Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

12 / 65
5日目①

 

 

 これは夢。

 きっと、夢。

 

 

 ――――いや、それはあり得ない。俺はアーチャーに――サーヴァントになったのだから、そんなことはあり得ない筈だ。過去、遠坂からサーヴァントは夢を見ることはないと、確かに聞いた覚えがあった。

 なのに、寝ている筈の俺の視界は何かを映している。

 

 誰かの視点を借りているだろう、見える画面はモノクロで。

 目の前に映っているのは、白黒の世界で尚映える黒い髪の少女。おとなしそうな女の子。俺の妹分である■を小さくしたような、そんな女の子。

 

 

 わからない。女の子が何を言っているのか。

 

 わからない。自分が、この視点の持ち主が何を言っているのか。

 

 なんで、この少女が泣いているのか。俺には何も、わからない――――――

 

 

 

 

「っ!?」

 

 飛び起きる。呼吸が荒れていた。

 ……原因はきっと、この窒息するぐらいに胸を圧迫している切なさ。これも悪夢なのだろうか。

 

 ふと、目の辺りの異常に気づいて手を当てる。

 

「あ……れ? 泣いて、る? 泣いているのか、俺」

 

 知らない間に雫が頬を伝っていた。ぽろぽろと零れ落ちて、涙は布団に染みを作っていく。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 さて、俺は今、衛宮家の家計を預かる者として頭を抱えている。

 まぁ家計を預かるといっても、本来ここで暮らしているのは俺一人だった筈なんだけどな。

 そんな我が家はここ数日で、いきなり大所帯になりつつあった。

 

 人が増えるのはいい。嫌いじゃない。それらは置いておいて……問題は食費である。なにしろ食客が一気に三人増えた。

 作るのももちろん大変なんだけど、それはいい。楽しみがあるからそれほど苦にはならない。

 問題は材料費。遠坂はともかく、残る二人は結構な健啖家のようだ。これまたそこそこ食べる桜と藤ねえ、育ち盛りの俺を数に入れると、食費は優に二倍の計算になる。

 

「……はぁ」

 

 計算してみると、貯めておいておいた貯金を下ろさないと今月を乗り越えられそうにない。暫くは追加のバイトに行く暇もなさそうだから、補填しようにも充てがないのがまた痛い。

 とはいえ来月からのバイトを増やせば、計算上では何とか帳尻は合ってくれる。……セイバーとアーチャーが昨日の食事の量で満足していたら、という前提あってだけど。

 

 

 布団を畳み、自分の部屋から廊下に向かう。昨日は鍛錬の後ついうとうとして土蔵で寝てしまっていたのだが、朝方に寒くて目を覚まし部屋に戻ってきていた。

 その所為かいくらか反応が鈍い体で、隣の部屋で寝ているだろうセイバーを起こさないように静かに部屋を出ていく。

 台所へ向かう途中洗面所に寄って顔を洗い、冷水で強制的に意識を覚醒させる。ぼんやりしていた頭がすっきりしたところで、改めて廊下を進んでいく。

 

「あれ?」

 

 まだ外だって薄暗い早朝のこの時間、居間の机の前に誰かがいるのを見つけて足を止めた。

 

 ――――セイバーかアーチャーが、目をつぶって正座している。

 昨日、遠坂が服を持ってきてくれたから、今セイバーとアーチャーは全く同じ服だ。髪留めの紐が唯一色違いなんだけど、ここからじゃ見えない。もちろん目をつぶっているんだから瞳の色など見えるはずも無い。

 その所為でセイバーだか、アーチャーだかの区別がつけられない。

 

「……セイバー、か?」 

 

 つかないし、自信も無いんだけど―――なんとなく俺には、彼女はセイバーであるような気がしていた。

 

「シロウ。おはようございます」

 

 ――当たった。

 セイバーは目蓋をゆっくりと開き、こちらに視線を送る。自然と真っ向から視線が噛み合った。

 ……セイバーのそのゆっくりとした動作、日本人にはない綺麗な色の瞳と向かい合ってるこの状況に、なんだかどぎまぎしてしまう。

 

「ああ、うん、おはよう。ちょっと待ってな。朝食作っちゃうからさ」

「はい。楽しみにしています。アーチャーの料理も美味でしたが、シロウの作ったこの国の料理は丁寧且つ繊細な味付けで、素晴らしいものでした」

「そ、そっか。それじゃ、セイバーの期待に応えないとな」

 

 笑顔を浮かべてそんなことを言われたら、否が応でも頑張らなきゃという気持ちになってしまう。自分の作った料理を美味しそうに食べてくれるだけでも嬉しかった。その上楽しみにしてくれているなら尚更落胆はさせられない。

 よし、と心の中で、静かに気合を入れる。

 

 ――今の短いやりとりだけで、こんなにも似ているセイバーとアーチャーが別人であると判別できていた。

 いくつか話すと尚更に判り易い。セイバーもアーチャーも実直な話し方だけど、セイバーの方がいくらか硬い印象だ。呼び方のイントネーションとかアーチャーの方がより日本人の発音に近いっていうのもある。

 でも、やっぱり外見ではわからなかったりするので、アーチャーが起きてきたら、せめて胸元のリボンの色も髪留めと同じ赤いものに変えてもらうよう言ってみよう。

 そんなことを考えながら頬を掻いて、今度こそ台所へ向かった。

 

 

 その後、三十分程してからアーチャーが居間に入ってくる。セイバーとは違い、目が充血しているようだけど何かあったのだろうか。

 

「ああ、いいえ。大事はありません。ただ、その、恥ずかしながら夢を見て少しだけ泣いてしまったようで……」

 

 調理しながらそのことについて訊ねてみたら、言葉を濁しながらも答えてくれた。頬を染めながら俯き、忙しなく視線を廻らせたりと、本当に恥ずかしいようだった。

 むう。別に恥ずかしがるようなことだとは思わないけど、女の子もそういうものなのだろうか。

 男なら『簡単に泣いてたまるか』なんて矜持があるけれど、彼女は少女といっていいぐらいの年齢なんだからそれぐらい構わない気がする。

 むしろ、そういったところに護ってやらないと、と庇護欲を掻きたてられてしまう俺が間違っているのか? 正直なところ、わからない。

 

 

 続いて起きてきたのは遠坂だ。

 なんというか、すごい。まず、目つきが悪い。入ってくる足取りの方は定まっておらず、まるで恐竜が闊歩しているようだ。その目つきと歩き方で、道で会ったら思わず進路を譲ってしまうだろう。とりあえず、普段の非の打ち所の無い優雅さは欠片も見当たらない。

 俺が抱いていたイメージがガラガラと音を立てて瓦解していく。

 やっぱり、学校では猫を被っていたんだろうなぁ……。身近に感じて嬉しいっていうのが大きいけれど、それでもどこかで寂しく思ってしまう。

 

 はあ……まったく。俺はさっきから何を考えているのだか。

 

 俺は挨拶の言葉も出せずに固まっていたのだけど、遠坂はその間に冷蔵庫から勝手に牛乳を取り出し、コップに注いで飲み干していた。

 洗面台のある場所を訊いてくるのに何とか答えると、またのそのそと廊下へと歩いていった。

 

 

 気を取り直して再び調理に取り掛かろうとしたところで、今度は客の来訪を知らせるチャイムの音が響く。つい、と壁がけの時計を見ると、どうやら起きてから結構な時間が経っていた。

 

 ん――、時間的に見ると、来客は桜だな。鍵を渡してあるんだから開けて入っちゃっていいっていつも言っているんだが、それでも一度は押すようにしているらしい。

 最近はようやく遠慮がなくなってきてくれたけど、こういうところは昔から変わらず律儀だ。

 

「シロウ、来客のようですが」

 

 敵意がないのを感じ取ったのか、セイバーが穏やかに話しかけてくる。

 同じ姿をしたアーチャーは彼女から離れたところに同じく正座で座って、声を上げたセイバーを無言で見ている。

 

「ああ。ええと、知ってるやつなんだけど、鍵を開けてやらないといけなくてさ」

「鍵ならば私が行き、開けてきましょう。シロウは料理を完成させてください」

「……そうか? それじゃ悪いけどそっちは頼むな」

 

 立ち上がり、俺を手で押しとどめて玄関へ歩き出すセイバー。申し出を拒否する理由もない……と思うので、セイバーに任せて今度こそ料理に取り掛かる。

 いや、しかし――――何かを忘れているような。引っかかっているのは今の一連の応答なんだけろうけれど。

 

 ええと、別に鍵を開けるだけだから、セイバーでも問題ないだろう。そんな難しい構造の鍵じゃないし、見れば分かる筈。

 桜に関しても、家に上げてなんら問題はない。いや、毎朝うちまで来てくれてありがたいぐらいだ。

 

 ……って、しまった! 桜とセイバーの間に面識がない! というか、桜にはまだ何も事情を説明していないんだ!

 

「士郎?」

 

 思い至るや否や、台所から駆け出して急いで玄関に向かう。背後からアーチャーの問い掛けが聞こえてくるけれど、応答している時間はない。

 

 

「待て、セイバー!」

 

 セイバーは鍵に手をかけようとしたまま、呼び止められてこちらを見ている。玄関まであと数歩、といったところ。

 何とか間に合ったか、と安心したのが悪かったのか。そこで俺は何かに足を取られていた。 必死に駆けていた所為かその反動も大きく、体が空中に投げ出される。

 急転回する視界の中、滑った原因が足の下から転がり出る。これは、緑の小粒の宝石。確かペリドットとかいう種類だっただろうか。

 

「なんで宝石……遠坂かぁっ!!」

 

 昨日、魔術の説明を受けた時に「遠坂の魔術は宝石を使うの。お金が掛かって大変なんだから!」と、遠坂に八つ当たりされたのは記憶に新しい。

 宝石魔術がどういったものなのか例として使われたのがこのペリドットだった。何か二つを合成する際に、『つなぎ』として使えるらしい。説明を受けた今もよくわかっていないが。

 とりあえずは自身の金運の無さを嘆くより前に、宝石を落としたりするポカをまず直して欲しい。

 

「う、わぁぁ!」

 

 勢いがつきすぎて受身すら取れそうにない。為す術なく玄関のタイル――土間の辺りへと頭から突っ込んでいく。

 

「シロウ、危ない!」

 

 その声が聞こえたときには、セイバーに抱きとめられてた。あのままなら間違いなく地面に頭から落ちることになっていた。

 というものの、俺にはどうなって抱きとめられたのかわからない。いきなり目の前にセイバーが現れたように見えた。

 しかし……その、なんだか顔に柔らかいものが当たっているんだけど。

 

「先輩!? どうかしたんですか!?」

 

 扉ごしにくぐもった、だが焦ったような声。続いてがちゃがちゃと鍵を開ける音が聞こえてくる。

 起き上がる間もなく桜が合鍵を使って鍵を開け入ってきた。ばたばたと騒がしかったので心配になったんだろう。桜には珍しく、眉が釣りあがっている。しかし、俺を視界に捉えた途端に動きを停止させた。

 

「さ、桜? どうしたんだ?」

 

 抱きとめられたまま桜に向き直ろうと顔を動かすと、ふかっとした感触が頬に当たる。――ええと、これは?

 

「シロウ、大丈夫ですか? その、頭を打ったりなどは……?」

 

 ふわっ、と優しく頭を撫でられる。そこで自分がどういう状況に居るか思い当たった。

 

「うわ、すまない! 大丈夫だ! セイバーのお陰でどこも打ってないぞ」

 

 セイバーから大急ぎで飛び退く。彼女は「それならばよいのですが」と返し、首を傾げて挙動不審であろう俺をじっと見つめている。

 その顔を見、視線を彼女の胸部に落とし、さっきの感触を思い出してしまって顔がかあっと熱くなってくる。

 

「――――先輩。説明をお願いしても宜しいでしょうか」

「え!? ああ、うん。それは構わないけど……」

 

 桜に声をかけられて、訳も無くうろたえてしまう。

 後、説明についてだけれど、言い訳担当の遠坂がこの場にいないことには下手なことも言えない。

 ――そういえば顔は笑っているのに、ぴりぴりとした威圧感が桜から俺に向けて発されているのは何故なんだろうか? 視線を浴びて胃にキリキリとダメージを受けながらも、桜を居間に連れて行った。

 

 

 俺の料理の後はアーチャーが引き継いでくれていて後は並べるだけだった。

 引継ぎといっても既に八割がたは終わってたんだけど、動揺して火をつけっぱなしだった。アーチャーが機転を利かせてくれなかったら、危うく料理そのものが駄目になっていただろう。アーチャーには礼を言っておかないと。

 居間を見回すと、遠坂も既に普段の『遠坂凛』に戻っていて、すまし顔で席についている。

 

「遠坂……先輩?」

「おはよう。間桐さん」

 

 俺の後ろに続いていた桜は居間に入ったところで立ち尽くし、目を見開いて遠坂を見やる。

 対しては遠坂は余裕ありありといった様子で、呆然としている桜に向けて笑みを浮かべていた。

 

「な、なんで遠坂先輩が先輩の家に居るんですか!」

「ちょっと、落ち着いてくれ。な、桜」

 

 桜が、目に見えるほどに狼狽している。ここまで取り乱す彼女を未だ見たことはない。珍しいものを現在進行形で見ている気がする。

 ――いや、そんなことを考えている場合じゃないよな。

 

「私からちゃんと説明させてもらうから、間桐さん落ち着いて」

 

 言いながらも遠坂がアーチャーから湯飲みを受け取る。その様子、なんだか家主のような風格さえ漂っているような。

 ちなみに桜の視界にはセイバーやアーチャーはおろか、俺すら入っていないのだろう。というよりも、遠坂しか目に入ってないようだ。なにせ横にセイバーがいる状態で台所から同じ姿のアーチャーが出てきても、リアクションが全くなかった。

 

「今、私の家って全面改装中なのよ。どうしようかと思って、でも当てもないものだからホテルに泊まろうとしていたのだけれど、丁度そこに、し……衛宮くんがいてね。困っている私に、家に余ってる部屋があるから使えばいいって言ってくれたのよ」

「そんな……本当なんですか!? 先輩!?」

「う、ああ。本当だ」

 

 遠坂、よくもまあそんな嘘をべらべらと。桜に嘘をつくのは心苦しいけど、仕方がない。

 

「宿泊費も馬鹿にならないし、衛宮くんも遠慮しなくていいってことだから、お邪魔させてもらうことにしたわ。そういう訳で、これからしばらくはこちらでお世話になることになったからね」

「――――――っ!」

「今日~のご飯~はなーにかなっ♪ 士郎ー、おはよー」

 

 桜が眉根を寄せて、息を呑んだのも束の間、玄関の扉が乱暴に開かれる音がした。続くように妙な歌が聞こえてくる。あの陽気な声と珍妙な歌詞は藤ねえだ。これに至っては間違えようもない。

 

 見ると、流石のセイバーと遠坂も唖然としている。ここに通っている桜は慣れっこで、だが勢いは削がれていつもの表情に戻っていた。アーチャーの姿は先ほどから見えない。料理を机に出し終わった後、台所に行っているようだ。

 良くも悪くも、この重苦しい雰囲気を粉々に、それは木っ端微塵に砕いてくれた。

 

「ん~。今日もいい匂い。もしかして士郎、また腕を上げた? お姉ちゃんは嬉しいぞぅ」

 

 どたどたと足音をさせた後、豪快に開け放たれた扉の先にはやはり藤ねえ。

 

『おはようございます、藤村先生』

 

 姿を現した藤ねえに桜と遠坂が挨拶する。タイミングはぴったり、俺の耳には左右から同時に声が聞こえてきた。いきなり険悪だったけど、この二人ってなんだかんだで気が合うんじゃないか?

 藤ねえは挨拶もろくに返さず、席に着いて出された料理を勝手に食べ始める。頭の中は朝食で一杯らしい。年長者だというのに、行儀が悪いことこの上ない。

 

「うむ! やっぱり美味しくなってる! こうして士郎は料理人への道を駆け上るのであった!! このままお店とか持つのを目標に、調理師目指すって道もいいんじゃないかしら。そしたら私が毎日、いくらでも味見してあげるわよー。…………で、えーと、士郎。なんで遠坂さんがここにいるのかな? っていうか、この外人さんは誰?」

 

 一通り料理に箸をつけてようやく気づいたのか。意図せず喉から疲労の混じる空気が漏れる。これは、流石に付き合いの長い俺も桜も呆れざるを得ない。

 

 

 

 説明を要求する藤ねえに、遠坂がさっきの話をそのまま聞かせていった。その説明に対して、何故か藤ねえも必死で食い下がるが相手が悪い。遠坂のほうが完全に上手のようだ。俺の人柄について言及し、果ては学校の校風の話まで持ち出して次々と藤ねえが上げた反論を論破していった。

 

 それにしても、半端じゃないほど藤ねえは騒々しかった。理屈で勝てないとわかるや「下宿なんて許せるかー!!!」などと吠えるわ、最終的には料理の乗っているテーブルをひっくり返そうとまでしていた。

 そこまですれば今度はセイバーが黙ってはいない。暴挙を行おうとした藤ねえは、セイバーに実力行使されて捕り押さえられる。……せっかく作ったものが無駄にならなくてよかった。お礼に、セイバーには藤ねえのおかずを一品プレゼントしてあげよう。

 

 

 それはさておき。この家だって結構大きい家なのだが、藤ねえの咆哮はきっと隣の家まで届いていたことだろう。

 ご近所の皆様には、毎度の事ながら申し訳なくなる。藤ねえがらみで迷惑掛け通しなので、今度菓子折りでも持っていかないと。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。