全ての授業が終わってから遠坂と俺は二手に分かれ、学校敷地内に施されているという『結界の基点』を探すことになった。遠坂は校舎内を、俺はそれ以外を。もし攻撃されても、この敷地内ぐらいの距離ならば助勢に駆けつけることが出来るだろう。
「解析出来なくても魔力さえ通すことさえ出来れば、いくら衛宮くんでも探査に対する魔力反発で基点の場所ぐらいわかるでしょ」とは遠坂の言だが……。
解析魔術に関してなら、たぶん人並み程度には出来るんじゃないかとは思うんだけど……そもそも人並みの基準がわからないのでここは黙って頷くことにした。
実際に校庭を見て回って解析を試みるも成果はなし。範囲が範囲なので少しばかり疲れが溜まるけれど、だからといって休んでもいられない。
しかし、校舎を除いてあと残すところというと部室棟や体育館、弓道場や武道場か。
とりあえず手近にある弓道場から当たろうと入り口に足を向けると、弓道場の向こうから慎二が近づいてくるのが見えた。
場所が場所なので目的は部活かとも思ったが、どうやら違うようだ。顔にはにやついた笑みが張り付いている。……どうやら慎二の用事とは、俺にあるのだろう。その足は迷いなく俺に向かっていた。
「まったく、どこにいるのか探しちゃったじゃないかよ、衛宮」
「ん。何か用事か? 悪いけど、今日はちょっと頼まれ事する余裕はないぞ」
声を掛けてきた慎二に対して、俺も足を止めて顔だけで向き直る。
経験則から、わざわざ俺を探してまでの用事というと大抵は雑用やらの頼み事なので、先に断っておくことにした。今はとにかく時間が足りていない。流石に、人死にが出るかもしれないという学校内の結界と、慎二の頼み事を同じ天秤に乗せることはできない。
「はん。それじゃまるで、僕がいつも衛宮に頼み事をしているみたいじゃないか。今日はちょっとばかり話があったからお前を探してたんだよ。そういう衛宮も探し物の途中みたいだけどさ。……ああ、そうだ。親切心から言っておいてやるけど、そんなところをうろうろしても弓道場にはお前が望むようなものはないぞ」
「俺が望むものって……慎二、何か知っているのか!?」
「ああ。サーヴァントのマスターとして最低限のことぐらいはね。当然だろ。衛宮、お前も今回のに魔術師として参加しているんだろう?」
今、一般人である筈の慎二の口から放たれてはいけない言葉が聞こえた。
『魔術師』、『マスター』、『サーヴァント』。今この時冬木においてこれらは、殊更に特別な意味を持っている。
「……慎二、お前マスターになったのか!?」
「ま、そんなことはどうでもいいんだ」
ため息をつき、姿勢を崩す慎二に対して俺は咄嗟に言葉が出ない。
いや、だってそんな簡単に片付けるようなことじゃない筈だ。筈、だよな?
「ところで、だ。ちょっと小耳に挟んだんだけど、衛宮は遠坂と付き合っているって噂が流れているのはどうなんだ?」
慎二の顔が不意に真剣な表情をかたちどる。不自然な話題の転換に、混乱している俺はもちろんついていけないでいる。
「へ? あ、ああ、どうやらそういうことになってるらしい」
「ちっ――――衛宮と遠坂が釣り合わないのは、衛宮自身わかってるだろ? だいたい遠坂の奴も馬鹿だよな。組むに相応しい相手っていうのがいるだろうに。まったく、自分で自分を貶めるようなことしてさ」
一瞬顔を歪めたが、気を取り直してにやにやと笑いかけてくる。対する俺だけど、慎二のその言葉に……ちょっとだけ、かちんときてしまっていた。
「釣り合わないのは重々承知してる。だからといって、俺の前でそんな事を出汁に遠坂を貶すのはやめてくれ」
俺のことは言われてもしょうがないけど、遠坂まで貶すのは違うだろう。『同盟を組んでいる建前上そうしている』ということを伝えるのを忘れて、なんだかわからない衝動に押されて俺はそう答えてしまっていた。
「……はっ、お前はどうせ僕の当て馬にされてるだけさ。遠くない未来に捨てられることになるんだから、今のうちに手を引いたほうがいいんじゃないか。それに、遠坂はマスターだ。寝首を掻かれる前に手を切っておくべきだと思うけどな」
若干の間の後、意地の悪そうな笑みを浮かべた慎二に「それが衛宮のためだ」と続けて忠告される。
どうやら頭に血が上ってしまっているらしい俺は、冷静に考える前に返答していた。
「そうはいかない。俺は、遠坂を信頼しているからな」
俺と慎二との間に沈黙が下りた。慎二は忌々しげに俺を睨みつけ、しばらくしてから前髪を手で掻き揚げた。
「――――わかったよ、衛宮。僕より遠坂のやつを信頼するっていうんだな。なら、お前は僕の敵だ。今は見逃してやるけど、これから先、僕に殺されても文句言うなよ」
それだけ言うなり、背を向けて校門に向けて歩き出そうとする慎二。
「その前にちょっと待ってくれ。ここに結界を張ろうとしているのは、慎二、お前なのか?」
俺は、背中を見せて歩き始めた慎二を呼び止めた。慎二はうっとおしそうに俺に振り返り、しかし何かを思いついたのか薄く笑う。
「だとしたら、衛宮はどうするっていうんだ? 僕を殺すつもりなのか?」
「そんなことはしない。ただ、もしそうなら、俺は全力でお前を止める」
「ははっ! やっぱり衛宮は甘ちゃんだ」
「慎二」
「…………ふん。僕じゃないさ」
静かに声を掛けると、慎二は今まで浮かべていた軽薄な笑みを消した。
「それに、魔術師っていっても僕は知識だけで一般人とほとんど変わらないんだからな。結界なんてものが張れる筈もない。だいたいだ、そんなことを僕がするわけないじゃないか」
知識だけで一般人とほとんど変わらない――それは、圧倒的に不利な要因な筈なのに、慎二の余裕は崩れる様子がない。そのままの様子で「そうだろう?」と俺に笑いかけた。
「そうか、そうだよな」
返した俺の笑みは、ぎこちないものだっただろうと思う。――でも、内心では確かに安堵していた。
止めると息巻いてはいたけれど、もし結界を張ったのが慎二だったとしたなら、俺には手の出し方が分からなかった。
もちろんさっきの言葉だって嘘じゃない。全力で止めに入るつもりでいたし、俺に出来る限りのことをするつもりだったけれど、慎二が口で言った程度で素直に止めてくれるとも思わない。
どうしたって実力行使に踏み切る他ないだろう。そうした結果、お互いが無事でいられるという保証はどこにもない。
「ま、疑い深くなるのも分かるけど、度を過ぎると人に嫌われるから気をつけたほうがいいよ」
今度こそ俺に背を向けて歩き出していく慎二。俺はそれを眺めて、その背中に声をかけた。
「ああ、覚えておく」
言って目線を切り、俺も弓道場へと歩き出した。――――慎二が言っていたように、俺が探していた『結界の基点』らしきものは弓道場で見つけることは出来なかった。
校門で遠坂と合流した俺は、二人で道を歩いていく。
どうやら遠坂も『結界の基点』を見つけることは出来なかったようだ。全部を回ることは出来なかったので、残りは後日調べることになるだろう。
道すがら、俺は慎二と話したことを遠坂に伝えていた。内容が内容だけに話すべきなのか迷ったけれど、結局は遣り取りの一部始終を話すことにした。遠坂が俺を信頼してくれて同盟を結んだっていうのに裏切りたくはない、というのが心情的に第一に立つ。
加えて、どうやら慎二は俺と遠坂がマスターであると知っていた。情報という点で慎二に遅れを取っていたということだ。多くのマスターの正体が判明していない今の状態では、情報一つが勝敗をわけることになる。相手が何者であるかを把握できていれば、戦いを有利に運ぶ事だって出来るかもしれない。
俺の頭じゃ高が知れているけど、遠坂ならそうはならない筈だ。まぁ一応、慎二を殺すようなことはないよう頼んでおいたけど、どうなるのか。
話を聞いていた遠坂だが、この話を聞いて素直に驚いていたようだった。
慎二の言葉の通り、慎二は魔術師ではないらしい。いや、確かに魔術師の家系に生まれてはいるものの、慎二には魔術回路が存在していないようだ。
ならば何らかの方法を使ってサーヴァントの権利を誰かから借り受けたのではないか、とのことだが、その詳細はわからない。「間桐の出方もそうだし、学校の結界もあるし、ここは様子見するべきかしら」……遠坂は小さくそう呟いた。
遠坂の家に着き、外で数分も待っていると小さいバックを手に提げて出て来た。何でも、「魔術の錬度をみるランプと、回路の切り替えを作るためのもの」が入っているらしい。
遠坂からそのバックを受け取って、代わりに持っていく。女の子に荷物を持たせているのも男として情けない。それが俺のためのものだっていうんだから俺が持たない理由はないしな。
そのバックを手に、他愛無い世間話をしながら帰途に着いた。
家に着く頃には、外はもう薄暗くなっていた。
「あ、夜は私の番だったわよね」
言って遠坂は玄関をくぐると一足先に靴を脱ぎ、台所に向かって小走りで駆けていく。
「今帰られたのですか、シロウ」
「士郎、おかえりなさい」
遠坂の家から持ち出した荷物を抱えたまま居間に入る俺に、中から声が掛かった。
同じ声色のそれは、セイバーとアーチャーのものだ。二人は居間で座って、仲良くお茶を啜っていた様子。
相変わらず寸分違わないような容姿の二人だけれど、アーチャーの胸元のリボンが青いものから赤いものに変わっているので大分見分けがつきやすくなっている。
「ああ、ただいま」
……と、二人に聞いておきたいことがあったんだ。朝は時間がなかったし藤ねえも桜もいたから聞く事が出来なかったけど、今なら大丈夫だろう。
「そういえば二人とも、今朝藤ねえに名前聞かれた時にリアとアルトって名乗ってたけど、あれはどうしたんだ?」
朝の自己紹介にて聞いたことのない、遠坂にさえも知らされていなかった名前を名乗った二人。今日一日ずっとそのことが引っかかっていて、もやもやしていたのだ。
俺の問い掛けにセイバーが口元に運びかけた湯のみを下ろして、俺を見上げる。
「――その件ですか。あれは一般人に名前を聞かれたときクラス名では何かと不都合だろうとアーチャーが懸念し、その場で考えた仮名のようなものですが」
「そっか……アーチャーが」
語り終えると、セイバーは飲み掛けていたお茶を一啜りする。入れ替わるように俺に視線を合わせたのはアーチャーだ。
「すいません、士郎。出過ぎたことだったでしょうか」
「ああいや、助かったよ。流石にセイバーとアーチャーじゃ、あまりに符号しすぎていて意味深すぎるだろうから」
いくら藤ねえでも不審に思いかねない。……まぁ、十中八九大丈夫だったとは思うけど。
朝はいきなりで驚いたのだけど、ここは素直にアーチャーの機転に感謝しておこう。
「やはり。セイバー、私の言った通りではないですか」
「ア、アーチャー! だから私も反対はしなかったではありませんか!」
二人が言い争う様子を見ながら、自分が突っ立っていることに気がついた。バッグをとりあえず端に置いておいて、俺も胡坐(あぐら)で座り込む。
それはそれとして、なんだか結構仲良くなってませんか、お二人さん。
「ま、そこはいいんだけどさ。えーと、これから二人を呼ぶ時はどっちで呼んだほうがいいんだ? 俺としては人の名前を呼んでるって感じがするから、どちらかといえばリアとアルトの方がいいんだけど」
個人的な感情で言えば、女の子相手に『セイバー』、『アーチャー』ではあんまりだと思う。
サーヴァントとはいえ彼女たちも人間なのに、まるで戦うための道具の名前のようで俺は気に食わない。
二人とも、そうは思っていないのだろうけど、ちゃんと呼ぶべき名があるならそちらの方がいい筈だ。
「私はどちらでも構いません。シロウの呼び易いよう呼んでください」
「セイバーがそういうのでしたら、私のこともお好きなように呼んでくれて結構です」
セイバーは呼び名などはどうでもよさそうに。アーチャーは、セイバーが言うので渋々といった風に答えてくれる。
「そっか。それじゃこれからリア、アルトって呼ばせてもらうよ。ごっちゃになるから呼び名は統一したほうがいいよな。えっと、遠坂はどうするんだろう」
「ならば凛にも伝えてきましょう」
そう言ってアー……アルトが立ち上がり、台所に向かう。と思いきや、向こうから遠坂の声がかかった。
「いいんじゃない? ちょっとネーミングが安直だけど。クラス名も隠せるから他のマスターやサーヴァントを撹乱できるかもしれないし、悪いことじゃないと思うわよ」
「だ、そうですね」
アルトはセイバー……じゃなくてリアの向いの位置に座り直した。
自分から呼び名を統一しようだなんて言っといてなんだけども、どうにも慣れない。……あと遠坂、けっこう離れているのによくこっちの話が聞こえてたな。
『いただきます』
揃っての食前の挨拶。最初の食事の時は戸惑っていたリアも、しっかり合わせて声を上げていた。
さて肝心の夕食だけど、遠坂は中華系統でまとめたようだ。目の前の料理は今まで衛宮の家ではそう食べる機会のなかったものばかり。
水餃子、回鍋肉(ホイコーロー)、胡麻と若布の中華スープ。和食は最初に俺が作ったし、洋食は前回アルトが作ったからか、残る中華料理に絞ったと見る。
そして、予想はしていたけれどやっぱり
「美味い!」
見た目から美味しそうだったが、それを全然裏切っていない。箸を進める最中、ふと周りを見る。
遠坂はふふん、と胸を張っている。俺やアルトを見て「そうでしょう?」と言わんばかりだ。
リアはただこくこくと首を縦に振って次から次へ料理を口に運ぶ。幸せそうなオーラがリアの体からにじみ出ている。アルトもさっきから箸が止まることはない。こころなしか涙ぐんでいるような……料理するみたいだし過去存在しなかった現代の味付けに感動でもしているのだろうか?
声に出さずとも、二人のその様子は最高の賛辞だ。遠坂も満足そうに頷いた。
斯く言う俺も、遠坂の料理に少なからず感銘を受けていた。
以前に、中華料理は味付けに変わりがない一辺倒のものと見くびっていたけど、あれは誤解だったのだと痛感させられた。しっかりとした下ごしらえを感じさせる深みのある味わい、しゃきしゃきとした歯ごたえの残っているキャベツ……。
昨日のアルトの料理も下ごしらえなどに洋食技法を踏まえたものだったけれど、遠坂の料理もまた油通し等の中華料理特有の調理法がされている。
たぶん二人の料理の腕は方向は違えど、同じくらいだろう。
これは俺にも更なる精進の必要がでてきた。遠坂にあんな目で見られるのは何か癪だし、二人に負けていられない。
ちなみに、リアとアルトはともにご飯のおかわり三杯目。
かくいう俺も二杯目をいただいている所。中華ってご飯がいくらでも進んでしまうのが欠点かもしれない。
俺が「美味い」と呟いてからは、みんな黙々と料理に舌鼓を打っている。
ただ、カチャカチャという食器の音が居間に響く。
衛宮家の夕食は本来これぐらい物静かなものだったんだけど、何故か毎回騒がしくなるんだよな。
「ご飯っご飯~♪ 美味しいご飯~♪」
ガラガラ、という引き戸の開け放つ音と一緒に、また変な歌が聞こえてきた。
言うまでもなく、毎回この家を騒がしくしている原因だろう。
俺は食事の手を止め、台所に行って分けられていた藤ねえの分の料理をとってくる。
アルトは何を言うでもなく藤ねえの茶碗にご飯を盛ってくれている。
遠坂はといえば口の周りを拭って身だしなみを整えてたりする。
リアだけは休めることなく、卓上の料理を消費し続けていた。
なんていうか、これだけ見ても性格が如実に表れている気がする。
藤ねえは特別リアとアルトを気にした様子もなく食事を終えた。
調理担当が遠坂だと知ると「遠坂さんってば、完璧超人……」と一言だけ呟き、言われた彼女も謙遜しているものの確かに勝ち誇っていて、その掛け合いは印象的だった。
みんなで食後のお茶を飲み、一息入れてまったりとした空気が流れ出す。
朝の台詞を忘れているのか、と俺が静かに安堵の息を吐いた所で、藤ねえがゆらり、と立ち上がった。
「……それじゃあリアちゃん、道場に行きましょうか」
……駄目だったか。
このまま忘れてくれたらよかったのに。