Fate/Imitation Saber   作:柚子餅

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6日目③

 

 たい焼きが四つ入った紙袋を右手で抱えて、左手には買い物袋を提げて商店街を出口に向かって歩いていく。歩いていくのだが……俺の視線は引き摺られていくように下に向かい、それを視界に収めた途端に勝手に喉が鳴っていた。

 

「うーん。どこか落ち着けるような所ってあったっけ?」

「早くしなければたい焼きが冷めてしまいますよ」

 

 胸元に抱えた紙袋からはとてもいい香りが漂っていた。この匂いを嗅いでから食欲は際限なく増していくばかりで、とどまるところを知らない。しかもこの匂いの元は冷めれば味が落ちるという時間制限つきで、まるでおあずけを言われた犬になってしまったようだ。

 そんな俺の様子を見てか、士郎が「美味しいうちに先に食べちゃうか」と持ちかけてくれたのはいいのだが、中々落ち着けそうなところがない。

 

「アルト。それが美味そうなのは俺にだってわかる。熱々の焼きたてを食べたいってのもよくわかる。だからといって歩きながらは駄目だからな」

「ならば士郎は一刻も早く落ち着ける場所を見つけるべきです」

「そう言われても、この辺りに良さそうなところなんてあったか? えーっと……」

「お兄ちゃん、そこに公園があるよ」

「ああ、そうだったな。それじゃそこに――――っ!?」

 

「挨拶が先だったね。お兄ちゃん、こんにちは」

 

 いつの間にか士郎の横には紫の服を纏った小さな女の子が立っていた。身構えた士郎に向かって裾を軽く持ち上げ、小さくお辞儀する。顔を上げて可愛らしく士郎に笑いかけるイリヤがそこにいた。

 

 そんな他のマスターの接近に、サーヴァントである筈の俺はと言えばまったく気がついていなかった。

 どうやら注意が散漫になっていたようである。他のマスターを不用意に士郎に近づけたなどとリアに知れたら俺はどうなるのやら。いや、気づかなかったのはイリヤに害意が全くなかったということもあるわけで、そう、決してたい焼きに気を取られてたわけではない。

 

「なんでお前が! もしかして、こんな昼からやるつもりなのか!」

「お兄ちゃん、何言ってるの? お昼の間は戦っちゃ駄目なんだから」

「え? はぁ……」

 

 そんな邪気の欠片もない言葉に、士郎は呆然と相手を見詰めている。

 士郎の気持ちも俺にはわかる。俺だって似たような反応をしていたのだから。確かに今のイリヤと相対しても、あのバーサーカーのマスターと同一人物だとは思えない。冷酷に俺達を殺せとバーサーカーに命令していた相手からこんな真っ当な言葉が返ってくれば、呆然とするのも無理はない。

 

「っ! アルト!! この子に手は出さないでくれ」

 

 一方、一応敵のマスターということになっているイリヤを前に、サーヴァントの俺はというと特に警戒もせずにただ突っ立っていた。そんな俺に対して、士郎は気づいたように身体を割り込ませて手で後ろに下がらせてくる。

 

「士郎。私は戦闘の意思のない者に振るう剣は持ち合わせていません。その心配は無用です」

「……あ、そっか。悪い。リアは敵のマスターっていうとすぐに手を出そうとするものだから、ついアルトもかと」

「ああ。よくわかります」

 

 リアと出会ったときも俺の気配に反応して負傷しながらも打って出たようだし、やっぱりリアは俺の知るセイバーと変わらないんだよな。士郎の言葉に共感し、ついつい同意の声を上げてしまう。

 

「そうなんだよ。リアももう少し話し合いっていうのかな、そういうのが先にあってもいいと思うんだけど」

「しかし士郎、多くのマスターは話し合いをする気などはありません。気をつけてもらわねば、士郎自身が命を落とすことになりかねない」

 

 争いを収めたいという気持ちはわかるものの、流石にそれだけは避けてもらいたい。

 本人に自覚がなくてはこっちが必死に守ろうにも限界がある。自ら危険に飛び込まれてしまってはどうしようもない。

 ――あれ? これって以前俺がセイバーに言われたことじゃなかっただろうか?

 

「でも、戦わずに済むのならそれに越したことはないじゃないか」

「マスターがみな、士郎のような考えをしているわけではないのです。それに、先ほど話したでしょう? サーヴァントにだって願いはあるのですから、何としても己のマスターに勝ってもらわなければならない。手段を選んではきませんよ」

「ああ、確かにそうなんだろう。でも、俺は――――」

「ねぇ、お兄ちゃん。私のことはほったらかしなの?」

「え、あ。いや。ごめんな。そんなつもりはなかったんだけど」

 

 横からイリヤの声が聞こえる。話しているうちについつい熱くなってしまっていたようで、イリヤのことを放っておいてしまった。

 それにしても、どうにも考え方がリア寄りになってきているようだ。別に敵は無条件で倒すとか考えてるわけじゃない。俺だって争わないならそれが一番だと思ってる。

 ただ、あまりに士郎は自身が危険なことを言っているって気づいていない。たぶんこんなことに気がついたのは、俺の立ち位置が変わったからだろう。

 

 ともかく、話すならこんな道端じゃなくて落ち着いたところの方がいいよな。

 

「士郎、公園に行きましょう。話ならばそこですればいいでしょう」

「……サーヴァントの割には融通が利くのね、貴女」

 

 イリヤの俺に向ける視線が冷たい。まるでモノを見るような視線だ。そんな扱いをされる理由がわからないんだけど……何でさ?

 疑問を覚えながらも、イリヤを連れ添って公園に向かう。士郎はため息をつきながらも遅れてついてきた。

 

 

 

 

 寒いからか、それとも時間が悪いのかはわからないが、公園には遊んでいる子供も居らず、灰色の空もあって寂しい光景だった。

 到着した三人は、隅に設えられている一つのベンチに腰を掛ける。士郎を俺とイリヤで挟むような形だ。

 

 本来ならサーヴァントである俺は士郎を護るためにも間に入らないといけないのだけど、イリヤが相手なら大丈夫だろう。

 何故だかは知らないけどイリヤは俺をよく思っていないらしいし、俺が入ったら会話の妨げになるかもしれない。

 

「そういえばお兄ちゃん、名前はなんていうの?」

「あ、俺は衛宮士郎っていうんだ。えっと、君は……」

「もう、名乗ったのに覚えてなかったの? 失礼ね。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ。イリヤでいいわ」

「そっか。それじゃイリヤって呼ばせてもらうな。俺も士郎で構わない」

「そう。シロウ。ん。中々いい響きね」

 

 言って、にんまりと笑うイリヤ。士郎の方もそんな様子のイリヤを前に思わずと言った様子で笑みを浮かべる。

 俺の時よりも話がすんなりいってないだろうか? とりあえず士郎の方は忠告した手前、もう少し警戒心を持ってくれないと困るのだけど。

 

「あ、それでこっちがアルトっていうんだ」

「よろしく。イリヤスフィール」

「――――」

 

 どうやら嫌われているらしいので出来るだけ友好的に、笑みを浮かべてイリヤに挨拶してみた。……してみたんだけど、イリヤは俺を見て河童が川を流れていくのを見つけてしまったような顔をしている。あれ、何か変なこと言ったっけ?

 

「あなた、サーヴァントなんでしょ?」

「はぁ、そうですね」

「敵のマスターに好意的に挨拶するサーヴァントなんて聞いたことないわ」

「そうですか? ……まぁ、そうかもしれませんね。でも、イリヤスフィールもバーサーカーを連れていないのでしょう? 護衛もつけずに他のマスターに接触するマスターも、私は聞いたことがありませんけど」

 

 護衛をつけずにぶらぶらしてたのは他ならぬ俺だったしな。あの時は、後でこっぴどくセイバーに怒られたっけ。

 

「それに、挨拶も碌に出来ないようでは淑女(レディー)を名乗れませんものね」

 

 ふふっ、と知らずに笑みがこぼれる。いつだったかイリヤが遠坂をからかって淑女がどうのと言っていたのを思い出しての言葉だったのだが、まさかイリヤ本人に言うことになるとは思わなかった。

 

 いや……いやいやいや。ちょっと待て。いったいどこの誰が淑女(レディー)なんて名乗っちゃってるんだ?

 なんか、冗談とはいえ凄まじく危険なことを言っちゃった気がする。

 

「…………。そう。アルト、私、あなたに興味が湧いたみたい。シロウとあなたは殺すの、最後にしてあげる。あ、シロウは私の言うこと聞くなら特別に助けてあげてもいいのよ?」

 

 ぽかん、とあっけに取られた後、無邪気に笑うイリヤ。俺に向けられていた視線が柔らかくなったようである。

 顔を片手で覆って失言を悔いている俺は、その言葉を聞いてイリヤへと向き直り、しかし意図を読み取れずに首を傾げた。

 イリヤの興味を惹くようなことを言っただろうか。勢いでおかしなことを口走った気はするけどそれは間違いなく違うだろうし、それ以外におかしなところはなかったと思う。

 

「殺す云々はとりあえず置いとくけどさ。最後って言われても、別に俺はアルトのマスターでもなんでもないから無理だと思うぞ」

 

 考え込む俺を置いて、勘違いしているらしいイリヤを相手に士郎は苦笑いしながら訂正している。

 笑っている少女から殺すなんて言われても現実感は湧かないが、イリヤはそれを為し得るだけの力を持っているのだ。ただ、目の前のイリヤと殺すという言葉がどうにも結びつかないのだろう。

 

「……ああ、よく見たらあなたたちってラインが繋がっていないのね。それじゃ、アルトのマスターってトオサカの方なの?」

「そうですよ。この格好に見覚えありませんか?」

 

 白十字の入った赤い上着の裾をイリヤに見せるように持ち上げる。もちろんこの格好は凛の服をそのままサイズを小さくしたものだから、イリヤも見覚えがあるだろうと思ったのだが、イリヤは目をぱちくりさせている。

 

「そんなの着てたような気がするけど、覚えてないわ」

 

 心底どうでもいいのだろう。そう言ってイリヤは目線を切った。

 

 

「そ、そういえばアルト、その服似合ってるよな。なんていうか赤色って、遠坂もそうだけどアルトのカラーって感じだしさ」

 

 服の話題になったからだろう、士郎が若干口籠りながらも俺の格好を褒めてくれる。

 その割には目線はこちらに向けずに正面に向けているのがよくわからないのだが、たぶんお世辞ではないだろう。

 そう思ったのも、そもそも衛宮士郎という人間は世辞を言うような性格じゃないからだ。

 

「そうですか? あまり私にはわかりませんが」

 

 言いながら、スカートやオーバーニーを見下ろしてみる。しかし出る前に感じた違和感はやはり拭えていない。どうにもちぐはぐな印象を受けてしまう。

 外から見ると別にこの格好は変じゃないのだろうか。セイバーには青や白が似合うと思ってたから俺にはどうにもこの姿は不自然に映るんだけど、似合って見えるのなら内から衛宮士郎のオーラでもにじみ出ているのかもしれない。

 

「さっきは聞けずじまいだったけど、なんでその服着てるんだ? ……いや、なんとなくは予想はついているんだけどさ」

「これは凛に言われてのものです。その、迷惑も掛けてしまった代わりと言われたので……」

「やっぱり遠坂のやつか……。あいつ、本当に変な趣味はないんだろうな?」

「私からはなんとも……」

 

 ないとは思うが、そんなこと聞かれても俺にわかる筈もない。

 むしろ、あった場合が困る。立場柄、一番被害を受けることになるのは間違いなく俺である。

 

「イリヤ、お前も遠坂には気をつけたほうがいいぞ」

「何の話かわからないけど、敵のマスターなんだから気をつけるに決まってるじゃない」

「士郎、何もイリヤにまで言わなくてもいいでしょうに」

 

 それよりも、こんなことが回りまわって凛の耳に入ったらえらいことになるぞ。本当に、色んな意味で怖いもの知らずな。

 

 

 

 

 どうやら話が一段落ついたようなので、たい焼きの入った袋を開く。士郎に一つ。イリヤにも一つ渡してやる。

 イリヤに渡した分はリアと凛にと買った物だけど、後で買い足せば問題はないだろう。

 

「これ、なに?」

 

 不思議そうに渡されたたい焼きを見るイリヤ。そういえば前回も、どら焼きを不思議そうに見つめていたっけ。

 

「ああ、これはたい焼きっていうんだ。ほら、鯛の形に焼いてあるだろう?」

「ふーん。コレ、美味しいの?」

「もちろんです。イリヤスフィールもきっと気に入ることでしょう」

「そ、一応お礼は言っておくね。ありがとう、アルト。あと、私のことはイリヤでいいわ」

「どういたしまして。イリヤ」

「それ、俺の金で買ったんだけど。……まぁ、いいか」

 

 ぼやく士郎を余所に、手に持ったたい焼きをまじまじと見つめたイリヤは意を決したように一口かぶりつく。

 怪訝な表情を隠そうともせずもぐもぐと咀嚼していたイリヤだったが、次第にその顔が笑顔で彩られていく。

 

「甘い! それにこれ、美味しいよ、シロウ!」

 

 魚の形の先入観だろうか。どうやら甘いものだとは思ってなかったらしい。

 一口齧って目をまん丸に開いたイリヤの姿は見た目の歳相応で、とても可愛らしかった。

 

「そっか、それはよかった」

 

 士郎も、いいとこのお嬢様然しているイリヤの口に合うかどうか心配だったみたいで、ほっと胸を撫で下ろしている。

 前回どら焼きも美味しい美味しいといって食べてくれていたから俺はそれほど心配してたわけじゃないけど、気に入ってもらえたみたいでなによりである。

 

「それにしても、何で魚の中に餡子を入れてあるの?」

 

 たい焼きの中身を見つめていたイリヤがおもむろにそんなことを言い出した。かぶりつこうと口を開いた士郎がそれを止め、イリヤへと向き直る。

 

「そういやなんでだろう? こういうものだと思っていたから考えたこともなかったな」

 

 顎に手をあて空を見上げて考え始める士郎と、それに追随するように視線を上げるイリヤ。

 イリヤの持つたい焼きの餡子から湯気がのぼっていく。そののぼる湯気を見て、俺は焦ったように袋の中からたい焼きを取り出した。

 

「美味しければそれでいいではありませんか。確かにすっきりとはしませんが、味に変化が出るわけではないのです」

 

 そう。そんな悠長なこと考えている時間はない。たい焼きの由来を調べるのは後でも出来るけど、焼きたてのたい焼きを食べることは今しか出来ない。

 

「いただきます」

 

 まるで儀式のように厳かに呟いた後、意を決して両手に持ったたい焼きにかぶりつく。

 途端にぴりっ、と頭に電流が走ったような錯覚を覚えた。口の中に広がるのは香ばしい香りと、餡子独特の甘み。咀嚼するたびに、意図せず口に笑みがこぼれてしまう。

 

「あぁ……美味しい。甘くて、なんて優しい」

 

 外はカリカリ、中はホクホク。目を瞑って細部まで味わうも、つけいる隙の一切が見当たらない。餡子は甘すぎず甘いのが苦手でも食べられる、しかし甘味好きでも満足感を得られる絶妙な味である。

 

 そして確信する。やっぱり味覚が変わってしまったみたいだ。

 前はあんまり甘いものに興味なかった。以前にもここのたい焼きを食べたことがあるのに、こんなにも美味しいとは感じなかった。

 

「……これは、幸せの味ですね」

 

 ここまでとは言わなくとも、何とか家で作れるようにはならないものか。

 帰ったらお菓子作りの本を読もうと考えながらも、次の一口をかじりついた。

 

 

「ねぇ、シロウ。アルトが変。何でタイヤキを食べながら泣いてるの?」

「ん? ああ、なんでも美味しいものを食べると、感動して涙が勝手に出るんだってさ。イリヤ、邪魔しちゃ駄目だぞ」

「う、うん。わかった。なんかちょっと怖いし……」

「そっか? 一生懸命に食べてるとことか微笑ましいと思うんだけどな」

「……んー、そう言われて見れば、ちっちゃい子供みたいで可愛いかも」

「おーい、アルトー。イリヤに子供みたいって言われちゃってるぞー」

 

 士郎とイリヤが何か言っているようだけど、もちろんたい焼きに夢中の俺の耳には入ってこない。全神経を味覚に総動員させて味を楽しみ、同時にレシピの解析を試みていたからだった。

 

 

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