「遠坂さんのことは百歩譲って納得したとして……。あ、ほんとーはしてないのよ? でも年頃の娘さんが宿無しになっちゃうのは可哀相だから、私が折れて納得したってことにしてあげるんだから。でもね。こちらの金髪の女の子はいったい何処のどちら様なの? こっちの子についてもお姉ちゃん聞いてないわよ?」
セイバーに押し倒された状態からようやく開放された藤ねえは、彼女を指差しながら俺に向かって声を上げる。遠坂に論破されたからか、それともセイバーに武力制圧されたからなのか。先ほどより勢いは衰え声量は抑えられていた。
この台詞も言い負かされて暴れる前に聞けたなら理解のある姉貴分だと尊敬もしてやれるのだけど、今更聞いたところで負け惜しみにしか聞こえない。あと、いい大人が人を指差すのはどうかと思うぞ。
藤ねえの質問を受けて遠坂を見ると、あちらから目配せされた。――どうにも、ここからは俺の担当区分らしい。
説明といっても俺の口は遠坂みたいにぽんぽん回るわけじゃない。少し考えてもみたけど、何の目的で出国していたのかわからなかった人物と関連づけてやることぐらいしか思いつかなかった。
「……あー。えっと、彼女は外国の方の、親父の知り合いの娘さんなんだって。親父を頼って日本に来たらしいんだけど、宿も取ってなかったみたいでさ。放り出すわけにもいかないだろ」
「切嗣さんの? 確かに外国にお知り合いが一杯いるみたいだったけど」
出来る限り自然に説明しているつもりだけど、果たして聞いてる側はどうなのか。つい、と遠坂を見ると焦った様子で俺を睨んでいた。…………幸い、藤ねえの反応は普段通りだったから今回は大丈夫だったのだろうけど、どうやら俺に見破られずに嘘をつく才能はないようだ。
「……あれ?」
言い終えた藤ねえがぽかんとした様子で台所の方を見つめていた。倣ってそちらに顔を向けてみると、アーチャーがエプロンで手を拭きながら戻ってきたところだった。
使っているエプロンが俺のだってことはさて置いて、きっと今まで調理器具を洗っていてくれたのだろう。後で礼を言っておかないと。
「えーと、もしかして双子さん?」
「あ、ああ。言い忘れていたけど」
「ふぅーん、綺麗な子たちねー。それで彼女たちがここにいるってわけなのね。なるほどなるほど」
その間、アーチャーはセイバーの傍に腰を下ろし、なにやら小声で話しかけている。こうしてみると仲の良い双子を見ているようだ。性格は違うけれど雰囲気やら言葉遣いは似ているし、そう考えてみると二人が完全に同一じゃないだけ双子という見方がしっくりくるような気がしてきた。
「それで、貴女たちのお名前はなんていうの?」
頷きながら一通りの説明を受けていた藤ねえは納得したのか、本人であるセイバーとアーチャーに問いかける。
なにやら話していた二人の内、すっ、と静かに藤ねえの前に出たのはセイバーだ。
「リア、と申します。親しいものは私をセイバーと呼びます」
「……は?」
思っても見ない言葉がセイバーの口から放たれた。それに、思わず目を見開いて彼女を凝視してしまう。呆けてセイバーを見ていると、彼女の横にアーチャーが並び出る。
「私はアルト。同じく、親しいものは私をアーチャーと呼びます」
そして同じ口調で、同じように続いた。
……えーと、『リア』に『アルト』だって? 二人からはそんな名前を聞いた事はないのだけど、それが二人の真名なのか?
てっきり、セイバーとアーチャーって紹介すると思っていたけど……いや、考えてみれば名前としては向いてないな。セイバーだけならまだしも、アーチャーも揃ってしまえば大抵の人は何かの符号か偽名かと首を傾げるだろう。
一応藤ねえは英語教師だし助かった、のだろうか。そんな配慮が藤ねえ相手に必要なのかどうかは別として。
遠坂の発案かと思い、そちらを見ると片手に持ったお茶が空中で固定されている。口に運ぼうとしたままぴたりと固まっていた。その驚きようから察するに、どうやら遠坂にも知らされてなかったらしい。
「リアちゃんにアルトちゃんね。ほんとよく似てるのねぇ~二人とも。セイバーちゃんとアーチャーちゃんじゃ可愛くないから、呼び方はリアちゃん、アルトちゃんでいいでしょ?」
『構いません』
「私は藤村大河。なんと士郎のお姉ちゃん的存在なのだー!」
『そうなのですか、よろしくお願いします』
話についていけず、綺麗に揃った返答する二人を、黙って眺めていることしかできない。
いや、それにしてもすごいな。ここまで同じ言葉を重ねて話していると、なんだか芸を見てるようだ。
……あと、彼女たちより藤ねえの話し方の方が精神年齢が低く聞こえるのが弟分として恥ずかしい。
「うんうん、それでリアちゃんたちは何のために日本に来たのかなー?」
人差し指を立てて、首を傾げて微笑みながら問いかける藤ねえ。どうやらお姉ちゃん風を吹かせているみたいだが、俺はというと必死に打開策を考えていた。
セイバーにそんなこと訊いても上手く答えられるとは思えない。こっちで何かフォローを入れないと……。結局何も浮かばず、遠坂に視線を送る。目のみで意思伝達。どうやら通じたらしく、頷いてくれた。
「藤村先生、彼女たちは――」
「シロウをあらゆる敵から守るために。そのように切嗣から言われました」
フォローにかかった遠坂の言葉を遮るように、セイバーが答えていた。セイバーの言葉に、藤ねえと桜の動きが止まる。完全に成り行きを見守るしかない俺。
どうやらセイバーにとって、こういった場面で機転を利かせることぐらいなんてことなかったようだ。そして少なくとも、俺より話し振りが上手い。俺は事情を知っているっていうのに、まるで、セイバーと親父の間に面識があるよう聞こえるのだから。
「――――え~っと、観光とかじゃなかったの?」
「もちろんです」
浮かべていた年上ぶった微笑を消し、こめかみに人差し指を当てて、むむむ、と唸り出す藤ねえ。
「……守るって言うくらいだから多少は腕に自信があるんでしょうね? リアちゃん、剣道できる?」
「伊達にセイバーの名で呼ばれているわけではありません」
藤ねえの口調がついさっきまで友好的だったものから、うってかわって挑戦的なものになっている。……なんでさ。
対してセイバーも、ことが剣の腕ということになれば退く気はないようで、あからさまな挑発に易々と乗っかって戦意を含ませた笑みを浮かべている。
なんだか拙い事態になりそうだ。いや、もうなってしまったのかもしれない。
「藤ねえ、やめておけって。朝だし、時間もないんだから。ほら、そろそろ学校に行かなきゃまずい時間だろ」
セイバーと藤ねえの間に体を入れ、向かい合って止めようとするものの藤ねえは俺など眼中にない様子で視線をセイバーから逸らす。その視線の向かう先には、アーチャー。
「アルトちゃんの呼び名は『アーチャー』だったわよね」
「……? ええ」
「それじゃ、弓道が上手って解釈でいいかしら?」
「弓道というには邪道ですが、それなりには」
まずいっ! 今度はアーチャーに絡みだした! 俺が止める間もなく藤ねえとアーチャーの応答は続く。
「それじゃあ、ちょっとこれから一緒に学校にいってもらってもいいかな?」
「士郎と凛が学校に行ってる間はやることもないので、私は構いませんが」
もしかして、藤ねえは弓道場でアーチャーに弓を引かせる気なのか?
まてまて! セイバーもアーチャーも剣術がとてつもなく上手いのは分かっているけど、弓術も同じだとは限らない。
仮にも同じ英雄のセイバーは、適正は『セイバー』にしか無いって聞いた。それでもまったく嗜みがないって訳じゃないとは思うけど、そもそも西洋の弓術と日本の弓道は異なるものだ。アーチャー(弓兵)だから、と安心するにはあまりに楽観的に過ぎるだろう。
っていうか藤ねえ、部外者を学校の敷地内に入れるのは職権乱用で、おまけに公私混同だ。教師がそれでいいのか? 大丈夫だろうか穂群原。
「それじゃ、士郎。さっさと朝ご飯食べましょう」
ここまできたら藤ねえの気は変わらないだろう。もしアーチャーが射れなかったとしても、セイバーが剣道で打ち負かせてくれるだろうからなんとかなるとは思う。けど、そうなったらそうなったでまた話がややこしくなりそうだ。
とりあえず、俺にはもう手の打ちようがない。話が簡単に済むよう、アーチャーが見事な弓の腕を持っていることを祈るだけだ。
どうにでもなってくれ、と茶碗に盛られたご飯を掻っ込んだ。
朝食後、桜が衛宮家を出る時間に合わせてみんなで出てきた。藤ねえは教師としてやらなければいけないことがあるらしく、一足先に学校へ向かっていった。
登校中、朝も早く生徒も少ない時間帯だというのにかなり注目されていた。桜、遠坂、セイバー、アーチャーの美少女四人に囲まれて登校すれば、嫌でも人目も引く。状況から見れば、俺は両手に花どころか、花畑に埋もれている状態だろう。周りからは羨ましく見えるかもしれないけど、これだけ囲まれると逆に肩身がせまい。
セイバーと遠坂の二人でグループを組んでひそひそと話をしている。何かの魔術が働いているのか、声はほとんど聞き取れない。真剣な表情から聖杯戦争絡みのことだろう。
残る女性陣の桜とアーチャーが並んで、どうやら料理の話で盛り上がっているようだ。洋食のレシピや技法について話している。
必然的にあぶれた俺が二つのグループに挟まれる形で、一人歩いている。
「間桐さん」
「…………なんですか、遠坂先輩」
通学路を半ばまで行ったところだろうか。不意に、遠坂が桜に切り出した。
遠坂の呼びかけに、アーチャーとの料理談義で微笑みを浮かべていた桜の顔が強張る。
「貴女、これからは衛宮くんの家に来なくても大丈夫だから」
「――――え?」
何を言われたのかわからない、といった風に聞き返す桜。
何故、と考えるまでもなくその理由に思い至る。確かにうちに入り浸っていれば、サーヴァントの戦闘にも巻き込まれてしまうかもしれない。俺は戦争の参加者なんだ。なら、しばらくうちに来ないほうが桜にとってはよっぽど安全だろう。もし桜をこんな血生臭いことに巻き込んだりしたなら、俺はそれを絶対に後悔する事になる。
「私たちがいるからあなたがここにいる必要も、衛宮くんを世話する必要もないってことよ」
間違っていない。考えてみれば確かにそれが正解なんだが、しかし遠坂。いくらなんでも、その言い方は身も蓋もないのではないだろうか。
「……先輩も、私がいると邪魔ですか?」
しばらく黙りこくった後、桜は意を決したように、喉の奥から搾り出すようにして俺に問いかける。あまりに真剣なその表情と眼差しに、俺も佇まいを正す。
「桜を邪魔だなんて、そんなことは今まで思ったこともない。けど、しばらくはうちに来ないほうがいいと思う」
「――――――先輩が、そうおっしゃるなら」
それ以降、桜が俯いて黙ってしまった。傷つけてしまったのだろうか? 俺には判断がつかない。
……それからは誰も話すことなく、そのままの様子で学校に到着した。
『ぉぉぉぉ…………』
静謐としていた道場に響く、的中を知らせる音。その音の後に、不特定多数のため息とも取れる声が道場を満たしていく。
「……ふう。これぐらいで満足していただけたでしょうか?」
残心から、アーチャーはうっすらと笑みを浮かべて藤ねえに問いかける。その立ち振る舞いは完全無欠。非の打ち所がなかった。
アーチャーの格好は弓道衣。美綴に弓道部の予備を貸りたものだ。金髪なのに、何故だか弓道衣がもの凄く似合っている。神事に関わる女性が持つような貞淑さ、神聖さがその姿から放たれているような気さえする。
学校に着いた後、道場に向かったら藤ねえが待ち構えていた。そして早々アーチャーに向かってのたまった「あそこの的に射ってみて」。
なんというか、せめて簡単な説明くらいあって然るべきだと思うんだけど、まぁ今になってみればそれも必要なかったな、なんて思う。
驚くべきはその結果。八本射って、皆中。全ての矢が的の中央へ吸い込まれていった。
「うううぅ。まだなんだからー! 所詮弓道は接近戦に向かないんだもん! 今夜、剣道で勝負だからねっ!!」
藤ねえは指をびし、とセイバーに向けてそう言い放ち、道場から飛び出していってしまった。こころなしか涙目だった気がするんだが、何が藤ねえをそこまで駆り立てているのだろうか。
セイバーの横で正座していた俺と遠坂は、去って行く藤ねえの後姿を見送った。
弓道に関して、アーチャーに言うべきことが無くなってしまったのだろう。大方、俺よりも下手だったら必要無いとでも言うつもりだったんだろうけど、先にも挙げたけど文句のつけようがなかった訳だ。
今日の夜で徹底的に凹むことになるんだろうな。しかも今度は自分の得意分野で。藤ねえ、気の毒に。
藤ねえが去った後、自然とみんなの視線がアーチャーに集まる。
アーチャーは和弓を胸の高さに持って、何事かときょろきょろと見回し辺りの異様な雰囲気に戸惑っている。
「衛宮、この子誰? この学校に編入とかしてくるわけ?」
その中でアーチャーに向かわなかった美綴が俺の肩を掴み、凄い勢いで訊ねてくる。ライバルとして認めたのか、部員として入部させたいのかの判断は付かないが、有無を言わせない勢いだ。
この状況じゃ答えないわけにはいかないんだろうな……。こんな厄介なことになったのもあのバカ虎のせいだ。
「この子はアー……アルトっていうんだ。別にこの学校に編入する予定はないぞ。こっちの女の子、リアと双子らしい」
とりあえず訊かれた事について回答する。同じく話題に上ったリアにも弓道部員たちは興味が集まった。あっという間に、二人は弓道部員たちに囲まれていく。
「それで、衛宮とはどういう知り合いなわけ?」
「ああ、なんでも親父の知り合いの娘さんだって。それで親父を頼って俺のとこに訪ねてきたんだよ」
「――へえ。それにしても上手いねぇ。弓構えから射形に乱れが混ざらない感じなんか、衛宮を見ているようだった。射でいうならアンタと同等かってところじゃない?」
「ああ、そう、かもな」
アーチャーの射は、足踏みから残心までの射法八節が一つの完成品のようだった。
傍から自分の射を見たことはないが、自分で射る前に感じている(中たる)という確信を他人が射る前に感じられたのは初めてのことだ。
まさか、アーチャーがこれほど見事に射をするとは――――的に当てるという結果じゃなく、弓道にとって重要なのはその立ち振る舞い、更にはその内面だ。一連の動作で培う精神鍛錬こそが目的であると、アーチャーは知っているようだった。
外国の英雄であるだろうアーチャーが和弓を引けることに違和感はあるけれど、実際に引けてしまうのだからそういうものなんだろう。
ちなみに、そういった意味で弓道としてみれば俺は邪道だ。……見ていてアーチャーの射は外れる気がしない。そういえば、彼女も邪道だと言っていなかっただろうか。
美綴が言っていたように俺とアーチャーは同等、いや正しく同じ邪道なのかもしれない。
件のアーチャーと、同じ姿のセイバーは、弓道部の女子部員たちに囲まれてえらい様子だ。
年齢が自分たちより低く見える所為か、訊ねられ、手やら髪やら触られたり、抱きつかれたりとまるでペットのようだ。
「それで君たちはどこに住んでいるんだい? 僕がこの町を案内してあげようか? 衛宮じゃ気の利いたところなんて知らないだろう?」
珍しく朝錬に参加していた慎二が女子部員を掻き分けて、二人に笑いかけた。自然と弓道場全員の視線が、問いかけられた二人に集まることになる。
「いえ、結構です。私はシロウの傍にいなければいけません。町の構造も把握していますし、シロウの家に下宿させてもらっていますのでその必要はありません」
あれだけ騒がしかった道場が静まる。話を振った慎二も笑い顔のまま、固まってしまっている。
……なんだか、盛大な誤解を招いている気がする。
「リアちゃんが衛宮の家にいるってことは、もしかしてアルトちゃんも? っていうか、衛宮、あんたって一人暮らしじゃなかった?」
美綴が恐る恐るアーチャーに問いかけ、俺をギラリ、と睨む。
俺に出来ることは下手なことを言わないでくれ、とアーチャーに意思を飛ばすことのみ。先に言っておくが、あいにく俺はテレパシーなどの能力は持ち合わせていない。
「ええ。士郎には色々とお世話になってます。離れの部屋で寝泊りさせてもらっていますが、鍵もついていますし、何も不自由なことはありません」
アーチャーはにこり、と俺に微笑んでくる。俺の言いたいことを分かってくれていた。
とりあえずこれ以上事態は悪化しないようなので、ほっと安堵の息を吐く。――それにしても、アーチャーのその格好に笑顔は反則だと思う。
「ま、そうだよね。衛宮にそんな度胸があるとは思えない」
「えーとそれじゃ藤ねえも行っちゃったし、俺たちも行こう!」
今俺に出来ることはボロが出ないうちに退場することのみ。
かんらかんらと男前な笑い声を上げる美綴に礼をして、アーチャーとセイバーを引き連れ出口へと歩き出す。
「慎二、騒がしてすまなかった」
「あっ、衛宮!」
固まったままの慎二に声をかけ、美綴の声を振り切って外に出た。二人の手を引いたまま外に出て、息を落ち着ける。
「まったく、藤ねえにも困ったもんだ」
「士郎」
「ん? どうしかしたか、アーチャー」
「弓道着のままなのですが」
「……わ、悪い」
……結局、後から出てきた遠坂がアーチャーの洋服を持ってきてくれたので、それに着替えてもらって借りていた弓道衣は後で俺から美綴に返すことにした。
あの後また弓道場に入っていって、弓道衣を美綴に返す勇気は俺にはなかった。あの空気では何を問い質されるかわかったものじゃない。
ただでさえ弓道部をやめた衛宮士郎が定期的に顔を出していて迷惑をかけているのに、あんな騒ぎを起こしたら周りも快く思わないだろう。
「はぁ。…………さて」
遠坂の話では学校には結界が張られようとしているらしい。それを見つけない限り、対処もできない。
セイバーとアーチャーが家に戻っていったのを見送って、校舎へ歩き出した。