Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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5日目⑤

 

 いきり立つ藤ねえに連れられて、結局全員が道場に集まることになった。

 どうやら年長者としての自分を誇示したいようで、無関係の遠坂までを見学に誘っていた。

 その相手であるリアの強さを知っている俺と遠坂からしてみれば、いきり立っている藤ねえが気の毒と言う他ない。

 

 

 藤ねえは道着を着込み、道場中央で気合を入れて竹刀を振るっている。顔付きもいつもの緩んだものではなく真剣そのものだ。

 握られている竹刀も随分と使い込まれていて、まるで長年の友のように藤ねえに馴染んでいる。

 いや、待て。そもそもあんな年季入った竹刀、うちの道場にあったっけ――って。

 

「藤村組に封印されている『虎竹刀』じゃないか!」

 

 見間違えようもない。握りのところには小さな虎のストラップがついている。

 竹刀だというのに『血塗れた虎の牙』なんて二つ名を冠した物騒な代物で、名前にしても見た目にしても紛れもなく藤ねえの愛刀である。

 藤ねえはあの竹刀を使ってどんな偉業を果たしたというのだろうか。不思議には思うのだけど由来に対して全く興味が湧いてこないというのは何故だろう。

 それはともかく、虎竹刀を持ち出したってことは遠慮も手加減もするつもりはないらしい。

 

 さて対するリアはといえば、感心しながら振るわれる虎竹刀を眺めていた。

 「なるほど、模擬刀としては申し分ない」なんて声が聞こえてきそうな様子で頷いている。

 見る限りリラックスしていて、とてもじゃないが俺には今から立会うという雰囲気は感じ取れない。

 

「タイガ、本当に剣を交えるつもりなのですか?」

「当ったり前だー! アルトちゃんは得意なのが弓だっていうからいまいち実力がわからなかったけど、リアちゃんはそうはいかないんだからね!!」

 

 ……あの見事なアルトの投射を「わからなかった」で済ます気なのか。

 仮にも弓道部顧問だというのに、そう言ってのけるとは流石は藤ねえだ。傍若無人というか、大胆不敵というか。

 

「というわけで、ていっ!」

 

 ダンッ、という地を蹴る音が道場に響く。藤ねえがリアに向かって飛び込んだ。

 正眼の構えからの面当て。攻め込み方としては珍しいものではないが、藤ねえの踏み込みは目を見張るほどに早い。少なくとも、日頃鍛えている俺であっても対応するには難しいだろう。

 

 剣の英霊であるリアはどう対処するのか……って、対処も何もリアはまだ竹刀すら持っていないじゃないか! 藤ねえ、一剣士として丸腰の相手に斬りかかるというのは許されるものなのか?

 

 

 俺が物言いをつけようと声を上げかけるも、藤ねえの一撃の方が早い。いざ、リアに竹刀が直撃か、というところで俺は不思議な光景を目撃した。

 二人が交差すると、何故か藤ねえが握っていた虎竹刀はリアの右手に収まっていた。藤ねえは剣を振りぬいた体勢のまま、だがその手には何も握られていない。

 ……全然、何がどうなったのかわからなかった。

 

「へ? あれれ?」

 

 藤ねえも、リアの持っている竹刀を見て、それから自分の手元を見て首を傾げる。

 

「え~っと……ほんと?」

 

 何に対する「ほんと?」か知らないけど、とりあえず傍目にも勝敗は明らかだった。

 リアは手に持った竹刀を構えようとはしない。ただ静かに藤ねえへと振り向いた。正面から向き合うことになった藤ねえは小動物のようにびくっと後ずさった。

 

「構えますか? ですが、あなた程の腕前であれば実力差がわかったことでしょう」

「う、うう――――。はう~」

 

 気圧され、よろよろと涙目で後退していく藤ねえ。壁際まで後退した所でペタン、と座り込んでしまった。

 

「士郎が、リアちゃんとアルトちゃんに取られちゃったぁーーーー!!」

「はあぁっ!?」

 

 そして大声で叫び上げた内容に、慄く俺。

 何を考えているのかはわからないけれど、とりあえず誤解を招くような発言は控えて欲しい。隣の遠坂がにやにやしながら、生温い視線を俺に向けてくるのだから。

 

 

 

 藤ねえを遠坂と二人がかりで慰め、落ち着かせる傍ら、遠坂の横にいたアルトが立ち上がって歩いていく。

 途端に引き締まった空気に、喚いていた藤ねえが口を噤(つぐ)んだ。俺達三人の視線は、自然とその空気を作り出したアルトへと集まる。

 壁に立てかけられていた竹刀を手に取ったアルトは、『虎竹刀』を持ったままのリアの前まで歩いていく。

 

「リア、お願いできますか?」

 

 鋭い視線でリアを射るアルト。対するリアもアルトをきつく見据えている。

 

「……構いませんが」

 

 俺達は声を上げることなく二人のやり取りを見守っていた。

 リアは自分が持っている得物に何か不吉なものでも感じたのか『虎竹刀』を壁に立て掛け、代わりに普通の竹刀を手に持った。確かめるように両手で握り、ひとつ頷く。

 

「それでは――」

「ええ。始めましょう」

 

 二人がそれぞれどの言葉を発したのかはわからない。ただ、開始の言葉を発したというのに二人は動かなかった。同じ構えで対峙する二人を中心に空気が急速に張りつめ、道場中を満たしていく。

 

 どれほど経ったであろうか、俺は無意識に喉を鳴らしていた。口内はいつからか、カラカラに乾いていた。

 そんな僅かな音が契機となったのか、アルトが上段から斬りこんでいく。

 踏み込みの音はほとんど聞こえない。なだらかに、だが凄まじい速度での斬りこみだった。先ほどの藤ねえの踏み込みも速かったが、速さだけを見てみればどうしたって目の前のそれには及ばない。

 

 流れるように体を入れ替え、その一撃を難なく避けたリアは、開いたアルトの胴に向かって鋭く斬り返す。

 竹刀が振り切られる前に繰り出された反撃は本来回避など不可能。しかしアルトは常識では考えられない反射神経でそれを察知し、紙一重で地を蹴って射程外へと逃れ出る。

 しかしリアはその動きすらも読んでいたのか。間髪入れず距離を詰め、後退するアルトへ向かって追い討ちをかけた。

 

 盛大な破裂音が道場内に響き渡る。俺は、それが打ち鳴らされた竹刀の音だとすぐには気づけなかった。

 なんとか体勢を立て直したアルトは、追撃に打ち返したようだった。二人は共に弾かれるように後ろに下がって、距離を取り始める。

 

 たった数秒間の攻防、とてもじゃないが目で追うのがやっとで細かな動きなんて見えていない。わかるのは、目の前で打ち合っている二人と俺の世界が違うものだということだけだ。

 

 

 その後も人間離れした打ち合いは続いていく。

 竹刀が風を切る音、打ち合う竹刀の音、地を蹴る音、地に着く音――。

 競い合うように生まれる音が鳴り止むことはなかった。

 それらが組み合って、二人の揃った動きも合わさってまるで剣舞のようで。

 

(……きれいだ)

 

 俺の目には、二人仲良く舞を踊っているように見えていた。

 

 遠坂も藤ねえも二人に見とれている。発する言葉が見つからず、身じろぎもせずにただ見つめ続けていた。

 

 

 

 鳴り続けていた音が途切れて、俺はようやくリアの竹刀がアルトの頭の上で寸止めされていることに気がついた。

 それはいつまでも続くかと思われた打ち合いが、リアの勝利で終わったことを告げていた。

 

 二人は剣を納め、互いに向き直るとアルトが大きく息を吐く。

 

「……やはり、剣では勝てませんか」

「え? どういうこと? アルト」

 

 その言葉に疑問を持った遠坂が問いかける。アルトはリアに目線を向けたまま、若干気落ちした風に口を開いた。

 

「難しいことを言っているわけではありません。単純に、私の技量がリアに劣っているというだけのこと」

「……そうですね。アルトは守りは中々堅いわりに、攻めのほうはどうにもいただけない。剣筋はそう私と変わらないのかと思えば、素人かと思うほどに精彩を欠いたりして一概に劣るとも言い切れず判断に困ります」

 

 そう、だったのか? 確かに今回はリアが勝つという結果に終わったけど、アルトも相当なものだと思う。

 しっかりとは見えていなかったけれど、俺の視点からだと充分互角に戦えていたように見えたのだけど。

 

 

 いや、それよりも考えなくちゃいけないのは自分のことだ。

 サーヴァントという点を差し置いてみても二人は強い、のだと思う。

 二人の立ち合いを見て、自分の力不足を実感した。動きすら追えないようじゃ相手を止める事だって出来やしない。

 

 セイバーであるリアに守られていれば、それだけでこの戦争を勝ち抜けるかもしれない。

 けれど、俺が聖杯戦争に参加した目的は勝ち残ることなんかじゃない。

 多くの人を助けるために、この戦争で悲しむ人を減らす為に。

 その為に戦うことを決めたんだ。

 守ってもらって勝ち残って、それじゃ俺がマスターとして参加する必要なんてない。

 

 俺に今守れるだけの力がないのなら、守れるようになればいい。

 いや、ならなければならない。未熟な半人前のマスターだからこそ、強くならないと。

 

「リア、頼みがある」

「シロウ? どうしましたか?」

「俺に剣の稽古をつけてくれないか?」

 

 その言葉に、ぽかんとした様子でリアが固まった。次いで、眉を顰め怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「何を言っているのですか。私がいるのだから、あなたが闘う必要などない」

「それだって俺のところに危険が及ばないとも限らないだろ?」

「……そうですね。私が不甲斐無いばかりに」

 

 バーサーカーとの一戦を思い出したのだろう。唇を噛み締め、不甲斐なさを悔いているのを感じ取り、慌てて言葉を繋げる。

 

「いや、違う。リアがどうこうっていうんじゃないんだ。ただ、いざという時に自分の身ぐらいは守れるようにはなっておきたいじゃないか」

「確かに日頃から心がけておけば、判断の助けぐらいにはなるかもしれませんが……。――わかりました。明日からで構いませんか?」

「ああ。面倒かけると思うけど、頼む」

 

 

 

「ねーねー、士郎。何の話をしているの?」

 

 ほ、と一息ついたところで、窺うように声がかけられた。振り向いて、思考が一瞬止まった。

 ――しまった。すっかり忘れていた。ここには藤ねえもいたんだった。

 魔術関係の話なんかはしゃべってないから大丈夫だとは思うけど、物騒な話題に、何か隠しているのではと疑念の目で見られていた。

 

「なんでもないよ、藤ねえ。最近事件が多いだろ? 何かあったときのためにリアに稽古をつけてもらうだけだよ」

 

 咄嗟にそう言って誤魔化しにかかる。一家惨殺事件やら、集団昏睡事件やらが実際に起こってニュースにもなっているから不自然でもないだろう。

 

「ふーん。稽古はいいけど、士郎から事件に首を突っ込んだりしないようにね」

 

 腰に手をやり、「私が保護者なんだから」というように言ってくる。

 自分が稽古をつけると言い出さない辺り、リアとアルトについてはあきらめたようだ。得意分野であんな超人的なものを見せられたら、口を挟むことなんて出来ないよなぁ。

 

「それじゃ、汗もかいたし一緒にお風呂にでも入ろっかー!」

 

 明るく鼻歌を歌いながら、藤ねえはリアとアルトを引きずって道場を出て行った。

 リアは為すがままといった様子だったが、アルトが顔を引き攣らせながらものすごく抵抗していた。彼女らしくもない慌て様だった。……まぁ結局、連れて行かれてしまったのだけれど。

 

 なんだかんだいって、藤ねえも二人のことを気に入ってくれたんだろう――そういえば、藤ねえって汗かくようなことしたっけ?

 

「衛宮くん、明日は学校を休んで魔術講座するからね」

「へ? 遠坂、なんでそんないきなり」

 

 唐突に遠坂が話しかけてきたものだから、驚いて変な声が出てしまった。何とか藤ねえを誤魔化して気を抜いたところだったものだから、何の気構えもしてなかった。

 

「あんたは一刻も早くスイッチを作らなきゃいけないの! それが最優先なんだから!」

「わ、わかったよ」

 

 怒鳴りつけてくる遠坂。大方、全く理解できていない俺に腹が立ったんだろう。

 これ以上反論したらただでは済まないだろうし、素直に頷くことにした。教えてもらえるのに、文句なんてないしな。

 

 これは余談なんだけど、どうやらあの後、風呂場でアルトが鼻血を吹たらしい。

 ……のぼせたのだろうか?

 

 

 

 

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