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アルトがたい焼きを買い求めて街へと飛び出しおおよそ十分。恐るべき速度で、だがその代償に髪の毛をぼさぼさにしながらもアルトが帰ってきた。
とてもじゃないけどちょっと走った程度では十分で行って帰ってこれる距離ではない。間違いなく街中でサーヴァントの超人的な身体能力を使ったのだろうが、しかしあの時の妙な迫力のリアと遠坂を考えるとアルトを注意する気にはなれなかった。
ともかく、そうしてたい焼きの袋を手にした遠坂に連れられ、俺は離れへと向かっていた。なにやらこれから行うことは魔術を修める上で重要なことらしいが、俺としては何をするのかさっぱりなものだから不安でしょうがない。
「さて、本当は魔術の精度を見たいところだけど、まずスイッチを作らなきゃね」
「えーっと、スイッチって結局何なんだ?」
先を歩く遠坂が呟いた言葉を受けて、率直に質問をぶつけてみる。一応『スイッチ』とやらが必要なものだということはわかるのだが、具体的な説明はまだ聞いていない。
投げかけられた質問に、遠坂は肩越しに一度俺を見る。
「あっと、そこからだっけ。まぁ、とりあえず入って」
いつの間にか遠坂の自室にと割り振った洋室にたどり着いていたらしい。
部屋の主はといえば既に部屋に入り、何も気にした様子なくベットに腰掛けている。移動中、後ろに続いていた俺は、つい入り口で足を止めてしまう。
女の子が寝泊りする部屋に入るのはどうも気後れする。一応藤ねぇの私室に入ったことはあるが――まぁ、ともかく女の子の部屋ならこれが初めてのことだ。
しかも、相手は少なからず憧れていた女の子。一男子として緊張しないほうがおかしい。
今は何の因果か表面上だけとはいえ付き合ってることになってるけどさ。っていうか、今思い当たったんだけど、付き合っているって話が広まった次の日に二人して学校休むって拙くないだろうか。
先日の大騒ぎを思い返すと、次に学校に行った時のことが今から恐ろしい。生まれて初めて学校に行きたくないなんて思ったかもしれない。
「どうしたの? 入らなきゃ話もできないでしょう」
考え事をしながら部屋の中を見つめてしまっていた俺は慌てて我に返る。遠坂に目線をやるも、彼女はこちらを見ずにボストンバックを漁っていた。
「いや、女の子の部屋に入るのってさ。その……」
「……ふーん。衛宮くんってそういうの慣れてるって思っていたんだけど」
俺の言葉を受け、しばらく手を止めていた遠坂が振り返る。その顔には意地が悪そうな笑みを浮かんでいた。こういう顔しているときの遠坂っていろんな意味で怖い。
「そういうのってどういうんだよ?」
「いいから入って入って」
なんだかはぐらかされた気がするけど、突っついて蛇を出すのも怖い。促されるまま入室し、隅に置いてあった椅子をベッドの向かいに持ってきて座る。
そのまま呆っと部屋を眺める。あまり人の部屋を見るのはよくないってわかってるんだけど、部屋に二人で遠坂ばかりを見ているのはそれはそれで辛いものがある。
その遠坂はというと、お目当ての物が見つかったのか、缶をバッグから取り出していた。その缶からはカラカラという硬い物が転がる音がしていて、なにかが入っているのがわかる。形は昔よく見かけたドロップスの缶そのまんまだ。ということは中身は飴、だろうか?
「ん~っ!」
缶の蓋が中々空かないようで顔を真っ赤にさせながら頑張っている。
「良かったら開けようか?」
「そ、そう? それじゃあお願い」
「よっ、と」
渡された缶の蓋に手をかけて軽く力をこめると、カパンッと小気味のいい音がして蓋が外れる。遠坂があんなに必死になっていた割にはそんなに力を入れたわけでもないんだけど、しかしまた何で飴なんだろうか。疑問に思いながら外した状態のままの缶を返す。
「ありがと。はい、手を出して」
「サンキュ」
遠坂が受け取った缶を俺に向けて傾ける。礼を言って手を出すと、中から一粒転がって出てきた。そのままドロップの缶は蓋をされまた鞄にしまわれてしまった。
手のひらには赤いドロップ。赤は確かいちご味だっただろうか。口に放り込むけど、どういうわけか味がしない。なんだか無機物を口に入れてるみたいだ。
「遠坂、これ味がしないんだけど」
「当たり前でしょ。それは飲むの」
言われて、そういうものだったのかと疑問を覚えずにドロップを飲み込んだ。
それにしても。へえ、最近じゃ飲みこむ飴なんかあるんだな。初めて聞いた。……しかし、なんだ。俺の気のせいだったらいいんだけど、なんだか咽喉が異様にヒリつくんだが。
「あのさ、遠坂。これ本当に飴か?」
「へ? 誰が飴なんて言ったの? それ、宝石よ」
「あぁ。宝石だったのか」
道理で味がしないわけだ。無機物を口の中に入れてるみたいって、文字通り入れてたわけだ。確かに遠坂は飴だなんて一言も言ってなかった。
「……って遠坂」
「なに?」
「何だって宝石なんか飲ますんだよ」
「何でって、それが一番手っ取り早いからだけど。薬とかもあるんだけど、スイッチを作らずに数年魔術行使をしていたんでしょ? それじゃ薬程度じゃ効果もあんまり期待できそうに無いしね。そんなことよりもしっかり気を入れとかないと気絶するわよ」
「気絶って、何言って……」
ドクン
「――――っ!?」
大きく鼓動を一つ。
熱い。体の中から熱が広がり、一気に沸騰する。神経がかき乱され、末端から体の感覚がなくなっていった。それが全身に行き渡り、意識が遠のき始めると、今度は痛みが背骨を走る。
「始まったみたいね」
「ハ――――」
今度は痛みのあまり、思考にもやがかかる。酸素を求めて肺を動かそうにも、体が逆らって言うことを聞いてくれない。
せめて遠坂の奴に文句の一つでも言ってやろうかと考えるも、それを為すだけの余裕がどこにもない。
「スイッチは普通の人間と魔術師を隔てているもの。魔術回路自体は一般人にも自然発生することがあるけれど、スイッチは魔術行使をする人間でなければ現れない。スイッチを作る知識があっても回路がなければ魔術行使はできない。回路があっても、本来はスイッチがなければ魔力を生成することも出来ないものよ。言ってしまえば回路の有無が魔術師であるかを決めるわけじゃない。その一歩先、スイッチを持つのが魔術師ってことね」
「ぐ――ウ――」
「士郎はわざわざ最初の手順――回路を作ることを繰り返していたんでしょう。そうして作った回路は眠らせ、また作るを繰り返していた。回路を作るという行為は、士郎の言うとおり死と隣り合わせよ。普通、魔術師だってそんな無謀なことを繰り返したりはしないわ。そもそもリスクとリターンが釣り合わない。それにしても士郎、今までよく生きてこれたわね」
「――くっ、ふぐ、はぁ。せ、せめて、それを先に説明、しといてくれ、遠坂」
何とか声を絞り出す。この体の不調はは溢れ返る魔力が行き場を求めて反乱している所為であるのだと、ようやく理解できた。
そこまでわかれば簡単だ。魔術行使をする時のように、体の中に流れを作って循環させてやればいい。麻痺や体に残る痛みは全然消えてはいないが、気を落ち着かせていけば何とかなりそうだ。
「へ!? あ、もう喋れるんだ。自身のコントロールに関しては中々上手いみたいね」
そんなことを遠坂が話している間に呼吸を落ち着け、体の感覚を取り戻していく。
「それで続きね、スイッチが感覚的にわかるようになれば魔術を使う際に大分楽になる筈。なんていったって切り替えるだけでいいんだもの。毎回毎回死ぬ思いをする必要がなくなるし、速度も上がる。士郎が飲んだ宝石は魔力を注ぎ込んでスイッチを強制的にオンにするもの。もし、自分で回路をオフに切り替えなければそのまま。オフっていきなり言われてもやりようがないと思うけど、気持ちを落ち着かせてそのままで維持していれば体が勝手にオフにしてくれるから」
少しずつ落ち着いてきたけど、体の熱が抜けていかない。まだ回路の切り替えが終わっていないのだろう。
「それでスイッチだけど、その状態から抜けると自然と頭に浮かぶから。人それぞれで、私の場合は心臓にナイフを突き刺すイメージ。こればっかりは人それぞれで、士郎の意識内のことだからどんなイメージかはわからないんだけどね。で、どう? 喋れたんだから少しは落ち着いてきたんじゃない?」
遠坂が俺の顔を覗き込む。
体の不調――っていうのかわからないけど――は始めに比べればだいぶ落ち着いてきた。不快感や熱は未だに残っているけど、我慢できないほどじゃない。
「――あ、ああ。まだ気持ちは悪いけど、なんとか大丈夫だ」
「ま、魔力を燃料に全力疾走をしているようなものだしね。その代わり、しっかりスイッチが出来れば色々と助けになる筈だから」
「うん。助かる。自分ひとりでやっていたんじゃこんなことわからなかったし、遠坂には感謝してる」
「礼はいいわ。私は戦力的に考えて、必要だと思ったから行動しただけだし」
遠坂がふいっと顔を逸らす。熱の所為か、はっきりしない頭に整理をつけながらぼんやりと遠坂を眺めている。
「な、なによ? 不躾に人のこと見つめて」
なんだろう? その遠坂の様子になんだか嬉しさっていうのかよくわからないけど、自然と俺の顔は笑ってた。
「あー、いや、前も言ったけど、遠坂ってほんといいやつだなってさ」
遠坂がぴしり、と固まる。
変なこと言ったか、俺。いや、熱のあまり思考がうまく働いてないのかもしれない。それに、俺ってあんまり女の子と話すことなんてなかったから、気が利かないからな。
「そ、そう? う、あ、そうだ、上脱いで士郎。どうせだし回路の調子をみてあげる」
「いや、いいよ。流石にそこまで迷惑はかけられない」
「いいからおとなしく言うとおりにしておきなさい。宝石でスイッチを作るなんて私だって初めてなんだから何か起こってたら拙いでしょ」
顔を赤くさせながら俺をベットに引っ張っていく。引っ張られていく俺は宝石の所為で体に力が入らず、為すがまま。
ベットの縁に座らされて、遠坂が椅子に。さっきまでと座っているところが逆になる。
「い、いいって!」
「いいから、人の親切は受けときなさい。ほら、上脱いで」
「だから、大丈夫だって!」
流石に男といえど女の子に上半身だけとはいえ裸を見せるのは気恥ずかしい。呆として確り働かない頭でもそれくらいはわかる。
しかも相手はあの遠坂凛で、その場所はといえば仮とはいえ彼女の自室。憧れていた女の子が相手っていうのは、勘弁してほしい。
「あーーー! もう! 観念しなさい!!」
ベットに押し倒される。軽く押されただけなのに、体に力が入らずバランスを崩して倒れてしまった、遠坂はすかさず俺の腹の上に座ってマウントポジション。それでも俺は力が入らない手で抵抗するが、片手で押さえられてしまう。もう片方の手は俺の服を捲り上げていく。
悪気どころか、親切心からだっていうのはわかるけど、この体勢は拙い。腹に当たる感触は凶悪。遠坂の重みと今まで感じたことの無い感触にたじたじです。
なんでこんなことになってんだ?
「待て待て待て! まずいって、遠坂。頼むから勘弁してくれ! ちょ……リア! アルト! 助けてくれぇ! むぐっ」
「ば、バカ!! そんな大声で叫んだら、本当にリアとアルトにも……」
遠坂が俺の口を捲っていた手で押さえて俺に怒鳴る。だが、それは致命的なまでに遅かった。すでに部屋の外からは複数の走る音が聞こえていた。
「どうしたのです! シロウ!!」
けたたましくドアを開け放つ音が響き、そしてそのまま時間が止まる。
乱入者のリアは俺たちの姿を見るなり動きを止めてしまった。その後ではアルトが煎餅をくわえ、片手に煎餅の入った容器を抱えて同じように固まっている。
そこまで確認した後、俺の意識はぷつんと途切れてしまった。