「ところで、なんでイリヤはこんなところにいるんだ?」
先ほど買ったたい焼きを一足先に食べ終えた士郎が、喜色をにじませてベンチでぷらぷらと足を揺らしながらたい焼きを頬張るイリヤに尋ねる。
ちなみに俺は士郎からの許可が出たので、二個目を頬張っているところだった。二個目でも一向に飽きがこない。流石は江戸前屋だった。
「なんでって、ただのお散歩だけれど?」
イリヤは口の中にあるたい焼きをしっかりと飲み込んでから士郎の問いに答える。一回で口に入れられる量が少ないのか、手にはまだ四分の一くらいたい焼きが残っている。
「へぇ、散歩か。この辺りは新都ほどじゃないにしても商店街もあって活気があるからな。あ、そういえばイリヤって日本に住んでいたわけじゃないんだろ? ホテルとかに泊まっているのか?」
「ううん、引っ越してきたわ。町外れに森があるでしょ? そこにお城があるの」
「私有地になっている森は確かにあるけど、えっと、お城・・・・・・?」
「そう。わざわざこっちにお城まるごと引っ越してきたんだから」
得意げに話すイリヤに対して、士郎はむむ、と眉を寄せて宙を見上げた。一言に城と言われても想像が働かないのだろう。
「よくわからないけど、ともかく相当大きな家なんだな?」
「うん。すっごく大きいんだから!」
言いながらもイリヤは両手を思いっきり広げて、城の大きさをなんとか体いっぱいに表現しようとしている。
その様子は少女らしく可愛らしいものだったのだが、士郎は話の内容が気になったらしくイリヤを気遣うように表情を曇らせていた。
「まさか一人で住んでる、なんてことはないよな?」
「何で? バーサーカーがいるし、リーズリットとセラもいるから一人じゃないわ」
「そっか。それならいいんだ」
ほっ、と目に見えた様子で胸を撫で下ろす士郎。それに対してイリヤは不思議そうに士郎を見て、首を傾げている。
「ねぇ、アルト。シロウの言っていること、よくわからないんだけど」
ちょうどたい焼きを嚥下したのを見計らってか、イリヤが俺に問い掛けてくる。俺がイリヤと会って、同じ話を聞いた時はどうだったか……ああ、そうだ。
「士郎はあなたを心配しているのですよ。もしかして大きな家に一人で引っ越して、寂しい思いをしているのではないかと」
「ア、アルトっ!」
焦る士郎の声を聞いて、俺は思わず目を何度か瞬かせる。これは余計なことだっただろうか? でもまぁ、聞かれたことに答えただけだし、別に隠さないといけないようなことでもないだろう。
「……ふぅーん」
イリヤが慌てふためいている士郎をまじまじと見つめている。しばらくは不思議そうに士郎のことを見ていたが、俺の発言と士郎の態度で会得がいったのか笑みを浮かべた。
「シロウって何だかあったかいね」
「わっ!」
そんな晴々とした笑顔のままイリヤは士郎に向かって寄りかかり、腕に抱きついた。
倒れないように空いていた右手でイリヤの肩を支えた士郎はその子供らしい様子に口元を緩めたらしいが、ふと俺を見て焦った表情を見せる。
確かにリアなら「イリヤスフィール、離れなさい!!」と声を上げていたところだろう。夜に会うならともかく、こういったイリヤに危険がないことを知ってるから別に止めたりしないけどな。
安心しろ、という意味を込めて士郎に向かって微笑んでやる。それを見て、何故か汗をかいて戸惑う士郎。イリヤは士郎の腕に抱きついたままじーっと擬音がつきそうなほど俺の顔を見つめている。
「なんだか、アルトってシロウと似てるね」
『――えっ!?』
イリヤがふと、そんなことを言い出した。
「いやいや、待てイリヤ。俺なんかと一緒にしたらアルトに失礼じゃないか。ほら、似てるっていうならリアのことだろ?」
「ううん。そうじゃないよ。顔とか姿じゃなくて、笑い方とか、何気ない仕草とか」
ちら、とこちらを見やる士郎と視線がぶつかる。恐る恐るといったその様子は俺の反応を伺っているのだと気づいて、突然の言葉に一瞬止まっていた思考が慌てて動き始める。
「そ、そんなことは絶対にあり得ません! 士郎が私に似ているなんて、そんな馬鹿なことがある筈も――――」
まずい。この前はリアかと思ったら今度はイリヤか!?
笑い方とか仕草だって俺なりにセイバーっぽく振舞っているつもりだっていうのに、会って十数分のイリヤに気づかれてしまうほど拙い模倣だったのだろうか。
必死に言い繕う俺を前に、イリヤはくすくすと笑っている。
「あ~あ、ほら。そんなにきっぱり否定したからシロウが傷ついちゃったみたいよ」
ああっ!? 士郎ががっくりとうなだれている!
「し、士郎! 違うのです! 言葉の綾というか、その――――」
確かに俺だってセイバーにきっぱり断られたら傷つく。でも、だからって俺にどうしろっていうんだ!
「あ、バーサーカーが起きちゃう」
そんな慌てふためく俺と、気落ちした士郎を眺めて笑っていたイリヤだったが、ふと立ち上がり、虚空を見つめ独り言のように呟いた。
突然のことに俺も士郎もまったく対応できずに様子が変わったイリヤを見つめることしかできない。
「お兄ちゃん、それじゃまた今度、お話しようね。タイヤキありがとね」
呆然としているうちに、イリヤはそのまま駆け出して、公園の外に出て行っていってしまった。何をするでもなくイリヤを見送って、俺と士郎がベンチに取り残される。
「何だったんだ?」
「……わかりません」
気が抜かれてしまった俺たちは、しばらくベンチに座ったままぼんやり呆けていた。
たい焼きを食べ終えて、包まれていた紙袋を公園に備え付けられたごみ箱に捨て、帰路に着く。行きの時よりも幾分、俺の足取りは軽い。
――あ、そうだ。
「士郎」
「どうしたんだ?」
「少々気になることがあるので寄って欲しいところがあるのですが」
「ああ。あんまり遠回りじゃなければ別に構わないけど」
「それでは」
俺が外になんて滅多にないからな。この機会に用事を済ませておかないと。
今歩いている道から逸れて横道に入っていく。そのまま数分歩いていくと柳洞寺に続く階段の前についた。
結構な勾配の階段、そしてその先にある寺には既に落ちた霊脈と言われていた面影はなく、すべてが色褪せ朽ちている。霊力や生命力という観点で見ると、モノクロの写真のようだ。
近づくにつれて柳洞寺から俺を拒絶するような、びりびりとした威圧感を覚える。
……これが柳洞寺に張られているという結界なのだろう。セイバーが、サーヴァントにとって鬼門とまで言わしめたその理由が今わかった。これは相当に強力なものだ。下手に触れようものならサーヴァントといえど弾き飛ばされてしまうに違いない。しかも、霊脈が朽ちているというのに結界自体には綻びの一つも見当たらない。
慎二からの情報提供がなかったから、凛も士郎もキャスターの居所を知らずにいる。
俺がいることでキャスターの根城が替わっているかも、とも思ったけどサーヴァントの気配は柳洞寺から発されている。どうやら今回もキャスターは柳洞寺にを構えているらしいな。
「どうしたんだ、アルト? えーと、ここ柳洞寺って寺なんだけど……なにかあるのか?」
「はい。サーヴァントの気配がこの上の建築物から感じ取れます」
「それは本当なのか!?」
「ええ。この山には町中から命脈が集まっている。この距離から感知できる膨大な魔力の量に、命脈を操作できる魔術知識――これは推測ですが、キャスターでしょう。仮にマスターが流れを変えても、ここまで魔力を枯渇させることができるとは思えません。それに加えて、門の前からも微かに。気配の弱さから、もしかしたらアサシンもいるのかもしれません」
「枯渇……」
「おそらく過度の汲み取りをしたのでしょう。これほどの土地には溢れる程の生命力が満ちている筈なのです。しかし、今はそのほとんどが感じられない」
ちなみに本当のことを言うとアサシンの気配を感じ取っているわけではない。サーヴァントとしての特性か、それともイレギュラー故の希薄な存在感か。アサシンの気配は精神を集中させても気配を感じることはなかった。
だが、キャスターが呼び出されたならアサシンも同じく呼び出されている筈だ。もしかしたら、と言ってあるから、もしいなかったとしても問題はないだろう。
「もしかして、寺の人間がマスターなのか? だとしたら一成が危ないかもしれない」
「士郎、とりあえず家に戻りましょう。このことは私たちだけで話していても対処のしようがない。ともかく凛と相談した方が良さそうです」
「ああ、そうだな。急いで帰ろう」
踵を返し、急いで衛宮家に向かう。少しでも早く帰る為に二人で帰り道を走っていたのだが、俺は士郎についていくことで精一杯で、速度が上げられないでいた。
両手の荷物が邪魔ということもあるが、それよりも短いスカートに気が回ってしまって上手く走れなかった。風で裾が翻りそうになって、大股で歩くことが精一杯。それでも充分な速度だったけど、やっぱりスカートって不便だ。
「そう。それじゃ、柳洞寺にマスターがいるってわけね」
「ええ、まず間違いないでしょう」
急いで家に帰ると、凛とリアは緑茶をすすっていた。この二人と緑茶って取り合わせはどうにもしっくりこないんだけど……。
ま、それはそれとして急ぎ帰った俺と士郎は、早速柳洞寺の件を凛とリアに報告をし終えた。
「アルトの言うように――――あの地は命脈の集まる土地。落ちた霊脈です。拠点として、これほどに適した場所はないでしょう」
横で聞いていたリアが思い出すようにして言葉を紡ぎ、俺たちの説明に補足する。それを聞いて目を見開いたのは凛だった。
「え? 落ちた霊脈って遠坂の家のことよ?」
「仔細はわかりませんが、あの地も立派に機能していた筈です」
「……なんでリアがそんなこと知っているわけ?」
「言いませんでしたか? 私は以前、この土地に召喚されたことがありますから」
「この土地に召喚? って、それいったいどんな確率なのよ! ――なら、アルトもこの地に召喚されたのは初めてじゃないってこと?」
「ええ」
召喚っていうより、生きていた時代なわけだが、そんなことを言える訳がないので静かに頷いておく。
いや、こうしてここにいることだし、そもそもあんまり死んだって実感がないのだけど。
「はぁ。ほんと、あんたたちって、この土地に何か因果でもあるのかしら」
凛がどっと疲れたようでテーブルにだれる。
確かに聖杯戦争に複数回参加するなんて、詳しくはわからないけどすごい確率なのだろう。けどまぁ、呼び出された本人である俺がよくわかってないんだけどさ。
ともかく、凛も落ち着いたようなので続きを話しておくべきだ。敵地の情報はしっかり凛や士郎に伝えておかないと、今後二人が下す判断が不確かなものに変わってしまう。
「話を戻しましょう。その柳洞寺ですが、命脈が集う土地だというのに霊力が枯渇していました。今のあの場には死地、という言葉がもっとも相応しいでしょう」
俺の言葉を受けてリアの表情が一瞬、怪訝なものへ変わる。そしてすぐに引き締まった。
セイバーはあの地が霊験あらたかな地だと知っていた。ならばもちろんリアも知っている筈。だというのにこの反応をしたのは、単純に信じられないのだろう。
この俺でさえ、霊力が集まる地だと認識できた。以前はそれは豊かな土地だったのだろう。
「それにしても、なんでこんなにマスターが密集しているのよ。私に士郎、慎二、それに柳洞くんの家に一人。学校の関係者が多すぎじゃない!」
ああ、もうっ、と凛が何かにむかって憤慨する。しばらく凛は興奮していた様子だったけど、それもしばらくすると落ち着いたようだ。佇まいを整えて改めてこの場の面子を見回し、最後に士郎と向き直った。
「さて、それじゃ今の情報を踏まえて、これからどうしましょうか? 衛宮くん、あなたはどう考えている?」
真剣な瞳を向けられ、士郎はしばらく考え込んだ後に口を開いた。
「そうだな。その柳洞寺にいるマスターのことなら、俺はまだ手を出すべきじゃないと思う。相手の正体がわからないうちは様子を見るべきだ」
「シロウ、戦わないつもりなのですか!」
「いや、そうじゃない。不確かな相手に攻め入るより、情報を収集するべきだと思ったんだ。確かにリアとアルトがいればなんとかなるかもしれないけど、相手だって馬鹿じゃない。きっと罠を仕掛けている筈だ」
「霊脈を枯渇させる所業、そのマスターが従えているのはキャスターで間違いないでしょう。ならばこそ、我ら二人には対魔力がついているのだから、キャスターは決して強敵ではない! それにいくら罠が仕掛けてあろうが、遅れを取る私たちではありません! 今日の夜にでも打って出るべきです!」
リアが士郎に食って掛かる姿に既視感を覚える。――ああそうだ。思い返してみれば前回もこんな感じで言い合いをしたんだった。
あの時はサーヴァントがいるという情報だけでキャスターとわかっていた訳ではなかったけど、今と同じように俺とセイバーは意見がぶつかりあった。そうして結局、セイバーは夜中に単身で挑んでいったのだ。
「だからって、無傷で勝てるって決まったわけじゃないだろう?」
「シロウ、貴方は無傷で聖杯を手に入れるつもりなのですかっ!?」
リアがテーブルを両手で叩きつける。乗っていた湯飲みが振動で傾き、元に戻る。
敵がいるとわかり、リアは相当に熱くなってしまっているみたいだった。
「それは違う。そんな都合のいいことを考えている訳じゃない。ただ、戦うのはリアとアルトじゃないか」
「それに何の問題があるというのですか! 言いたいことがあるなら、はっきりと言ってください!」
「聖杯戦争に参加して、結果俺が傷つくならいい。それは参加する意思を持つ限りならしょうがないことだと思う。けど、それだって俺は、リアやアルトみたいな女の子が戦って傷つくなんてことが嫌なんだ!」
ぽかん、と呆気にとられるリア。言われたことを理解できなかったのか、そのままリアの動きが数秒止まった。
隣で話を聞いていた凛は顔を手で覆い、背けている。けど、肩が震えていて笑っているのがばればれだった。
「そ、その言葉は私たちに対する侮辱です! 私たちは騎士です! 今の言葉を撤回してください!!」
「騎士だってことは聞いてたし、知ってるさ! けど、女の子であることだって変わりはないだろ!」
顔を赤くして激昂するリア。だが、対して士郎も引かない。意見が噛み合わない議論は、方向を変えながら無駄に熱くなっていた。
俺はというと、目を逸らし、小さくなって座っていることしか出来ない。いや、その、いつの間にかリアが俺を騎士にしているのだけど、もちろんそんな過去は俺にはない。リアと一緒にまとめられるような高潔な騎士などではないんだけど、表立ってそれを表すわけにもいかないしでどうにも居心地悪い。
「二人とも少しは落ち着きなさい!」
笑いが収まったらしい凛が見かねて二人を止める。二人は言い合いを止め黙ったが、リアは士郎を冷ややかな目で見ているし、士郎は士郎で決して目を逸らさない。
「はぁ。まったくもう。……で、アルト。あなたはどう思うの? 一応、全員の意見を聞いておきたいんだけど」
にらみ合ってた二人の視線が俺に集中する。どちらも俺の意見に期待しているのか、「当然私と同意見ですよね」だとか「アルトはリアと違うよな」なんて変な思念が感じ取れる。
さて、どうしたものか。前回でのことを思い出しながら、まず柳洞寺に攻め入ったとしてどうなるかを考えてみる。
まず、実際にキャスターと戦う前に一つ障害がある。それに対してどう対処すべきかを考えなければならない。門前にいるだろうアサシンのことだ。今回はその存在を確認してはいないが、いると想定しておくべきだろう。
そのアサシンの戦闘能力だが、あいつはなんと、剣技のみでセイバーを押していたらしい。宝具らしきものを持たず、だがそれでもセイバーと互角以上に渡り合う。セイバーでさえそれならば、セイバーの偽者である俺では戦いという形に持っていくことすらも困難かもしれない。
しかし、こちらはサーヴァントが二人いるのだ。一人がアサシンと戦っている間に他の三人は正門を抜けられるだろう。それがもし俺だって、セイバーの身体能力を持つ今ならば足止めぐらいは出来るはずだ。
中に居る筈のキャスターとはリアが言っていたように俺、リア共に相性の関係から有利だろうし、それに加えて凛の援護があればそう不利になるとは思えない。
だけど――。
「私は、今はまだ待つべきだと思います」
言った途端にリアが信じられない、というように俺を見る。今にも大声で異議を唱えそうだ。
「――理由は?」
凛がリアを手で押し留め、俺に問いかける。彼女がいなかったら絶対に話がまとまらなかっただろうな。
「一つは門付近の妙な気配ですね。二体目のサーヴァント――おそらくアサシンであろうサーヴァントがいる可能性があること。もう一つは地の利。罠が仕掛けてあるかもしれませんし、それが私たちを対象にしているとは限らない。以上の二つは、私たちではなくマスターである凛や士郎が害される可能性です。加えて。これが一番の理由ですが、学校の結界を優先すべきではないかと考えています。未だ結界を張ったサーヴァントの正体は掴めませんが、明確な敵としてはそのサーヴァントでしょう。もしキャスターとの戦闘で私たちが実力を出し切れない状態に陥った時に、学校の結界が発動したなら後手に回らざるを得ない。また、その隙にバーサーカーに襲われてはマスターを守りきれないかもしれません。ならば、今は確実に迫っている敵から排除すべきでしょう。キャスターはその後でもいいのではありませんか?」
バーサーカーもすぐに攻めてくるとは思えないけど、わざわざそれを言う必要は無いだろう。イリヤと会ったことは秘密にしておくという士郎との暗黙の了解も成り立っているし。
それに、もう俺の知っている聖杯戦争からは外れている。不測の事態に対応できるように戦力は温存しておいたほうがいい筈だ。
確かに一成たちは心配だが、深刻の度合は明らかに学校の方が上だ。危険が迫っているとわかっているのに手が出せないのはすごい歯がゆいけれど、こうしなければ学校の生徒たちを助けられなくなるかもしれない。
「……なるほど。アルトが一番冷静みたいね。同盟もバーサーカーを倒すまでって話だけど、ここで無理してやられちゃ元も子もないしね。キャスターを倒す時に協力するかは別にして、とりあえず私はアルトの意見に賛成。――それに、リアは今日の夜に向かうって言っていたけど、今日はきっと無理よ」
「凛、それはいったい何故なのですか?」
一応は納得してくれたのだろうか、リアが冷静に凛に尋ねる。
「ちょっとね。あなたのマスターに魔術を教えなきゃいけないからよ」
幾分元気が無い凛。確か、こんな顔をした凛をいつか見た気がする。えっと……前回のバーサーカー戦の後、遠坂がこんな顔していたような。
思い当たる。そっか。スイッチを作るのか。確かにあれをやるなら、士郎は今日一日動けなくなるだろうし、凛は宝石を使用するから経済的に小さくない損失だろう。
必要な時に使わなきゃ持っている意味がない、とは遠坂の弁だったがどうやら完全に割り切れているわけでもなさそうだ。
「――――わかりました。少々納得しかねますが、アルトの意見は確かに的を射ていました。私も少し短慮すぎたようです。……ところで聞きそびれていましたが、二人はこんな時間になるまで何をしていたのですか?」
確か家に着いた時、既に二時を過ぎていた。イリヤと公園で話していたからなぁ。そうして言われて壁時計を見てみれば今は三時半。丁度おやつ時だった。
「ちょっとたい焼きを買っていてさ」
「タイヤキというと、餡が詰まった鯛の形のお菓子でしたか?」
「ああ。そうだ。二人にもたい焼きを買ってきたんだった。食べるか?」
「ええ。存在は知っていましたが、それは一度も食べたことがなかったので。興味深い」
「そうね。私も今はちょっと甘いものが食べたいかな」
リアが食いついた。なんだか興味があるなんて言ってるけど、建前だろう。体が心なし前のめりになっている。
凛も食べる気らしい。体重を気にして滅多に間食をしない性質なのに、ずいぶんと珍しい。
ええと、たい焼きの入った紙袋は、と。――――あ、あれ? いや、そうだ。もしかして、っていうか絶対。
「それじゃあ、アルト。たい焼きを――――」
「……買い忘れました」
『え?』
「あ、そっか。そういえば帰りに買い足さなきゃって思って、そのまま――」
士郎もようやく思い当たったようだ。
「シロウ? タイヤキがない、なんてそんな馬鹿なことなどありませんよね?」
「いや、すまん。すっかり忘れて――――」
「そんな馬鹿なことなどありませんよね?」
リアが微笑んだまま士郎に迫っていく。何故士郎が返事をしたのに繰り返したのだろうか。間違いなく聞こえていただろうに、逆に恐ろしい。
「衛宮くん。あなた、アルトには買ってあげて私たちには買ってこないってわけね」
目をリアに向けていた間に、今度は凛が士郎を問い詰めていた。なんだかすこし論点がずれている気がしなくもない。
「な、なんで俺ばっかり攻められてるんだ!? そもそも、遠坂やリアの分まで余分に食べちゃったのはアルトだぞ!?」
「し、士郎!?」
お前、俺を売ったな! ここでそういうことを言うのか! くそう! 裏切り者!
「へぇ~、アルトが私たちの分を食べたわけね……」
「アルト、この償いをどう取ってくれるのか。ふふ、楽しみです」
目の前に迫る赤いあくまと飢えた獅子。後は壁。退路はない。っていうか壁なんか無くても、この二人から逃れる術を俺は知らない。
数分後、俺はたい焼きが数個入った袋を持って全力で家に向かっていた。
先ほどのようにスカートの裾を気にする余裕など、この時の俺にはまったく無かったのだった。