Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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prologue

 

 セイバーの身体が宙に舞う。光の奔流に巻き込まれ、そうして間もなく地面に叩きつけられた。

 吐き出された血の塊が大きくぶちまけられる。あの強固だった鎧は砕け、左肩を覆う布地は消失し白い肌が露出している。

 俺は、そんな彼女を呆然と見つめ続けることしか出来なかった。

 

「セイ、バー?」

「ふん、相殺すら出来んとはな。拍子抜けだ、セイバー」

 

 響く声。顔がそちらへ向かう。のろのろと進んだ俺の視線の先では金色の甲冑に身を包んだ英雄王、ギルガメッシュが口の端を吊り上げていた。

 

 


       Fate/Imitation Saber


 

 

 ……なんで。なんで俺はセイバーを止めなかったんだ。

 

「セイバー! セイバァーッ!!」

 

 必死に声をあげるが、口がからからに渇いて思うように声が出てこない。

 

「……シロ、ウ……? そこに、いるのですか…?」

「セイバー!?」

 

 セイバーは目を開けている。だというのにその瞳は俺を捉えていない。もしかして、見えて、いないのか……?

 俺の声に反応して視線がこちらに向くが、焦点が俺に合っていない。セイバーの視線は宙を彷徨ったまま、不安げに俺を探そうとしている。

 

 俺が本気で、セイバーを止めていれば……こんなことにはならなかった。令呪でもなんでも使ってセイバーを止めていればっ!

 ギルガメッシュに会った時、その時から嫌な予感を俺を覚えていた。いくらセイバーでもアイツだけには敵わないのではないかという漠然とした不安。

 先のバーサーカー戦で魔力を消費していて、セイバーが万全ではないのもわかっていた筈だった。

 

 ……全部俺の所為だ。魔力の供給ができないのも、セイバーがこんなに傷だらけになっているのも! 全部、俺の所為で!

 

「やはり、雑種ごときに獅子を任せることは出来んな」

「――っ!!」

 

 悠然とセイバーに歩み寄っていくギルガメッシュ。

 

「ぬっ?」

 

 突然にギルガメッシュが足を止める。その視線を辿っていくともちろんそこにはセイバーがいる。

 そこで俺もようやく気づいた。セイバーの存在が不安定に揺らいでいる。色が薄れ、俺の感覚が目に見えているセイバーを無いものとして感じ始めてしまっている。

 

「ふん。いささか加減を間違えたようだな。…………だがこの程度も耐えられんとは、少しばかり貴様を買いかぶり過ぎたようだ」

「…………」

 

 先ほどまで俺のいる方に向かって開かれていた瞳もいつの間にか閉じられている。俺やギルガメッシュの言葉に対しての答えも既にない。このままでは、セイバーが消えてしまう。

 

「そんなこと、させてたまるかっ……!」

 

 セイバーを助ける!  俺の命に代えてでも!!

 身体に残った魔力を回し、無理矢理に立ち上がった。同時に頭にガツン、と撃鉄を下ろす。傷ついた身体をなんとか動かし、持てる最高の速度でセイバーとギルガメッシュの間に立ち塞がった。

 

 残った魔力を全て魔術回路に回す。どうにも、これが最後の投影になりそうだ。

 脳が焼けていく感覚。遠坂が言っていた体の保障がきかないというのはきっとこれのことだろう。

 ――だがそんな悠長なことを言っている場合じゃない!  どうなろうとも……セイバーをっ!!

 

「――――投影、開始」

 

 早く、より早く!!

 不意に、気に食わないアイツの顔が浮かぶ。次々と宝具と呼ばれる武具を作り出し、ランサーと闘っていた赤い男を。

  ――――お前は闘う者ではなく、生み出す者にすぎん

 バーサーカーの足止めに向かったアイツの言葉が脳裏で蘇る。

 今ならアイツの言葉の意味が、分かる気がする。アイツに出来て、俺に出来ない筈はない。

 きっと、あいつは■■■■なんだから――――!

 

 アーチャーのように。そう、アイツのように作り出せ!

 俺の左手に握られるセイバーの、有り得ないはずの剣、『勝利すべき黄金の剣(カリバーン) 』 。

 剣に込められた様々な経験。それごと投影し、顕現させる。カリバーンを両手で構え、ギルガメッシュを迎え撃った。

 

「……退け、雑種。我は機嫌が悪い」

「セイバーを守る。俺はセイバーを迎えに来たんだっ!」

 

 ギルガメッシュの言葉を打ち消すように、奮い立たせるように自分に言い聞かす。

 カスカスになった魔力を体に回し、左足で大きく踏み込んだ。その勢いのまま、俺を見下ろしているアイツの腹部に向かって大きく横に払う。

 

 金属同士がぶつかる甲高い音が響いた。

 ギルガメッシュはいつの間にか宝具であろう剣――装飾こそ簡素であるが膨大な魔力を秘めている――を右手に持ち、俺が振るったカリバーンを容易く弾いたのだ。

 宝具戦ならともかく接近戦に持ち込めばと思っていたが、あいつも常人と比べられないほどの技量を持っている。けれど、それでもセイバーほどじゃない!

 俺だって剣の名を冠す英霊に鍛えられたんだ! 簡単にやられるわけにはいかない!

 

 攻める攻める攻める――――! 全力で目の前の相手に剣を振るう。

 こちらの斬撃は全て防がれてしまっているけれど、動きは絶対に止めたりはしない。

 セイバーを護る――この気持ちの強さだけは負けちゃいない!

 

 大きく弾かれた所でギルガメッシュが後ろに飛ぶ。たった一足だというのに、ヤツは優に五メートル程の距離を跳躍した。

 荒く息を吐き出す。軽く痺れている右手でしっかりとカリバーンの柄を握りなおし、ギルガメッシュを睨みつける。

 セイバーに鍛えられた剣術と、剣に投影した経験からか拮抗状態までは持っていけた。

 ギルガメッシュも表情こそ変わらないが明らかに身体から怒りを滲ませている。思い通りにいかない事が何よりも気に喰わないのだろう。

 

「……殺すか」

 

 無機質な響きに、ぞくりと背筋が凍る。呟きと共に、ギルガメッシュは右手を真横に伸ばす。

 背後の空間が歪み、一本の剣が現れてその右手に収まった。

 

「――なっ!?」

 

 それは……見覚えのある剣。細部こそ違うが俺が左手で握っている剣と根底を同じくしている。

 だが目に映るその剣は余分な装飾などなく、その作りに作り手の意思や、担い手の経験が感じられない。

 

「まさか……!?」

「ふん、いかな雑種といえどわかるか。魔剣、グラム。これよりは其の原型である原罪(メロダック)

 

 言うや否や俺に向かって振り下ろされる魔剣。

 持ち主の危機を察知し、守るように返す剣――カリバーン――。

 

 目の前を、金属の破片が散っていく。

 ガラスの割れるような音が公園に響き、その一撃で幻想は粉砕かれていた。

 

 手に握っていたカリバーンは折れた。自然とその存在は靄となって消えていく。

 襲い来る衝撃を全く殺せず、身体が浮遊感で包まれた。

 ゆっくり、ゆっくりと視界が回る。体が地面に当たり、ギシギシと嫌な音を立てて軋むのがわかる。異様に軽くなった身体は地面に削られながらスピードを落としていった。

 

 ようやく、体が止まった。もう、あちこちが痛くて、体の何処が無事なのかもわからない。

 痛みを堪えて目を開けると、直ぐ横にはセイバーがいた。

 

 セイバーは動かない。直ぐ横なら俺が地面を滑っていた音も聞こえるだろうに、何も反応がない。

 その顔からは生気というものが感じられない。横たわり、意識もないのだろう。体は透き通って今にも消えてしまいそうに見える。

 

 守りたい。望むことはひとつだけ。

 だけど、俺の体はもう駄目だ。――下半身がない。

 遠くに落ちている俺の半身が見える。立ち上がってヤツの前に立ちふさがることも、もう出来なくなってしまった。

 

 セイバーに手を伸ばす。―――彼女を守りたい。

 俺の剣となり、奔走してくれた彼女を。俺の盾となり、多くの危険から守ってくれた彼女を。

 俺を鍛え、共に闘ってくれた彼女を。―――俺の全てを懸けても、守りたい。

 

 ただ、ただそれだけを願う。

 願うだけでは、駄目だ。

 なんとかなれ、ではなく、なんとかしなければならない。

 この体が動いてくれないのなら、魔術を――――けれど、体に魔力は欠片も残ってない。

 ――――魔力がないのなら……!

 

 ギチギチと体が音を立てる。投影で作り出したまともなものは剣しかなかった。

 だけど、俺の中にあるものならば、きっと。体の、心の、衛宮士郎の中にあるものに手をかける。

 この世は全て等価交換。魔術にも代替するものが必要だ。

 簡易魔術なら魔力。大きな魔術には工程、時間、触媒、知識とどんどん増えていく。

 魔力も残っていない俺に残されたものは――――。

 

「なんだ? 雑種め。今更何をしようとも……」

 

 衛宮士郎の体が光を発し、作り換わっていく。

 形成すものは――――鞘。『全て遠き理想郷(アヴァロン)』。

 鞘は光り輝き、セイバーの中に埋もれていく。

 途端にセイバーは実体を取り戻し、傷は消え、体を包む鎧もまた修復されていた。

 

 そうして……彼女は静かに目を開いた。

 

 

「これは……何が起こっている?」

 

 ギルガメッシュにも事態がどうなっているのかわからない。

 わかったことは衛宮士郎が消え、倒れていたセイバーの中に取り込まれたこと。

 そしてその死に体だった筈のセイバーがゆっくりと起き上がったこと。

 ……セイバーを包む衣服が”紅く”なったこと。

 

「まぁ、いい。このままではセイバーが消滅してしまうところだったからな。あの雑種もセイバーの糧になるなら、存在した価値はあったということか」

 

 自然と口が笑いを象る。嬉しい誤算、といったところか。

 セイバーの宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の出力が思ったよりも弱すぎた。セイバーが消滅するのは本意ではない。危うく聖杯も起動してしまうところだった。

 

 見たところ目の前のセイバーにはマスターとの”ライン”が繋がっていない。

 さっさとセイバーを捕らえ、クーフーリンとかいう輩を聖杯に吸収させなくては。

 

 それには……

 

 セイバーに一直線に向かう。

 

 ……やはり弱らせなくてはなっ!!

 

 手に持つは竜殺しの魔剣。竜の因子を持つセイバーにとっては天敵となる剣。

 体を斜に構え、右手で握ったその剣を大きく巻き込み、射程距離に入ると同時に斜めに大きく薙ぎ払う。

 

「む? 打ち返す体力が戻っていたか」

 

 振り切る前に何かによって止められる。

 見るとそれは「エクスカリバー」。グラムと逆の軌道を描き、打ち返してきたのだ。

 そして刃を合わせたままそのまま力比べになる。がりがりと嫌な音が耳に残るが、それも長くは続かなかった。

 

「なんだとっ!!」

 

 拮抗していたかに思われた鍔迫り合いはセイバーが押し始めた。

 先ほどまでとは違い、数十倍もの大きな魔力がエクスカリバーから放たれている。

 セイバー自身の魔力量も充分あるのだろう。でなければ傷や鎧を一瞬で修復するなど出来るはずもない。

 

「チッ!」

 

 後ろに下がり間を取る。自然と眉間に皺が寄るのがわかる。

 まさかまたこれを使わねばならないとはな。

 グラムを『王の財宝(ゲートオブバビロン)』に放り込み、乖離剣・エアを取り出す。

 魔力を流すと剣の上下が回転し、辺りに力の渦が迸る。エアに呼応するように輝き始める、セイバーの握るエクスカリバー。

 

天地乖離す(エヌマ) ――――」                「約束された(エクス) ――――」

     「――――開闢の星(エリシュ) !!」     「――――勝利の剣(カリバー )!!」

 

 強大な光が押しては引き、引いては押す。すっかり暗くなっていた周囲を真っ白な光が照らす。周囲には衝撃波が起こり、周りの木々が軒並倒されていった。

 時間にして数秒。せめぎあっていたエネルギーは相殺され、霧散していった。

 

「なん、だと?」

 

 我のエヌマ・エリシュを相殺させたというのか? ……信じられぬ。

 相手が彼の英雄、アーサー王だとしても、たとえ万全の状態だったとしても。我のエヌマ・エリシュを打ち消せる道理はない。

 

「――――■■、■■」

  ズ……

 左肩から右わき腹に熱を感じる。

 切られた、のか。

 

「それは……砕いた、はず――――」

 

 セイバーの手に握られている剣はカリバーン。

 彼女の所有物ではない――――永遠に失われた筈の剣。

 そしてそれは、衛宮士郎がいなくては存在し得ない幻。

 

 光がギルガメッシュの体を塗りつぶし、消滅させた。

 

 

「ぅっ!」

 

 片膝をつく。体に残る魔力が一切合財なくなった。

 

「……それにしても、この体は?」

 

 身体能力が先ほどまでとは段違いだ。

 手を見ると手甲。服こそ紅いが紛れも無くこの体はきっと――――

 

「セイバー、か」

 

 なんで衛宮士郎がセイバーになっているのかはわからない。だけど

 

「考えている暇も無い、ってか」

 

 魔力を使い切った所為だろう。全身に回る脱力感。体が段々と透き通っているのが見て取れた。

 

 セイバーを助けたくて、出来ることをしたつもりだった。

 それでも結局、セイバーを助けることが叶わなかった。

 皆を、セイバーを助けたくて参加した聖杯戦争。

 それを成せなかったのなら、衛宮士郎の聖杯戦争はここまでだろう。

 …………いや、聖杯戦争だけでなく、この命も。

 

 意識が朦朧としてきた。

 まぶたが勝手に下がってくる。

 俺(セイバー)の手はもう、向こう側が透けて見えていた。

 

 助けたかった……。

 一緒に闘ってくれた彼女を。

 守りたかった……。

 自分の持てる全てで。

 

 出来なかった。

 ただ、そのことが悔やまれる。

 

 目を閉じると目の前に広がるのは丘。

 空は一面夕焼けのように赤く、雲は千切れてながらも目に見える速度で流れていく。

 

 そして、どこまでも果てしなく、起伏の無い地面が広がっている。

 何も無いわけではない。

 無数の武器が地面に突き刺さっていて、抜かれるのを今か今かと待っている。

 誰かの声が赤い空に微かに響き、消えていった。

 

 その真ん中で俺は安心する。

 何故だかこの味気ない世界が俺にとってとても居心地がよかった。

 

「セイ、バー…………」

 

 世界は暗転する。

 

 

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