完全にやらかした。考え無しに助けてしまった老婆をルルーシュと見送ったあと、私は外面で平静をどうにか保ちながら内心で己の軽率を責め立てた。
思えば本国では差別と言ったものを目にする機会はなかった。
それは当然で、本国にナンバーズというような被差別階級はいないのだから、エリア11で見られるような光景は成立しないのだ。
おかげで目の前で酷い差別が行われる時、自分がどのような感情を抱き、どのような行動に出るか。 それを全く想定していなかった。
ブリタニア人の若者たちから暴行を受ける老婆の姿が目に入った瞬間、完全にルルーシュの存在を忘れ去り、義憤と共に首を突っ込んでしまった。
「すっかり遅くなっちゃいましたね、モニカ先輩。ミレイ会長たちにはなんて言い訳しましょうか」
「え、ええ。 そうですね」
先の件のおかげですっかり距離感が近くなったルルーシュに、私は曖昧に微笑むことしか出来ない。 先程までの排他的なクルシェフスキー先輩呼びはどこにいったのか。
「ランペルージくんの方で適当に言い訳を…」
「フフッ」
おい、なぜ笑う。
「さっき俺のこと、ルルーシュって呼んでたじゃないですか。 別に呼び捨てでいいですよ」
言い訳不可能な程にやらかしてる。完全に身内判定喰らってる。私は改めて軽率な自分を責めた。
「そ、そう。 じゃあ、ルルーシュと呼ばせて貰いますね」
「ええ。 よろしくお願いします」
……今更だが、ロイド伯爵の件から明らかに物語の重力に引き寄せられているような気がする。
ここから端役としてのモニカ・クルシェフスキーになれる道はあるのか。
こう、上手い感じにここからロイドたちやルルーシュたちと疎遠になって、上手い感じにシュナイゼルと関係ないところでナイトオブラウンズになって、上手い感じにスザクに殺され、上手い感じに特に言及もされずにそのまま完全に退場。
……行けるか? 思えば物語のどこにもモニカがアッシュフォード学園に通っていなかったなんて描写は無いし、ルルーシュたちと親交を築いていなかったという描写もない。つまり、行間に今と同じような状況が存在していた可能性は充分あるのでは?
うん、きっとそうだ。私のプランは何も間違っていない。イレギュラーさえ無ければ実現可能なはず……
「ちょっと〜ルル! おっそーい!! どこで何してたの!」
「ごめんシャーリー。 ちょっとモニカ先輩が道に迷っちゃって」
思考の迷路でグルグルと葛藤しているうちに、いつのまにか私はアッシュフォード学園のクラブハウスに辿り着いていたようで、目の前には手作り感溢れる飾り付けと豪勢な料理たちが広がっていた。 豪勢な料理、ということは本当に先程の買い出しはやる必要皆無だったわけだ。
「モニカ先輩のせいにしないの! 先輩も文句言っていいですからねっ!」
「いえ、ルルーシュの言う通りで遅れた責任は私に…」
「ちょっとちょっと〜! 二人とも明らかに仲良くなってないかしら〜!?」
「……ミレイ?」
本当にこの幼馴染は余計なことしかしないな。 私は満面の笑みで、三角帽子と『welcome Monica!!!』と書かれたタスキを身につけるという、最高に浮かれた衣装の彼女に遺憾の意を示した。
「えっ何その笑顔こわっ…!」
「会長が揶揄うからっすよ…」
これがプリン伯爵なら手が出ていたところだ。満面の笑みという名の殺意をミレイに向けていると、「モニカ先輩」と背後から声を掛けられた。 ルルーシュだ。 そして彼が押している車椅子には─────
「紹介します。 俺の妹のナナリーです。 ……ナナリー、この人が新しい生徒会メンバーのモニカ・クルシェフスキー先輩だよ」
「モニカ・クルシェフスキーさん…? もしかしてミレイ会長が仰っていた…」
「ああ、そうだよ。 ミレイ会長の幼馴染の、モニカ先輩だ」
「まぁ…!」
車椅子の少女は、花を咲かせたような笑顔で自分の事のように喜んだ。 え、なに、この愛らしい存在は。
私は思わず跪いて、彼女の手を握り込み挨拶をする。
「はじめまして、ナナリー」
「はじめまして……モニカさんって、ミレイ会長が言ってた通りとってもやさしくて頑張り屋さんな人なんですね」
「えっ……あっ」
私はそこでようやく自分の行動を客観視した。 ナナリーは確か、触覚で相手の真意や人格を把握できるという第六感の持ち主だったはず。それを、私は完全に忘れ、情動のままに彼女に触れてしまった。
気がつけば、私に対して温かいものを見るような目線がいくつか刺さっているのを感じた。振り向くのも、ナナリーの後ろにいるルルーシュを見るのも怖い。
私は、改めて自分の軽率さを深く反省した。
*
望んでもいないのにやたらと良好な方向へ進行していく生徒会とは打って変わって、軍での生活に関しては良好な方向に全く進んでくれずにいた。
現在、私は野営訓練の真っ最中だった。 本来であれば騎士はKMFに乗って巡回の演習を行うのだが、私に関してはテントを張ったり、物資を運んだり、配膳を手伝ったりと完全に雑用として扱われていた。
「流石は『閃光の再来』さま。 スープを注ぐのも閃光の速さですな! ハハハハ!」
「……どうも」
最近は表立って嘲る者も出てきた。 そのどれもが純血派に所属している若手貴族なあたり、ジェレミアの影響だろう。ナイトオブラウンズになったら股の下でも潜らせてやろうか。 ……あの衣装でそれはやりたくないな。
配膳を終えた私は、自主的にキャンプの周りの巡回を始めた。もうやることないからKMFに乗せろと要求しても鼻で笑われたため、不貞腐れながら散歩している、とも言い換えられるが。
名目としては演習ではあるが、付近にテロ組織の目撃情報もあるらしく、テロ組織に対し威圧する目的も含まれているのでは、と兵士同士で話しているのを見かけた。 どうもそれは正しいみたいで演習であることを踏まえても用意されている物資の量が多かった。
「しかし実戦だと考えると少しみなさん気が抜けてますけどね」
遠巻きに見える巡回中のサザーランドたちを見る限り、あきらかに雑な巡回をしている。各拠点に常駐している兵士たちも明らかに緊張感に欠いており、正直隙だらけもいいところだ。
「はぁ、真っ暗」
溜息をつきながら歩いていると、拠点から少し離れたところに設置した予備物資の倉庫が目に入った。KMFが周辺を巡回していることと、陣地の内側に位置しているが故に、見張りを立てずとも危険は無いと高を括っているのだろうが、なにも攻撃というのは火力を以てして行われるものばかりでは無い。
例えば、こういう巡回がたまに来るだけの見張りゼロな倉庫をこっそり忍び込んで、物資を奪ったりすることだって立派な攻撃─────
「あ」
倉庫にライトを向けた瞬間、光が謎の人影を照らした。
どう見ても、ブリタニア軍の兵士ではない。普段着に近い、戦闘服を着た日本人の若い男性と目が合った。
「──────ッ! バカな、まだ巡回時間じゃないはず…!?」
刹那、男は懐から軍用ナイフを取りだして、飛びかかってきた。
あちらにとっても予想外だったのだろう。 あまりに直情的な動きを、私は速やかに回避して、逆に突き出したナイフを叩き落とす。
「残念でした。 出会い頭に凶器は些か失礼では?」
体勢を崩した相手の足を払い地面に転がしたあと、相手の胸元に馬乗りになり、マウントポジションをとる。少女程度の体重とはいえ、小銃などの諸々の軍用装備を身につけた兵士を容易く除けはできまい。 そのまま殴打、殴打、殴打───
相手も心得はあるようで、必死にガードをしているが時間の問題だろう。 さて、どうしようか。 殴打を続けながら、これからの対応を考える。
仮にこれ他の人を呼んでも、この人殺されちゃうよなぁ。殺されかけたとはいえ、それはさすがに後味が悪い。
もし物語の人物だったら最悪だし、と思ったところで、そういえばちゃんと顔を確認していなかったことに思い至った。 これで相手が扇とかだったら後に引きそうで嫌だな。私はそんなことを考えながら、殴打をやめて、ガードに使われていた相手の腕を掴んで、その顔を顕にさせた。
「──ッ!? こ、子供!?」
私の顔を見て、愕然と目を見開く彼の顔を、私は知らなかった。 だが───
「───カレン?」
「っ!? なんで妹の名前を…!」
私がさっきまで殴打していた彼は、私の知る彼女にそっくりだったのだ。 私はまた、自分の軽率さを悔やむこととなる。
彼の性格や口調に関しては完全に捏造になっております。ご留意ください。