行政特区日本の式典は思わぬ横槍によってご破算となった。
ブリタニア側の部隊が、会場周辺で待機していた黒の騎士団へ攻撃を開始。黒の騎士団の反撃により交戦開始、式典会場は一転、恐慌状態へと陥った。
「何が起きている……?」
ガウェインで待機していたC.C.は眉を顰める。黒の騎士団から攻撃を受けたという報告と指示を仰ぐ無線が飛び続けている。しかし肝心の
枢木スザクへの好奇心を優先せず、コックピットから降りなくて正解だった、とC.C.は操縦桿を握りしめた。
ルルーシュがいないために絶対守護領域は使用できないが、それでもこの会場内で控えているグロースター程度ならばどうとでもなる。
会場内のブリタニア側も混乱しているようで、未だガウェインに敵対的な行動は見られないが、それも時間の問題だ。
「さっさと戻ってこい、坊やが。……しかしこれは誰の仕業だ?」
C.C.からしても今の状況がブリタニア側の方に不都合なのは自明だった。
黒の騎士団から届く報告を総合するに、ブリタニア側から攻撃を受けたのは間違いないようだ。
つまりこれで黒の騎士団が特区に参加しない大義名分が出来上がってしまった。
ルルーシュが予め、外の警備兵にギアスを掛けていたのか。或いは――――モニカ・クルシェフスキーの仕業か。
――――私はルルーシュの敵になるつもりはありません。絶対に命を奪ったり、自由を奪ったりはしない、という意味です。
言葉の真意はわからない。
しかし、敵でないという言を信じるならばこの状況はモニカ・クルシェフスキーによる支援の一つなのだろう。
あとは、ルルーシュがこれを最大限利用してしまえば――――そこまで考えたところで、C.C.の額のコードが光り輝く。
「ッ!? ま、まさかこのタイミングで……!?」
ギアスの暴走。
コックピットの中でそれに動揺するC.C.だったが、直後に強い衝撃に襲われ思考を無理やり中断させられる。
鳴り響く被弾アラート。
無防備に受けた攻撃は軽くない損傷をガウェインに与えた。C.C.は即座に臨戦態勢へと移行し、敵を捉える。
ガウェインにも勝るとも劣らない巨体を誇るKMFが、銃口を向けていた。
「くそ……ナイト・オブ・ファイブか……!」
冷や汗が流れる。
背後には次々と降下するサザーランドの部隊。視界の端では避難口に我先に駆け込む日本人たち。黒の騎士団は外で釘付けになっている。
そして肝心のルルーシュは未だG1ベースから出てこず、ギアスが暴走状態である可能性が高い。
サザーランドらは統率の取れた動きで陣形を作り、ガウェインに無数の銃口を向けた。
『ガウェインの搭乗者、命が惜しくばおとなしく投降しろ』
無感情の勧告に、C.C.は鼻を鳴らす。
「惜しいものか、命など」
生を手放したいC.C.にとってノーランドの言葉は挑発にもならない。
しかし、だからと言って自棄になることが許される状況でもない。もしここでC.C.が退けば、ルルーシュは捕縛……いや、下手をすれば殺される。
カレンを始めとした黒の騎士団の人員は会場外で釘付けになっていた。救援を期待するのは難しいだろう。
ルルーシュがここから離脱するのに、C.C.とガウェインは必要不可欠。つまりは――――
「悪いが徹底抗戦だ」
『愚かな』
ガウェインのスラッシュハーケンがノーランドとサザーランドに向けて射出された。
反応が遅れた複数のサザーランドがスラッシュハーケンに貫かれ、爆散する。当然のように回避したノーランドは、冷淡に告げた。
『対象を撃滅せよ。生け捕りの必要はない』
集中砲火に、C.C.はフロートシステムで空に逃げる。
しかし、離れすぎてはルルーシュが危険。実際、枢木スザクと複数のブリタニア兵がG1ベースに駆け込もうとしていた。
スラッシュハーケンで会場の天板を破壊し、G1ベースの入り口を塞ぐ。殆どの兵は瓦礫の下敷きになったが、枢木スザクだけは降り注ぐ瓦礫を躱してG1ベースの中に入っていった。
「……一番厄介な奴を通してしまったな」
眉を顰めながら、目下の危機に集中する。
火器管制係の不在により一斉に掃討することはできない。それでも確実に敵の数を減らしていく。
どうやら向かってくるのはナイト・オブ・ファイブ配下の兵だけで、コーネリア麾下の兵は貴賓の避難誘導を優先していた。
だとするならば、この騒動の主犯は――――空を飛ぶガウェインに、肉薄する白いKMF。
『情報通り、ゼロがいなければハドロン砲は使えないのか』
「――――ッ」
ナイト・オブ・ファイブの剣が振るわれる。防御手段がないために、回避を選ぶことしかできない。
ラウンズの一閃、それはC.C.が躱せるほど甘いものではなかった。損壊によるフロートシステムの停止。黒い破片が空に散らばり、黒い騎士は地に墜ちる。
「がぁ……っ」
不死身であろうとも強い衝撃と痛みは、意識の放棄をもたらす。
ブラックアウトしていく視界の中で、G1ベースに銃口を向ける
*
世界は醜悪なモノに埋め尽くされている。
産まれた時からそうだった。不快な鳴き声、吐き気を催す貌。
何故、地球上にはこの不気味な生物が支配者面でのさばっているのだろうか。
自分がこうして苦しんでいる間にも、人間どもが摂食し、排泄し、繁殖しているという事実が堪らなく気持ちが悪かった。
リューネベルクの試験管から生み出された時、醜悪な生物は気色の悪い顔で己の誕生を喜ぶ
だが、現実は幾億もの醜悪な人類が地上を埋めつくしているという事実。
ノーランドは耐えきれず、五感を覆った。フィルター無しに見るには醜すぎる。
服を着て話す害虫が支配する惑星に人類が降り立てば誰でもそうなる。
故に、ノーランドは駆除事業を決意した。
人が部屋に巣食う害虫を根絶やしにするのと同じように、二度と自分の視界に入らないよう人類を絶滅させるのだ。
そうしてようやく、平穏な人生を送れるようになる。
そのためにオリジナルや、死なないタイプの
しかしそんな地道な努力を、あの小娘は全て台無しにした。
小娘――――モニカ・クルシェフスキーに生理的嫌悪を抱いていないことは、ノーランドも自覚的である。
しかし、それは必ずしもポジティブな意味合いを持たない。人類同士が互いを同種と理解した上で憎悪し合っているのと同じように、ノーランドはモニカという同種に強い度し難さと、憤慨を抱いていた。
ノーランドも、モニカも世界から断絶的に、浮いていた。それも、先天的に。彼らはどちらも、世界を俯瞰して見ている。
正確には、人類という枠組みに溶け込みきれていない。まるで、水の中に零れた二粒の油だ。
細部こそ違えど、根本は共通している。言うなれば、同種。
同種だと認めたからこそ、理解に苦しむ。
不快害虫を愛玩するその精神性は不気味でしかない。
故に、殺す。
駆除ではない。一人の人間として、この手で抹殺するのだ。
――――だから、ノーランドはシュナイゼルの誘いに乗った。
「こうして直接、言葉を交わしたことで、君を真の意味で理解した。君は私たち人類を生理的に嫌悪しているね?」
チェス盤を挟んで対面に座る、虫の中でも一際気色の悪い男が言った。
ノーランドは未だにシュナイゼルへの評価を決定できないでいる。そんな状況で、ノーランドの本質を言い当てられたことに言いようのない不快感が沸き立つ。
「……」
「当然、父のやろうとしていることにも君は賛同しないだろう」
「私が陛下の覇道に異を唱えると?」
「君がナイト・オブ・ファイブとして取り繕っているように、皇帝としての父は見せかけに過ぎない。本質はそこではないのさ。この不毛な世界侵略についてもね」
そこからシュナイゼルは、ノーランドでも明確には知らなかったシャルルたちの計画を開示した。
その内容は悍ましいの一言。害虫と自分の垣根が消えるなど、最悪でしかない。
「そこで提案だ。私は父の計画を潰すつもりだ。当然、君の駆除事業も看過するつもりはないが……そもそも父が健在のうちは実行できないだろう?
つまり、父――――シャルル・ジ・ブリタニアは私たちの共通の壁だ」
「……協力するつもりはない」
「同盟の提案ではないさ。ただ――――式典当日、黒の騎士団を攻撃して欲しい。こちらが用意した兵を引き連れてね」
「……」
行政特区日本に反対したことに、合理的な理由はない。
モニカ・クルシェフスキーが賛成しているから、という言わば逆張りに近い判断からだった。
それ故に、シュナイゼルが捉えきれない。
今の提案は、ユーフェミアに賛成したモニカ・クルシェフスキーに真っ向から反するものだ。
シュナイゼルとモニカは繋がっているという読みは外れなのだろうか。
目の前の皇子は、一体誰の味方だというのだ。
「……どの道、潰すつもりだったと?」
「ユフィには申し訳ないが、このタイミングで成立されてしまうと却ってこちらが取れる選択肢が狭まる」
「それでも答えは変わらない。私は貴方の――――いや、モニカ・クルシェフスキーの不気味な綺麗事に協力するつもりはない」
モニカの名前が出たことに、シュナイゼルは目を細める。そして、笑った。
「君はゼロ、ないしは湖の貴人がモニカだと考えているんだね。斬新だ。クロヴィスがゼロという俗説よりも新鮮味に満ちている」
「湖の貴人の方は、貴方が正体であるというのが有力視されている」
「伯父上あたりにかな?」
「……」
伯父上、それが誰を指すのかはわからない。故に、一瞬硬直して
「――――へぇ」
シュナイゼルはその僅かな硬直から、確実に情報を抜き取る。まるで、顔を這われたかのような不快感。
「伯父上というのは、きっと君も知っている人だ。V.V.と呼ばれる存在は知っているだろう?」
V.V.が伯父上。つまり皇帝の兄弟。――――成程、ブリタニアの中枢に巣食うあの悪鬼が皇族なのは考えてみれば自然なことだろう。
しかし、疑問は強まる。なぜ、生まれた時から暗部にいる自分よりも、目の前の皇子の方が闇に詳しいのか。
――――モニカ・クルシェフスキーに自分の正体を教えたのも、シュナイゼルか?
「敢えて言っておこう。確かに私は湖の貴人ではないよ。私はゼロと湖の貴人の後援者だ。父を打ち倒すのは彼らのどちらかであるべきだと考えている」
「自分は皇帝の座を欲しているのではない、とでも?」
「皇帝は相応しい者がなるべきだ。皆にそうあれと望まれて、そうあろうと努める、有望な者に。現状では私よりもゼロや湖の貴人の方が相応しい」
「……」
気持ち悪い。まるで、条件反射のみで生きている毒虫を見ているようだ。
毒虫はうねうねと言葉を吐き続ける。
「実を言うとね、私は君を強く警戒しているんだ。
ある程度、卑劣な手段をもってしてでも、殺すべきだと考えるほどに」
ノーランドの手が止まる。
「……ほう。どうやって」
「現在の計画では黒の騎士団に攻撃を与えた時、早々に湖の貴人本人が介入しゼロを救出、攻撃は失敗――――という着地になっている。
この着地の仕方を、君次第で変えられるとしたら?」
「ゼロを――――湖の貴人を殺していいと?」
「ああ、殺せるのなら。逆にこちらにも君を殺す機会が与えられるわけだ」
このタイミングで、湖の貴人を殺せたのなら――いや、デッドマンスイッチを考慮すれば、生け捕りが必須か。
それが叶えば、モニカという障害を完璧に排除しつつ、先程明かされた情報を利用して新世界へ大きく近づけるかもしれない。しかし――――
「意図がわからない。……貴様は何を考えている」
「なに、これもまたレッスンさ。……この件が終わると、世界は大きく変わることになるだろう。私はここで再び、ゼロと湖の貴人の器を測りたい。……ああ、つまりこういう事だよ。
――――私の父や伯父どころか、君程度に計画を潰されるようなら、先はない」
駒が割れる音。膨れ上がる殺意。
それを前にシュナイゼルは――――吹き出しながら、謝罪した。
「ハハハ、すまない。
慣れないことをしてしまった。ゼロたちみたいに、こういう挑発めいたことをやってみたくてね。私の立場上、やる機会がないんだ」
「……」
「先程、君を警戒していると言った矢先だが、それと同時に私は君を好ましく思っている。
確かに歪んでいるし、君の描く新世界を肯定する気は一切ないが……少なくとも君は強い
ゼロも、湖の貴人も、君も……明確な熱をもって世界を作ろうとしている。そのどれもが私が最適解だと判断する世界の在り方と、大きく乖離しているのもまた面白い」
「ゼロや湖の貴人を殺されても笑っているつもりか?」
「その時は私の思う最適解で世界を作り変えるだけさ。父の想う無垢な夢も、君の描く静かな新世界も、塗り潰した上でね」
「……消えるのは貴様たちのほうだ」
*
地面に沈むガウェインを一瞥して、ノーランドは無感情に視線を動かす。
モニターの向こうでは群衆が蠢いていた。
それが蟻のように見えて、踏みにじりたい衝動に駆られながらも最優先事項を忘れずにG1ベースに銃口を向ける。
それと同時に届く、ダールトンからの怒鳴るような無線。
『ナイト・オブ・ファイブ、何をしている!? 中にはまだユーフェミア様が――――』
「叛徒どもから攻撃を受けたとの報告を受けている。つまり、交戦中だ。故に現在の優先事項は出席した皇族と貴族の保護、そして叛徒の殲滅だ」
『ならば……』
「こちらはゼロの抹殺を優先する。これはシュナイゼル殿下からお受けした指令だ。────貴様たちは貴賓の避難誘導に努めろ」
『なっ――――』
無線を断絶させる。
政治的な観点で言えば、今のノーランドの発言は紛うことなき暴言。そしてこれから行うことは暴挙である。
しかし、その程度の瑕疵は些事に過ぎない。
ゼロを殺す。
湖の貴人がどのような計画で動いているかはわからない。しかし、ゼロが湖の貴人にとってのキーであることは明確だ。
今回、
であれば、ここでゼロを殺してしまえば湖の貴人の計画を狂わせることが出来る。
そう遠くないうちに皇帝を殺す必要がある。それも、今の立場を維持した状態で、秘密裏に。
理想はノーランドに警戒を向けていない誰かが代わりにあの男を殺すことだったが、シャルルらの計画の全貌が明らかになったことと、モニカという邪魔者を考慮すると受動的ではいられない。
故に、賭けに出よう。
艦橋に照準を合わせて、トリガーに力を加える。
――――が、強い衝撃により、コックピットが激しく揺れる。衝突を知らせるアラートとともに、右方向に強いGが掛かる。組み付かれている。
左部視点を映すモニターを見て――――ノーランドの口端が歪む。
「モニカ・クルシェフスキー……」
『ここで果てなさい、哀れなノーランド』
ファウルバウトは巨大な蟷螂───否、異形のKMFに組み付かれたまま、壁に叩き付けられる。
こうして痛手を食らうまで接近に気づけなかった。まさか高性能のステルス機能でも備えているというのか。
しかし、土煙をあげているステージ対向側の穴をモニターが捉えたことで察する。
「……地下か」
大方、ここまで来るまでに地下通路を通ってきたのだろう。なるほど、奇襲としては予想外だった。フロートシステムを装備していることから空ばかりを警戒していた。
「害虫を偏愛するだけあって、地中が好きと見える」
『最期の言葉はそれでよろしいですか?』
赤黒く光るハドロンブラスターが、モニターに大きく映し出される。
当たれば確実に消し炭。腕部は鎌によって釘付けに。スラッシュハーケンを射出しようにも位置関係的に有効打にはならない。
要するに――――
『チェックメイトです』
迫りくる死の奔流に、それでもノーランドは鼻を鳴らす。
「視野狭窄だな」
ハドロンブラスターが放たれようとした刹那、異形のKMFが爆炎に包まれた。
ファウルバウトの傍らすれすれをハドロンがえぐる。黒煙が晴れる前に、即座にフローレンスを蹴りつけて外壁の頂上にスラッシュハーケンで飛び乗る。
それと同時に砲撃がフローレンスに叩き込まれる。砲手は――――ノーランド親衛隊先鋒、ディボック・メルテ。サザーランドに搭乗する彼は品のない哄笑とともに、砲撃を続ける。
『死ね死ね死ねぇ!! ハハハッ!』
彼の背後では次々にノーランド親衛隊が輸送機から下降していた。本隊は現在、外で黒の騎士団を相手しているため、数はそこまでではないが、相手が一騎ならば十分すぎる数だ。湖の貴人に浴びせられる砲撃の雨。異形のKMFは黒煙に覆われてしまい、その先端すら見えない。
本格的な戦闘開始に警備兵に護衛される貴賓らやイレブンたちは我先に会場の外へと向かっている。
ノーランドはそれを見ながら、損傷箇所を確認して、動作不良に陥っているヴァリスをパージする。
『ノーランド様!! ご覧ください、このディボックの武功を!!!』
砲撃をやめて、嬉々として自身の功績を謳うディボックに、ノーランドは無感情に告げる。
「ああ、よくやった。――――命を賭しての時間稼ぎご苦労」
『へ――――』
刹那、黒煙の中から放たれたハドロンブラスターが、ディボック含む親衛隊サザーランドに浴びせられ、例外なく溶かし尽くす。
人型に変形しブレイズ・ルミナスを構えた白いKMF。その両肩の砲塔からはハドロンブラスターの余韻が舞い上がっていた。少し装甲が焦げ付いている以外に、大きな損傷は見受けられない。
「容赦のない。貴様とて害虫に好き嫌いがあるのか」
異形のKMFは振り向き、ファウルバウトを見上げる。
『――――いいえ、駆除対象は貴方だけです、ノーランド』
平和の式典を血に染めに来た二人。壇上を染めるのはどちらの鮮血か――――二つの異形はそれを決めるべく、剝き出しの殺意をぶつけはじめた。
ちなみに自分も虫は大嫌いです