだ、その時ではない。
「何の用ですか」
「ルルーシュの件さ。気になっていただろう?」
「まさか、あの世迷言を私が信じたとでも……」
「信じているさ。弱弱しい探りの電話までいれて」
「ッ!?」
V.V.は机の下から盗聴器をこれ見よがしに取り外してみせた。
「勿論、他の場所にも仕掛けているよ。許可なく取り外せば、君の仮初の両親と――――ミレイ・アッシュフォードの身の安全は保障できなくなる」
「……ナイト・オブ・トゥエルブを脅すと?」
「いや、ただ君の身を軽くしてあげるだけさ。何しろ、ルルーシュが利用できる駒を減らすことができるわけだからね」
「もし彼らに手を出せば、私は全力で貴方を殺します」
「できるものなら、と言っておこう」
できる。が、今そのためのカードは手元にない。
「それに今日来たのは君を脅すためじゃないよ、モニカ。
ルルーシュ、いやゼロのことさ」
「……行政特区日本の成立が確実な今、黒の騎士団は遠からず瓦解するはず。ルルーシュがゼロだとしても、もはや問題ではありません」
「そう上手くいくかな?」
V.V.はクスクスと笑った。
「もし万が一、ゼロが行政特区日本を潰せたら、君にはしてもらいたいことがあるんだ」
「貴方の言うことを聞くとでも?」
「なに、大したことじゃないよ。ナナリーを守っていて欲しいんだ」
「……なんですって?」
「どう転ぶかはわからないけど、ルルーシュのことだ、きっとその時はやってくると思うよ。その仕事をやり遂げたなら、最高の親子の対面をセッティングしてあげるからさ」
そう言って、V.V.はロロの息遣いとともに消えた。
……ナナリーの傍に居させる意図は概ね分かる。気になったのは、先日のC.C.との接触について掘り下げられなかったことだ。V.V.が学園祭で私から監視を外したとは考えにくい。
おそらくだが、C.C.との繋がりを私に感づかれるのを嫌ったか。
私の出自にCの世界が絡んでいることを知らないらしいV.V.にとって、C.C.との会話はリスクを負ってまで探る価値の無いものだったのかもしれない。そもそも私を脅威とは捉えてないのもあるだろうが。
それに、どうもV.V.は本格的に私を配下として使うつもりはないようだ。
V.V.は、己のことは当然としてギアスについても結局明かさなかった。
現時点で信頼が足りていない、というよりは単に安い駒なのだろう。つまり用済みになれば使い捨てる予定。
ギンツブルグの遺児で皇帝の落胤である私を捨て置けばユーロ・ブリタニアあたりの旗印になりかねないのだから生かす意味もない。
V.V.視点でラグナレク接続計画も既に終盤に入りつつある今、ギアスユーザーを増やす意味もない。
大方、ナナリーとルルーシュの確保が成功した時点で私を殺す腹積もりなのだろう。それも、考え得る限り最も悪辣な場面で。
つまり、ここがターニングポイントだ。私とV.V.、どちらかが舞台から消えることとなる。
私は立ち上がり、式典会場――――ではなく政庁へ向かう準備をするために
式典当日の私は政庁で待機することになっている。それはV.V.も知るところだろう。
……ナナリー誘拐に一枚噛めたのは大きい。あとは現場にV.V.本人が直々に顔を出してくれたのなら言うことなしなのだが。そうすれば、多くの手順とリスクを省略できる。
時間を空けず、褐色の執事が入室する。
「予定通り、政庁へと向かいます。
クジャパットは不敵に笑い、首肯した。
「
「……そう、よかった」
私はナイト・オブ・トゥエルブの外套を翻して、屋敷を後にする。
*
キョウト六家、その一角である桐原泰三は窮地に立たされていた。
眼前にはサクラダイト採掘が行われている富士山。他国の利権によって削られ、小さくなっていく最高峰は、日本の現状と末路を暗示しているようにしか思えない。
「……いや、結局のところは儂らに力がないのが悪い、か」
脳裏にはブリタニアを潰す、と堂々と宣言した人身御供の少年の姿が浮かんでいた。
行政特区日本はキョウトの首を確実に締め上げている。
コーネリアはダールトンを通して、キョウト六家の生存と引き換えに行政特区日本への参加と黒の騎士団への裏切りを迫った。
桐原個人としては、ゼロに全てを託して死にゆくことを選びたい――――が他の面子はそうもいかないだろう。
ゼロがどう動くつもりかは不明だが、どう足掻いても大幅な求心力低下は避けられない。
活路があるとするなら同じくブリタニアの脅威に晒されている海外――――中華連邦やE.U.での再起だろうか。
なんにせよ、ゼロの素顔は墓場まで持っていく必要がある。
――――つまり、今の自分はどう生き抜くかではなくどう死ぬかの段階ということだ。
「それはちょっと気が早いんじゃないかなぁ? ニッポン人ってそういうの好きだよねぇ」
「何奴ッ!」
振り返った先、そこには白い男が一人。目はバイザーによって覆われている。
「やぁ、売国奴の桐原卿。お忙しいところ悪いね」
「答えろッ、貴様どうやってここに……」
「湖の貴人、と言えばわかるかな?」
「――――ッ」
桐原の沈黙を、男はくつくつと笑った。
湖の貴人、だとするならばなぜこのタイミングで姿を現した。……いや、このタイミングだからこそか。
「その通り。君たちみたいなのは溺れかけているタイミングで藁を差し出すに限る」
男は明らかに桐原の思考を読んでいた。
「……面妖な」
「どうでもいいことに思考リソースを割くのはやめなよ。重要なのはこちらの取引に乗るかどうかだ」
「……取引だと?」
「ああ。――――
「――――貴様は、何を言っておる?」
意図がわからない。
ブリタニアが黒の騎士団への支援の打ち切りを迫るのとニュアンスがまったく異なる。
なぜならば湖の貴人も黒の騎士団と同じく反ブリタニアの地下組織のはず。ならばその意味するところは。
「簡単な話、ゼロが消えた後の奴らがボクらに縋るように誘導して欲しいんだ」
「……それこそ意味がわからん。ゼロがいなくなったとするなら、それは黒の騎士団の瓦解も同義だ。その時点での黒の騎士団など、人員が生き残っていたとしても価値などないだろう」
「それは君が気にすることではないね」
「では、そのように取り計らったとして貴様は儂らに何を差し出すつもりだ?」
「ブリタニアよりも確実な生存」
「笑わせるな。ブリタニアの司法取引以上の安全を貴様らが用意できるわけがない」
湖の貴人がブリタニア内部の者であることはキョウト六家の共通認識である。しかし、それを加味しても皇族が提示する取引材料より確実なものを用意出来るほどとは到底思えない。
「ボクからしたら、本当にコーネリアが恩情を与えてくれると思い込んでいるキミたちのほうがお笑い草だけどね」
「くだらん挑発だな。コーネリアの冷徹さを喧伝しようが、貴様らの稚拙な取引材料に価値が帯びるわけでもなし」
「ああ、だからここからが本当のセールストークさ」
そう言って、ノートパソコンを取り出して映像を繋いだ。
「何を……なッ!?」
『やぁ、初めまして桐原さん』
そこには、微笑を浮かべる金髪碧眼の皇子――――シュナイゼル・エル・ブリタニアが居た。
「いや、まさか、そんなわけが……」
『ゼロがルルーシュなのです。ならば、湖の貴人が私でも何の不自然はないと思いませんか』
「――――」
墓場まで持っていくと決意した真実を、目の前の皇子は当たり前のように明かした。
桐原は悟る。これは、取引でもましてや駆け引きでもない。今、自分は皿の上に載せられているのだ。どう食われるかの選択権など、老骨が持てるものか。
「……シュナイゼル……いや、湖の貴人よ。貴様は一体、何を望む」
『世界平和ですよ、桐原さん。誰もが望むその夢。
薄っぺらい偽善、そう切り捨てるには欺瞞がない。――――しかし、熱もない。
「……父相手にクーデターを仕掛けるつもりか」
成程、確かに取引としての説得力は担保された。
皇帝に最も近いとされる男が、叛徒としての素顔を晒しながら保護を提案しているのだ。コーネリアが提示するそれより、よほど魅力的だ。
その先に待っているであろう、大帝国を割る戦乱に巻き込まれることを除けば、だが。
『ええ。そのために貴方たちキョウトや黒の騎士団は重要なファクターなのです』
「ファクター? ハッ、捨て駒だろう……!」
『それは違いますよ、桐原さん』
シュナイゼルは笑って、言った。
『
――――それを禁じましょう。
老人は削られていく富士山を背に、恐ろしいモノの掌の中に落ちていった。
*
式典当日、ルルーシュはある種の覚悟を持ってガウェインに乗り込んだ。
無垢な策でかつてないほどに追い詰められている、それは否定しようもない。
キョウトはもう長くない。恐らく、コーネリアから首根っこを捉えられている。黒の騎士団の支援を打ち切ったのは、そのためだろう。
そして、行政特区日本が成立すれば騎士団への支持者の殆どが消え失せることだろう。
後援者と信奉者の二つが喪失すれば、それは
そして、それは現時点で半ば確定している。コーネリアに加えて、シュナイゼルが参加しているのだ。抜かりはないだろう。
ならば諦めるのか。
否、ルルーシュには力がある。絶対遵守の力が。
(まずはユーフェミアにギアスを掛け、俺を撃たせる。急所を外させれば死にはしない。……そして、奇跡の生還を果たして、行政特区日本を否定する。……逃げ腰のキョウトはギアスで絶対服従させれば問題ない)
些か無茶の伴う計画ではあるが、勝算は十分にあった。
不安要素としてはコーネリアとシュナイゼルの出方、あとは警備を担当するナイト・オブ・ファイブ……あとは陰に潜む湖の貴人と、正体不明の第三勢力。
……並べると思いの外、不安の種が多いことにルルーシュは気付いたが、だからと言って立ち止まることはできない。
幸いなことにモニカや
ユーフェミアから銃撃された後に逃走経路を確保するだけの余地はあるのだから。
T字の姿勢で、式典会場へと飛来するガウェインに会場がどよめく。警備を担当するブリタニア兵たちも露骨に殺気づいていた。……警備を取り仕切っているはずのナイト・オブ・ファイブが見当たらない。しかし、それについて考察する時間などない。
「それで、どうするつもりだ」
後方の操縦席でC.C.がどこか試すような目でルルーシュを見ていた。
「ふん、知れたこと。この力で打開するまでだ。これまでのようにな」
「……あまり、それを過信するな」
「お前が与えた力だろうが。それとも、俺に明かしていない弱点でもあるのか?」
「……」
何か言いたげなC.C.だが、結局続きの言葉を発することはなかった。ギアスについて何か隠していることは確かだが、最近はそれが顕著だった。
不信感……というほどではないが、違和感は積み重なっていく。だが、やはり考えている時間はない。ガウェインはそのまま着地し、ユーフェミアが迎える。
「やぁ、ユーフェミア・リ・ブリタニア」
「ようこそゼロ!」
彼女は咲くような笑顔を向けた。これから自分は、彼女の笑顔を踏みにじる。
綺麗事で、世界は救えないのだから。
*
綺麗事では世界は救えない。それはきっと、その通りなのだろう。
ここに至るまで、私は多くの者の人生を奪い、あるいは狂わせた。
大切な人たちが不幸にならない世界を実現するという綺麗事の名の下に。もしかしたら、やっていることは父と大差ないのかもしれない。
だけど――――
「今更、止まれないわよね。――――ルルーシュ」
政庁の執務室……そこに仕込んでいた隠し通路を歩きながら、ゼロとユーフェミアが会話しているG1ベースの会話を聞いていた。
トウキョウ租界は巨大な階層構造になっている都合上、地下にはブラックボックスが非常に多い。上手く利用すれば、後暗いことをするための絶好の穴蔵を作ることもできるほどに。
利用する不届き者が体制側の人間であれば、尚更それは容易だろう。
クロヴィスが表向き薨御した後、コーネリアが就任するまでの空白期間を利用して私はトウキョウ租界の各用地に、いくつかの隠し通路と地下施設を拵えた。
今歩いている通路もそのひとつである。
『セラミックと竹を使用したニードルガン。これは検知機では見つからない』
『ルルーシュ、貴方撃たないでしょう?』
『そうだ。撃つのは君だ』
ルルーシュはやはり、ユーフェミアに自身を撃たせて事態を打開する方法を選んだ。
卑劣な策だ。これから起きるであろう血染めと比べればまだマシだが、それでもユーフェミアの名誉を失墜させる策であることには変わりない。
ルルーシュだってそれには自覚的なのだろう。
敵には徹底的なまでに冷徹になる彼だが、ユーフェミアは敵とは言い難い。むしろ、依然として身内に近いだろう。その上で、彼はユーフェミアを貶める策を選んだ。
それは彼からしても苦渋の決断。だからこそ――――彼はユーフェミアの熱意に負けてしまうのだ。
『君は俺にとって最悪の敵だったよ。――――君の勝ちだ』
本当に、貴方は優しい。
もし、世界が――いや、シャルルたちが狂っていなければ彼は非情になる必要もなく、心優しく聡明な皇子として、幸せに暮らせていたかもしれない。
だが――――その未来は疾うの昔に閉ざされた。
『でも私って信用ないのね! 脅されたからって私がルルーシュを撃つと思ったの?』
『ああ、違うよ。俺が本気で命じたら、誰だって逆らえないんだ。例えば――――』
隠し通路の先にはフローレンスが鎮座していた。私の愛機を見上げていたジェレミアが、振り返り、神妙な顔で頭を下げる。体格が明らかに変わっており、左眼には特殊な機構の眼帯。
『――――日本人を皆殺しにしろ、とかね』
刹那、鳴り響くユーフェミアの悲鳴。
私はイヤホンをしまい、ジェレミアに告げる。
「……調整は完了していると報告を受けています。――――問題ないですね?」
「Yes,your highness.
このジェレミア・ゴットバルト――――全力で、任に当たらせていただきます」
自信に満ちた笑顔とともに、フローレンスに乗り込む私を見送った。
コックピット内で、中継に目を向ける。
画面の向こうでは血塗れのユーフェミア――――ではなく、シュナイゼルが手配した兵たちが、黒の騎士団を攻撃している光景が映し出されていた。ゼロもユーフェミアも、まだG1ベースから戻ってきていない段階でのことだった。
真に卑劣なのは優しさを、願いを、悲しみを――――その全てを知った上で踏みにじる者だろう。